第27話 ササミの進化
オークファイターを倒したあと、森には静けさが戻っていた。
風が枝を揺らし、葉がこすれ合う音が遠くまで広がっていく。湿った土の匂いが漂い、戦闘の熱が少しずつ冷めていくのが分かった。
マットは大きく息を吐く。
「終わったな」
マエストロは肩を回しながら頷いた。
「いい運動だったな」
カーボは倒れたオークを一度だけ確認すると、興味を失ったように背を向けた。
その時だった。
ササミが森の奥をじっと見つめていた。
尾がゆっくり揺れている。
そして次の瞬間。
突然、地面を蹴った。
白い羽毛が弾けるように広がり、そのまま森の奥へと一直線に駆け出す。
「おい!どこ行くんだよ!」
マットが慌てて叫ぶ。
だがササミは振り向かない。
一直線に森の奥へ。
マットとマエストロは顔を見合わせると、同時に走り出した。
しかし相手はコカトリス。
速い。
見失うほどではないが、その差はじわじわと広がっていく。
枝を避け、倒木を飛び越え、白い影が森の中を駆け抜けていく。
「一体どうしたっていうんだ、ササミの奴」
追いながらマエストロが笑う。
「森の奥に美味いもんでも見つけたのか?」
マットは息を切らしながら答える。
「食い意地は張ってるけど、そこまでじゃないと思うんだけどな」
疑問に思いながらも、とにかく追うしかない。
森は深くなっていく。
木々の密度が増し、陽光はさらに細くなった。
足元の落ち葉は厚く積もり、踏み込むたびに沈む。
その向こうに。
ササミがいた。
そして。
もう一つの影。
オーク。
どうやら森の奥に潜んでいた個体を、ササミは先に察知していたらしい。
オークが唸る。
棍棒を振り上げる。
だがササミは止まらない。
地面を蹴り、低く滑るように踏み込む。
鋭い嘴がオークの腕をかすめる。
羽ばたき。
跳躍。
まるで踊るように攻撃を避け、反撃を繰り出していく。
「おいおい……」
マットが呟く。
「ササミ、強くなってないか?」
オークの棍棒が振り下ろされる。
ササミは横へ跳ぶ。
そして一瞬の隙。
棍棒が横薙ぎに振るわれた。
風を裂く音。
次の瞬間、鈍く重い衝撃が森に響いた。
白い羽毛が弾ける。
ササミの体がわずかに揺れた。
そして――
尾が、宙を舞った。
切断面から赤い雫が散り、落ち葉の上に細かい斑点を作る。
蛇の尾が空中でくねり、まだ生きているかのように身をよじる。
時間が一瞬だけ伸びたようだった。
尾は弧を描き、ゆっくりと地面へ落ちる。
落ち葉の上に落ちた瞬間、乾いた音が森の静けさに溶け込んだ。
「ササミ!」
マットが叫ぶ。
だが。
ササミは止まらない。
尾が失われたことなど構わないと言わんばかりに、さらに踏み込む。
その瞬間。
ササミの体が、わずかに揺れた。
羽毛が逆立つ。
次の瞬間、骨の奥からきしむような音が響いた。
ギチ……ギチ……と、まるで内側から体を押し広げるような軋み。
ササミの脚が地面を強く踏みしめる。
落ち葉が弾け、土がわずかに沈んだ。
筋肉が盛り上がる。
脚の形が変わる。
細かった脚が、見る間に太く、重く、地面を掴む猛禽のそれへと変わっていく。
嘴が鳴る。
カチン、と鋭い音。
先端がわずかに伸び、刃物のような鋭さを帯びていく。
羽毛がざわめいた。
白い羽の間から、ゆっくりと赤い線が浮かび上がる。
一本。
また一本。
まるで体の奥を流れる力が、表面へ滲み出てきたかのように。
鮮烈な赤が羽の中を走る。
風が吹く。
その羽が、大きく広がった。
ササミが一声鳴く。
それは今までの甲高い鳴き声ではない。
低く、鋭く、獣の威圧を含んだ声だった。
マエストロが目を細める。
「……完全に別物だな」
「進化しやがったのか……」
マエストロが呟く。
「いや、待て……」
目を凝らす。
「あれは……ロックスイーパーか?」
コカトリスから進化する種ではない。
少なくとも、マエストロの知識では聞いたことがない。
だが。
目の前で起きているのは、それだった。
進化したササミは、もはや別の生き物のようだった。
踏み込みが速い。
跳躍が鋭い。
そして。
嘴が振るわれる。
岩を砕く鳥。
