1.始まりの朝
第2話を開いていただき、ありがとうございます!水月です。
まだまだ投稿には慣れず、緊張の毎日です……
読者の皆様にゆったり楽しんでいただけるよう、2日に1シーン(1話)のペースで定期更新していく予定です。
マイペースではありますが、しっかり物語を届けていきます。
5つのゲームから影響を受けている部分もありますので、「ここはあのゲームかな?」などと予想しながら観ていくのも楽しいかもしれません。
それでは、本日のシーンもどうぞお楽しみください!
朝の空気は冷たい。
窓の隙間から入り込む風に頬を撫でられ、テンマはゆっくりと目を開いた。
まだ薄暗い。
夜と朝の境界が曖昧な時間だった。
寝返りを打ち、ぼんやりと天井を見上げる。
しばらくそうしていたが、やがて体を起こした。
今日だ。
胸の奥が少しだけ落ち着かない。
怖いわけではない。
だが、いつもと同じ朝ではないことだけは分かっていた。
寝台から降りる。
足が自然と壁際へ向いた。
そこには一本の剣と一枚の盾が掛けられている。
父の形見だった。
窓から差し込む薄明かりが、刃の傷を浮かび上がらせる。
何度も研がれた跡。
何度も打ち合った跡。
盾に刻まれた深い裂傷は、まるで獣の爪痕のようだった。
幼い頃、何度も父に聞いたことがある。
『これ、魔物につけられた傷?』
父は決まって笑った。
『そうだ』
『痛かった?』
『そりゃ痛かった』
そう言いながら豪快に笑うのだ。
まるで自慢話でもするように。
『騎士ってのはな、こんなもんだ』
その笑顔が好きだった。
……分からなかった。
数年前。
父は村を守った。
命を懸けて戦った。
それなのに。
この家は没落した。
騎士爵は剥奪された。
村人の中には父を馬鹿にする者もいた。
それでも父は最後まで村を恨まなかった。
そして、三年前の冬に死んだ。
父は魔物との戦いで負った傷が原因で、この世を去った。
どうしてだろう。
「なぜ父さんは……」
自然と問いが零れる。
だが、剣は何も答えない。
テンマは小さく息を吐き、部屋を出た。
食卓からいい匂いが漂ってくる。
焼いた肉の香り。
温かなスープの匂い。
空腹を思い出した腹が小さく鳴った。
「あ、お兄ちゃん起きた」
リディアが椅子の上で足を揺らしながら言った。
「起きたよ」
「遅い」
「まだ朝だろ」
「私はとっくに起きてるもん」
得意げな顔をしている。
母が苦笑しながら皿を置いた。
「冷めないうちに食べなさい」
席につく。
並んだ料理を見て、少しだけ目を丸くした。
肉料理。
卵料理。
焼きたてのパン。
どれも好物ばかりだ。
「……今日、豪華じゃない?」
「そう?」
母は何でもないように言った。
だが、テンマは気付く。
最近の家計に余裕がないことくらい知っている。
だから余計に分かる。
今日の朝食は特別だ。
「テンマばっかりずるい」
案の定、リディアが頬を膨らませた。
「何がだよ」
「だって、お兄ちゃんの好きなものばっかりじゃん」
言われてみればそうだった。
母は困ったように笑う。
「あなたの好きなものは明日作ってあげるね」
「ほんと?」
「ええ」
「絶対だよ?」
「約束」
リディアは満足そうに頷いた。
その様子を見ながら、テンマはスープを口に運ぶ。
温かい。
少しだけ塩気が強かった。
母なりに気合いを入れたのかもしれない。
そんなことを考えていると、不意に母が口を開いた。
「毎朝どこに行っているの?」
テンマの手が止まる。
リディアは気にせずパンをかじっている。
母だけがこちらを見ていた。
穏やかな目だった。
怒っているわけでもない。
問い詰めているわけでもない。
ただ聞いている。
ドキッとする。
母は知っているのだろうか。
最近毎朝出ていることを。
こっそりと、ベッドの下に隠している木剣が擦り減っていることも。
荷物をまとめていることも。
全部。
「……別に」
そう答えると、母は小さく笑った。
「そう」
それ以上は聞かなかった。
母の顔からは、今、何を感じているのかテンマには分からなかった。
だから少しだけ居心地が悪かった。
