2.冒険者ギルド①--〔街へ〕
第3話を開いていただき、ありがとうございます!水月です。
少しずつ物語が動き始めていきます。
ゆったり楽しんでいただけましたら嬉しいです。
それでは、本日のシーンもどうぞお楽しみください!
村を出てしばらく歩くと、街道沿いに停まっていた乗合馬車が見えてきた。
御者に行き先を告げ、荷台へ乗り込む。
すでに何人かの旅人が腰を下ろしていた。
商人らしき男。
薬草を背負った老人。
街へ買い物へ向かう夫婦。
誰もがそれぞれの目的地を胸に、静かに馬車の出発を待っている。
「出すぞー!」
御者の威勢のいい声とともに、馬車がゆっくりと動き始めた。
木の車輪が土を踏みしめる音。
馬の蹄が規則正しく街道を叩く。
ごとり、ごとりと揺れるたび、見慣れた村の景色が少しずつ遠ざかっていく。
やがて畑が途切れ、深い森が街道の両側へ広がった。
木々の隙間から差し込む朝日が揺れ、風に乗って草木の匂いが流れてくる。
村を離れている。
その実感だけが、胸の奥で少しずつ大きくなっていった。
どれくらい揺られていただろう。
馬車が小さな村の前を通りかかった。
柵に囲まれた素朴な村だった。
畑では農夫が鍬を振るい、煙突からは白い煙が立ち上っている。
広場では子供たちが元気よく走り回っていた。
木の棒を振り回し、騎士ごっこをしている少年たち。
そのうちの一人が勢い余って転んだ。
「いてっ……」
泣きそうな声が響く。
すると、一人の女の子が真っ先に駆け寄った。
髪をまとめた赤いリボンが揺れる。
「大丈夫?」
女の子は少年の前へ膝をつき、擦りむいた膝を覗き込む。
少年が照れくさそうに頷くと、女の子はほっとしたように笑った。
その笑顔を見て、テンマはふと妹のことを思い出す。
「……リディアなら、あいつも真っ先に駆け寄るんだろうな」
小さく笑みがこぼれた。
その時、御者が村へ目を向けたまま口を開く。
「あの村は不思議な村でな」
乗客の一人が頷く。
「賢者様が護り石を置いていったって話だろ?」
「ああ。そのおかげで魔物が寄り付かねぇ。街道の連中にも有名さ」
テンマも村を見つめる。
どこにでもありそうな、小さな村。
そこにそんな不思議な話があるとは思えなかった。
やがて馬車は速度を落とすことなく、その村を通り過ぎていく。
赤いリボンだけが、風に揺れながら小さくなっていった。
馬車は街道を進み続ける。
森を抜けると、視界が一気に開けた。
その先には、高い石壁に囲まれた街がそびえている。
村とは比べものにならないほど大きい。
石造りの門には何人もの人が列を作り、荷馬車や旅人が次々と中へ入っていく。
「もう街か……」
思わず呟く。
馬車はその列へ加わり、ゆっくりと門へ近づいていった。
門の前には鎧姿の番兵が立っている。
腰には剣。
片手には槍。
一人ひとりを確認していた。
やがてテンマたちの番になる。
「身分証はあるか?」
御者が慣れた様子で答える。
「乗り合いだ。全員、冒険者試験か買い出しだよ」
番兵は荷台を見回し、テンマへ目を向けた。
「坊主も試験か?」
「はい」
「初めてだな」
「……分かりますか?」
番兵は小さく笑う。
「その顔だ」
「顔……ですか?」
「緊張してる顔は皆同じだ」
その言葉に、荷台の乗客たちから小さな笑いが漏れた。
番兵は一歩横へ退く。
「ようこそ。武運を祈る」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げ、テンマは門をくぐった。
門の内側へ入ると、さっきまで漂っていた土と草の匂いはいつの間にか消えていた。
代わりに鼻をくすぐるのは、焼きたてのパンの香り。
肉を焼く匂い。
香辛料の刺激的な香り。
思わず腹が鳴った。
「……」
少しだけ恥ずかしくなり、咳払いをひとつ。
通りには色とりどりの屋台が並び、人々の呼び声が飛び交っている。
「焼きたてだよ!」
「今日採れた果物だ!」
「見ていってくれ!」
行き交う人々も村とは違っていた。
尖った耳を持つエルフ。
がっしりとした体格のドワーフ。
小柄な小人族。
様々な種族が肩を並べ、ごく当たり前のように通りを歩いている。
「これが……街」
思わず見回してしまう。
村では人間しか見かけなかった。
こんなにも多くの種族が一つの場所へ集まっている光景は初めてだった。
胸が少しだけ高鳴る。
ここには、自分の知らない世界がある。
そんな予感がした。
賑やかな大通りを歩いていると、不意に人だかりが目に入った。
噴水の前だった。
立ち止まり耳を傾ける者。
興味なさそうに通り過ぎる者。
買い物袋を抱えたまま足を止める主婦。
その様子は、この街ではありふれた日常なのだろう。
噴水の縁に立った男が、大きく両手を広げ、声を張り上げていた。
「――竜は人類に災いをもたらす邪悪なる存在!」
広場へ声が響く。
「我らは偉大なる騎士様方に守られ、今日という平穏を生きている!」
男の熱のこもった語りに、頷く者もいれば、軽く拍手を送る者もいる。
一方で、多くの人々は慣れた様子でその横を通り過ぎていった。
毎日のように聞く話なのだろう。
テンマも、そのまま通り過ぎようとした。
――竜。
その一言だけが耳に残る。
思わず足が止まった。
父を死に至らしめたのは、竜ではない。
亜竜だ。
目の前で語られている竜とは、おそらく別の存在なのだろう。
それでも。
父が深い傷を負ったのは、竜に連なるものとの戦いだった。
最後まで癒えることのなかった、その傷を。
テンマは忘れたことがない。
だから、その言葉を否定する理由もなかった。
男の声はなおも広場へ響く。
「――人々が平和に暮らせるのは、騎士様方の尊い犠牲があってこそ……」
その先は、もう耳に入らなかった。
テンマは再び歩き出す。
喧騒に紛れ、男の声は少しずつ遠ざかっていく。
やがて人混みの中へ溶けるように消えた。
その代わりに聞こえてきたのは、どこか陽気な笑い声。
木製の大きな看板が目に入る。
剣と盾を組み合わせた紋章。
その下には、大きくこう刻まれていた。
――冒険者ギルド。
テンマは思わず足を止める。
胸の鼓動が少しだけ速くなった。
ここまで来たんだ。
父の剣は、まだ持つ資格がない。
けれど――。
「……まずは、ここからだ」
小さく呟き、ギルドの扉を見上げた。
普段なら何でもない木の扉が、今だけはひどく大きく見えた。
ごくり、と唾を飲み込む。
手を伸ばそうとした、その時だった。
「おっと、邪魔だぞ兄ちゃん!」
後ろから大柄な男に肩を軽く押される。
「うわっ」
勢いのまま体が前へ出る。
重たい扉が軋む音を立てて開いた。
男はテンマの横をすり抜けながら豪快に笑う。
「ぼさっとしてっと飲まれるぞ!」
そう言い残し、大股でギルドの中へ入っていく。
テンマは呆気に取られたまま、その背中を見送った。
「……」
苦笑し、小さく息を吸う。
そして、自分もその後を追うように足を踏み入れた。
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