ロックスイーパー。
嘴がオークの胸に叩き込まれる。
鈍い音。
オークがよろめく。
追撃。
脚。
嘴。
羽ばたき。
その動きは、今までのササミとは比べ物にならなかった。
オークは防戦一方になる。
やがて。
最後の一撃。
鋭い嘴が喉元を貫いた。
オークの巨体が崩れ落ちる。
静寂。
ササミはゆっくりと羽を震わせた。
そしてこちらを振り返る。
「コケ」
どこか誇らしげな声だった。
マットは口を開けたまま呟く。
「……ササミ、すげえ」
マエストロは腕を組みながら笑った。
「いや」
「すげえのは、お前かもしれんぞ」
「え?」
「普通、コカトリスはこんな進化をしない」
マエストロはササミを見る。
「お前、何して育てた?」
マットは首を傾げる。
「えっと……」
「一緒に筋トレしてたくらい?」
マエストロは少し黙ったあと。
そして。
吹き出した。
「ははははは!」
「やっぱりお前が原因じゃねえか!」
森の奥に、笑い声が響いた。
――その時だった。
マエストロの視線がふと地面へ落ちる。
「……待て」
低く言う。
マットもつられて足元を見る。
そこには、先ほどオークに斬り落とされたササミの尾が転がっていた。
本来なら、ただの肉片のはずだった。
だが。
それが、動いた。
「……え?」
マットが声を漏らす。
尾の鱗がわずかに震える。
ぴくり。
また。
ぴくり。
やがて、ゆっくりと持ち上がった。
まるで自分の体を探すように、蛇の部分が頭をもたげる。
「おいおい……」
マエストロが眉を上げる。
「嘘だろ」
蛇の目がぎょろりと動いた。
そして、地面に体を打ち付ける。
鱗が軋む。
骨が鳴る。
体が、伸びた。
尾だったはずのそれは、見る間に形を変えていく。
蛇の体が太くなり、節が伸び、地面を擦るようにしてうねり始めた。
落ち葉が散る。
小さな枝が弾ける。
やがて、その体が完全に持ち上がる。
一匹の蛇だった。
いや。
ただの蛇ではない。
鱗はコカトリスの尾と同じ白。
その間を走る赤い線。
まるで、ササミの羽毛に浮かび上がった模様と同じだった。
蛇はゆっくりと鎌首をもたげ、周囲を見渡す。
そして。
マットの方を見る。
しばらく見つめたあと。
小さく、舌を出した。
「……増えたな」
マットが呟く。
マエストロは腕を組み、興味深そうにその様子を見ている。
「普通はこうはならん」
「だろうな……」
「コカトリスは鳥と蛇のキメラだ。だが普通は一つの体に収まる」
蛇は体をくねらせ、ササミの周りをぐるりと一周した。
ササミは特に気にした様子もなく、誇らしげに胸を張っている。
「分離進化……か」
マエストロが呟く。
「聞いたことはあるが、実物を見るのは初めてだ」
マットは頭を掻く。
「えーと……」
「これ、どうする?」
マエストロは笑う。
「お前の鳥だろ」
「つまり?」
「お前の蛇だ」
マットはしばらく蛇を見つめる。
蛇も見つめ返す。
そしてマットは言った。
「……名前いるよな」
マエストロが肩をすくめる。
「まあな」
マットは少し考え。
そして。
「蛇は体をくねらせ、ササミの周りをぐるりと一周した。
ササミは特に気にした様子もなく、誇らしげに胸を張っている。
「分離進化……か」
マエストロが呟く。
「聞いたことはあるが、実物を見るのは初めてだ」
マットは頭を掻いた。
「えーと……」
足元の蛇を見る。
「これ、どうする?」
マエストロが肩をすくめる。
「お前の鳥だろ」
「つまり?」
「お前の蛇だ」
マットはしばらく蛇を見つめる。
蛇も見つめ返す。
少し考え。
ぽつりと言った。
「蛇か」
腕を組む。
「蛇の栄養価は……確か鳥と大体同じだったよな」
マエストロが眉を上げる。
「は?」
「高たんぱく」
マットは一人で納得したように頷いた。
「ということは」
蛇を指差す。
「アミノ」
沈黙。
マエストロは顔をしかめた。
「……変な名前ばっかりだな」
だが蛇は気にした様子もなく、舌をちろりと出した。
ササミは満足そうに羽を震わせる。
こうして。
ササミと。
アミノ。
奇妙な二匹の魔物が、新しく誕生したのだった。




