第97話 継承
その後、ザイオンの復旧には、それなりの時間を要した。
延焼しつつあった火災の鎮火、そして都市からの黒躯の追放、そのいずれもがレティシアを指揮官とする赤錆の大鴉団によって成し遂げられた。
黒躯についてはミアの恩恵の力で、黒躯を打ち消す意志を持った存在を生み出し、それを黒躯に感染させるという荒技によって、手際良く黒躯を駆逐することができた。
フィンも激しい戦いの傷が癒えたあとは、ミアの護衛を務めつつ、自らの恩恵の力によって直接黒躯を解体していく。
都市から黒躯が一掃され、ようやく生き残った市民たちがザイオンに戻ってきた。
火災と黒躯、そしてナタリアに破壊された市内のいたるところで新たな家が建築され、屋台が並ぶようになり、少しずつ商業都市としての活気が戻ってくる。
テオドーラは、父親に従っていた騎士たちのうち、自らの領地に戻っていた者の大半を臣下として迎え、領地を管理する家令には清廉の騎士ローランが継続して就任した。
ヴィード門の戦いを生き延びた騎士については、ザイオンを離れる者も少なくなかったが、一部は才気溢れるテオドーラの手腕に惚れ込み、赤錆の大鴉団への遺恨も飲み込み、忠誠を新たにした。
外交では、急逝したダンクルト伯爵の私生児を自称し、王からセオドアⅡ世として伯爵位の継承を認められる。
王との交渉にあたっては、事前に英雄ルーファスがテオドーラとともに各諸侯のもとを訪れ、支援を取りつけた。とりわけ王国内でも最も発言力のあるネヴィア侯爵の後押しもあり、セオドアⅡ世は私生児という立場ながら伯爵家を継ぐことが認められることとなった。
「セオドア卿が、しかしこんなに乗馬が上手いとは思いもしなかった」
王都オルネリアからの帰り道、セオドア、さらには側近であるノーマ、モイラとともに馬に乗ったルーファスは感心したように言った。
「ははは。馬車にしか乗ったことがなかったが、ノーマにだいぶ厳しく叩き込まれましたから」
セオドアは嬉しそうに笑う。
最初は違和感のあった男性的な語り口調も、すっかり板についている。事情を知る者ですら、セオドアがつい最近までは奥ゆかしい深窓の令嬢だったことを忘れてしまうくらいである。
「セオドア様! やめろって!」
セオドアによって騎士に叙勲されたノーマが、馬上で顔を赤らめながら、揶揄う主君をたしなめる。
言葉遣いこそまだまだだが、その服装は、騎士の名にふさわしく、膝まである鎖帷子を着込み、その上に新品の上衣を羽織っている。
「ノーマもすっかり立派な騎士だな。友として誇らしいぞ」
モイラが嬉しそうに微笑む。
「モイラには断られちゃったけどね」
セオドアが軽やかに笑いながら言う。モイラもただ微笑んでいた。
「ルーファス殿、これからどうするのだ?」
先頭を進むルーファスにセオドアは声をかけた。ルーファスは器用に馬を操り、セオドアたちが近づくのを待つ。
「ザイオンを離れようと思う」
ルーファスはいつもと変わらぬ調子で、淡々と言った。モイラとノーマはすでに打ち明けられていたのか、驚く様子もなく、わずかにうつむくだけだった。
「……なぜですか?」
セオドアの声が震える。自制を失った声帯は令嬢テオドーラを蘇らせる。
「足を直すため、旅に出ようと思う」
ルーファスはそれだけを、優しい口調で告げた。
フィンとの戦いで機能を破壊された足は、セオドアの癒しの手を持ってしても動くようにはならなかった。
ルーファスは赤錆の大鴉団の団長の座をレティシアに譲り、旅に出ることを決めていた。
「……寂しくなりますね」
セオドアは節目がちに微笑んだ。
ルーファスは馬を近づけ、射抜くような目でセオドアを見つめる。
「大鴉団にはレティシアもモイラもいるし、ノーマもいる。なにかあったときは遠慮なく頼ってほしい」
「ありがとうございます」
セオドアは顔をあげ、しっかりとルーファスを見つめ直すと、もう一度微笑んだ。




