第86話 開戦
騎士たちの先頭に立っていたジェラールは苦笑すると、傭兵たちの猛攻を巧みにあしらいながら、するすると後退していき、門を守る年若い騎士たちに近づくと門扉を開くよう指示を飛ばす。
突然始まった戦闘にうろたえる騎士たちだったが、敬愛する先達からの依頼を果たそうと必死に門扉を開く。
開いた門扉の向こうには、架け橋を挟んで武装した領主軍が待ちかまえていた。
突発的に発生した争いのため、充分な募兵などもできず、ザイオン市内に居合わせた戦力をかき集めただけの小規模な軍勢であったが、騎士も含めて、その練度は寄せ集めの大軍よりもはるかに信頼のおけるものとなっていた。
あらかじめジェラールに指示されていたのだろう、門扉が開くと、小隊長らしき騎士が槍を突き上げ、号令をかける。
「突撃!」
それとともに領主軍は架け橋を渡って一斉に市内に雪崩れ込んできた。
ザイオンは、ヴィード門を境界として傭兵隊と領主軍が入り乱れる大混戦と化した。
領主軍の先頭に立った巨漢の騎士ベルナールは巨大な戦斧を振るい、近寄る傭兵たちをいとも簡単に吹き飛ばしていく。
「ザコに用はない! ルーファス出てこい!」
その圧倒的な体躯が生み出す突進力で傭兵たちを蹴散らしながら怒涛のごとくルーファスに向かって突撃するベルナールは、その進路に立ちはだかった人物を見て、吠えるように笑った。
「旋風のモイラ!」
名を呼ばれたモイラは、特に表情を変えるでもなく、ただひたすらに獲物であるグレイブを横にまっすぐと構え、ベルナールをじっと見つめる。
赤錆の大鴉団のなかでも背の高さでいえばルーファスとともに最上位に名を連ねるモイラだが、身長こそ高いものの、樽のようなベルナールの迫力ある体格の前では、モイラのしなやかで均整の取れた肢体はやや頼りなく見えてしまう。
ベルナールは、武勇に優れると噂に聞く”旋風のモイラ”が、非力そうな乙女であったことを失望とともにせせら笑うと、脳天から叩き潰すように一気に戦斧を振り落とした。
その瞬間、モイラが動く。
すばやく一歩前へと踏み込みながら、戦斧を握るベルナールの拳めがけてグレイブの柄を叩き込む。したたかに指を打たれたベルナールはうめき声とともに打たれた右手を離してしまった。その隙にモイラはグレイブの柄を押し込み、戦斧ごとベルナールの身体を大地に押し倒してしまう。
剛勇無双で知られたベルナールがあっさりねじ伏せられたことに周囲の騎士たちが言葉を失う。それは倒されたベルナールも同様で身体を起こすと呆然と立ち尽くしたが、次の瞬間には怒号を上げて激昂しはじめる。
「貴様! 卑怯な手を使いやがって‼︎」
その言葉にモイラは怪訝そうに細い眉を寄せた。
「……卑怯? なにがだ?」
「魔法で強化でもしなければ、そんな細腕で俺を倒すことなどできん!」
ベルナールの怒鳴り声を聞いたモイラは思わず吹き出してしまった。
「強化なんて、うちの魔術師殿はそんな器用なことができるはずもない」
「なんだと⁈」
「うちの魔術師は”星読みのナタリア”だ。ダンクルト家の騎士ならその名前くらいは知ってるだろう? 今日復帰したところだ」
”星読み”の名にベルナールは凍りついた。
「……う、嘘だ」
「嘘ではない。疑うならもういちど試してみろ」
そう言うとモイラは起き上がるようベルナールに向けて手招きした。ベルナールは太い腕で重い巨体を支えつつ、ゆっくりと起き上がる。
グレートヘルムの奥に隠れた瞳は憎悪に燃え、射抜くようにモイラを睨みつけていた。戦斧の柄を左手でしっかりと握りしめ、そして、折れているらしい右手の指を無理やり柄に添えると、巨大な鉄の塊を振り上げながら、大きな唸り声とともにモイラめがけて突進した。
一方、レティシアは、ジェラールが指揮する数人の騎士たちに囲まれていた。
「さあ、ひよっこども、相手は名に聞く”覇王レティシア”だ。ぬかるなよ!」
