#8 vs風花
古文の授業を右から左に受け流しながら、俺は風花の事を考えていた。
ひとつひとつ明確にしていこう。
まず、俺は湊風花に好意を抱いている。これは間違いない。
次に、風花の隣に俺以外の男が立っていてほしくない。これも間違いない。
そうすると導き出される結論はひとつだけなのだが、ここで新たな疑問がわく。
俺は湊風花の何を知っている?
ほんの少し前まではロクな接点もない赤の他人で、親しく会話をするようになってから1ヶ月も経っていない。
俺は湊風花のどこを好きになったのか?
これが華なら話はわかる。
あいつとは積み重ねた時間の分の思い出があるし、同じ時間を過ごすことで心が寄り添うということはある、と思う。
実際、思春期に突入するあたりの俺には、たしかにあいつと恋人同士になりたいという願望があった。
今ではそれも、古い思い出のひとつとしてフォルダの奥底にしまわれてはいるが。
風花とはそういう積み重ねたものがない。
UFOキャッチャー、カフェ、商店街、ショッピングモールのフードコート、CDショップ。ミスド、夕方の堤防、見晴らしの良い高台。
両手で足りるか足りないかの思い出は、好きになるということの裏付けには少し弱い気がした。
俺は単に、学校一の美少女とお近づきになれて浮かれているだけなのではないだろうか?
恋とは、そんなにインスタントに成立するものなのだろうか? 俺は、そんなに安い人間だったか?
でも、と閃きが降りた。
でも、だ。
でも、風花の気持ちはどうなんだろうか。
嫉妬、頑な、一番でありたい。一緒に歩く……隣に立つ。隣に立ってほしくない。
不安、沈黙、名前呼び。
俺は? 結局、俺は風花のことをどう思っている?
風花のいたずらっぽい笑み、優しい声と表情、少し控えめな笑い、あどけない仕草。
俺と話しているときのリラックスした表情、キモッとしかめる顔、俺だけに見せる表情のひとつひとつ。
そういうものを、俺は──
「なんだ、簡単なことじゃないか」
自分の声に自分で驚いた。考えすぎて思わず口に出してしまったようだ。
「ほう、自信があるようだな、佐伯。ではこの『いみじくつきづきしく、興ありて人ども思へりける』を現代語に訳してみろ」
「めっちゃ似合ってるー、いい感じー」
古文の鳥羽センはうんざりした表情で「間違っちゃいねえな」と言った。教室は笑いに包まれたが、そこに風花の声は混ざっていなかった。
よし、色々なものに整理がついた。あとは行動あるのみだ。
★
「風花、後で少し話がしたい」
授業が終わってHRまでの休み時間に、俺は風花に声をかけた。ほぼ丸2日ぶりの会話だった。
「ふーかは話すことないんだけど」
「俺にはあるんだ。頼む」
頭を下げると、風花は少しだけ考え込んで、意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「今この場でなら、いいよ」
……なるほど、嘘告の時の再現、というか報復か。
俺のペースに完全に飲まれ、やり込められた時の。
だが問題はない。
「わかった。……まず謝らせてくれ、ごめん」
「何に対しての謝罪?」
「君を不安にさせたこと、傷つけてしまったことだ」
誓って、華とは何ら特別な関係ではない。過去にそういう思いが全く無かったとは言わないが、現在はそういうった感情は一切なく、そもそもロクに会ってすらいない上にあっちは彼氏持ちだ。
だから、風花が思うような相手では絶対にない。
これだけは誤解のないように伝えたかった。
「ふーん……わかった」
「ありがとう」
「で? それだけ?」
風花は少しだけ目をそらして言った。
無論、それだけではない。
風花の頑なな態度の解答、風花を不安にさせないための言葉。
必要な会話のシミュレーションを、俺は既に数十パターン考えていた。勿論授業中にだ。
「いや、その、だな」
ところがどっこい、そんなシミュレーションは、いざ本人を眼の前にすると綺麗に吹き飛んでしまっていた。
頭が真っ白になって、上手く言葉が出てこない。
イケメンのようなスマートな会話、お洒落な好意の伝え方。シミュレーションを記録した俺のメモリは真っ白な空白に埋め尽くされていた。
「そーた?」
風花は値踏みするように俺を見ている。さあ、どんな言い訳が出てくるのかな? と。
真っ直ぐに俺を見つめる目。
後ろで組まれた手の、落ち着かない指先。
……オーケイ、腹を括ろう。
華と駿輔も言っていたじゃないか。お洒落だとかスマートだとか、そんなやり方が俺に合うわけがないのだ。
モブ・オブ・モブの俺が出来ることはただひとつ。
スゥーーーッ……
「風花!!!!!!!」
「ひゃ、ひゃい!?」
驚いて目を見開く風花。よし、掴みはオッケー。畳み掛けるぞ。
「俺は!!!! お前のことが!!!!!!! 好きだ!!!!!!!」
言ったった。言ったったぞ。
顔に熱が集まってくるのを感じる。手汗すげえ。心臓うるさい。震えそうになる足を精神力で押さえ込む。
「へ、え、あ」
「ここでいう好きとは友だちとしてとか人間として尊敬するとかではなく!! お前ともっとデートしたいとか!!!! 手をつなぎたいとか!!!! 抱きしめたいとか!!!! キスをしたいとか!!!!!!!! そういう好きだから!!!!!!」
「ちょ、ちょおおお待っ」
「お前の隣に俺以外の男が立っているのが嫌だ!!! お前を独り占めしたい!!!!! お前が好きだ!!!!! お前が欲しい!!!!! 俺の! 恋人に!! なって欲しい!!!!!!!!!」
「とりあえず止まれバカ!」
ぺしょん、と風花のパンチが俺のボディに刺さった。痛くも痒くもないが、とりあえず勢いを削がれた。
クラスは静まり返り、全員が俺達の一挙手一投足を固唾をのんで見ているのを感じる。
「……30点」
「えっ」
「ムードない。ロマンチックじゃない。公衆の面前、勢いだけ、うるさい、暑苦しい、あと重い」
「Oh……」
大分散々な評価だった。
あぁうん、ダメか、これ。グッバイ俺の青春。
「……でも、まあ。そーたにしては頑張ったほうかな」
「え」
「いいよ。付き合ってあげる」
え。
え。
え。
「……マジ?」
「大マジ」
「でじま?」
「まじでじま。……言っとくけど、今度は嘘じゃないからね」
マジか。マジだ。現実だ。空想でもシミュレーションでもない。
付き合う。俺と。風花が。
「それと、ふーかも重い女だからね。ちゃんと受け止めてよ」
ね? と笑顔で首を傾げる風花を、思わず抱きしめた。
「イィィィィィィィィィィィィッヤッホゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥイ!!!」
「うるさっ」
腕の中から聞こえてくる風花の声は全然嫌そうではなかった。
周囲から生暖かい視線とまばらな拍手が聞こえてきたが、抱きしめた身体の柔らかさとかいい匂いとかに気を取られて気にならなかった。
「……なにしてんだ、お前ら」
いつの間にか来ていたみっちゃん先生が呆れたように俺達を見ていた。




