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リィンカーネーションの理 〜転生者たちの英雄譚〜  作者: 奥槻 庵
第九章 ザイオンからの脱出

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第82話 黒い力

「まずは黒いやつが出たときのことを思い出してみようか。ミアはどんな状態で、どんなことを考えていた? それを思い出して再現してみると発動条件がわかるかも」


 フィンは、初めての練習のときに育ての母でもある神使フアナに言われたことを思い出しながらミアに助言を与えた。

 

「……思い出すんですね」

 

 どことなく嫌そうな表情でミアは頷いた。

 少し苛立った様子で考え込む。

 ザイオン中を混沌に陥れている忌まわしき黒きものが、他ならぬ自分自身によって生み出されたという事実を、まだ受け入れられていないのだろう。

 神経質な表情を浮かべたミアは、大きくため息をついた。

 フィンは気遣うように声をかけた。

 

「……認めたくない気持ちはわかるけど、起こった事実は事実なんだから、そこだけはちゃんと認めたほうがいいよ。それをどう解釈するかは人それぞれなんだろうけど」

 

 それを聞いたミアは一瞬むっとしたように表情を曇らせたが、聖職者としての自覚が押しとどめたのか、それ以上感情を乱すことなく黙って小さく頷いた。

 フェリス神への感謝の言葉を呟き、祈りを捧げるときのように両手を組み合わせる。やがて落ち着きを取り戻したミアは、ふたたび息を小さく吐き出すと記憶をたぐるように目を閉じた。

 フィンには待つことしかできない。

 祈るかのように自身の内面に向き合うミアの集中を乱さないよう黙したままじっとその姿を見つめる。

 違うといえば違う。

 顔立ちもいわば欧米人のような彫りの深い顔立ちだし、体格も幾分かしっかりしたものになっている。

 だが、立ち姿や挙動の端々に現れる雰囲気が、転生前にいつも見ていた未央の姿そのものであった。

 フィンは知らず知らずのうちに唇を噛み締めていた。

 ミアはそんな気持ちで見つめられていることなどつゆ知らず一心不乱に目を閉じている。

 やがて、ミアの額にある痣が鈍い光を放ち、ゆっくりと空間が歪みはじめた。

 

「……‼︎」

 

 フィンは喜びのあまり声を漏らしそうになったが、必死の形相で集中するミアの様子に気がつき、慌てて声を押し殺す。

 目を閉じたミアは、ゆっくりと空間そのものが拍動するのを感じていた。その律動はやがてミアの全身の巡る血液の脈動ともシンクロしていく。ミアは、いつしか自身と空間の境目を見失い、自分が空間そのものへと化したかのような錯覚に襲われていた。

 だが、それだけだった。

 錯覚は長続きせず、すぐに周囲の空間の歪みは失われた。ミアの身体は境界を取り戻し、空間もいつもどおりのなんの起伏もない静謐で堅固なものへと戻っていた。

 ミアの目から涙がこぼれる。思い出したくもないことを思い出した代償なのだろうか、頬をつたう涙の雫を細い指先でぬぐいながら、ミアは大きくため息をついた。

 

「……ダメですね」

「そうだね」

 

 フィンは、目の前でうつむく白い頭巾を見つめながら、あえて淡白な相槌を返す。そこに手を置き、慰めてあげたいという衝動がわきあがったが、冷静さがそれを押しとどめた。

 うまくいかなかった要因をフィンなりにいろいろと考えてみる。そして、ふと思い当たったことをミアに尋ねてみた。

 

「ちなみにさ、魂糸ってわかる?」

「魂糸?」

 

