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マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~  作者: tomato.nit
第二章 成長編

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第143話 オーガ出現


 ――その時だった。


 ざわめきがようやく収まりかけていたギルドの扉が、突然、内側へ叩きつけられるように開いた。


「た、大変だ!」


 飛び込んできたのは一人の冒険者だった。


 鎧はところどころ砕け、肩当ては外れ、服は泥と血で汚れている。息は荒く、今にも崩れ落ちそうなほど体を揺らしながら、どうにか踏みとどまっている状態だった。


 その姿を見た瞬間、ただ事ではないと誰もが理解する。


 先ほどまでざわめいていたギルドの空気が、今度は別の意味でぴんと張り詰めた。


「どうした!」


 近くにいた冒険者がすぐに駆け寄り、男の肩を支える。


 だが男は息を整える暇すら惜しむように、掠れた声を絞り出した。


「お、オーガが出た……!」


 その一言が落ちた瞬間、ギルドの空気がずしりと沈んだ。


 オーガ。


 この地域の冒険者なら、誰もが知っている名前だった。


 それは山岳地帯や深い森の奥に現れる、人型の巨大モンスター。圧倒的な筋力と耐久を持ち、並の冒険者ではまともに戦うことすらできない存在だ。


 もしそんな怪物が街の近くに現れたのだとすれば、それは単なる討伐依頼では済まない。放置すれば、街道を行き交う商人や旅人が次々と犠牲になる。


 つまり――完全な緊急事態だった。


「なんで……こんなところにオーガなんか!」


「おい、人数かき集めろ!」


「場所はどこだ!」


 怒号が飛び交い、ギルドの空気が一気に戦闘準備の色へと変わっていく。


 報告に来た冒険者は壁にもたれながら、荒い呼吸の合間に言葉を吐き出した。


「街道の外れだ……馬車が一台やられてる……多分、どこかから流れてきたんだ……」


 その言葉を聞き、何人もの冒険者が顔を見合わせた。


 重い沈黙が落ちる。


 だがその中で――マットだけは、少し違う表情をしていた。


 オーガ。


 その名前を耳にした瞬間、胸の奥に懐かしい感覚が蘇る。


 まだ冒険者になりたてだった頃、初めて真正面から戦い、そして完全に叩き潰された相手。


 あの時はエルザが助けに来てくれなければ、間違いなく命を落としていただろう。


 その後、何度も鍛え、再び挑み、ようやくリベンジを果たした。


 だが――。


 今の自分は、あの頃とはまた違う意味で万全ではない。


 四年間の昏睡。


 弱った身体。


 取り戻しきれていない感覚。


 どこまで戦えるのか。


 それを確かめるには、これ以上ない相手だった。


「オーガか」


 マットはゆっくりと腕を回す。


 肩の関節が小さく鳴り、続いて首を軽く傾けると、骨の鳴る乾いた音が静かに響いた。


「腕が鳴るな」


 その様子を見て、近くにいた冒険者がぎょっとした顔になる。


「お、おい兄ちゃん……正気か?」


「勿論だ」


 マットは軽く笑った。


「まあ、最悪俺がダメでも――」


 そう言って、ちらりと入口の方を見る。


「カーボなら余裕だろ」


 その言葉に応えるように、開け放たれた扉の外から低い声が響いた。


「……ウォン」


 外で待っていたカーボが、小さく吠えた。


 それからほどなくして、マットはミリアを連れ、カーボの背にまたがってギルドを飛び出していた。


 現場の場所は、おおよそは先ほどの冒険者から聞いている。だが、仮にそれが曖昧だったとしても問題はない。街道に残された血の跡と匂いを辿れば、カーボが迷うことはまずないだろう。


