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リィンカーネーションの理 〜転生者たちの英雄譚〜  作者: 奥槻 庵
第十章 ヴィード門の戦い

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第87話 トレビュシェット

「さて、次だな」


 ジーンは利用したロープを手早く束ねながらフィンに微笑みかけた。そして助け出された傭兵の背中を叩いてその健闘を讃えると、次なる戦いを求めて混戦つづく広場を駆け出していく。残された傭兵もすぐに二人の後を追って走り出した。

 

「来い! 下衆な傭兵の女傑よ‼︎」


 モイラと巨漢ベルナールとの一騎打ちはつづいていた。

 右手指を打ち砕かれてもベルナールの騎士の誇りは折れることなく、金属塊のような戦斧を振り回しモイラに一撃を加えようとする。

 お互いの武器が幾度となく交差し、激しい金属音が鳴り響いた。

 その迫力に周囲の騎士や傭兵たちも近づくことをためらい、ただ固唾を呑んで見守るしかなかった。

 ベルナールは獣のように吠えながらモイラめがけて突進する。迎えるモイラが真上からグレイブを振り下ろすと、ベルナールはその凶悪な刃を分厚い戦斧で受け止め、鍔迫り合いの勢いのまま戦斧を放り出し、モイラの細い腰に飛びついた。

 モイラも迷いなくグレイブを手離すと、組みついてきたベルナールの胴体に両腕を回す。

 規格外の体躯から生み出される突進力で相手を押し倒そうとするベルナールと、その巨体を受け止め、引き剥がすかのように上から抱え込むモイラ。

 互いに相手をねじ伏せんと、鍛え抜かれた筋肉を一気に収縮させる。ベルナールの口から地響きのような咆哮が漏れ、丸太のような腕がさらにはち切れんばかりに膨れ上がった。モイラも苦しそうに息を吐きながら顔をしかめる。組み合った二人を中心に、メキメキメキ……となにかが砕け壊れる音が聞こえてくる。

 暴れる雄牛のように猛烈に押し込んでくるベルナールの身体を受け止めたモイラの足が、体重の差による不利もあるのだろう、広場に敷き詰められた石の上を滑り、ずるずると後退していく。

 周囲で見守る騎士たちから歓声があがる。

 ふたたびベルナールは大きく吠えると、片腕でモイラの太ももを抱え、一気に押し倒そうとありったけの力を振り絞る。

 その瞬間、モイラは抱え込んだ腰をひねるように力を込めた。

 ベルナールの腰に激痛が走る。

 あまりの痛みに顔をしかめるよりも、いきなり全身の力が抜けてしまったことに驚き、ベルナールは目を見開く。立つこともままならず崩れるようにその場に倒れ込む。

 すがりついた手を払われ、視線を上げると、そこには冷ややかな目つきでベルナールを見下ろすモイラの端正な顔があった。

 

「腰骨を砕いた。もう立つことはできないだろう」

「……な……」

 

 なにかを言いかけたベルナールだったが、ようやく襲ってきた激痛に言葉を失ってしまう。悶えることもできず、ただうつ伏せになり、苦鳴の声を漏らすしかなかった。

 モイラは微笑すらも浮かべずに言った。

 

「これまでの奮闘を讃え、私はとどめを刺さない。騎士としては屈辱かもしれないが、傭兵にとっては最大の贈り物。貴殿に生き延びるだけの運があらんことを」


 そして踵を返し、次なる敵を求めて歩き出した。

 一騎打ちを見守っていたベルナールの臣下にあたる騎士たちはモイラを避けるように距離を取りながら、倒れたベルナールに駆け寄っていく。

 赤錆の大鴉団の傭兵たちがニヤニヤと笑いながら近づいてくるなか、臣下の騎士たちは常人離れの体格を誇るベルナールを必死に運び出そうとしていた。



 

「ご苦労だった」

 

 ルーファスは近づいてくるレティシアの小柄な姿を認めると、小さく頷きながら労をねぎらった。

 

「ありがとうございます」

 

 レティシアは膝をつき礼を述べる。


「さきほど兵たちが敵将のベルナールを討ち取りました。ベルナールに従っていた騎士たちも多数討ち取っています。広場についてはおおむね我らが支配しつつあります」

 

 ルーファスは頷いた。

 

「他に将は?」

「伯爵家で名の知られた騎士といえば、ジェラールもその一人ですが、やつは門塔に逃げ帰ってから、そこから出てきません。あとは家令のブルーノもおりますが、奴は伯爵の腰巾着。いささか高齢ということもあり脅威にはなりえません。残るは、伯爵ご本人だけかと」

「美丈夫卿か」


 ルーファスは呟くように言った。

 その類稀な美男子ぶりから王族始め有力者たちの寵愛を得て、宮廷政治でのし上がってきた伯爵である。もっぱら戦争については疎いという世間一般の評判であった。

 そして、その評判はルーファスの印象とも一致している。

 

「ローラン卿がいたら、どうだったろうな?」


 ルーファスは、ダンクルト伯爵家で荘園管理を受け持つもう一人の家令の名をあげた。高潔で厳格、なおかつ勇猛な騎士として名の知られた騎士は、あいにく各地の荘園を巡回中のため、ザイオンの地をしばらく離れていた。

