第24話 報告書
街の中心部。
石畳の通りを少し外れた場所に、冒険者ギルドの建物はあった。
重厚な石造りの建物で、昼間は常に冒険者たちで賑わっている場所だが、夜になるとその騒がしさも少しだけ落ち着く。
酒場の喧騒が一段落した頃。
ギルドの二階、支部長室ではまだ灯りが消えていなかった。
机の上に山積みになった書類。
その一枚を、男がゆっくりとめくる。
ゲラング。
この街の冒険者ギルド支部長であり、かつてはBランク冒険者として名を知られた男だった。
年齢は四十代後半。
大柄な体格と、獅子のような髭を持つ男である。
今は椅子に深く腰掛け、書類を読みながら酒の入ったグラスを傾けていた。
「……ほう」
低く呟く。
書類の端には、辺境の村にあるギルド出張所からの印が押されている。
定期報告書だった。
ゲラングはゆっくりとページをめくる。
「ゴブリン討伐……成功」
「ホブゴブリン……討伐」
「コカトリス……捕獲」
ここまでは、まあいい。
だがその下の行を見て、ゲラングの口元がわずかに歪んだ。
「……飼育?」
書類にはこう書かれていた。
――捕獲後、現地住民管理下にて飼育
ゲラングはグラスを机に置く。
「なんだこりゃ」
扉の向こうから声がした。
「村からの正式報告です」
書記の若い職員が顔を出す。
ゲラングは書類をひらひら振った。
「コカトリス飼ってるってどういう意味だ」
「そのままの意味です」
「……は?」
「村で普通に飼われているそうです」
ゲラングは数秒黙った。
それから。
ふっと笑った。
「……ああ」
思い出したように頷く。
「そういや、あのガキだったな」
書記が首を傾げる。
「ご存知なんですか?」
ゲラングは背もたれに体を預けた。
「一度会ってる」
報告書の名前を指で叩く。
――マット
「ダイアウルフ連れてたガキだ」
書記は少し驚いた顔をした。
「それって……この報告の?」
「多分な」
ゲラングはページをめくる。
備考欄。
――ダイアウルフ同行
――依頼成功率 非常に高
――身体能力 異常
ゲラングは小さく笑った。
「変わってねえな」
グラスを持ち上げる。
「いや、むしろ順調か」
酒を一口飲む。
「しばらく見てねえが……」
「ちゃんと化け物に育ってるじゃねえか」
書記は思わず聞いた。
「……化け物?」
「いい意味でだ」
ゲラングは即答する。
「辺境の村ってのはたまにこういうのが出る」
「街の常識から外れたやつがな」
報告書を机に置く。
「ダイアウルフにコカトリス」
「子供のDランク見習い」
「依頼成功率も高い」
指で机を叩く。
「いいじゃねえか」
「順調順調」
書記はまだ納得していない様子だった。
「ですが支部長」
「九歳ですよ?」
ゲラングは笑う。
「だから何だ」
「強い奴は強い」
椅子を少し回す。
窓の外を見る。
夜の街。
遠くに灯りが広がっている。
「それに」
ゲラングは言った。
「エルザのガキだろ」
書記が目を瞬かせる。
「……あの元Bランクの?」
「そうだ」
ゲラングは頷いた。
「昔からおかしい連中だった」
「その子供ならまあ、納得だ」
報告書をまとめて机に置く。
書記が聞く。
「調査はしますか?」
ゲラングは首を振った。
「いや」
「まだいい」
グラスを掲げる。
「下手に触ると折れる」
「こういうのはな」
少し楽しそうに笑う。
「勝手に伸びる」
そして報告書を見る。
そこには確かに書かれている。
――マット
――Dランク見習い
ゲラングは静かに呟いた。
「さて」
「どこまで伸びるかな」
その言葉は、誰にも聞かれることなく部屋の中に消えた。
書記が、ふと思い出したようにもう一枚の封筒を差し出した。
「支部長、もう一件あります」
「ん?」
「魔術師協会からの書状です」
ゲラングは封筒を受け取る。
封蝋には、杖と星を組み合わせた紋章。
魔術師協会の紋章だった。
中の書類を取り出し、目を通す。
「……ほう」
口の端が上がる。
書記が聞いた。
「何かありましたか?」
「魔術学院だ」
「今年の新入生の推薦状だとよ」
魔術学院。
魔術師協会が運営する教育機関であり、国内でも有数の魔術教育機関だった。
正式名称はアカデミー。
だが一般には、魔術学院と呼ばれている。
ゲラングは書状の一行を指でなぞる。
「推薦対象……」
そして小さく笑った。
「アルエ・リーベン」
書記が驚く。
「辺境の村の?」
「そうだ」
ゲラングは頷いた。
「あの嬢ちゃんか」
少し前の記憶を思い出す。
火球。
あの歳で、あの制御。
確かに目を見張るものがあった。
「まあ、そりゃ目をつけられるわな」
ゲラングは書状を机に置いた。
報告書。
推薦状。
二枚の紙を並べる。
「面白くなってきたじゃねえか」
書記が聞く。
「どうします?」
ゲラングは即答した。
「呼べ」
「え?」
「マットと、その嬢ちゃんだ」
「それと……狼と鶏もな」
書記が困惑した顔をする。
「本気ですか?」
ゲラングは楽しそうに笑った。
「久しぶりに顔を見てえ」
「どこまで化け物になったか、な」
グラスを持ち上げる。
酒を一口飲み、言った。
「村に連絡出せ」
「ギルドに来いってな」
窓の外では、街の灯りが静かに揺れていた。
そして。
辺境の村にいる少年たちは、まだその呼び出しを知らない。




