9.お話し
「少し話してもいいかな?具体的にはこれからの話⋯⋯そして、あなたの家の話なんだけど」
「帰れるんですかっ!?」
王女様の言葉に、考えるよりも早く心と身体が反応した。
今すぐにでもここを飛び出してお父さんとお母さんのところに帰りたい。今まで頑張って意識しないようにしていた感情が、王女様の言葉で決壊した。
攫われてから、家に帰れなくなってから何日も経っている。きっと家で心配しているだろうし、私のことを探してくれているかもしれない。いや、きっと探してくれてる。
私だって、本当に家が恋しい。前世でも体験したことないくらいに心が寂しくて辛い。
でも、必死に我慢していたのだ。一人で動いたって、どうにもならないって分かっているから。余計なことをしたら、帰れなくなってしまうかもしれないから。
もしかしたら、私に前世の記憶が蘇らなければそういう無謀なことをやっていたかもしれない。でも今は常識的な判断力を持っていて、自分の気持ちから目を逸らし押さえ込んでいた。
それが今、昨晩と同じように涙として現れる。
「どうしたらいいんですか!?何処に行けばいいんですか!?何をしたら私はっ!お父さんと、お母さんのところ、に、⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯ごめんね。今は⋯⋯」
王女様の苦しそうな顔に、私は悟った。
「⋯⋯姫、わざわざ今蒸し返さなくても⋯⋯」
「それでも、いつか話さなきゃいけないことじゃない」
「それはそうですが⋯⋯」
ああ、涙が止まらない。抑えようとしても、延々と溢れてくる。借りている服が汚れてしまう。
感情をコントロール出来ない。思うように動けない。そしてどうしようもない程に無力。この身体はなんて不便なんだろうか。
前世の身体だったら、今頃もう帰れてるかもしれないのに。少なくとも今、こんな無様な姿を晒してはいないはずなのに。
「ねえ、スイウはお父さんとお母さん、いるの?」
「生きてるの?」
「⋯⋯え⋯⋯?」
でもテルとジアから尋ねられ、冷水を浴びせられたかのように固まった。
「2人には⋯⋯その、いないの⋯⋯?」
「うん。死んじゃった」
「もう会えない」
「でも、スイウ、いるのならまた会える」
「いつかできる。だから元気だして?」
2人は心配するように、そのつぶらな瞳を向けてくれた。
私は愕然とした。一瞬で涙が引っ込む。私より小さくて、さらに辛い経験をしているであろうテルとジアの前で、私は何をしているんだろう。
愛してくれる親がいなくなる。今の私なら、それがどれほど辛いことかわかる。しかもそれが、永遠だ。
それなのに、2人はずっと恵まれているはずの私を慰めてくれた。
テルとジアは、私なんかよりずっとずっと、強かった。そして弱いのは私の身体じゃなくて心だった。
気付けば涙も、胸がしゃくり上がる感覚も消えていた。
そうだ、泣いていたってしょうがない。誰も助けてくれないことなんて、前世で散々学んだじゃないか。
「⋯⋯王女様、私が家に帰る方法はないんですか?」
大きく息を吸い、吐いてから私は王女様を再び見た。
私のするべきことは何だ?家に帰る為にはまず情報を手に入れなきゃどうしようもない。
そうだ、私は家に帰るんだ。なんとしてもお父さんとお母さんの元に帰るんだ。
「⋯⋯スイウは凄い子ですね」
「でしょ?この子はとっても強い子だから」
⋯⋯⋯⋯あの、改めて背中越しと目の前でそういう会話されるの、すごく恥ずかしいのですが⋯⋯
そんな私の気持ちなんて露知らず、何故か王女様が胸を張っている。その緩い雰囲気に、思わず肩の力が抜けてしまった。
「あ、それでねスイウ、あなたの出身地は帝国にあるS級ダンジョンの『竜宮城』だと思うの」
「⋯⋯え、ダンジョン?」
「うん、ダンジョン」
生家がダンジョンだった件。
え、でも、⋯⋯何処がダンジョンなの?危険そうな生き物とかトラップとか一切いないけど。
「『竜宮城』の噂としては、近づくことが一切できない潮の流れと、海神様とやらがお住みになられているというのがあるのですが、心当たりはありますか?」
「あ、龍神様ならいます」
「なら多分合ってますね。魚人族が見つかるのもあの辺りだけですし」
と、ハイネさんに言われる。
私の家はダンジョンだったのか。まあ、確かに普通の人間だったり、外から来た人は見たことが無かったな。当時の私には疑問でもなんでも無かったけど。
「でも、場所が分かったなら帰れるんじゃないんですか?私、その水辺まで行ければ多分帰れると思います」
「それがね、『竜宮城』があるとされる場所が、帝国の最東端なの」
「?」
「帝国というのは我が国の東側に存在するのですが、暴力によって全てが決まる無法地帯⋯⋯まあ秩序はあるんですけど⋯⋯」
曰く、1番強いやつが1番偉い。弱いやつは強いやつに従う。そこに女子供も関係ない。一応救済措置として地域の相互扶助組織が組存在していて、集団になることで弱者でも生活できなくは無いらしいけど。
その上血の気が多いから、今、と言うより昔からこの国とも戦争をしているらしい。
よって正規の入国は不可能で、更に入ったところで相当な実力がないとどうしようもない。
「⋯⋯あの、詰んでません?」
「そうですよ」
「うん⋯⋯」
ちょっと引きつった顔になっていることを自覚しながら尋ねると、
2人とも首を縦に振る。
「⋯⋯もし私が無理やり行ったとしたら、どうなりますか?」
「うーん、奴隷のように働かせられるか、何処かに売り飛ばされるかじゃないかな?」
終わった。
折角王女様に買われて酷い奴隷扱いからは免れた───よね?───ので、わざわざ自分から扱き使われるような境遇には身を置きたくない。
でもそしたら⋯⋯何かの間違いで長く続いている戦争が終わったり、暴力支配体制が変わるのを待つしかないということ?
「あ⋯⋯」
「不安な気持ちにさせてごめんね。けど私がどうにかするから」
王女様が私の頭を撫でてくれる。それでまた不安定になりかけた心が少し落ち着いた。
それを見て王女様はふっと顔を緩めて、それからしっかりとした口調で、まるで心に刻み込むように言うのだった。
「今は帰る方法が無いかもしれないけど⋯⋯私が戦争を終わらせて、スイウをお家まで連れていくからね。だからそれまで、私と一緒にいてください」