 想定していたとおりミアは不思議そうに首を傾けた。

 フィンは世界のあらゆる事物が『魂糸』という存在が集まって構成されていることを伝えた。


 フィン自身、燐光を発するときは、解体する対象が一本一本の細かい魂糸が撚り集まって構成されている姿を想像して、それをふわっと霧散させるようなイメージを持っている。

 ミアの場合は、逆に魂糸を集めて新たな糸玉を生み出すようなイメージになるのだろう。

 前世で古武道を習っていたときも、決められた動きを再現するだけでなく、その動きの意味や期待する結果を想像しろとくりかえし説かれていた。

 もしかしたら恩恵の力を発揮するのも同じことかもしれない。

 フィンはミアに魂糸の存在を想像したうえで、それらを集めてなにかが生み出されるようなイメージを抱くことを提案してみた。

 ミアは突然の難題に顔をこわばらせながらも素直に頷く。聖職者であるミアにとっては祈りのときにイメージを膨らませるのは、さほど違和感のないことなのだろう。ただし、想像するものがいままで考えたこともないような代物ではあったが。

 

 ミアはふたたび目を閉じると、両手を握り合わせ祈る姿勢で集中しはじめる。

 すると今度は空間のリズミカルな鼓動とともに小さな不定形の黒い塊がミアの背後に生じ、湿った布を落としたかのようにボテリと音を立てて地面へと落下した。

 孤児院前で見た漆黒の汚泥の塊とは異なり、攻撃対象になりうるはずの武装しているフィンを目の当たりにしても這い寄ってくる気配もなく、微細な触手を波うたせるように落ち着きなく震わせながらその場でごろごろと転がりつづけている。

 

「……出た」

「やった!」

 

 ミアは信じられないといった表情で黒い泥塊を見つめている。その顔はわずかに達成感をにじませていた。

 豊かな感情を隠しきれない無邪気さに、転生前の未央の姿を思い出すフィン。胸の痛みを感じつつ微笑むと、

 

「ちなみに、その球を消したりはできる?」

 

 と、次なる課題を与える。

 ミアは小首を傾げながらしゃがみ込み、さきほど生み落とした黒い塊に向かって両掌を差し出す。唇をへの字に曲げながら、しばらく集中していると再び空間が揺れ動き、両掌の先に新たな黒い塊が発生した。

 

「……」

 

 言葉を失うフィンとミア。

 

「……消そうと思ったんですが」

「増えたね」

 

 二人は床の上でうごめく二つの泥の塊のような球体を眺めながら困惑したようにつぶやいた。

 

「でもさ、どこに発生させるかコントロールできたのはすごいんじゃない?」

 

 フィンはフォローするように付け加えたが、お世辞でもなく、実際にたいしたものだと感心していた。

 自分は左手にしか燐光を発することしかできない。ミアは想定外だったとはいえ、いままで背後などランダムな場所に生み落とされるだけであった黒塊を、構えた両手の先に生み出すことに成功していた。

 俺にもコントロールできるのだろうか?

 フィンは思わず左手の薬指に残る痣の跡を見つめてしまった。

 とりあえず生み出した黒塊を霧散させなければならないだろう。フィンは見つめていた左手を伸ばし、燐光を放とうとして、ふと思いとどまる。

 

「ちなみにさ、どんなこと考えて出した?」

「え? いや、その黒いのを消そうと……」

「ふーん……じゃあ、ちょっと様子見てみようか」

 

 フィンは思うこともあり、二つの黒い蠢く球体の動きを見守ることにした。

 その場でごろごろと動き回る最初に生み落とされた黒い球体。そこに新たに生み出された球塊がもぞもぞと表面の細かな触手を波打たせながら近づいていく。接触するや否や、新たに生まれた黒塊は、そこに込められた意志に基づき相手を飲み込もうと広がりはじめ、やがて接触したところから溶け合うように融合、ぐねぐねと歪んだかと思うと、突如弾けるようにして両者ともに消え去ってしまった。

 

「消えた……!」

「やった!」

 

 感嘆の声を挙げる二人。

 

「これは……いけるかも」

 

 昂った感情に声を震わせたフィンの言葉に、ミアも同じく興奮した様子で何度も頷く。

 

「これでザイオンを救えますかね?」

「ああ」

 

