表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~  作者: tomato.nit
第一章 少年編 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/130

第17話 怪物


 森の奥へ続く足跡は、最初に見つけた瞬間から異様だった。


 地面に刻まれた跡は、人の胴ほどもある。踏み込まれた土は深く沈み込み、周囲の草は根元から押し潰されている。まるで巨大な重りを落としたかのようだった。


 俺はしゃがみ込み、指でその縁をなぞる。


「……でかいな」


 隣でアルエも同じように足跡を見下ろしていた。


「ボアじゃないね」


「うん。こんなの、普通の獣じゃない」


 カーボは低く鼻を鳴らし、周囲の空気を探るように首を振る。コカトリスも羽を半分ほど広げ、地面を軽く蹴りながら警戒していた。


 森は静まり返っている。


 風もほとんどない。


 だが静けさの奥に、何か重たい気配が沈んでいる。


 この先に――確実に、何かがいる。


「追ってみる?」


 アルエが顔を上げた。


 俺は足跡をもう一度見てから立ち上がる。


「いいね」


 思わず笑みが浮かんだ。


「Dランクの依頼じゃ、ちょっと物足りないし」


 アルエも笑った。


「だよね」


 カーボが尻尾を振る。


 コカトリスは地面を蹴り、短く鳴いた。


 俺たちは自然と歩き出していた。


 足跡を辿りながら、森の奥へ進んでいく。


 枝が折れ、幹が削れ、ところどころ地面がえぐれている。足跡だけではなく、進んだ跡そのものが道のように残っていた。


 森の奥に進むほど、その痕跡は激しくなる。


 そしてやがて、視界が開けた。


 そこは森の中とは思えないほど荒れていた。


 太い木が何本も倒れている。岩は砕け、地面には深い亀裂が走っていた。嵐が通り過ぎた後のような光景だった。


 だが、自然の力ではない。


 これは――暴力の跡だ。


 そして。


 その中心に、それは立っていた。


 オーガ。


 三メートルを優に超える巨体。


 岩のように盛り上がった筋肉が、全身を鎧のように覆っている。腕は丸太のように太く、指一本で人の頭ほどの太さがある。


 その怪物が一歩踏み出すだけで、地面が鈍く沈んだ。


 足元には、へし折られた木が何本も転がっている。


 幹はねじ切られたように裂けていた。


 それをやったのが、この怪物なのだと嫌でも分かる。


 そしてその手には、大岩が握られていた。


 人なら抱えることすら難しい岩を、まるで石ころのように持っている。


「……」


 アルエが小さく呟いた。


「でかい」


 俺はその姿を見ながら、わずかに笑った。


「まあでも」


「四人いればいけるだろ」


 アルエも頷く。


「だよね」


 その時点では、本気でそう思っていた。


 完全な慢心だった。


 オーガがゆっくりとこちらを向く。


 赤黒い目が、俺たちを捉えた。


 そして次の瞬間。


 森の空気が震えた。


 咆哮。


 空気そのものが揺れるほどの声だった。


 アルエがすぐに魔力を練る。


「来るよ!」


「ファイアボール!」


 火球が一直線に飛ぶ。


 怪物の胸に直撃した。


 爆炎が広がり、煙が舞い上がる。


 アルエが息を呑む。


「やった?」


 煙がゆっくりと晴れる。


 そこに立っていたのは――同じ姿のオーガだった。


 火の痕跡はある。


 だが、傷と呼べるほどのものは見当たらない。


「……え?」


 アルエの声が震えた。


 火球は確かに直撃した。


 爆発も起きた。


 それなのに、あの怪物はほんの少し焦げただけで立っている。


 その姿を見た瞬間、胸の奥に嫌な感覚が落ちた。


 強い。


 いや――それだけじゃない。


 俺たちが今まで戦ってきた相手とは、まるで格が違う。


 その直後。


 オーガがゆっくりと足を上げた。


 ただの一歩だった。


 だが、その足が地面に落ちた瞬間、鈍い振動が足元から伝わってきた。土が沈み、枯葉がふわりと浮き上がる。


 重い。


 その一歩だけで理解させられる。


 こいつは――今まで戦ってきたどの魔物とも違う。


 巨体が信じられない速度で迫る。


「カーボ!」


 助けに入ろうと足が動く。


 だが体が追いつかない。


 あまりにも、一瞬だった。


 灰色の影が飛び出した。


 カーボだ。


 地面を蹴った瞬間、もうオーガの喉元へ届く距離にいた。これまで何度も見てきた突進。森の魔物程度なら、その牙が届いた時点で終わっていた。


 だが――。


 オーガは動かなかった。


 いや、動いていないように見えた。


 巨大な体はその場に立ったまま、ただ腕だけがわずかに動く。


