#4 vs帰り道
「あのさ」
話がひと区切りすると、湊が真剣な表情になって言った。
「ごめん」
「え?」
「ふーかが佐伯のこと好きって言ったのさ、あれ、嘘告だったの」
湊は椅子から立ち上がって、綺麗な角度で頭を下げた。
……そういやそうだったな。嘘告だった。うん。
「ただの罰ゲームだったんだけど。佐伯みたいないい人を笑って踏みにじろうとしてた。だから、ごめんなさい」
「あー、とりあえず頭あげてくれ」
めちゃくちゃ目立ってるしな。カフェの店員さんも「いつでも介入できます!」みたいな感じでスタンバってるし。
湊は少しためらったが、目立っているのがわかったのか大人しく席についた。
「まぁ、気づいてたんだけどな」
「え?」
「気づいてたからこそ大声で周りやみっちゃん先生を巻き込んで、嘘告っていえない空気作ったんだよ」
普段の俺ってあんなに大声出さないし、あんなにハイテンションでもないしな。
実は大声だしすぎて微妙に喉が痛い。
「……なにそれ、じゃあこのデートなんだったの?」
「んー、湊がどこまで嘘を突き通せるかチキンレースしてたのがひとつ。もうひとつは、湊風花とデートしたいってシンプルな理由」
「へー? そんなにふーかとデート、したかったの?」
「そりゃそうだろ! 学校一、いや日本一の美少女の湊風花と合法的にデートできるチャンスだぞ! これだけで一生自慢できるわ!」
「へ、え、あ、そう、なんだ……」
これはマジ話だ。実際、湊は圧倒的な容姿と陽キャグループトップにいるにも関わらず、浮いた話を聞いたことがない。
サッカー部のエースもバスケ部のキャプテンも玉砕したって噂だけは聞くが。
モブ・オブ・モブの俺には二度とない好機なのである。
「だからまあ、俺にもメリットはあったから気にしないでくれ。謝罪は受け取る。この話はこれで終わりな」
「むう。なんか気に食わないけど、悪いのはこっちだから我慢する」
ちょっと頬を赤くして、むくれた表情でシナモンロールを頬張る湊もかわいいな。
うーん、俺、どんどん湊に惹かれてないか?
あの湊風花と遊んでお茶をして、他の野郎どもが見たことない表情を独占しているかと思うと優越感のひとつも覚えそうなもんだ。だがそんなことがどうでもよくなるぐらい、湊風花の色んな表情をもっと見たい、と思うようになっていた。
「まぁ、なんか感づいてるんだろうとは思ってたけどさー」
「なんで?」
「呼び方。風花ちゃんとか馴れ馴れしく呼んでたのに、湊に戻ってるし」
「あ」
そういやそうだな。素の呼び方はこうだから気づかなかった。
……へぇ、俺いつの間にか湊の前で素で話してたんだな。
「もー。佐伯といるとホント調子狂うし……」
湊の愚痴めいた話に相槌をうちながら、俺はふわふわと浮かんでは消える、泡のような感情を形にしようとしていた。
湊のいたずらっぽい笑み、優しい声と表情、少し控えめな笑い、あどけない仕草。
そういうものをもっと見たい、俺だけに見せて欲しい。俺だけしか知らない湊を。
……オーケイ、認めよう。
要するに。
俺は湊に好意を抱いているのだ。
好意。そう、好意だ。文字にするとなんだか硬い印象になるが。
恋愛的に好きというのは少し違う、と思う。むしろその入り口、興味以上の対象。
なんだか胸がわくわくして、どきどきした。詩のひとつでも書けそうな気がしたが、今はそんな場合じゃない。
「あのさ、湊」
「んー?」
「今度はさ、嘘告とか抜きでデートしないか?」
「え? ……マジで言ってる?」
「大マジ」
「ふ、ふーん。そっか。佐伯はふーかとデートしたいんだ」
照れたようにティースプーンをかき混ぜる湊を見ながら、俺の心臓はうるさいくらいに音を立てて跳ねていた。
なにせ相手は誰もが認める高嶺の花、湊風花だ。断られる可能性のほうが高い。いや、間違いなく断られるだろう、と僅かな後悔と切なさがが胸を掠めた。
「いいよ」
「え、いいの?」
「うん。佐伯ちょっと面白いし。……デートするぐらいなら、いいよ」
マジか。マジだ。OKがでた。あの湊風花から、デートのOKが。
「い……」
「い?」
「イィィィィィヤッホォォォゥゥゥゥゥ!!!!」
俺はガタン、と立ち上がり、右手の拳を天に掲げた。
「我がっ!生涯にっ! 一片の悔いなしっっっっ!!!」
「ちょ、やめてよ!」
「これが喜ばずにいられるか!!!! あの! 湊風花と!! デートだぞ!!!!」
「わかった、わかったから座って!」
「Foooooo!! なんか踊り出したい気分だ!! いや踊ろう!!!」
「ちょっ」
「お客様」
いつの間にか俺の背後に店員さんが忍び寄っていた。いや、俺の声で足音が聞こえなかっただけか。
「はい」
「他のお客様のご迷惑になりますので」
「すみません」
大人しく座って、残っていたコーヒーを飲み干した。周囲の視線と同じぐらい生温かった。
「はー、もう……ほんと変なやつ」
「嬉しいのは本当だぞ」
「わかったわかった。もー、食べ終わったんなら出よ」
「うっす」
今日のところはこれで終わりか。
名残惜しい気もするが、次もあるしな、うっしっし。
★
カフェを出ると夕日も沈もうかという時間で、初夏のムッとした熱気が俺達を包んだ。昼間よりは多少マシだが。今年の夏も暑くなりそうだ。
駅へと続く商店街は、買い物帰りのおばちゃんとか仕事帰りのサラリーマンなんかで賑わっている。
「佐伯は電車?」
「いや、歩き。徒歩15分」
「ふーん。ふーかは電車だから」
ん、そうか。今日はここでお別れか。
「……行かないの?」
「え?」
「駅まで送ってよ。それまで商店街デート、しよ?」
がつーん、と右ストレートを食らったような気がした。
デート。湊の口から、デート。俺と。
勿論ワンパンでノックアウト。
「あ、デカい声出したらここで解散だから」
「あ、はい……」
「もー。ちゃんとエスコートしてね、そ・う・た・くん」
いたずらっぽく微笑む湊を見て、今度は強烈な左フックでも食らった気になった。
並んで落ちる影を見て、胸がわくわく、どきどきしていた。
悪くない気分だった。
こんな気分になれるなら、嘘告も悪くないかもな。