 フィンは笑顔を向けると力強く頷いた。




 それからミアは黒い球体を生み出す練習を重ねていった。ミアは生み出した黒玉を触っても影響を受けることがない。慣れてくると差し出した片手の掌の上に黒塊を生み出し、紙屑を投げ捨てるように、ひょいっと前へ放り出すこともできるようになった。

 生み出された黒塊は、フィンがその都度解体していく。

 無からなにかを生み出す力と、なにかを無に還す力。

 対照的だが、似たような力だ。

 ミアはフィンが慣れた手つきで黒い塊を消し去るのを見ながら、何気なく尋ねる。

 

「この転生神の恩恵(ギフト)って……転生した者はみんな持っているものなんですか?」

「……そうとも限らないみたい」

 

 フィンは一瞬考え込んでから答えた。

 脳裏にルーファスの姿を思い浮かべる。あいつは転生前から身体能力は高かったし、異常な戦闘能力の高さから、なにかしらの異能(スキル)は持っているのだろう。だが、魂糸にかかわる特別な恩恵を与えられている様子はなかった。

 燐もそこまでサービス精神旺盛ではないのだろう。

 

「たぶん、君と俺だけだと思う……」

 

 フィンだけならばまだわかる。前世での恋人に特別な計らいがあったとしてもさほど不思議ではない。だが、なぜミアにも恩恵(ギフト)を与えたのか、その意図がわからなかった。

 今度フアナかアーシアに聞いてみようと思った。

 

「この子たちを街に放てば、あの黒い死体たちも消えてくれるのでしょうか?」

 

 黒躯を打ち消す能力を持った黒い球体たちを眺めながら、ミアがボソリとつぶやく。

 自分の能力で大量の犠牲者を生み、街をこんな状態にしてしまったという罪悪感から、その可能性を信じ、縋りつきたいといった響きを帯びていた。フィンは小さく頷いた。

 

「ああ、きっとね。人間に取り憑いた状態では試してないけど、きっとうまくいくだろう」

「よかった」

 

 ミアはホッとしたように表情をゆるませた。

 フィンはその穏やかな顔を見つめ、少し言いにくそうに口を開く。

 

「余計な忠告かもしれないけど、少なくとも人前でこの黒い塊を生み出すのは避けた方がいいと思うよ」

 

 黒躯によって親しい者を失った市民も多いので、という言葉は飲み込んだ。

 だが、ミアはそれも察したのだろう。

 

「……そうですね」

 

 以前は親しい後輩であった修道女は、寂しそうに微笑んだ。


 


「おーい、フィーン!」


 突然、遠くの方からジーンの声が聞こえてきた。静寂に包まれていた聖堂内にもその呼び声が優しく反響しながら広がり、消えていく。

 

「ジーンだ」

 

 フィンはミアを顔を見合わせ、あわてて残っていた黒塊を解体した。悪いことをしているわけではなかったが、なんとなくミアと二人だけの秘密のように感じていた。

 

「どこにいる?!」

「大神の大聖堂の中だ! どうした?」

 

 次第に近づいてくるジーンの声にフィンが声を張り上げて答える。するとバタバタという足音とともに大聖堂内に息を切らせたジーンが姿を現した。

 そして、ミアがいることに気がつくと「おっ?」と驚きの声を漏らし、やがて気まずそうに「えっと……邪魔して悪かったな」と謝った。

 ミアが不快そうに眉間に皺を寄せる。

 

「い、いや、違うぞ?」


 フィンは顔を赤らめながら慌てて否定した。

 勘違いされたことで、逆に意識してしまう。だが、弁明しようにも上手い言い訳も思いつかず、うやむやのうちに誤魔化した。

 

「で、どうしたんだよ? そんなに急いで……」

「おお、そうだった!」

 

 あれだけ慌てて呼びに来たにもかかわらず、完全に忘れてたかのようなそぶりでジーンは言った。

 

「やべぇんだよ! 黒躯たちがバリケード破って中央広場に雪崩れ込んできやがった!」

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