 

「ローラン様がいたら、そもそも伯爵の暴挙もなかったと思います」

 

 レティシアは深くため息をつきながら残念そうに言った。いまは敵対するダンクルト伯爵家の重臣だが、レティシアはローランを呼び捨てにはできなかった。

 

「そうだな」

 

 ルーファスはさみしそうに笑った。

 そのとき民衆と戦士たちでごった返す広場のなかに艶のある美声が鳴り響いた。美丈夫卿だ。

 

「小汚い傭兵どもよ! 醜い悪あがきはそれまでだ!」


 門塔の上にいるクローヴィスⅡ世は、地位に見合った尊大な態度で叫ぶ。芝居がかった一挙手一投足は美しく、まるで演劇の一場面を見ているかのようであった。

 その声に広場で剣を交わす騎士や傭兵たちはその手を止めた。

 明らかに戦況は傭兵団に優勢に傾きつつあるなかで、相変わらず強気な領主の言動には市民や傭兵たちのなかからせせら笑う声が漏れる。

 もともと表情の変化が乏しいモイラはさておき、ルーファスとレティシアも、その発言を笑うことはなかった。

 広場を制したとしても、まだ勝ったとは言えないからだ。赤錆の大鴉団にとっての勝ちは、ザイオンから市民たちを無事に逃すことである。そのためには領主軍が立てこもる門塔はもちろん、市壁の外にいる残りの軍勢も打ち倒さねばならない。

 むしろ領主がなにを考えているのか探ろうと動きを止めて視線を向ける。

 

「裁きを受けよ!」

 

 美丈夫卿はそう叫ぶと、松明を握りしめた片手を天高く突き上げた。

 わずかに間をおいて、遠くの方から弓から矢を放つような乾いた音が断続的に聞こえてきた。

 レティシアの顔から血の気が引く。

 

大型投石器(トレビュシェット)だ! 総員気をつけろ!」

 

 大きく吠える。

 その声の直後に市壁の外から炎の塊が大きく弧を描きながら飛来するのが見えた。ただの炎ではない。岩石のまわりに藁や布を巻きつけて火をつけた破壊力も兼ね備えたものであった。その数もひとつではない。大小さまざまな岩石をまとめてトレビュシェットで放ったのだろう。小さな点に見えたそれらは、恐るべき速度で広場に近づくにつれ、質量に見合った大きさを取り戻していき、人々に圧倒的な恐怖心を植えつける。

 

「逃げろ‼︎」

 

 広場に向かってルーファスは叫んだ。

 多数の岩礫は、広場の中央を外れ、周辺に立つ建物の屋根に降り注ぐ。組み上げられた木材はもちろん、石造りの建物も粉々に粉砕される。破片は火を撒き散らし、周囲をあっという間に延焼させていく。巻き込まれた市民たちは声を上げる間もなく瓦礫に潰され、それを見ていた市民たちから悲鳴があがる。

 

「二発目、来るぞ!」

 

 レティシアは大声で周囲に警戒を呼びかける。

 市壁の外に何台のトレビュシェットが設置されているかわからないが、トレビュシェットはただの投石器ではない。シンプルな構造の投石器と比べるとかなり大型で、それに比例して投射物の重量も飛距離もはるかに一般的な投石器を上回る攻城兵器である。

 組み立てるためには事前に用意した巨大な部品をいくつも必要とする複雑な建造物である。ザイオンから避難した短時間のあいだに、そこまで大量の部品を持ち出せるはずもない。

 レティシアは、放たれた岩石の量や発射間隔から、およそ三台程度と当たりをつけた。


 市民たちは突然空から降ってきた無差別攻撃に大きく混乱し、広場内を逃げ惑う者、広場からザイオン中心部へと戻ろうとする者、さらにはザイオン市内から避難してきてようやくヴィード門にたどり着いた者たちが入り混ざり、広場内のいたるところで悲鳴と罵倒の声が聞こえてくる。

 市民だけではない。取り乱すことこそなかったが、傭兵だけでなく騎士たちも情け容赦ない領主の暴挙に動揺を隠さずにいた。実際に広場で戦っていた騎士の数人がトレビュシェットの攻撃によって崩壊した建物の下敷きになり命を失っている。炎をあげる周囲の建物と逃げ惑う市民たちの渦のなかで、戦いの手を止めて呆然と空を眺めていた。

 フィンたちも青ざめた顔で慌てふためきながらルーファスたちのいる中央に戻ってくる。混乱のなかでミアに率いられた孤児院一行の姿も見失い、フィンも焦燥していた。

 

「これ、やばいだろ、どうするんだ?」

 

 ジーンが声をかけると、ルーファスとともに難しい顔をしていたレティシアは、迷惑そうに顔を顰めつつ、

 

「いま考えている!」

 

 と吐き捨てるように答えた。

 そこにダーシーを従えたナタリアも姿を見せる。ナタリアは頭を掻きむしりながら「困ったもんだね」とため息をついた。

 

