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リィンカーネーションの理 〜転生者たちの英雄譚〜  作者: 奥槻 庵
第十章 ヴィード門の戦い

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第85話 伯爵軍と傭兵団

 ザイオン市のちょうど北西に位置するヴィード門は、ネヴィア侯領の主要都市レグートに通じる街道の起点ということもあり、さほど大きくはないが、侯爵の使者を威厳をもって迎えるための豪華な装飾が施された、ザイオンで最も古く権威ある市門であった。

 平時であれば商人や騎士、貴族の従者などがひっきりなしに往来するヴィード門であるが、いまは門扉が固く閉ざされ、門前にあるさほど広くもない広場は逃げ出してきた多数の市民で覆い尽くされていた。

 堅牢な門と市壁に行く手を阻まれた市民たちは、背後から続々と押し寄せる同胞の姿によって身動き取れず、怒号や悲嘆に暮れる叫び声を次々とあげた。

 大群衆の取りまとめのない声は、重なり合い巨大な騒音となって市壁を揺らしていた。

 

 固く閉ざされた扉の前には、武装した領主軍の騎士が数騎立ちはだかり、さらにヴィード門の塔の屋上にも騎士たちの姿があった。

 門前に積み上げられた薪が燃え上がり、その炎によって石造りの門に刻まれた古めかしい彫刻がゆらゆらと陰影を揺らめかせる。

 騎士たちも炎に照らされながら、門扉へ殺到しようとする市民たちを槍で威圧し、近づけまいとしていた。その先頭には、鎖帷子の上からでもわかるほど筋骨隆々とした大男が槍を構えて陣取っている。

 怪力無双で鳴らす騎士ベルナールである。

 巨大な体躯を窮屈そうに鎖帷子の中に押し込め、樽のようなグレートヘルムですっぽり頭を覆い隠したその姿は、まるで岩山のようであった。

 背後から迫りくるであろう黒躯(コープス)への恐怖に耐えきれなくなった市民が数人、門へと駆け寄っていくと、身構えていた騎士たちはベルナールの指示で容赦なく槍を突き立て、地に打ち倒した。

 群衆からは悲鳴が上がり、蜘蛛の子を散らすように市門の前に空白地帯ができる。

 騎士たちはさらに倒れた市民に向けて、その命を奪わんと槍の穂先を突き立てようとする。

 しかしどこからか飛んできた石つぶてが、騎士ベルナールの鉄製の兜に命中する。

 

「誰だ!」

 

 ベルナールの怒号に周りの騎士たちも驚いて視線を巡らせた。

 

「貴様……」

 

 ベルナールの声は緊張で硬くなる。

 騎士たちを取り囲む市民たちの前で腕を組み、仁王立ちとなるルーファスの姿があった。その傍らには、いつもどおり腹心の”旋風のモイラ”が控えている。

 そればかりではない。

 ルーファスの背後からは、市民たちの人混みのなかをかき分けて、武装した赤錆色の大鴉団の傭兵たちが次々と姿を現した。その中には子どもたちを引き連れたミアの不安そうな顔もある。

 

 ベルナールからは見えないが、広場から少し離れた高い建物の屋根の上には”鷹の目”ノーマの姿もあった。自分の身長よりも遥かに大きな長弓を構え、いつでも放てるように待機している。その傍らには領主の娘であるテオドーラが不安げな表情で、はるか前方で起こっていることに目を凝らしている。ノーマの周辺には、同じように弓を手にした傭兵たちが控え、隊長であるノーマの指示を待っていた。

 

「これはこれは。英雄様の登場だ」

 

 騎士ベルナールは石をぶつけられたグレートヘルムの位置を直しながら、くぐもったせせら笑いを漏らす。それに応じて周囲の騎士たちも習ったようにどっと笑った。

 しかしルーファスは意に介さず、周囲の傭兵たちに目くばせした。それを合図に傭兵たちはパッと散ると、数人が負傷した市民を救出するともに、残りの傭兵たちは剣を抜き、市門を取り囲むように身構えた。

 

「貴様ら!」

 

 体躯にふさわしい地鳴りのような怒号を上げ、ベルナールが槍の石突を地面に激しく打ちつける。鎖帷子で覆うことを諦めた、太ももよりも太い両腕が密度を高め、大きなこぶのように変化する。他の騎士たちも傭兵たちに応じるように槍を構え直した。


「ベルナール、落ち着けって」

 

 その背後から兜をつけていない壮年の騎士が姿を見せた。優雅な巻き髪と整えられた口髭を持つ騎士は、いきり立つベルナールの肩をぽんぽんと叩きながら、皮肉めいた笑みを浮かべてルーファスを見つめる。

 

「カラスは主人を知らないようだな」

 

 壮年の騎士はおどけたように言った。

 

「矢で撃たれれば、カラスだって愛想を尽かすだろ」

 

 ルーファスは表情も変えずに答える。

 口髭の騎士ジェラールは呆れたように肩をすくめた。

 