 地面を蹴る音が、次の瞬間にはもう遠くへ流れていく。


 カーボは一気に加速した。


 街道を裂くような全速力。


 風が顔に叩きつけられ、景色が後ろへと流れていく。


「ミリア、しっかり捕まってろ。舌噛むなよ」


「う、うん!」


 ミリアは必死にマットの腰にしがみつく。


 今まで感じたことのない速さだった。風圧に思わず目を細めながらも、その胸の奥には、緊張と同時にどこか楽しさのようなものも混じっている。


 やがて街の建物が途切れ、街道の外れへと差しかかった。


 そこで、はっきりと異変が目に入る。


 横倒しになった馬車。


 砕けた車輪。


 散乱した荷物。


 そして――。


 その脇で、何かを貪っている巨体。


 緑がかった灰色の皮膚。


 岩のように盛り上がった筋肉。


 丸太のような腕。


 それは、紛れもなくオーガだった。


「お、おっきい……!」


 ミリアが思わず声を上げる。


 初めて目にする巨体に、驚きの色が隠せない。


 その声に反応するように、オーガはゆっくりと動きを止めた。


 貪っていた荷物を放り出し、ぎしりと音を立てながら体を起こす。


 そして、こちらへと振り返った。


 濁った黄色い目が、まっすぐマットたちを捉える。


 その巨体から発せられる圧力に、普通の人間なら思わず足がすくむだろう。


 だが。


 マットの胸の奥では、逆に高揚感がゆっくりと膨らんでいた。


「カーボ」


 短く呼びかける。


「ミリアを連れて、少し下がってろ」


 カーボは一度だけ低く喉を鳴らした。


 理解している、と言わんばかりに。


 そして次の瞬間、ミリアの首元の服をそっと咥え、そのまま軽く跳ねるように後方へと下がる。


 数歩で十分な距離を取ると、ミリアを地面へ下ろし、オーガとマットの様子をじっと見据えた。


 街道の外れに、重たい沈黙が落ちる。


 巨大なオーガと、その前に立つ一人の男。


 体格差だけを見れば、勝負になるようには見えない。オーガの肩はマットの二倍以上の高さにあり、腕は丸太どころか柱のようだった。


 しかしマットは一歩も退かず、ゆっくりと肩を回す。


 関節が鳴り、続いて首を軽く傾ける。


 その仕草は、まるで軽い準備運動のようだった。


 対してオーガは、目の前の存在にわずかな戸惑いを覚えていた。


 小さい。


 圧倒的に小さい。


 ひねり潰せる。


 それなのに――その余裕は何だ。


 自分を恐れないその態度が、オーガの神経を逆撫でした。


 低く唸り声を上げた次の瞬間、オーガは地面を蹴った。


 巨体とは思えない速度で距離を詰め、そのまま巨大な拳を振り下ろす。


 空気が裂ける。


 だが。


 マットは逃げない。


 踏み込み、両腕を上げて――その拳を正面から受け止めた。


 轟音。


 衝撃が全身を突き抜ける。


 足元の地面が砕け、マットの脚がずぶりと沈み込んだ。


「く……重いな」


 吐き出すように言う。


 だが、その口元には確かに笑みが浮かんでいた。


 今の一撃で、全身の筋肉が一斉に悲鳴を上げている。骨が軋み、筋が裂け、体の奥まで衝撃が響く。


 だが次の瞬間。


 淡い緑の光が、マットの身体を包み込んだ。


 回復魔法。


 裂けかけた筋肉が再び繋がり、損傷した組織が瞬く間に修復されていく。


「……この感覚、久しぶりだな」


 マットは小さく呟いた。


 モンスターとの極限の戦闘の中で、自分の体を壊しながら鍛える。


 傷つき、回復し、さらに負荷を重ねていく。


 それがマットの戦い方だった。


「流石にこの状態じゃ、カーボ相手にするのは骨が折れるからな」


 肩を鳴らしながら言う。


「丁度いい相手が居て助かった」


 その言葉を理解したわけではないだろう。


 だが、侮られた空気だけは伝わったらしい。


 オーガの目が怒りで濁る。


 次の瞬間、再び拳が振り下ろされた。


 ドン。


 衝撃。


 さらにもう一撃。


 ドゴン。


 巨体から繰り出される拳が、容赦なく叩きつけられる。


 そのたびにマットの身体は地面に沈み込み、骨を砕くような衝撃が走る。


 だが、同時に緑の光がその身体を包み込む。


 回復。


 再生。


 修復。


 そしてまた負荷。


「いいぞ……!」


 マットの目が輝く。


「いい負荷だ。もっと来い!!」


 その叫びに呼応するように、オーガが咆哮を上げた。


 巨大な腕を振り上げ、両手を組み合わせる。


 次の瞬間。


 大槌のような両拳が、マットの頭上へ叩き落とされた。


 マットは両腕を掲げ、それを受け止める。


 地面が爆ぜた。


 衝撃で周囲の土が跳ね上がり、砂煙が舞う。


 マットの両脚は、すでに膝近くまで地面へ沈み込んでいた。


 だが。


 それでも腕は折れない。


 緑の光が、再び身体を包む。


 オーガは何度も拳を振り下ろす。


 一撃。


 また一撃。


 さらに一撃。


 そのたびにマットの身体は地面へ沈み、回復魔法が全身を修復していく。


 そして――。


 しばらくして。


 オーガの拳が振り下ろされても、マットの身体はもう沈まなくなっていた。


 むしろ。


 受け止めた腕が、ゆっくりと押し返し始める。


 筋肉が軋み、骨が鳴る。


 だが今度は、マットの方が笑っていた。


「……なら、今度はこっちの番だな」


 マットはゆっくりと地面にめり込んだ足を引き抜いた。湿った土が崩れ、ずぶりと抜けた脚が地面へ戻る。


 その脚は、先ほどまでとは明らかに違っていた。