朝食を終えると、テンマは木剣を手に家を出た。
朝露が草を濡らしている。
踏むたびに靴がしっとりと湿った。
村外れまで歩く。
誰もいない広場。
父と自分だけが知っている場所。
父が昔使っていた場所だ。
木剣を構える。
深く息を吸う。
そして振った。
風を切る音が響く。
もう一度。
さらにもう一度。
何度も。
何度も。
額から汗が落ちる。
腕が重くなる。
それでも止めない。
強くなりたい。
冒険者になるために。
家族を楽にするために。
そして。
また村が襲われた時のために。
木剣を振るたびに息が荒くなる。
額から流れた汗が目に入り、視界が滲む。
それでも木剣を振り続ける。
もしあの日のようなことが起きたら。
守れるのは自分だけだ。
そう思っていた。
だから振る。
答えが出るまで。
力が尽きるまで。
やがて朝日が昇り、広場を照らした。
テンマは木剣を肩に担ぎ、家へ戻る。
部屋には旅袋が置いてあった。
昨夜まとめた荷物だ。
腰には使い慣れた剣を差す。
父の剣ではない。
まだ持つ資格はない気がしていた。
扉が開く音がする。
「ねえ、お兄ちゃん」
少し、何かを察したような声。
振り返る。
リディアが立っていた。
さっきまでの明るい顔ではない。
「ん?」
「ちゃんと帰ってきてね」
真っ直ぐな瞳だった。
「当たり前だろ」
「約束だよ?」
「だから帰ってくるって」
「……うん」
リディアは何かを確かめるように頷いた。
「なんでそんなこと言うんだよ?」
「だって、お兄ちゃん無茶するもん」
「しないって」
「嘘だ」
「なんでだよ」
「今のお兄ちゃん、お父さんと同じ顔してる」
言葉が詰まる。
リディアは笑わなかった。
本気でそう思っている顔だった。
テンマは視線を逸らした。
父と同じ顔。
それが嬉しいのか、嫌なのか、自分でも分からなかった。
荷物を背負う。
玄関へ向かう。
母には……会わずに行こう。
それは後ろめたさではない。
自分なりの覚悟のつもりだった。
気づいていなかった。
母が旅袋の奥へ、小さな革袋をそっと忍ばせていたことを。
背中を見送る視線も。
旅立つテンマに、母は何も言わない。
旅立ちの前、テンマはまるで儀式のように玄関から家の中を一望した。
それだけで十分だった。
扉を開く。
外へ出る。
そして静かに閉めた。
少しだけ立ち止まる。
「……行ってきます」
小さく呟く。
返事はない。
それなのに。
『行ってらっしゃい』
そんな声が聞こえた気がした。
思わず振り返りそうになる。
だが振り返らない。
振り返ったら、きっと足が止まる。
だから歩く。
一歩。
また一歩。
◆◆◆
リディアはカーテンの隙間からテンマを見ていた。
気付かず歩くテンマ。
その背中が少しずつ遠ざかっていく。
「いってらっしゃい、お兄ちゃん。待ってるから……」
小さく呟く。
それはまるで、自分自身に言い聞かせるような声だった。
◆◆◆
やがて丘へ辿り着いた。
村を見下ろす場所。
父の墓がある場所。
風が吹く。
草が揺れる。
墓石の前に立ち、しばらく何も言わない。
村を守ったのに。
父さんは何も悪くないのに。
なんでそこまでするんだ。
なんで村を恨まないんだ。
分からない。
本当に分からない。
だから。
「……行ってくる」
一言。
それだけで今は十分だった。
丘の上から村を見下ろす。
大きな村ではない。
立派な村でもない。
けれど。
生まれてからずっと見てきた景色だった。
村八分にされた今でも、不思議と嫌いにはなれない。
「ここで育ったんだよな……」
冒険者になれば。
もっと強くなれば。
父のことも少しは分かるのだろうか。
「……行くか」
誰に聞かせるでもなく呟く。
それは、自分自身の背中を押すための言葉だった。
テンマは丘を下る。
冒険者試験の街は、この道の先にある。
朝日が背中を照らしていた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
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