「確かに。そりゃしょうがない」

 

 どこかこの状況を楽しんでいるような飄々としたジェラールとは対照的にベルナールは怒り心頭といった様子で「ふざけるな!」と怒鳴り散らす。

 

「お前ら、領主ダンクルト卿に逆らうのか!?」

 

 ルーファスは表情を崩さず、芯の通った声で返答する。

 

「その領主がなぜ火を放ち、門を閉ざす?」

「あー。それね……」

 

 ジェラールは言葉を濁しながら、なんともいえない困惑した表情を浮かべた。

 その時、張りのある美声が周囲に響き渡った。

 

「その問いには、余が答えよう」

 

 ルーファスを始め、ヴィード門を取り囲む赤錆の大鴉団の傭兵や市民たち、さらには一部の騎士たちすらもが突然の声に驚き、その声の聞こえた上空へと視線を向けた。

 ザイオン市壁と連なるように築かれたヴィード門は、他の城塞都市によく見られるようにその両端を側防塔で固め、屋上には市壁と同じく凸凹のある胸壁で守られていた。その石造りの胸壁の向こうには市壁を巡回できる歩廊があるのだろう。

 高さとしては、およそ成長した樹木の先端くらい。人々が見上げるその位置にある胸壁の狭間から顔を覗かせる領主クローヴィスの姿があった。

 用心深い美丈夫卿らしく、煌々と篝火で照らされた歩廊の上には周囲を守る護衛の騎士の姿も複数見える。

 

「……ルーファス、”矢”はどうした?」

 

 ダンクルト伯爵家に代々伝わる魔法の矢によって死んでいるはずの傭兵団長の姿に驚いているのか、少しいぶかしむような美丈夫卿の言葉に、ルーファスはからかうような口調で声を張り上げた。

 

「さあ? そのうち戻ってくるんじゃないか?」

 

 その態度を領主は鼻で笑う。そしてルーファスの問いに答えた。

 

「なぜ火を放ち、門を閉ざしたかと尋ねたが、ルーファス、あの黒い死体どもは、邪神の呪いだ。このザイオンは呪われてしまったのだ」

 

 その言葉にルーファスは無言のまま眉だけをぴくりと動かした。

 美丈夫卿クローヴィスは、忌々しげに表情を歪めながら音楽のような天上の美声で熱弁を振るう。その瞳は見開かれ、焦点を合わせていないようでもあった。

 

「この穢れを払うには、いちど街を焼き払い、その灰の上に新たな都市を築くしかない」

 

 唾を撒き散らしながら主張する領主をルーファスは冷ややかな目で見つめていたが、居心地悪そうなジェラールに気づくと呆れた声で問いかけた。

 

「……誰だ? 伯爵にあんな妄想を吹き込んだのは?」

「ご自身さ」

 

 ジェラールは肩をすくめながら答えた。

 ルーファスもため息をつく。

 門塔の上に居丈高に構える美丈夫卿に向き直ると、ルーファスは大地を揺らすような大音声で叫んだ。

 

「ダンクルト卿! 呪われているとはいえ市民まで巻き込む必要はないはずだ! いますぐ門を開けて市民たちを逃がしてほしい!」

 

 その声を領主は鼻で笑った。彫刻のような美しい顔を醜く歪めながら嘲るように吠える。

 

「愚かなルーファス‼︎ 呪われたのは市民どもよ! ザイオンもろとも市民を焼き尽くすことこそが、真の浄化なのだ!」

 

 その言葉に悲鳴と怨嗟の声、そして怒号が市民たちから湧き上がる。

 市民に槍を突きつける騎士たちのなかにも初めて領主の真意を聞いたのか動揺して左右にいる仲間の表情をうかがう者も現れる。混乱がざわめきとなり、一帯を支配した。

 クローヴィスⅡ世は、眼下で不平不満を漏らす市民たちを蔑むように嘲笑を持って迎える。

 ルーファスはふたたびため息をついた。

 ちょうどそのとき、ヴィード門前の広場にレティシアに率いられたフィンたち一行が到着した。レティシアが先頭に立ち、密集する市民たちをかき分け、前へと進む。レティシアに気づいた市民たちは「覇王だ……」などとざわめきながらその道を開けた。

 やがてルーファスのもとにたどり着いたレティシアは略式の礼を済ますと、

 

「黒躯たちを足止めしておきました」

 

 と報告した。

 

「ご苦労だった」

 

 レティシアの言葉に、ルーファスは視線を領主に向けたまま頷いて応える。

 

「状況だが——」

「ダンクルト卿が叫んでいるのが聞こえておりました」

「ならば理解したか?」

「おおよそは」

 

 レティシアの言葉に再びルーファスは頷く。その傍らに控えていたモイラが補足するかのように口を挟んだ。

 

「ノーマは後方だ」

 

