#6 vs幼馴染
転機はいつだって突然に訪れる。心の準備、などという拙い言い訳を嘲笑うように。
「おろ、蒼太じゃん」
朝、家を出てばったりと会ったのは、幼馴染の和泉 華だった。
3歳の時に和泉家が引っ越してきて以来のご近所さんである。
「よう。今日は遅いんだな」
「うち終業式だから朝練休みなの。なんか久々だね」
「1万年と2000年ぶりぐらいか」
「何いってんの……?」
実際は4ヶ月ぶりぐらいか。他校に通う華は所属しているテニス部の朝練があり、俺より家を出るのが早いのだ。
申し合わせたように一緒に歩き出す。中学まではこういう機会もそれなりにあったが、高校が別になると自然と交流もなくなっていたので、並んで歩くのも久しぶりだ。
スポーツ選手らしいショートヘア。無駄のない筋肉のついた伸びやかな肢体を、白いブラウスとスカートが包んでいる。風花とはまた違ったベクトルの美少女だ。
「最近どーよ?」
「ぼちぼち。そっちは」
「ぼちぼちでんな」
「さよか。駿輔は?」
「んー元気だよ。相変わらず映画ばっか観てるけど」
「あいつかわんねえな」
駿輔というのはもう一人の幼馴染で、華と付き合っている。あっちは中学の卒業と同時にそれなりに遠い街に引っ越してしまったので、華以上に顔を合わせる機会が少ないんだが。
中学までずっと3人でつるんで過ごしていたのも、既に懐かしい思い出だ。
「てことは相変わらずデートは映画ばっか?」
「そ。あたしも別に嫌いじゃないけどさ。またか、って思うこともあるよ」
あれは結婚したらチャンネルの支配権を独占するタイプだわ、と華は独りごちた。
結婚、という生々しい言葉が華の口から出てきたことに、俺は少し驚いた。同時に、そういうことを意識するところまで二人は進んでいるのか、と思った。
どうやら大人の階段を登りそこねているのは俺だけらしい。
ダラダラと近況やどうでもいい話をしながら歩いていると、駅まではすぐだった。
「あれ? あんたこっちだっけ?」
「駅で待ち合わせなんだよ」
「待ち合わせ?」
LINEで「ついたよ」とスタンプを送る。
木陰で待っていた風花が顔を上げて、遠目にもはっきりとわかるほど表情を強張らせた。
「待って、待ち合わせってあの子?」
「そうだけど……あれ」
……風花は俺を待たずに足早に歩き出してしまった。
え、なんだ?
「早く追っかけろバカ!」
華に突き飛ばすように肩を押され、思わずたたらを踏んだ。
なんだなんだ、いったい。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、何がなんだか」
「いいから! 早く行けバカ!! あと、あたしとあんたは何でもない仲ってちゃんと言いなバカ!!!」
もう一度肩を押され、仕方なく俺は走り出した。テニスやってるだけあって力あんな、と、どうでもいいことを考えた。
幸い風花にはすぐ追いつくことが出来た。短い距離とはいえ、走ったから暑い。ダラリと頬を伝う汗をハンカチで拭う。
「待ってくれ、風花」
「……」
「どうしたんだよ。何かあったか?」
風花は日傘を低く持って顔を隠し、目を合わせてくれなかったが、逃げ出さないのを見ると話はしてくれるようだ。
「あの女、誰?」
「あの女? 華のことか」
「華? ……名前呼び?」
「あいつはガキの頃からの友だちで、なんつうかご近所さんだよ」
「……幼馴染、っていうやつ?」
「そういう言い方もあるな」
「……ふーん」
えっと、華のことを勘違いした、で合ってんのか、これ。華もそんなようなこと言ってたな。
「あいつとはなんでもないぞ。顔を合わせるの自体久しぶりだし」
「でも、一緒には歩くんだ」
「そりゃあ、まあ、知らない仲じゃないし」
「……ふーん」
「風花?」
風花はとても冷たい返事をして、早足で歩き出した。
早足で追いつくと風花も更に足を早め、結局俺達はいつもよりも幾分早く学校に着くことになった。
その間、風花はひとことも口を利かなかった。
★
ひとりの帰り道は、こんなに退屈だっただろうか。別に友だちがいないわけではないんだが、今日一日クラスで腫れ物扱いだった俺は自主的にひとりを選んだ。
結局、一日中風花には話しかけられず終いだった。近づこうとしてもタイミングが合わなかったり、一軍女子たちに強めに牽制されるし。
水沢が気を使って話しかけてくれたりしたが、俺はついぞ上の空だった(彼には申し訳ないことをした)。
なんとなく真っ直ぐ帰りたくなくなって、ふらりと商店街に寄った。
夕方の商店街は相変わらず、買い物に来たおばちゃんとか仕事帰りのサラリーマン、俺と同じような学生たちで賑わっている。
商店街のあちこちに残る風花との思い出の残滓をたどりながら、ドーナツショップに入った。
注文したミートパイとコーヒーを眺めながら、そういえばあの時もミートパイだったな、と思い出した。
シナモンロールとにゃん侍の幻視をコーヒーで流し込む。熱いだけであんまり美味しくなかった。
胸の真ん中にぽっかりと穴が空いたような気分だ。
ドーナツショップに相応しい気分だ、と思ったが、あんまり面白くない。
あるいは、風花なら「なにそれ」と笑ってくれるだろうか。
「蒼太?」
呼ばれた声に顔を上げると、華と駿輔がトレイを持って立っていた。
「よう。今日はよく会うな」
「うん……ひとり?」
「まぁな」
二人はトレイを置き、俺の正面の席に腰を下ろした。
「蒼太、久しぶり」
男としては高い声で駿輔が言った。相変わらず細面のイケメンぶり。背はひょろりと高いのに細くて白い駿輔は昔からモテた。今でもそれは変わらなさそうだ。
「久しぶり。お前さ、映画以外のデートも連れてってやれよ」
「え、華ちゃんから聞いたの」
「おう。お前が映画好きなのは知ってるけどさ、もうちょっとこう」
「そんなことはどうでもいいのよ」
バン、と華がテーブルを叩いて、俺達の話を中断させた。
「あんた、あの後ちゃんと上手くやったの?」
「僕も、華ちゃんから聞いてる。どうだったの?」
どうやらここは商店街のドーナツショップではなく、警察の尋問室かなにかのようだった。




