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マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~  作者: tomato.nit
第一章 少年編 

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第26話 父子の依頼


 依頼掲示板の前で一枚の紙を剥がしたマエストロは、そのまま受付へと持っていった。


 受付嬢はそれを見るなり眉をひそめる。


「……ギルドマスターの話、聞いてました?」


 マエストロは胸を張った。


「勿論」


「じゃあ何故行くんです?」


「だから行くんだよ」


 受付嬢は目頭を押さえた。


「止めても無駄でしょうし……勝手にしてください」


 マエストロは豪快に笑う。


「勿論そのつもりだ」


「わはは!」


 マットも肩をすくめて笑う。


 そのまま二人はギルドの扉へ向かった。


 ――が。


「ちょっと!!」


 受付嬢の声が飛ぶ。


 マエストロが振り返る。


「なんだよ~」


 受付嬢はびしっと指をさした。


 カーボ。


 そして。


 ササミ。


 ちょうどその瞬間。


 ササミが近くのテーブルへ首を伸ばした。


 冒険者の皿。


 その上のパンを。


 ぱくり。


「……あ」


 冒険者が固まる。


 そして叫んだ。


「またかよ!!」


 ササミは気にせずもぐもぐ食べている。


 受付嬢は額に手を当てたまま言った。


「これは連れて行って下さい!!」


 マエストロは肩をすくめる。


「はいはい」


 カーボがゆっくり立ち上がる。


 ササミはまだパンを食べていた。


 こうして。


 父と息子。


 そして二匹の魔物は。


 ギルドを後にした。


 ギルドの扉を押し開けた瞬間、外の空気が流れ込んできた。


 昼の街のざわめき。


 酒場の匂い。


 遠くの鍛冶屋の槌の音。


 マットはそれを胸いっぱいに吸い込む。


「よし」


 その隣でマエストロが肩を回した。


「日帰りで行ける範囲の依頼だったな」


「森のオーク討伐」


「軽い散歩だな」


 二人の背後ではカーボが大きく伸びをしていた。


 灰色の巨狼。


 その鼻先はすでに地面の匂いを追っている。


 そしてササミはというと、どこから持ってきたのかパンをくわえている。


「それどこから取ってきたんだよ」


 マットが呆れる。


 ササミは知らん顔でむしゃむしゃと食べていた。


「まあいい」


 マエストロが歩き出す。


「さっさと片付けて帰るぞ」


 街道を外れ、森へ入る。


 森は街の喧騒とはまるで別世界だった。


 背の高い樹木が空を覆い、陽光は葉の隙間から細く落ちてくる。


 湿った土の匂い。


 苔に覆われた倒木。


 どこかで小鳥が鳴き、遠くでは小さな川の流れる音が聞こえる。


 足元の落ち葉が、踏むたびに柔らかく沈んだ。


 風が枝を揺らす。


 木々の擦れる音が森の奥まで広がっていく。


 カーボがふと立ち止まった。


 鼻を高く上げる。


 空気を吸い込む。


「見つけたか?」


 マエストロが聞く。


 カーボは小さく喉を鳴らした。


 そして森の奥へと歩き出す。


「早いな」


 マットが笑う。


「まだ森入って五分くらいだぞ」


「狼の鼻を甘く見るな」


 マエストロはそう言って後をついていく。


 数分後。


 木々の間に、影が見えた。


 巨大な背中。


 緑色の肌。


 太い腕。


 オーク。


 背丈は人間を大きく上回る。


 丸太のような腕。


 腹には厚い脂肪。


 だがその下には、膨大な筋肉があるのが分かる。


 手には粗末だが巨大なこん棒。


 人間なら一撃で叩き潰されるだろう。


 マットはそれを見て、口元を歪めた。


「いいな」


 ニヤリと笑う。


「これは強敵だ」


 マエストロはその様子を見て、ふっと笑った。


「じゃあ、お手並み拝見だな」


 その辺に転がっていた大きな岩に、どかりと腰を下ろす。


「え、見てるだけ?」


「父親の楽しみだ」


 腕を組む。


「やってみろ」


 オークがこちらに気付いた。


 鼻を鳴らす。


 低い唸り声。


 そして。


 地面を蹴った。


 巨体が突進してくる。


 こん棒が振り上げられる。


 マットは避けない。


 正面から踏み込む。


 振り下ろされたこん棒。


 その瞬間。


 拳が叩き込まれた。


 木のこん棒が、粉々に砕け散る。


 破片が森に飛び散った。


 オークが一瞬止まる。


 次の瞬間。


 マットが踏み込んだ。


 拳。


 肘。


 膝。


 完全なステゴロ。


 オークも拳を振るう。


 丸太のような腕が唸りを上げる。


 だがマットは止まらない。


 そして。


  二人の腕ががっちりと組み合った。指が食い込み、皮膚の下の筋肉がぶつかり合う。純粋な力比べだった。オークの巨腕が膨れ上がる。皮膚の下で筋束が盛り上がり、肩の筋肉が岩のように隆起し、背中の広い筋肉が波のようにうねった。骨が軋み、関節が低く鳴る。