 その言葉だけで状況を理解したのだろう、レティシアは黙って頷いた。

 レティシアの後ろで話を聞いていたフィンは、近くにいた市民の群れの中にミアたちの姿を見つけると、人混みをかき分けて近づいた。

 

「大丈夫だった?」

「ええ。あなたも無事そうでよかった」

 

 ゴブリンの子を抱きかかえたミアはにこやかに微笑みながら答えた。

 

「おい、領主がなんか喋ってるぞ?」

 

 いつのまにかルーファスの隣に立っていたナタリアが小馬鹿にするような口調で言う。

 確かに領主は大きく口を動かして何かを語っているようだが、せっかくの熱弁も市民たちの罵声にかき消され、まったく聞こえない。

 それは配下の騎士たちも同様のようで、命令されているのかどうかもわからず困惑したように左右の仲間たちと視線を交わし合っていた。

 

「どうする?」

 

 ルーファスはなにかしらの主張を訴えつづけている領主の方を見据えたまま、傍らにいる小柄な軍師に尋ねる。

 

「弓を放ちましょう。領主を討てば、この争いは終わります」

 

 騎士たちの様子から確信したようにレティシアが力強く答えた。その言葉を聞いたルーファスは頷き、振り返ることなく背後にいる腹心の部下の名を呼んだ。

 

「モイラ」

「はい」

 

 大柄な美女はすばやく右腕を掲げた。

 すぐさま、それに呼応するように周囲の傭兵たちが頭上に松明を掲げる。

 周囲が照らし出されたことを確認したモイラは、すらりと形の良い指を巧みに動かしながら、意味ありげに指の形を変えていく。弓部隊を率いるノーマと決めておいたハンドサインだ。細かな指示内容も”鷹の目”の驚異的な視力があってこそである。

 最後にモイラが拳を握ると、それと同時に後方から弦を弾く音が一斉に鳴り響き、無数の矢が門塔にいる領主めがけて放たれた。矢の群れは、大きく弧を描きながらルーファスたちの頭上を越え、塔の屋上にいる領主や騎士たちを急襲する。

 広場にいる群衆たちは、これから起こりうるであろう惨劇を予期し大きな悲鳴を上げた。

 飛来した矢がまさに領主に突き刺さるかと思えた直前、矢は空中でなにかに遮られたかのように静止し、真っ白な光を放ちながら弾け飛んでしまった。

 どうやら不可視の壁のようなもので守られているようだ。

 すべての矢が閃光とともにはじけ飛ぶと、広場はどよめきから一転して静寂に包まれる。

 レティシアは忌々しそうに顔をしかめ、チッと舌を鳴らした。

 領主のあざけるような声が響き渡る。

 

「ルーファスよ、残念だったな‼︎」

「……魔術師か」

 

 レティシアは忌々しげにつぶやく。

 高価な防具に身を包んだ騎士たちに気を取られて気づかなかったが、よく見ると領主たちの背後にローブ姿の痩せた中年が立っていた。松明の光を受けていてもその顔色は悪く、ギラギラとした陰険な目つきをしており、見た者に不快な印象を与える相貌をしている。

 どうやら彼が飛び道具を防ぐ魔法をかけているようだ。

 レティシアの背後にいたナタリアが、自分よりもわずかに背の低いレティシアの頭を避けるように前方を覗き込むと、途端に嫌そうな表情を浮かべた。

 

「うわー、あいつ、魔術ギルドの幹部だわ。小賢しいなぁ」

「知ってるやつか?」

「まあね。そんなに優秀ではないけど、補助魔法に長けてて、まあ、言ってみれば姑息なんだよな。魔術師というより政治家みたいなやつだよ」

 

 ナタリアは顔を顰めながら答えた。

 

「ただ、あいつがいるかぎり、飛び道具は無理だ」

 

 ルーファスは簡潔に「わかった」とだけ答えた。

 忌々しそうに顔をゆがめたレティシアも、真剣な口調でナタリアに尋ねる。

 

「魔法は?」

「程度にもよるが……」

 

 ナタリアは、ちらりと周囲にいる市民たちに目を向け、

 

「まあ、あたしは遠慮しといたほうがよさそうかな」

 

 そう言うと、苦笑を浮かべながら両手をあげた。

 

「……白兵戦ってことだな」

 

 レティシアが周囲を睨みつけるように見回しながら呟く。ナタリアと会話をしながらも周囲の状況を観察し、常に最適解を導きだそうと思考を回転させつづけているのだろう。

 ナタリアは「そういうことだね」と少し残念そうに答えた。

 

「承知した」

 

 それだけ答えるとレティシアは右手を挙げ、門を包囲する傭兵たちに注目を呼びかけた。

 

「総員かかれ‼︎」

 

 喉を割くような絶叫とともに、赤錆の大鴉団に総攻撃の指示を下す。

 歴戦の傭兵たちは手にしていた松明を放り出し、雄叫びとともに武装した騎士たちに向かって飛びかかっていった。

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