「はっ!」
いずれも基本どおりの一般的な装備を身につけた年若い騎士たちである。経験の浅さが、破天荒な先輩騎士の前では素直さに転じるらしい。ジェラールの指示に的確に従いながら、抜き身の剣を構え、レティシアを包囲しようと動き回る。
武器を持たない小柄な娘が、全身を鎖帷子で固めた騎士数人に囲まれている光景は、さすがの”覇王”といえども多勢に無勢に見えた。
それはレティシアを取り囲んだ騎士たちも同様で、ジェラールの号令で一斉に剣を振り下ろしたものの、憐憫なのか驕慢なのか、その攻撃の手に一瞬ためらいが生じる。
その隙を見逃すレティシアではない。
すばやく一人の騎士の懐に飛び込むと、顎めがけて強烈な掌底を打ち込む。騎士がのけぞった瞬間、レティシアは素早く相手の背後へ踏み込み、退路を塞ぐように右足を差し入れた。そしてその胸元へ折りたたんだ右肘を叩き込む。
退路を塞がれた騎士は、鎖帷子ごしとはいえ激しく胸を打たれた衝撃でたまらず転倒し、地面に衝突するとくぐもったうめき声を漏らした。
次の瞬間レティシアは膝を抱えるように持ち上げ、そして一気に騎士の顔面を踏み砕いた。かぶっていた鼻当てのついた兜すらも折り曲げた一撃は、騎士の命を容易に奪い去る。
「まずは一人」
レティシアは薄い唇を歪めて禍々しく笑った。
「こいつ……化け物か?」
ジェラールの表情から笑みが消えた。
「お前ら、油断するな!」
「はいっ!」
新米騎士たちは負けじと大声を返した。
レティシアの包囲網はじりじりとその輪を狭めていく。その足もとに仲間の死体が転がる騎士たちに小柄な傭兵団幹部を侮る気持ちはもはやない。 「レティさん!」
体格の良い男たちに囲まれたレティシアを見かねて、ダーシーが大きく叫ぶ。 居ても立っても居られないようすで、すばやく呪文を唱え始めた。
「ダーシー、待て!」
あわてて制止するナタリアの声も届かず、複雑な音節を巧みに唱え終えたダーシーは、手にした杖を騎士たちに向ける。杖の先端から火花を散らす一条の光が放たれ、轟音とともに空中を走った。しかし目標へ届く寸前、透明な壁へ激突したように弾け、轟音だけを残して霧散した。
一瞬のできごとに理解が追いつかず、目を剥くダーシーだったが、すぐに気がついたようで珍しく声を荒げた。
「防御魔法!」
想像以上の効果範囲の広さに言葉を失う。
「ダーシー、落ち着け。魔術師が熱くなったらおしまいだぞ。われわれは戦局の要なんだからな」
「……はい、先生」
ナタリアの指摘にダーシーは口惜しそうに答えた。
レティシアは上体をわずかに前に傾け、軽く膝を曲げる。
両腕をだらりと身体の前に下ろした独特な構え。
力みは一切ない。それでいて一歩踏み出せば、瞬時に相手を制するような圧力だけが漂っていた。
次第に狭まる包囲網のなかで、油断なく周囲を睨みつけている。騎士たちも軽率に飛びかかる真似はしない。わずかな集中の途切れから隙が生じるのを互いに必死に探っている。
レティシアは、自らを落ち着かせるかのように、ゆっくりと大きく息を吐いた。その視線がわずかに落ちる。
その瞬間、複数の騎士が一気に剣を振りかざし襲いかかってきた。レティシアは瞬時に身体を縮めて、至近距離にいる騎士の懐に飛び込んだ。丁寧に手入れされている騎士たちの剣は空を切る。レティシアは飛び込んだ勢いのまま身体ごとぶつかり、騎士の身体は激しい衝突音とともに宙を舞った。
そのまま間髪入れず傍にいる騎士の腕をぐいと引き寄せる。バランスを崩しそうになり反射的に耐えようとした騎士の虚を突いて、鎖帷子で守られたその胸にレティシアは肘を突き刺した。
「ぐあっ!」
騎士は悶絶しながら地に倒れた。
すかさずレティシアの背後から他の騎士の斬撃が襲いかかる。レティシアは身体をかがめてその一閃を避けると、振り返りざま足払いを加えた。騎士は踵を刈られ盛大に転倒する。