「もう少し軌道が低ければ、やつらの防御魔法に当たって広場までは届かないはずなんだが、うまいこと避けて打ってきやがる。こりゃなかなか厄介だな」

 

 感心したような口ぶりのナタリアに呆れつつも、フィンは幼なじみの魔術師に問いかける。

「ダーシーの火球(ファイアボール)で、そのトレビシュなんとかを壊せないのか?」

「無理だよ。ここからじゃどうしても防御魔法にさえぎられて門すら越えられない」

 

 フィンの質問にダーシーは悔しそうに首を振った。

 

「もちろんノーマの矢も、外には届かない。さて、どうする?」

 

 ナタリアは首領たる赤髪の男を見つめながら尋ねる。

 

「どうするかな」

 

 ルーファスは門塔の上の美丈夫卿の姿を見つめながら、淡々とした口調でつぶやいた。

 領主はトレビュシェットの攻撃によって火の粉をまき散らしながら崩壊する家々の様子を眺めて、身をよじって哄笑する。逃げ惑う市民たちの悲鳴が自身を称える讃美歌のように聞こえていた。

 

「思い知ったか。これが正規軍の戦いぞ! 剣と弓だけで英雄気取りも大概にせよ!」

 

 陶酔しきった表情で吠えると、芝居がかった挙動でふたたび手を挙げる。

 領主の合図に呼応するように市壁の向こうからふたたび弓を鳴らすような乾いた音が連続して聞こえてくる。すぐさま上空に赤い点が複数現れた。

 

「逃げろ!」

 

 周囲のざわめきを一瞬で飲み込む大音声でモイラが叫んだ。

 つづけてレティシアも忌々しげに顔をしかめながら周囲に向かって号令をかける。

 

「総員、退避だ‼︎ 早くしろ!」

 

 広場の奥へと退却していく傭兵たちにつられて、領主軍の指揮下にあるはずの騎士たちもヴィード門の下へと逃げ込んでいく。広場にあふれかえっていた市民たちもそれらの動きに付き従おうとするが、かぎりある場所を求めて集まった人々が互いに譲らず、押し合いや罵り合いから、やがていたるところで殴り合いのような小競り合いが発生する。

 

「おい、一箇所に固まるな!」

 

 見かねたジーンが逃げながらも市民に向かって叫ぶが、混乱のなかジーンの声は争う市民たちの耳には届かない。

 思わず足を止めたジーンだったが、その袖をフィンはぐいと握りしめ、強く引っ張った。

 

「止まるな、行くぞ」

「……でも」

 

 逡巡している間にもトレビュシェットから放たれた燃え盛る岩石はぐんぐんその大きさを増していく。

 

「もう!」

 

 ダーシーは腹立たしげに唸ると、素早く呪文を唱え、杖を空へと向ける。なにもなかった空中に突如として巨大な火球が生み出され、渦巻くような炎を纏いながら飛来する岩石めがけて飛んでいく。そして、すべてではなかったものの広場の中央に落下するはずだった岩石のいくつかを包み込むと派手に炎をまき散らしながら上空で爆発した。

 爆発の衝撃波が広場にいるフィンたちを襲う。

 さきほどまで小競り合いを繰り返していた市民たちも火球の爆発の恐怖から怒りや憎しみを忘れ、とにかくどこかへと身を隠そうと小動物のように逃げ回る。

 その威力たるや、師のナタリアには及ばないものの、コルト村で見たときとは比べものにならず、ハント市での傭兵時代よりもさらに成長しているのがわかった。

 

「いい詠唱だ」

 

 ナタリアは満足げに評した。

 

「あとは言葉と動作をもう少し呼応させろ」

「ありがとうございます」

 

 ダーシーは慎ましげに礼を述べる。

 

「しっかし、このままだとジリ貧だな」

 

 ジーンは忌々しげに周囲の市民たちの姿を見ながら吐き捨てるように言う。


「いいから、お前も下がれ」

 

 レティシアはそんなジーンに近づくと、物凄い形相で睨みつける。盗賊団で数多くの荒くれ者たちと行動をともにしていたジーンであったが、その迫力に押され、数歩退いてしまう。

 人々が散り散りになったヴィード門前の広場に、領主の高らかな笑い声が響き渡る。

 

「これは愉快だ! さすがの英雄ルーファスも、われらには到底敵わぬようだ!」

 

 美丈夫卿は、遠くからも目立つ赤髪のルーファスを指差しながら哄笑する。

 

「お前たちは以前、リオン峠に星を降らせ、勝利を呼び寄せた。だが、その魔法使いも今ではお前の元を離れたというではないか。今度は私が炎と石をザイオンに落とす。お前たちはザイオンとともに滅びるのだ!」

 

 その言葉にナタリアは不敵に笑みを浮かべる。だが、その大きな瞳は決して笑っていなかった。

 またしても領主が手を挙げる。

 その合図がなにを意味するのかすでに理解している市民たちは、悲鳴を上げながら広場内を走り回る。フィンはそのなかに孤児たちを連れたミアの姿を見かけ、大きな声で呼びかけた。

 

「ミア‼︎」

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