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マッスル・ストロンガー・ザン・マジック ~回復魔法と筋トレの相乗効果で究極の筋肉を手に入れよう~  作者: tomato.nit
第一章 少年編 

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第107話 ドラゴンの骨


 グラハムとの話し合いを終えてから、マットたちの動きは早かった。


 次の依頼が正式に下りるまで一週間。その間、ギルドは総力を挙げて情報を洗い直し、火山の施設から回収した資料や各地から集まる報告を突き合わせることになるという。相手が大きな組織である以上、こちらも手探りのまま飛び込むわけにはいかない。慎重さは、今やこの一行にも十分に身に染みていた。


 だからこそ、その猶予を無為に過ごす理由はなかった。


 また長旅になる。


 その言葉が決まった瞬間から、マットの頭の中では次の移動、その先の戦闘、必要になる装備と物資が、いつものように妙に実務的な順番で並び始めていた。筋肉しか見ていないようでいて、こういう時の彼は案外ぶれない。必要なものを揃え、鍛えるべきものを鍛え、使えるものは全部使う。それだけの話だという顔で、翌朝には早々に宿を出ていた。


 カタリナの朝は早い。岩山をくり抜いて築かれた巨大都市は、日が高くなる前から既に熱を帯びていた。石畳の通りには商人の声が飛び交い、荷馬車の車輪がきしみ、鍛冶場の方角からは規則的な金槌の音が響いてくる。遠くの露店では焼いた肉の匂いが立ち、別の区画からは薬草を刻む青い香りが風に混じっていた。冒険者都市らしい雑多さと力強さが、朝の空気の中にそのまま詰め込まれている。


「まずは鍛冶屋だな」


 マットが迷いのない足取りで言うと、隣を歩いていたアルエが呆れたように肩をすくめた。


「まあ、そうなるわよね。旅支度って聞いて、最初に防具と武器の話になる辺りがあんたらしいわ」


「当然だろ。使う道具が壊れたら鍛えた筋肉を十全に使えない」


「発想の軸が最後まで筋肉なのは本当にぶれないわね」


 リーリヤはそのやり取りを聞きながら、口元に小さく笑みを浮かべた。


「でも、防具と杖は先に見ておきたいわね。次が長旅になるなら、移動中に壊れてからじゃ遅いもの」


「そういうことだ」


 マットが頷く。


 その後ろを、カーボはいつものように堂々と歩き、ササミは小さく首を揺らしながら一行についてくる。アミノは今日はマットの肩ではなく、リーリヤの荷物の上に巻きついて、時折細い舌を出しては空気を探っていた。街の喧騒にも、もうこの一行は完全に馴染んでいる。


 鍛冶屋の店は大通りから少し外れた、岩壁沿いの一角にあった。入口の上には煤けた鉄板の看板が掛かり、店先には槍や剣、盾や小手が所狭しと並んでいる。奥の炉からは赤い火が揺らめき、熱気と金属の匂いが流れ出していた。


 一歩足を踏み入れると、すぐに店主が顔を上げた。


「おう、坊主。元気そうだな」


 大柄な男だった。腕は太く、革の前掛けには細かな焼け焦げがいくつもついている。金床の前で立つ姿には、鍛冶職人特有の頑固さと誇りがにじんでいたが、マットを見る目にはどこか嬉しそうな色があった。


「ああ。お陰様でな」


 マットはそう答えると、自分の胸当てを軽く拳で叩いた。


「こいつの耐久力は折り紙付きだ」


 鈍い音が鳴る。ササミの羽を素材に強化された胸当ては、蒼銀の光沢の下に硬質な気配を宿していた。魔力の流れを阻害せず、それでいて強烈な衝撃を受け止める。スケイルドラゴンとの戦闘では、その性能が嫌というほど証明されたばかりだ。