 筋肉が膨らみ、血が巡り、負荷と回復を何度も繰り返した結果として一回り太くなっている。戦闘の最中に鍛え直された肉体は、さっきまでのマットとは別物のようだった。


 受け止めていたオーガの拳が、ゆっくりと押し返されていく。


 ぎしり、と。


 オーガの腕が軋んだ。


 その巨体が初めて後ろへ揺らぐ。


 マットの身体からは白い湯気が立ち昇っていた。血流が上がり、熱を帯びた体から蒸気が漏れている。


 その姿は、どちらが鬼なのか分からないほどだった。


 そして次の瞬間。


 マットの拳が放たれる。


 踏み込み。


 腰を捻り。


 全身の筋肉を連動させた一撃。


 拳がオーガの腹部へ突き刺さった。


 衝撃が走る。


 巨体がぐらりと揺れ、オーガは数歩よろめいた。


 だが――まだ倒れない。


「いいぞ。そう来なくっちゃな!」


 マットは笑う。


 そこからは、殴り合いだった。


 オーガの拳とマットの拳が真正面からぶつかり合う。巨大な拳と人の拳が互いの身体へ叩き込まれ、そのたびに空気が破裂するような音が街道に響き渡る。


 岩を砕くような衝撃。


 肉と骨がぶつかる鈍い音。


 砂埃が舞い上がり、周囲の木々の葉が震える。


 その光景を、ミリアは瞳を輝かせながら見つめていた。


「お兄ちゃん、すごい!」


 まるで祭りでも見ているような声だった。


 カーボもまた、その様子を見守っている。どこか懐かしいものを見るように尻尾をゆっくりと振っていた。


「あれ、お兄ちゃん何してるの?」


 ミリアの素朴な疑問に答える者は、残念ながら誰もいない。


 カーボは呆れたように鼻を鳴らす。


「……ワフ」


 そしてついには、その場に丸くなってしまった。


 どうやら長くなりそうだと判断したらしい。


 カーボが目を逸らした先で――。


「ヒーリングパンチ!」


 マットの拳がオーガを殴り飛ばした。


 巨体が大きくよろめいた瞬間、今度はオーガの体が淡い緑の光に包まれる。


 回復魔法。


 裂けた皮膚が閉じ、傷ついた筋肉が修復されていく。


 マットのスパーリングの真骨頂だった。


 自分だけでなく、相手の傷すら癒す。


 互いを戦闘の中で回復させ、より激しい負荷をかけ続ける。


 極限まで戦いを長引かせる、常識外れの訓練方法。


 オーガが再び咆哮を上げる。


 そしてまた拳を振り下ろす。


 マットは笑いながらそれを受け、殴り返し、回復し、さらに殴る。


 殴り。


 殴られ。


 回復し。


 また殴る。


 その繰り返しが、しばらく続いた。


 やがて。


 オーガの巨体が、ついに膝をついた。


 最後の一撃を受け、ゆっくりと横倒しになる。


 地面が揺れ、土煙が舞い上がった。


 マットは肩で息をしながら、その巨体を見下ろす。


「……いいトレーニングだったぞ」


 殴り合った相手への敬意のように、マットは軽く一礼した。


 それから振り返り、カーボとミリアのところへ歩いて戻る。


「終わったぞ」


 だが。


 ミリアは、いつの間にか眠っていた。


 丸くなったカーボの腹の上で、すやすやと寝息を立てている。


 カーボはというと、完全に付き合う気をなくした様子で目を細めていた。


「……お前、案外肝も据わってるんだな」


 マットは苦笑する。


 本来なら鬼気迫る戦闘だったはずだ。


 だがミリアにとっては――どうやら子守歌のようなものだったらしい。


 その時だった。


 遠くから、複数の足音が聞こえてきた。


 乾いた土を踏みしめる音。鎧が触れ合う音。慌てた呼吸。


 どうやら街の冒険者たちが応援に駆け付けてきたらしい。


 カーボの全速力でここまで来たことを考えれば、丁度それくらいの時間だろう。


 やがて、街道の向こうから数人の冒険者が姿を現した。


 そして――。


 倒れているオーガの巨体を見た瞬間、足を止める。


「……おい」


 先頭にいた大柄の冒険者が目を見開いた。


「お、おい……ほんとにやっちまったのか!」


 その声に、後ろの冒険者たちも一斉に視線を向ける。


 巨大なオーガの死体。


 そしてその横で、まるで散歩でも終えたかのように立っているマット。


 状況を理解するのに、数秒かかったらしい。


「……ああ」


 マットは肩を回しながら答える。


「丁度トレーニングに良さそうだったからな」


「トレーニング!?」


 冒険者の声が裏返った。


 だがマットは特に気にする様子もなく、カーボの方へ歩いていく。


 その途中で、カーボの腹の上で眠っていたミリアが、もぞりと動いた。


 小さくあくびをし、眠そうに目をこする。


「……ん……」


「お兄ちゃん……もう終わったの?」


「ああ。終わったぞ」


 マットは笑う。


「そろそろ村に帰るか」


「うん……」


 ミリアはまだ少し眠そうなまま頷いた。


 マットはカーボの背に軽く飛び乗る。


 そして振り返り、呆然としている冒険者たちへ手をひらひら振った。


「じゃあ、後は任せた」


「え?」


「報酬は適当に分けといてくれ」


 そう言い残すと、カーボが地面を蹴る。


 次の瞬間には、巨狼の背に乗った二人の姿は街道の向こうへと走り去っていた。


 取り残された冒険者たちは、しばらくその背中を見送る。


 そしてゆっくりと視線を、足元のオーガへと戻した。


「……おい」


「これ……どうすんだ?」


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