第14話 Dランク昇格
ゴブリンの巣を壊滅させた帰り道。
森を抜け、村へ続く街道を歩きながら、エルザは何度目か分からないため息をついた。
「……本当に、何なのよあなたたち」
その横でアルエが元気よく言う。
「楽しかったね!」
「楽しかったねじゃないのよ」
エルザは額を押さえる。
「普通はね、ゴブリンの巣を見つけた時点で一度ギルドに戻るの」
「そうなの?」
「そうよ。新人二人と狼一匹で壊滅させるものじゃない」
俺は首をかしげた。
「でも倒せたよ?」
「倒せたことが問題なのよ!」
横でカーボが尻尾を振る。
「ワン」
「あなたは嬉しそうね……」
エルザは深く息を吐いた。
「まあいいわ。とにかく報告よ」
ギルドの扉を押し開ける。
昼前の酒場は朝よりもさらに騒がしかった。鎧のぶつかる音、笑い声、ジョッキのぶつかる音が混ざり、冒険者たちが思い思いに騒いでいる。
その中に入ると、何人かがこちらを見る。
理由は分かりやすい。
カーボだ。
巨大な狼が酒場に入ってくれば、嫌でも目立つ。
「おい、あの狼……」
「山狼か?」
「いや、なんかでかくね?」
ざわざわと小さな声が広がる。
その視線を気にする様子もなく、俺はカウンターに向かった。
そこにいたのはゲラングだ。
「戻ったか」
ゲラングはちらりとこちらを見た。
「……早かったな」
「終わった」
「そうか」
俺は袋を置く。
ドサッ。
中から出したのはゴブリンの耳。
そして――
ホブゴブリンの耳。
カウンターの上に並べた瞬間。
周囲の空気が止まった。
「……おい」
誰かが呟く。
ゲラングは腕を組んだまま、しばらく耳を見ていた。
そしてゆっくり言う。
「……巣か?」
「ええ」
エルザが答える。
「十匹以上。ホブが一匹」
沈黙。
ゲラングは頭を掻いた。
「なるほどな」
そして振り向く。
次の瞬間。
酒場中に響く声で怒鳴った。
「おい!!」
ギルド中の視線が集まる。
「この中にホブゴブリンを討伐できるパーティはいるか!」
冒険者たちが顔を見合わせる。
やがて何人かが手を上げた。
「ランク言っていけ」
この世界の冒険者ランクは単純だ。
Fは見習い。登録したばかりの新人。薬草採取や雑用が主な仕事。
Eになると、ようやくゴブリン退治のような“まともな依頼”を任される。
Dからは一人前扱いだ。ギルドでも信頼され、村の警備や魔物討伐の主力になる。
Cはベテラン。大型モンスター討伐が視野に入る。
Bはギルドの主戦力。国の強さはBランク以上の人数で測られるとも言われている。
そしてA。ドラゴンや災害級モンスターと戦う、超人の領域。
つまり――ホブゴブリンを安定して倒せるのは、普通はD以上のパーティだ。
「D」
「D」
「D」
「B」
「A」
ざわざわとした空気。
その中で、ひょいと手が上がる。
マエストロだ。
「元B」
ゲラングが即座に言う。
「お前には聞いてねぇ」
「ひどくない?」
マエストロは笑っている。
ゲラングはカウンターに肘をつき、俺を見る。
アルエを見る。
カーボを見る。
「……FとEは無理だな」
酒場の空気が変わる。
少し間。
「Dだ」
一瞬、静まり返った。
そして――
ざわっ。
「D!?」
「新人だろ!?」
「嘘だろ!?」
アルエが固まっている。
「え」
そして小さく言った。
「え、私も?」
ゲラングは肩をすくめる。
「巻き添えだ」
「えええ!?」
エルザは深く息を吐いた。
「……やっぱりそうなるのね」
ゲラングは言う。
「だが」
カウンターを軽く叩く。
「新人は新人だ」
「Dランク見習いだ」
俺は少し考えた。
「つまり?」
「仕事はD相当」
「扱いは新人」
「なるほど」
横でアルエがまだ混乱している。
「え、え、私D?」
「まだ見習いだけどね」
「でもD?」
カーボが嬉しそうに鳴く。
「ワン」
その声に、周囲の冒険者たちが改めてカーボを見る。
「……あの狼」
「普通じゃないぞ」
「さっきホブって言ってたよな」
ひそひそ声が広がる。
ゲラングが酒を一口飲む。
「しかしな」
そう言って俺を見る。
「お前、何してんだ普段」
「トレーニング」
「どんな」
「スパーリング」
「誰と」
俺はカーボを見る。
カーボは尻尾を振った。
酒場が一瞬静かになる。
ゲラングは額を押さえた。
「……狼と?」
「うん」
「回復魔法使いながら」
沈黙。
その後。
酒場の奥で誰かが言った。
「……異端児だな」
小さな笑いが起きる。
別の声。
「確かに」
「普通じゃねぇ」
「でも強い」
マエストロが笑う。
「異端児?違うな」
ジョッキを掲げる。
「新しいタイプの冒険者だ」
ゲラングが鼻を鳴らす。
「……まあいい」
俺を見る。
「覚えとけ」
「この世界はな」
少し間。
「異端が歴史を作る」
アルエが小声で聞く。
「マット」
「なに」
「私たち」
「有名になっちゃう?」
俺は少し考えた。
そして言った。
「もっと強くなれば」
カーボが元気よく鳴いた。
「ワン!」
その声に、酒場の空気がまた少しざわめいた。
こうして。
俺たちは――
Dランク見習いになったのだった。