「そいつは結構だ」


 店主は顎を撫でながら胸当てを眺めた。


「見たところメンテナンスが必要って感じでもねえな。手入れの仕方も悪くない」


「当然だ」


 マットは迷いなく言う。


「鍛えた道具は鍛えた体と同じだ。雑には扱わない」


 その返答に、店主は少しだけ目を細めた。冗談半分で始まった付き合いではあったが、この少年が素材も装備も本気で扱っていることは、もはや十分すぎるほど知っている。


「それで、今日は何だ。新しい小手か、補強板か、それともまた訳の分からん素材でも持ち込んだか」


「今日はこいつを頼みたいんだ」


 マットが店の外へ振り返り、運び込ませたそれを前に出す。


 太く長い骨。


 白ではなく、わずかに灰を噛んだような鈍い色をしている。表面には古い熱を思わせる筋が走り、ただ置かれているだけなのに、獣の骨とはまるで違う重圧があった。いくらかはカーボが気に入って齧ってしまったため端が削れているが、それでも残された数本は十分すぎるほど状態が良い。


 店主は最初、それを見て眉をひそめただけだった。次の瞬間、目を見開き、声がひっくり返る。


「お、おい。まさかとは思うが、こいつはドラゴンじゃねえだろうな?」


「そのまさかだが」


 マットが平然と答えると、店主は天を仰いだ。今度は本当に、言葉を探すためではなく、現実を受け止める時間が必要だからそうしたという風だった。


 ドラゴンの素材。


 それは鍛冶師にとって、単なる高級素材ではない。伝説と現実の境目に置かれたような代物である。皮、爪、牙、鱗、骨。そのどれもが一級どころか国宝級の価値を持ちうる。たとえ骨であっても、いや、骨であるからこそ加工の夢は広がる。そんなものが、朝の鍛冶屋に無造作に持ち込まれるなど、普通は生涯に一度も無い。


「いったいこんなもん、どこで手に入れたんだ……」


「倒した」


「何を」


「スケイルドラゴン」


 その返答を聞いた瞬間、店主は再び天を仰いだ。もはやのけぞっていると言ってもいい。炉の熱気の中で額を押さえ、しばらくその姿勢のまま固まってから、ようやく低く唸った。


「朝からとんでもねえ話を聞かされたな……」


「流石に骨が折れたけどね。あ、折れたのはこっちの方か」


 アルエが悪びれもせず、骨の先を指先でつんつんと突く。店主はその様子にぎょっとしてから、恐る恐る問い返した。


「まさか嬢ちゃんが倒したって言うのか?」


「止めは譲ったわ。あたしがやったのは、せいぜい羽を吹き飛ばしたくらいね」


 さらりと言うアルエに、店主は数秒沈黙してから、深く息を吐いた。


「それでも十分に頭がおかしいってことは、よーく肝に銘じておけよ?」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


 アルエは肩をすくめた。


 店主はごほんとわざとらしく咳払いをし、どうにか職人としての顔を取り戻す。


「それで、こいつをどうしようってんだ」


「あたしたちの杖を作ってほしいのよ」


 今度はアルエが一歩前に出て、胸を張って言った。隣でリーリヤも静かに頷く。


「長旅になるなら、今のうちに見直しておきたいの。せっかく竜玉も手に入ったし、素材を遊ばせておくのはもったいないもの」


「なるほどな」


 店主は骨を持ち上げ、角度を変えて見つめた。手の中でずしりと重いはずなのに、その顔にはもう戸惑いよりも職人の熱が浮かんでいる。


「ドラゴンの骨なら素材としては申し分ねえ。むしろ良すぎるくらいだ。問題は核になる素材をどうするかだが……」


「それならある」


 マットは懐から二つの素材を取り出した。


 一つは、朱い光を内側に封じ込めたような竜玉。もう一つは、鮮やかな赤の中に金の筋を走らせるマナフェニックスの頭羽だった。前者はマグマドレイクから得られたドラゴン系の魔力結晶であり、後者は火属性と高密度の魔力を宿す希少素材である。


 それを見た店主は、とうとう視線を逸らした。


「坊主が客になってから、退屈しねえとは思ってたが……まさかこれほどとはな」


 しみじみと呟いたその声には、呆れと感心と、そしてほんの少しの喜びが混じっていた。普通の鍛冶屋なら怖気づいてもおかしくない。だがこの男は違う。自分の腕に誇りがあるからこそ、極上の素材は恐ろしくもあり、同時にたまらなく魅力的なのだ。


