#5 vs新たな日常
期末テストも終わって、俺たち学生の気分は夏休みに向かってまっしぐらだ。
まだテストの返却と順位発表があるけどな。平均ぐらいはいってるだろう、うむ。
その前に、俺には日々の楽しみがひとつ増えた。
通学路をいつもと変えて、駅の方へ向かう。
木陰でスマホを見てる彼女を見て、胸が少し高鳴る。相変わらず、立ってるだけでも絵になる美少女ぶり。通りすがる学生やリーマンがチラチラと見ている。
「ついたよ」とLINEを送り、顔を上げてこっちを見た彼女に小走りで駆け寄る。
「おはよ、そーた」
「おはよう、風花。ごめん、待たせた」
「2、3分だから気にしないでいいよ。いこ」
そう言って、俺達は隣り合って歩き出す。
あれから幾度かのデートを重ね、俺たちは一緒に登校するぐらいの仲になったのだ。
女の子と肩を並べて歩く、というのは俺にとって特別な時間だった。それが風花ぐらいの美少女となれば尚更だ。
幼馴染と並んで歩いたことぐらいはあるが、アレはここでいう「女の子」とは違う位置にいる存在だ。
もっとも、並んで歩いてはいるが、それだけだ。手を繋いだりしていないし(風花の両手は日傘とカバンで塞がっている)、身を寄せ合って二人だけにしか聞こえない小さな会話……なんてものもないし、俺の左手はポケットに突っ込まれている。
ほんの数日前の俺ならこれでも十分すぎるほど幸福な時間だっただろうけど、今の俺はもう少し踏み込んでみたいと、どこかそわそわした気持ちで歩いていた。
そんな事を考えながら歩いていると、風花が俺の方をちらりと見て言った。
「一学期、もうすぐ終わりだね」
「んだな。夏休みはなにか予定あんの?」
「来年は受験だから、今年のうちにたくさん思い出つくりたい、かな」
風花は進学組か。俺もそうだが。
「夏祭り、浴衣。海、プール、水着。ぐへへ」
「キモっ……そーたには絶対見せてあげない」
「そんなセッショウな! 許してくださいなんでもしますから」
「必死すぎてウケる。もーしょうがないなあ」
風花はクスクスと笑った。俺もつられて笑った。
俺達の新しい日常はこんなふうに始まっていった。
「あ、靴とか舐めようか?」
「2メートル以上離れて歩いて」
★
「はよーす」
「おはよー」
ガラリと教室のドアを開けて挨拶すると、まばらに挨拶が返ってくる。
二人の時間はそこで終わり。俺は自分の席に座り、風花は一軍女子たちのグループと合流する。
「おっす、佐伯」
前の席の椅子をガラガラと引っ張り、腰を下ろしたのは水沢というクラスメイトだ。
一軍女子グループの一人、鈴木の彼氏である。
風花と仲良くなってから、一軍グループとも自然と交流が生まれた(嘘告の件はきっちり謝罪された)。
こいつもその中の一人ってわけだ。
「うっす」
「あちーな、今日も」
「夏だからな」
「そう、それだ」
「どれだよ」
水沢は一軍女子たちをちらりと見た。
「夏休み、俺らと一緒に遊ばね?」
「なんだよ急に」
「お前最近、湊といい感じじゃん。でもまだ付き合うとこまで至ってないだろ」
「……つまり、グループで遊ぶのにかこつけて距離を縮めろ、と?」
「話が早くて助かる」
ふうむ。俺としては渡りに船だが。
そういえば、一軍女子グループは風花含めて4人いて、風花以外は全員彼氏持ちとか言ってたな。
つまり、風花と俺がくっつけばグループで遊んでいても気を使わずにカップルで過ごせる、というわけか。
なるほど、まさにwin-win。素晴らしい計画だ。
俺は右手を差し出し、水沢はその手をがっちりと握った。
契約成立だ。
「素晴らしい夏にしようじゃないか、心の友よ」
「お、おう。つーわけでLINEのグループ入ってくれ」
「承知した」
「……なにしてんだお前ら」
男二人でスマホを突き合わせてもにょもにょしていると、いつの間にか側に来ていたみっちゃん先生が変なものを見る目で俺達を見ていた。
「友情の確認ですが」
「……そうか。とにかく水沢は席に戻れ。伊藤が困ってるだろ」
よく見るとみっちゃん先生の後ろに、伊藤くん(前の席の本来の主)がカバンを持ったまま立っていた。
「悪い、伊藤。また後でな佐伯」
「おう」
教卓に戻るみっちゃん先生が「掛け算はどっちだ……?」と小声でつぶやいていたのは聞かなかったことにしよう。
★
モラトリアム期間の退屈な授業をやり過ごし、あっという間に放課後になった。
帰り道も、俺と風花は隣り合って歩いていた。
風花を駅まで送り届けるという、IMFに相応しい任務があるのだ。99%私情が入っているが。
「夏休み、楽しみだね」
風花がぽつりと言った。
LINEのグループに入ったと知ったときは少し驚いたようだったが、一緒に遊べることがわかると、嬉しそうにふわりと微笑っていた。
「うん。しかしなー、遊ぶとなると資金が入り用だな」
「バイトでもする?」
「だなあ。ばあちゃんが趣味で喫茶店やっててさ、去年はそこでバイト……っていうか、手伝いをしてたんだ」
「へえ。どんなお店?」
「ひとことで言うと、すげえ昭和レトロな店」
元々婆ちゃんの知り合いだった人が亡くなり、畳むことになった店を友だちと共同で居抜きで買い上げて始めた店だ。
客もほとんど知り合いやご近所の人しかこないような、おしゃべりの場とでも言ったほうが相応しい、ちんまりした店である。
「普段はじいちゃんしか力仕事が出来る男手がないから、結構重宝されたんだよ」
「そーたって結構ガッチリしてるもんね。部活やってないのに」
「じいちゃんに鍛えられたんだよ。現役時代は警察官やっててさ、剣道の達人」
「へえ。そーたも剣道やってるの?」
「ぼちぼちな」
最近は、たまにじいちゃんの紹介で警察署の道場の稽古に混ぜてもらうぐらいだ。
そこまでガチでやってるわけじゃないから、大抵コテンパンにされるが。
「行ってみたいな。今度連れてってよ」
「おーけー」
100%どんな関係か聞かれるだろうが、どんな紹介が相応しいだろうか。
彼女か? なんて聞かれたら、風花はどんな反応をするだろう。
そんなことを考えていると、自然と頬が緩んで、胸がそわそわした。悪くない気分だった。
「……急にどしたの? 顔キモいよ?」
「酷いわ風花さんッ」