 マットもまた同じだった。腕の筋肉がゆっくりと膨れ上がり、前腕の筋が縄のように浮き出る。肩が持ち上がり、背中の筋肉が引き絞られる。太腿が地面を踏み込み、土が沈む。足元の落ち葉が押し潰され、乾いた音を立てて砕けた。


 押す。


 押し返す。


 互いの腕が微かに震え、その震えが筋肉の奥から波紋のように広がっていく。二つの巨体の力がぶつかり合うたび、地面がわずかに軋み、足元の土がずるりとずれる。近くの枝が揺れ、葉がさらさらと落ちた。森そのものが、その衝突に息を潜めているかのようだった。


 オークがさらに力を込める。牙を剥き、喉の奥で低く唸る。腕の筋肉がもう一度盛り上がる。だが、その力の流れが止まる。


 押しているはずなのに。


 押し返されている。


 マットの腕が、わずかに前へ出た。


 ほんの指一本分。


 だが確かに、前へ。


 体格差は歴然だった。オークの腕は丸太のように太く、肩幅も一回り以上ある。それでも、押し返しているのはマットだった。筋肉が膨れ、骨が軋み、その力がゆっくりと、しかし確実に相手を押し返していく。


 オークの目に困惑が浮かぶ。


「おお」


 岩の上でマエストロが笑う。


「いいぞ」


 マットが一気に踏み込んだ。


「おおおおお!!」


 腕を捻る。


 腰を落とす。


 そして。


 巨体を持ち上げた。


 そのまま。


 投げ飛ばす。


 オークの身体が宙を舞う。


 ドォン!!


 地面に叩きつけられる。


 衝撃で落ち葉が舞い上がる。


 オークは動かない。


 完全にKOだった。


「いやー」


 マエストロが立ち上がる。


「我が息子ながらバケモンだな!」


 嬉しそうに笑う。


 だが。


 その瞬間。


 森の奥から。


 ドス。


 ドス。


 重い足音が響いた。


 さっきのオークよりも。


 重い。


 木々が揺れる。


 そして姿を現した。


 オークファイター。


 通常のオークより一回り大きい。


 全身を木製の鎧で覆い。


 手には巨大な武器。


 進化個体。


 戦士。


 明らかな強敵。


 マエストロが前に出た。


「なら」


「今度は俺の番だな」


 腰に携えた二本の分厚い剣。


 鉈のような刃。


 それを抜く。


 空気が変わる。


 呼吸。


 視線。


 すべてが一瞬で戦士のものへ変わる。


「俺もまだまだ捨てたもんじゃないってことを」


「しっかり見せておかないとな」


 オークファイターが咆哮する。


 突進。


 巨体。


 だが。


  マエストロは動かない。突進してくる巨体を真正面から見据えたまま、足の裏だけで静かに地面を捉えている。オークファイターの咆哮と共に振り下ろされる巨大な武器。その質量も速度も、まともに受ければ人間など容易く押し潰される一撃だ。だがマエストロはぎりぎりの瞬間まで踏み込まず、ただ相手の重心と腕の軌道を見極めていた。


 そして、ほんのわずかに体を横へ滑らせる。


 巨体が通り過ぎる、その一瞬の空白。


 すれ違いざまに走った刃が、木製の鎧を鋭く裂いた。重い木片が砕けて地面へ散る。オークファイターが低く唸り、振り返る。怒りに任せて武器を振るうが、その時にはすでにマエストロは一歩深く間合いの内側へ入り込んでいた。


 振るわれる剣は荒々しい。だが乱暴ではない。剛腕が叩き込む斬撃は重く、しかしその動きには一切の無駄がなかった。踏み込み、体を捻り、刃を滑らせる。その足運びは静かで、しかし確実に相手の死角へと回り込んでいく。打ち込まれた攻撃は弾かれ、逸らされ、次の瞬間には逆に懐へ潜り込まれる。


 斬り、弾き、踏み込み、回る。


 その一連の動きは途切れることなく流れ、まるで長く磨き上げられた型のように連なっていた。オークファイターの武器は空を切るばかりで、その刃は一度としてマエストロの身体を捉えない。


 やがて、決着の瞬間が訪れる。


 マエストロが踏み込み、二本の刃を交差させるように振り抜いた。


 鈍い衝撃。


 次の瞬間、深く斬り裂かれた胴が揺れ、オークファイターの巨体がゆっくりと崩れ落ちた。


 完全な勝利だった。


 マエストロは軽く息を吐き、肩を回した。


「まあ」


「こんなもんだな」


 マットが笑った。


「やっぱ親父強いな」


 マエストロは鼻で笑う。


「当たり前だ」


 その時。


 ササミが森の奥を見ていた。


 尾がゆっくり揺れている。


 何かを見つけたようだった。


 そして。


 小さく鳴いた。


「コケ?」





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