「流石に厳しいか?」


 マットが問う。


 店主はそこでようやく顔を戻し、正面から少年を見た。


「いや。そんなことはねえ」


 ゆっくりと首を横に振る。


「むしろ、これだけの仕事を任されるほど信用されてたとは、俺自身が驚いてる」


 その言葉に、マットは自分の小手を軽く叩いた。


「この仕事は本物だ。十分に信頼してる」


 飾りのない、まっすぐな声だった。


 店主は一瞬だけ目を丸くしてから、すぐに口元を吊り上げる。


「よっしゃ」


 分厚い掌で骨をどんと叩く。


「そこまで言われて断っちゃ、男が廃る。任せろ。三日で仕上げてやる」


「三日?」


 リーリヤが少し驚いたように瞬く。


「そんなに早く?」


「素材が素材だ。下手に長く触ってる方が迷う」


 店主は笑う。


「骨の芯を見極めて、竜玉と羽の流れを通す。方向さえ決まれば、あとは叩くべきところを叩くだけだ」


 その目には既に設計図が見えているらしかった。アルエは感心したように口笛を吹き、マットは満足そうに頷く。ササミは自分の羽が使われた胸当てを知っているのか、店の隅で首を傾げながらじっとやり取りを見ていた。


 必要な打ち合わせを終え、骨と素材を預けて鍛冶屋を出る頃には、街の空気はすっかり昼の熱を帯びていた。石畳の上に反射した光がまぶしく、通りを歩く人々の影は短く濃い。市場の方からは、焼いた肉、干した魚、香辛料、薬草、果実酒、それに何の肉だか分からないが妙に食欲を刺激する匂いが入り混じって流れてくる。


「さて、と」


 アルエが伸びをしながら振り返る。


「武器の用事は済んだし、次は買い出しでしょ?」


「そうね」


 リーリヤも頷いた。


「長旅なら保存食は多めに欲しいし、薬草も補充しておきたいわ。あと、途中で調理しやすいものも選びたい」


「肉がいい」


 マットが即答する。


「予想通り過ぎるわね」


 アルエは呆れながらも、どこか楽しそうに笑った。


 カタリナの市場は、冒険者都市らしく普通の街よりもずっと素材の種類が豊富だった。モンスター由来の肉や干物、特殊な油脂、魔力を宿した木の実、乾燥させた薬草、火にかけるだけで食べられる加工食、それに各地から持ち込まれた珍しい香辛料まで、露店や店先には所狭しと並んでいる。旅人だけでなく、探索に出るパーティや遠征帰りの冒険者が多いだけに、持ち運びやすさと保存性に優れた品が多いのも特徴だった。


 食材の話になると、アルエとリーリヤの足取りは自然と軽くなる。


「見て、これ」


 アルエが最初に足を止めたのは、色鮮やかな干し果実の店だった。蜜で煮詰められた赤い実や、薄く切って乾かした黄色い果肉が、透けるような色で籠に盛られている。


「これ旅の途中で甘いもの欲しくなった時によさそうじゃない?」


「保存も利くし、少しならいいかも」


 リーリヤはそう言いながら、一つつまんで香りを確かめた。甘いだけではなく、酸味もあるらしく、彼女の表情が少し柔らかくなる。


「これなら疲れた時にも食べやすそうね。マットも食べる?」


「肉の後なら」


「基準がぶれないわねえ……」


 アルエは笑いながらも、気に入ったものをいくつか選び始めた。


 その後も二人の買い物は続いた。香りの強い燻製肉の店では、アルエが興味本位で見つけた辛口のモンスター肉ジャーキーを手に取り、リーリヤが「それ絶対、夜に喉渇くやつよ」と半ば呆れながらも、結局は一袋余分に買い足す。乾燥野菜の店ではリーリヤが真剣な顔で保存の効く根菜を選び、隣でアルエが「硬そうだけど本当に美味しいの?」と首を傾げる。そうかと思えば香辛料の露店で足を止め、二人して鼻を寄せ合いながら「これ、焼いた肉に合いそう」「いや、スープの方が良くない?」と議論し始める。


 その後ろを、ササミがちょこちょことついて回っていた。


 岩のような質感を持つその身体は目立つはずなのに、今では市場の人間もすっかり慣れたものだった。店の前で立ち止まれば一緒に首を止め、二人が移動すれば小さく羽を揺らしてついていく。時折、気になる鉱石片や金属器を見つけると、じっとそれを見つめて動かなくなるのが微笑ましい。