レティシアは倒れた騎士には目もくれず、次の騎士に向かって勢いよく飛び込みながら、その顔面めがけて渾身の突きを打ち込んだ。鎖帷子の頭巾に守られていない顔面のど真ん中に強烈な突きをもらった騎士は卒倒して倒れ込む。
瞬く間に四人が倒れ、改めて騎士たちは自分が対峙する小柄な娘の恐ろしさに戦慄していた。
しかも素手である。
レティシアは、ここぞとばかりに不敵に笑い、ぺろりと舌なめずりする。
「そろそろ究極の奥義を見せてやろう」
レティシアはドスの効いた声で言った。
その言葉に騎士たちの動きがぴたりと止まる。
ジェラールは、逃げ腰ながらも自分の周囲から離れようとしない年若い騎士たちにきちんと身構えるよう指示を出す。
レティシアはふたたびほくそ笑む。高々と右手を掲げた。その人差し指が遥か天上を指差している。
その瞬間、騎士たち全員の視線が反射的に上へ向いた。
「くらえ! 誤認誘導!」
レティシアは叫びながら、右手を一気に振り下ろした。
その刹那、騎士たちの背後から息を潜めていた傭兵たちが襲いかかる。虚を突かれた騎士たちは瞬時に総崩れとなった。
ジェラールを取り囲んでいた若い騎士たちも皆、傭兵たちの振るう刃に倒れ、騎士たちの輪の中にいたジェラールのみがかろうじて不意打ちを逃れ、その場から退くことができた。
退却するジェラールの姿を眺めながら、レティシアはかすれた声で高笑いをあげる。
「見たか、これぞ傭兵の兵法よ」
レティシアの意を汲んで驚くべき連携を示した傭兵たちは雄々しく鬨の声を挙げる。レティシアは嬉しそうに笑顔を浮かべながら、両手を広げて部下たちの武勇を祝福した。
「よし、この勢いで騎士どもを蹴散らそう」
無邪気な笑みをたたえたレティシアの提案に、ふたたび騎士たちは野太く「おう!」と応える。そして周囲で起こっている戦闘を求めて、雄叫びを上げ、広場へと散っていった。
「フィン、俺たちも行くぞ!」
レティシアの勝利に感化されたのか、ジーンがうわずった声でフィンに呼びかける。フィンは苦笑いしながら「わかった」とうなずいた。
周囲で交戦中の傭兵たちをざっと見渡すと、複数の騎士に取り囲まれる孤立した傭兵を見つけると駆け寄っていく。
長年ともに戦ってきた二人だ。連携に言葉はいらなかった。いつもどおりフィンが右側面、ジーンが左側面から急襲する。
たったひとりの傭兵に群がる三人の騎士に向かって駆けながら、フィンは手裏剣を投げつける。
生前は立ち止まって投げても、刺さるかどうかも怪しい程度であったが、こちらの世界に転生してからは、幼いころから稽古を重ね、いまでは走りながらでも的を撃ち抜けるようになった。
放たれた手裏剣はあやまたず鎖帷子で守られていない騎士たちの太ももに突き刺さる。その痛みに一瞬ひるんだその隙に、もともと対峙していた傭兵が渾身の力で袈裟斬りに斬りつけ、行動不能となる致命傷を与える。
かたや、ジーンは持ち前の敏捷性を生かし、短剣で騎士たちの攻撃を捌きながら、もう片手で握るロープをたくみに操り、騎士の腕や胴体に絡ませていく。次第にまとわりつくロープに騎士がいらだちはじめると、ジーンは一気に引き寄せながら、騎士の懐に飛び込む。急所を狙う短剣の攻撃を避けようとした騎士だったが、その動きをロープにさまたげられ、たまらず転倒した。そして、それすらも予期していたのだろう、そこにジーンの短剣が襲いかかる。喉元に深々と刃を突き立てられた騎士はたちまち絶命した。
振り向くともう一人の騎士をフィンが両手に構えた小剣で翻弄して倒すところだった。
「よくやった。フィン」
ジーンは大きくため息をつく。フィンも足下に倒れる騎士の遺体を見つめながら息を吐いた。
「俺たちの剣は騎士にも通用するんだな」
「は? 当たり前だろ、俺たち傭兵だぜ? 戦う相手に騎士もクソもあるかよ?」
フィンのつぶやきにジーンは鼻で笑いながら答えた。