 まるで落ちてくる木の実でも受け止めるかのような、雑な動きだった。


 次の瞬間。


 カーボの姿が消えた。


 視界が一瞬遅れて追いつく。


 オーガの手の中に、灰色の体が収まっていた。


「グルッ!?」


 そして。


 投げられる。


 巨体が宙を舞い、森の木に激突した。


 鈍い音と共に、カーボが地面に落ちる。


「カーボ!」


 すぐにコカトリスが飛びかかった。


 羽を広げ、鋭い嘴を突き出す。


 連続で打ち込まれる攻撃。


 だが。


 オーガの手が羽を掴んだ。


 次の瞬間、怪物は腕を振る。


 コカトリスの体が地面へ叩きつけられた。


 地面が割れる。


 コカトリスは動かない。


「そんな……」


 アルエが後ずさる。


 俺は前に出た。


 正直に言えば、怖かった。


 カーボも、コカトリスも、あっという間に倒された。


 それでも、このままアルエを背後に置いて下がるわけにはいかない。


 拳を握る。


 筋肉に力を込める。


 踏み込む。


 渾身の一撃を放つ。


 拳がオーガの腹へ突き刺さった。


 確かな手応え。


 だが。


 怪物の体は揺れない。


 オーガは一歩も動かなかった。


「……嘘だろ」


 全力だった。


 これまでのトレーニングも、カーボとの戦いも、村での戦闘も。


 全部を込めた一撃だった。


 それなのに。


 オーガは微動だにしない。


 その事実が、ゆっくりと胸に沈んでくる。


 横を見る。


 カーボは木の根元で倒れている。


 コカトリスも地面に伏したままだ。


 背後にはアルエ。


 さっきまで強気だった表情が、今は青ざめている。


 まずい。


 本当に。


 勝てないかもしれない。


 胸の奥で、冷たいものが広がる。


 それでも。


 ここで退いたら、アルエがやられる。


 俺は歯を食いしばった。


 一歩、前に出る。


 逃げない。


 勝てなくても。


 ここは――俺が立つ場所だ。


 その瞬間。


 オーガの拳が動いた。


 視界が追いつかない。


 気付いた時には衝撃が体を打ち抜いていた。


 俺の体が宙を舞う。


 岩に叩きつけられ、肺の空気が一瞬で抜けた。


 呼吸ができない。


「マット!!」


 アルエの叫びが聞こえる。


 だが体が動かない。


 オーガの足音が近づいてくる。


 重く、ゆっくりと。


 確実に。


 その時だった。


 振り下ろされるはずだった拳が、途中で止まった。


 硬い金属音が森に響く。


 オーガの拳の前に、一本の刃が差し込まれていた。


 ゆっくりと、その人物が前に出る。


「下がりなさい」


 エルザだった。


 剣を構え、俺たちの前に立つ。


 オーガが唸り、腕を振り上げる。


 巨体から放たれる拳。


 だが次の瞬間、エルザの姿が視界から消えた。


 次に見えた時には、すでにオーガの腕の横に立っていた。


 遅れて血が噴き出す。


 腕が滑り落ちた。


 俺は目を見開く。


 動きがまったく追えない。


「今は……少しだけ全力を出せる」


 エルザの体から、圧倒的な気配が広がる。


 空気が張り詰めた。


 オーガが怒り狂い、突進する。


 地面が砕けるほどの一撃。


 だがそこにエルザはいない。


 背後で剣が閃く。


 深い斬撃が走る。


 さらに二撃、三撃。


 巨体に傷が刻まれていく。


 まるで力の差を見せつける戦いだった。


 俺は呆然と見ていた。


 これが――母の本気。


 オーガが最後の力で突進する。


 巨体ごとぶつかるつもりだ。


 エルザは一歩だけ前に出た。


 剣を構え、静かに振るう。


 一閃。


 巨体が揺れる。


 やがてオーガの体はゆっくりと崩れ落ちた。


 地面に沈み、動かなくなる。


 森に静寂が戻った。


「……はぁ」


 エルザが膝をつく。


 剣を地面に突き立て、体を支えた。


 顔色が悪い。


 呼吸も荒い。


「母さん!」


 俺は駆け寄る。


 エルザは苦笑した。


「言ったでしょ。長くは戦えないの」


 空を見上げ、息を吐く。


「本来なら……こんな相手、準備運動なんだけどね」


 その言葉を聞きながら、俺は思う。


 世界は広い。


 そして強さには――果てがない。


 だが。


 だからこそ。


 ここで終わるわけにはいかない。


 俺は、もっと強くなる。


 この怪物を軽くねじ伏せた母の背中に、いつか追いつくために。


 こうして俺たちはオーガを倒した。


 だがその代償として、エルザは完全に力を使い果たしていた。


 俺たちは彼女を支えながら、急いで村へ戻ることになったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