「ササミ、そっちは食材じゃないわよ」


 リーリヤがしゃがみ込んで声をかけると、ササミは名残惜しそうに石皿の方から視線を戻した。


「ふふ、気になるのね。でも今日はお買い物。あとで何か良さそうな石も見てあげるから」


 その言い方がまるで小さな弟妹を宥めるようで、アルエは吹き出す。


「ほんと、リーリヤってそういうとこお姉ちゃんよね」


「なによ、それ」


「そのままの意味よ。マット相手でもササミ相手でも、世話焼く時の顔が一緒なんだもの」


「アルエだって、結構楽しんでるじゃない」


「まあ、それは否定しないわ」


 アルエはそう言って、今度は布地を扱う店の前で足を止めた。旅用の防寒布や丈夫な紐、軽量の小袋などが並んでいる。実用品ばかりのはずなのに、布の色が増えただけで空気が少し華やぐのが不思議だった。


「これ、どう?」


 彼女が手に取ったのは深い赤の布袋だった。魔石や薬を分けて入れるのにちょうどいい大きさで、口の部分には細い刺繍まで入っている。


「可愛いけど、旅で使うならもう少し丈夫な方がいいかも」


 リーリヤは隣の紺色のものを手に取り、生地を指先で確かめる。


「こっちなら水にも強そう」


「うわ、実用性」


「必要でしょ?」


「必要だけど、夢が無いのよ」


「旅に夢ばかり持ち込んでも困るの」


 言い合いながらも、結局は赤と紺の両方を買うことになった。実用品を選んでいるだけのはずなのに、年頃の少女らしい弾んだ空気が二人の間に漂っている。旅の準備という名目があるからこそ、余計にその小さな楽しさが目立つのかもしれない。


 少し離れた場所では、マットとカーボが肉屋の前で真剣な顔をしていた。干し肉の厚みや脂の乗り方を見比べている様子は、もはや買い物というより選別である。


「ねえ、見て。あっちはあっちで本気なんだけど」


 アルエが半笑いで指差す。


 リーリヤもそちらを見て、思わず笑った。


「放っておきましょ。あれは多分、すごく大事な会議なのよ」


 実際、マットにとってはその通りだった。長旅において体を維持するための食事は、鍛錬の延長線上にある重要事項である。まして次に向かう先がどれだけ危険か分からない以上、妥協する気は無いらしい。


 買い物は日が傾き始めるまで続いた。保存食、薬草、調味料、旅用の袋や紐、補修布、簡易の火起こし石、そして道中の楽しみ用の甘味まで、抱えきれないほどの荷物が増えていく。それでもアルエとリーリヤの表情には、不思議と疲れより充実感の方が濃かった。


 鍛冶屋にはドラゴンの骨を預けた。市場では必要な物資を揃えた。次の旅が短くないことは、もう皆が分かっている。だからこそ、その前のわずかな猶予をこうして使えることが、かえって心を落ち着かせるのだろう。


 帰り道、夕方の光が岩の街を赤く染める中で、リーリヤは背負った荷物を少し持ち直しながら空を見上げた。石造りの建物の隙間から覗く空は狭い。それでも、どこか遠くへ続いていく色をしている。


「また、遠くまで行くのね」


 その声は独り言に近かったが、隣を歩くアルエはちゃんと聞き取った。


「そうね。でも、今度は今までよりもっと面倒な相手になりそう」


「うん」


 リーリヤは静かに頷く。


「だから、ちゃんと準備しておきたいの。武器も、荷物も、それに……気持ちも」


 アルエは少しだけ目を細めてから、にやりと笑った。


「ま、悩んでも行くしかないんだけどね」


「それはそうね」


 二人が笑い合う。その後ろでササミが小さく鳴き、前方ではマットが抱えた肉の量にロイドが呆れて何か言っている。カーボは大きな欠伸をし、アミノは荷物の上で丸くなり始めていた。


 賑やかで、どこか呑気で、それでも確かに次の嵐の手前にある一日。


 ドラゴンの骨は今、炉の熱の中で新しい形を与えられようとしている。そしてマットたちもまた、来るべき長い旅へ向けて少しずつ整えられていくのだった。



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