11.おやすみなさい
前世の私というものは、全くもって人の役に立つものではなかった。
まず親の顔を知らず、捨て子として施設育ち。この時点で他人が納めた税金を使って生きている。
そして無駄に反骨精神だけを持ち、幼い時から自分の将来のために勉学に励み、周りの施設の子とは反りが合わずに軋轢を生む。
挙句の果てには大学に入る前に死んで、社会への貢献度ゼロ。何も生み出さず、食料とお金だけを消費して消えていった。
本当に、日本国民全員から後ろ指を指されてもおかしくない所業だ。
これを考えると、今の人生は少し良いように見える。
両親がいる。
まだ子供だから働くことは難しいけれど、お父さんとお母さんから与えられる無償の愛に、私も応えることができていた⋯⋯と、思う。
私が生きていることで、両親を喜ばせることができていた。十分に、2人の役に立つことが出来ていた。
でも、今は⋯⋯
夜、私は綺麗になった───ハイネさんが洗ってくれた───水槽の中で、膝を抱えて考えていた。
流石に寝る時くらいは、干からびるのは嫌だし気持ちも楽だから水の中で寝ようと思ったのだが、思った以上に寝付けない。
テルとジアを見て、自分はこんなんで良いのか、という思いが湧いてきてしまった。これじゃあまた、前世と同じような単なる役たたずなのでは⋯⋯?
理性では別にそこまで気にしなくていいのは分かる。でも、私には強迫観念のようにまとわりついてくるのだ。
最優先なのは、家に帰ること。けどそれはすぐには無理らしい。ならば、次は何を目標にすればいい⋯⋯?
前世なら、こんな迷うことは無かった。ただただ自分の為に努力するだけだった。
すなわち、自分にとって楽しいことをするか、役に立つことをするか。
でも、今はなんというか、違う。
包み込んでくれている水が、今はとても冷たく感じる。まるでなんの目印もない大海原に漂ってるみたいに。
私は、いっそう膝を自分に引き寄せて、そこに顔を埋めた。
⋯⋯ほんと、なんでこんなに心細さを感じているんだろう。前世なら、孤独でもなんの問題もなかったはずなのに⋯⋯
「⋯⋯スイウ、まだ起きてる?」
「⋯⋯⋯⋯え?」
はっとして顔を上げると、ガラス越しに王女様が心配そうな顔をして立っていた。
「あ、ごめんなさい、静かにします⋯⋯」
「ううん、そうじゃなくてね、その、ただスイウがちゃんと寝れてるか確認しにきただけなんだけど⋯⋯」
私の水槽が置かれているのは王女様の私室で、他には誰もいない。テルとジアも他の部屋で寝ている。
王女様はそこで一旦言葉を切ると、水槽の中に両手を伸ばした。
「ねえ、スイウ、もし良かったら私と一緒に寝る?」
「⋯⋯え、でも私、濡れてますし⋯⋯」
「大丈夫だから、ほら」
思ってもみなかった提案に少し困惑しながら、身体は自然と王女様の手に向かっていた。
王女様が両手で私を抱えて、水槽の中から出す。
当たり前だけど水が跳ねて、床と王女様の寝間着を濡らした。
「あ⋯⋯」
「大丈夫だから。⋯⋯凍える我を救たまえ、『呼焔』」
魔法の詠唱だ、と思った瞬間辺りが明るくなって、身体がぽかぽかと暖かくなった。
王女様の胸の前、ほぼ私の上で、ピンポン玉くらいの光の玉がふよふよと浮いている。思わずそこに手を伸ばしてしまうも、玉の中も熱いということはなく、ただ暖かかった。
「乾かすのに時間かかるから、もうちょっとだけ待ってね」
ふと王女様を見上げると、こちらを見て、どうしたの?優しく微笑んでくれる。
大きく碧い瞳がまるで宝石のように光を反射していて、金色の髪の毛も輝いて見える。顔は小さくて、鼻立ちもすらっとしていて、ただ綺麗だなと認めるしかない美貌だった。
「あ、そろそろ乾いたみたいだね」
そう言うと王女様は魔法を消して、私を抱えたまま歩いていく。
そしてあの大きなベッドに着き、上に乗ると真ん中の方までまで移動した。
「⋯⋯あの、私がここで寝ていいんですか⋯⋯?」
「うん、大丈夫だよ。⋯⋯もしかして嫌だった?」
「嫌なんかじゃ全然なくて、嬉しい⋯⋯というわけでもないんですけど、でも、どうして?」
王女様は私を横たわらせて、枕を持ってきてくれて布団も掛けてくれる。そして自らもその隣に潜り込んだ。
「私はね、スイウが不安な気持ちになっているんじゃないかな、って思ったの。そしてもしそうなら、少し力になれるんじゃないかなって」
そして王女様は布団の中で私のことを抱きしめた。
「⋯⋯ううん、不安を感じないわけないよね。知らない場所で、知らない人ばっかりで⋯⋯でも、こうすれば少しはその気持ちも抑えられるはずから。⋯⋯まあ、私の経験則なんだけど⋯⋯」
王女様の手が私の頭に伸びて、優しく撫でる。それから自分の存在を私に感じさせるためにきゅっと力を込める。
まるで、全てが大丈夫だと言うように、包み込むように抱擁してくれる。
しばらくの間、王女様は私にそうしてくれて、いつの間にか私も安らぎを感じられていた。
空虚になっていた心の内が、今は少し暖かみを感じられた。
「⋯⋯王女様、ありがとうございます」
「少しは落ち着けた?」
「はい」
「そう、良かった」
見上げると、王女様がふにゃりと笑っていた。
私は半ば無意識に王女様の寝間着の裾をほんの少し摘んで、大きな腕の中で身体を丸めた。
「何か、辛かったり困ったりしたことがあったら、遠慮なく私を頼って。絶対に酷いようにはしないから」
「⋯⋯はい」
「⋯⋯あ、そうだ。私のこと、王女様じゃなくて名前で呼んでよ、エリシア、って」
「え?それ、いいんですか?」
「うん。誰も呼んでくれないから、ちょっと寂しいんだよね」
「じゃあ⋯⋯エリシア様」
「⋯⋯うん、ありがとう。敬称も消しちゃってくれていいんだよ」
「それは⋯⋯流石にだめなんじゃないですか⋯⋯?」
私がそう言うと、王女様⋯⋯エリシア様はちょっと残念そうに少し口をとがらせた。
でも、少し経てばその優しい顔に戻っていた。
「⋯⋯そろそろ寝よっか」
「はい」
「おやすみなさい、スイウ」
「おやすみなさい、エリシア様」
その夜は、水槽の中での寂寥感が嘘だったみたいに、私はエリシア様に包まれてぐっすりと眠ることができた。
そしてまだよく分からないけど、エリシア様はいい人なのかな、と朧気ながらにそう思った。




