10.役に立つ
「スイウ、はい」
「口開けて」
「ちょ、ちょっほまっへ」
可愛らしい猫人族の兄妹に口まで夕ご飯を運んでもらっているのは誰でしょう。
はい、私です。
まだ背もたれに寄りかかってないと身体がきついので、椅子にぐだーっと座ってテオとジアにご飯を食べさせてもらっている。
夕ご飯はふわふわの白パンに、野菜のスープ、そしてメインのステーキだ。何の肉から分からないけど、とりあえずほっぺが落ちるほど美味しい。ずっと食べてたい。
あのお話しの後、王女様は夕ご飯を家族───要するに王族───と食べるために出かけていってしまった。ハイネさんも一緒だ。
私たちがその場に行く訳には行かないので、部屋でお留守番中。
と言っても子供3人きりなのではなく⋯⋯
「あんまり急かしちゃだめだよ。スイウも困ってるから」
『はーい』
騎士服に身を包んだ優しそうな青年の言葉に、2人が揃って返事をする。
レイ・アリンストンさん。王女様の護衛騎士で、王女様とハイネさん不在時のお目付け役らしい。王女様が私を買った時にも護衛してたとかなんとか。
ちょっと長めの銀髪に碧い目をした優男で、周りのご令嬢の中から結婚の申し込みが後を絶たない、とはハイネさんの談。
確かに色々と気が利くし、雰囲気も丸いので人気が出そうだなーという感じはした。前世から恋愛経験ゼロの私には、はっきりとは分からないけど。
ちなみに護衛と言っても男性のため王女様の私室に入ることはできないということで、今いるのは1つ外に出た応接間だ。
レイさんのお陰で少しゆっくり食べられるようになった私は、もぐもぐしながら先程のことを考える。
王女様の言葉、戦争を止める⋯⋯って、本気なのだろうか。
正直長年続いているらしい戦争が簡単に収束するとは思えない。しかも相手が暴力で全てを支配する輩である訳で、話し合いできるの?というレベルだ。
でも王女様の目は本気だった。
⋯⋯うーん、分かんない。王女様は何を目指しているのだろうか。話し合いができると思ってるのか、それとも暴力で押さえ込もうとしているのか。
どちらにしろ茨の道な気はするけれど、情報が少なくて、と言うより皆無で判断つかない。
そもそもどうして私を買ったのか全然理由が分からないしなぁ⋯⋯
「⋯⋯って、あれ?」
「もう全部食べた」
「お皿、空っぽだよ」
「そんな⋯⋯」
絶望してテオとジアを見るが、無いものは無いのである。これにて今日の夕ご飯は終了だった。
もうちょっと食べたかった⋯⋯
「じゃあ、そろそろ始めようか」
『はーい』
レイさんの掛け声で、2人が離れていってしまう。
何が始まるのだろうかと見ていると、レイさんは机───でかい。10人同時に使えそう───と椅子を部屋の隅に寄せ、壁に立てかけてあった木剣を2人に渡す。そして自身も2人のより長い木剣を持つと、小さな石を頭上に放り投げた。
「わぁ⋯⋯!」
「あれ、スイウは見たことないですか?これは魔術結界と言って、中にあるものを外に通さないようにするのです。今からテルとジアの稽古の時間なので」
結界は透明だけど淡く虹色に輝いて、部屋の中心で綺麗な半球を作っていた。
その中でテルとジアは剣を真正面に構えて、自然体のレイさんに向かっていく。
レイさんがポケットからコインを取り出し、それをはね上げて地面に落ちた瞬間、始まった。
2人はこれまでからは考えられない程俊敏で、左右からいわゆるヒットアンドアウェイで斬りかかっていた。
でもそれをレイさんは1歩も動かず剣1本で捌いていく。テルとジアの攻めは兄妹だけありすごく息が揃っていて、防ぐのが不可能に見えるのに、レイさんの手元がブレると2人とも弾かれている。
斬り合いは短い時間であったが、テルとジアは息が上がっていて、反対にレイさんは変わらず飄々としていた。
剣と魔法。これまでで1番異世界らしい光景だった。
「⋯⋯うん、2人とも凄く動きが良くなっているよ。というより成長が早すぎてちょっと怖い」
「一回も当たらなかった⋯⋯」
「兄さんと合わせたのに。師匠、強すぎ」
「僕は姫の護衛だからね」
そう言いながらレイさんが頭上に手のひらを向ける。すると結界が消滅していって、石がひとりでに戻ってきた。
「テル、君は剣の振りが荒くて、刃が真っ直ぐ立ってないんだ。真剣だと切れなくなるから、そこは意識してね」
「うん」
「ジアはテルのことを見すぎだね。合わせようとするのはいいんだけど、敵から目を離しちゃだめだよ」
「わかった」
アドバイスをもらって、テルとジアはこくりと頷く。
その後に、私のところにわっと駆け寄ってきてくれた。
「スイウ、どうだった?」
「すごかった?」
「うん、凄かった!」
「そう?」
「良かった」
ふふん、とテルとジアは胸を張る。動きが揃っているのがこれまた可愛らしい。
思わず2人の頭を撫でてしまう。すると気持ちよさそうに目を細めて、私に頭を擦り付けてくれた。
「⋯⋯でも、なんで2人はこんなことしてるの?」
しばらくじゃれ合った後に私がそう尋ねると、2人はこてんと首を傾げた。
「だって、こうしないと姫様の役に立てない」
「力がなきゃ、私たちいらない」
さも当然と、当たり前のように出てきた2人の言葉に私はすぐに返答できず、かといってこんな子供たちが戦うことに納得もできないので、ただただ困惑を顔に浮かべてしまう。
「この子達、自分から僕に師事をお願いしてきたんです。別にこちらから言い出したことでもなかったですし、姫も同じように困ってましたよ」
「そうなんですか?」
「ええ。ただこれがテルとジアの信念らしくて。だから、気にしなくていいですよ。⋯⋯ほら、2人ともお風呂入ってきて」
「えー」
「お風呂、やだ」
「入らないと後でハイネさんに怒られるよ?」
『⋯⋯師匠のいじわる』
「僕もハイネさんの笑ってない目で見られるのは嫌なんだよ⋯⋯あ、スイウ、しばらくそこで待っていてください」
テルとジアはシンさんの手によってお風呂まで連れていかれた。
猫が水嫌いなのは全世界で共通なのか。
ドアが完全に閉まるのを確認して、私は全身に力を入れて椅子から降りて、立ち上がってみた。
重くて、決して安定しているとは言い難いけれど、なんとか立てる。
そのまま、ゆっくりゆっくり進んで、向かい側にあった壁まで辿り着いた。そこには、さっきまでテルとジアが使っていた木刀がある。
私はその片方を手に取ってみた。
それは、今の私には到底扱えないほど、重い。
苦笑いを浮かべて、それを壁に戻した。




