第11話 冒険者ギルド
エルザがギルドの扉を押し開けた瞬間、むっとした熱気が外へ流れ出てきた。
酒の匂い。
焼いた肉の匂い。
革の匂い。
鉄の匂い。
いろいろな匂いが混ざり合い、まるで鍛冶場と食堂と酒場を一つにしたような空気だった。
中は広い。
木の床。
長い机。
頑丈そうな椅子。
武装した男女が好き勝手に過ごしている。大剣を背負った男がジョッキを傾け、弓を磨く女が椅子の背に体を預けている。鎧を着たまま机に突っ伏して眠っている者までいた。
壁には巨大な掲示板。
そこにびっしりと紙が貼られている。
討伐依頼。
採取依頼。
護衛依頼。
紙の量だけでも、この街にどれだけ仕事があるのか想像できた。
「おお……」
思わず声が漏れる。
村とは別世界だ。
だが次の瞬間。
「……おい」
誰かの声。
「おいおい」
「おいおいおい」
視線が一斉にこちらへ集まる。
正確には――俺の後ろ。
カーボだ。
荷車の横から、当然のような顔でギルドに入ってきた巨大な狼。
「……あれ狼だよな?」
「いやサイズおかしいだろ」
「ダイアウルフじゃね?」
一瞬の沈黙。
「ワン」
カーボがご機嫌に鳴いた。
尻尾を振る。
完全に犬のつもりだ。
ざわざわと空気が揺れる。
「気にするな」
マエストロが平然と言った。
そして何事もないように歩き出す。
すると。
「……あれ?」
近くの机に座っていた冒険者が目を細めた。
「マエストロじゃねえか?」
父さんが振り向く。
「お、ガルドか」
「やっぱりそうだ!」
男が立ち上がった。
「生きてたのかよ!」
「人を死人みたいに言うな」
「だって急に引退するからさ!」
「結婚したんだ」
「なるほど」
ガルドは腕を組んで父さんを見る。
「Bランクの怪力マエストロが家庭持ちとはなあ」
「もう引退してる」
「嘘つけ。まだ普通に強そうだぞ」
周囲の冒険者が笑う。
「マエストロが引退とか信じねえ」
「腕っぷしだけならまだ現役だろ」
ガルドはそこでエルザを見る。
「……で、その奥さんは?」
誰かが小さく呟いた。
「……紅の刃のエルザじゃね?」
別の冒険者が目を見開く。
「マジかよ」
「Aランクパーティだぞ」
周囲が少しざわつく。
エルザは肩をすくめた。
「昔の話よ」
「昔でも怖ええよ」
その横でカーボが尻尾を振る。
「ワフ」
ガルドがカーボを見る。
「で、その狼は?」
「猟犬だ」
マエストロが答える。
「嘘だろ」
即答された。
「よく食うんだ」
「そういう問題じゃねえ」
そんなやり取りをしながら、俺たちは受付カウンターへ向かう。
受付の女性が顔を上げた。
綺麗な人だ。
そして。
カーボを見た。
止まった。
「……」
「……その狼は?」
「猟犬だ」
マエストロが答える。
「無理があります」
即座に返された。
「よく食うんだ」
「だからそういう問題ではありません」
受付嬢はこめかみを押さえた。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「登録に来た」
「誰が?」
エルザが俺を指差す。
「この子」
受付嬢の視線が俺へ向く。
「……おいくつですか?」
「8歳」
「……」
受付嬢はアルエを見る。
「あなたは?」
「11です」
「…………」
受付嬢は深く息を吐いた。
「本来、冒険者登録は15歳以上となっております」
「例外もあるわよね」
エルザが言う。
「実力があれば」
受付嬢が少し眉を上げる。
「……保護者は?」
「私」
「でしょうね」
受付嬢は頷いた。
「では実力確認を行います」
カウンターの下から透明な水晶を取り出す。
「ステータス測定です。まずはそちらの子から」
アルエが前に出る。
水晶に手を置く。
ふわりと光る。
数字が浮かび上がる。
レベル18。
受付嬢が止まった。
「……11歳で?」
周囲の冒険者が覗き込む。
「おいおい」
「魔法学院でもそんなのいねえぞ」
「将来有望すぎるだろ」
アルエは少しだけ胸を張った。
受付嬢は咳払いをする。
「……次」
俺が前に出る。
水晶に手を置く。
光る。
強く光る。
さらに強く光る。
水晶が小さく震え始めた。
周囲がざわつく。
「なんだ?」
「光りすぎじゃね?」
そして。
パキッ。
「え」
水晶にヒビが入った。
「え?」
受付嬢が固まる。
表示された数字。
レベル32
筋力350
沈黙。
次の瞬間。
「……は?」
冒険者たちが一斉に声を上げた。
「俺レベル30だぞ」
「筋力350ってなんだよ」
「騎士団長クラスじゃねえか」
「8歳で!?」
受付嬢は水晶と俺を交互に見る。
「壊れて……ませんね」
マエストロが爆笑した。
「あっはっはっは!」
「笑い事じゃないでしょう!」
エルザが頭を叩く。
スパーン。
その横でカーボが興味深そうに水晶を見る。
「ワン」
受付嬢が深呼吸する。
「……その狼も測ります」
カーボが鼻を近づける。
水晶が光る。
……。
表示なし。
「測定不能……?」
周囲の冒険者がざわめく。
「やっぱダイアウルフだろ」
「いやそれ以上じゃね?」
「そもそもなんで従ってんだ」
受付嬢は目を閉じた。
そして。
「……少々お待ちください」
奥へ走っていった。
ギルド内の視線が完全にこちらへ集まる。
ひそひそ。
ざわざわ。
マエストロが肩をすくめた。
「やりすぎたな」
「え?」
俺は首を傾げる。
周囲の冒険者の一人がぼそりと言った。
「……なんだこの家族」




