16.これからの話
「今日はどうする?一緒に寝る?」
就寝時間となり、私はエリシア様の私室に来ていた。なぜならそこに私の暫定ベッドである水槽があるからだ。
やはり魚人族ということなのか、ベッドで寝るか水の中で寝るかと言われたら水の中がいい。
「今日は水の中で寝ます。でも、ちょっと話したいことがあって⋯⋯いいですか?」
「うん、いいよ」
ベッドに腰掛けているエリシア様は、こっちにおいでと言うようにその隣をぽんぽんと叩いた。
私は近づいて、少し緊張しながらそこに座る。するとエリシア様は直ぐに私を抱き上げて膝の上に乗せた。
視界が少し高くなる。改めて見渡すと、本当にすごい場所に来たんだな、と思う。
運動も問題なく出来そうなくらい広い部屋に、日本では見られない西洋風の装飾、そして大きな窓。その外にはバルコニーも見え、夜空には満天の星が光っている。
上を見上げると、ベッドの天蓋と、非常に整ったお姫様の顔。どうしたの?と笑いかけてくれる。
日本にいた私と、竜宮城にいた私。どちらにとっても信じられない光景に、改めて感嘆の声が漏れそうになる。
「エリシア様、今日は服を買ってくれてありがとうございました」
「うん、長い間付き合わせちゃってごめんね?スイウが何着ても可愛いから、つい⋯⋯」
「そこは大丈夫ですよ。私は、まあ、着てるだけだったので、はい」
「本当にごめんなさい⋯⋯」
頭の上でエリシア様がしゅんと項垂れているのが分かる。
そして私のお腹に回されていた手が片方離れて、代わりに頭を撫で始めた。
その優しい手つきが、私にはとても心地が良い。
「それよりも、お金は⋯⋯」
「別にたいした額じゃないから気にしないで」
「でもクレアさんが500万くらいだって⋯⋯」
「あの子⋯⋯別に言わなくていいのに⋯⋯」
エリシア様は少し口を噤んだ。
私は身体を動かして、エリシア様を正面に見ようとする⋯⋯が、なんか中途半端になって、横抱きされているみたいな格好になる。⋯⋯まあ、これでいいか。
「あの、エリシア様にお願いがあります」
「うん、何かな?」
「私に、本を読む許可を頂けませんか?」
「⋯⋯?」
割と個人的に気合いを入れて頼んだのに、エリシア様は目をぱちくりとしただけだった。
「⋯⋯えーっと、別にいいんだけど、どうして?」
「ただでお世話になるのは申し訳ないけど、でも肉体労働面だと全く貢献できなそうなので、他の部分で役に立てるようになりたくて」
エリシア様は再度目をぱちくりとした。
「役に立つ、って⋯⋯私の?」
「はい」
「それで本⋯⋯勉強したいの?」
「まあ、はい」
そう言うと、エリシア様はまた口を噤み、そして考えるように下を向いた。
その横顔を、私は眺める。
「⋯⋯スイウはそれでいいの?」
「何がですか?」
「だって、スイウはお家に帰りたいんじゃないの?それなのに、私のためなんかに⋯⋯」
本当の私はスイウが思ってるようないい人じゃなくて、だからこんなことする必要もないんだよ、とエリシア様は言う。
その顔は心配というよりも、どこか罪悪感を感じているようだった。
その理由は分からない。でも、私の思いも変わらない。エリシア様がどんな人であろうと私が助けられたという事実に変わりはなく、その恩を少しでも返したい。そしてエリシア様について行くことで、私が家に帰れる確率も上がる、そう思ってるから。
「もちろん帰りたいですよ。でも、これが1番いい方法だと思ったんです」
だって、エリシア様が私を家まで帰してくれるんですよね、と問う。
「⋯⋯もう、なんで私のところに来てくれる子達はこんなにいい子なんだろう」
するとエリシア様は笑い、瞳には何か光るものが見えた。
そして私を正面にだき抱え直すと、ぎゅっと少し身体が痛いくらいに抱きしめられた。
「分かった。準備しておく。⋯⋯スイウ、ありがとね」
「別に感謝されるほどのことじゃないですよ⋯⋯役に立てるかは怪しいところですし、結局動機は自分のためなので」
「それでも、そう言ってくれることが嬉しいんだよ」
褒められたい、尊敬されたい、認められたい、愛されたい、⋯⋯世の中の施しというものには、どれにも少なからず見返りを求める利己的な面が含まれている。
でもその上で、何かをしてくれるのが嬉しいのだ、とエリシア様は言う。
だってそれは、自分にも返せるものがあるということだから。
自分がその人にとって、無価値ではないと示してくれているのだから。
その夜、私は結局エリシア様のベッドで寝た。
昨日のふわふわした感じとはまた違う、地に足が着いている感覚。
水の中ではあまり感じられない、温かさというのが今日はしっかりと分かった。
隣のエリシア様からは穏やかな寝息が聞こえてくる。
その幸せそうな顔を見ていると、本当に私のこと信用しすぎでは?と思ってしまう。
王族なら絶対そこら辺に気を使った方が良いと思うのだけれど⋯⋯
まあそれでも、良いか、と私は思った。だって、そのお陰で今の私がここにいるんだから。
私のやることは、第1に家に帰ること。だからその為にエリシア様を信じて、手伝う。
ようやく方向が定まって、改めて自分はこの世界に生きているんだという実感も湧いてきた。
私は右手を頭上に上げる。
まだ小さくて、前世とは違い指の間には膜がある。でも、自分の手。
それを自分に見せつけるようにぎゅっと握りしめた。
「⋯⋯⋯⋯もう寝よ!」
ぱたんと下ろして、目を瞑る。するとすぐに夢の世界へと誘われた。
これが、後に王国一の人気者となり、帝国を支配し、獣人の国では国権の最高機関十四角に席を連ね、魔皇国の魔皇とその娘とはライバルになる、ある魚人族の娘の話、その序章であった。
これにて一区切りです。本来ならここまでもう少しサクッと来る予定だったのですが⋯⋯
ここまで読んでいただきありがとうございました。良ければブックマークと評価をよろしくお願いします。




