第81話 告白
「ちょっといいかな?」
フィンはミアに声をかけると人目を避けるように中央広場を抜け出し、旧市街のはずれにある大聖堂へと足を踏み入れた。
この世界で創造主として崇められる大神アストリッドの神殿である。
大神もしくは主神という呼び名に恥じず、この世界で最も多くの人々に信仰されている。ミアの崇拝するフェリス神も大神アストリッドの配下ということになっているらしい。
ザイオンにおいては、ダンクルト伯爵家が信奉するフェリシア教をはじめ、多くの神殿や寺院は東部のオライア区に集められているが、この大神の聖堂だけはその権威性と歴史の古さも相俟って、唯一移築されることなく、旧市街に存在しつづけていた。
歴史ある建造物であるにもかかわらず、その内装は少しも古びていない。おそらくはいまだに多くのザイオン市民が信仰のために訪れているのだろう。
とはいえ、さすがにこの非常事態下においては、聖堂内に人の気配もない。
少しカビ臭さもただよう厳粛な空気に包まれながらフィンとミアは聖堂の片隅で向かい合った。
「ここなら誰にも聞かれずに話せそうだね」
「どうしたんですか?」
半ば強引なかたちで、急に連れて来られて不信感を隠そうともしないミア。その言葉は固かった。
最初は子どもたちを理由にしぶったミアだったが、フィンのあまりの熱意に押され、しかたなく子どもたちをフィンの仲間たちに預けてついてきたのだ。
「ちょっと気になることがあってね」
フィンは、少し話しにくそうに微笑んでみせた。
「……なんですか?」
ミアは身構えるように尋ねる。
「黒いものを生み出す力なんだけど……」
フィンがそう切り出した途端、ミアは激しく感情を爆発させた。
「みんな、その話……‼︎ あのレティシアとかいう恐ろしい女にも聞かれましたが、私……何も知らないんです! ほっといてくれませんか⁉︎」
穏やかな修道女にはありえない、強い口調の拒絶の言葉たちが、広大な空間に反響していく。想像以上に大きな響きとなり、ハッとしたようにミアは口を結んだ。
反響の残滓が聖堂から消え去るのを待ち、フィンはできるかぎりの微笑みを浮かべてみせた。
「心配しなくていい。君を責めようとは思ってない。ただ、その正体を見極めたいんだ」
「そんなこと言ったって、私なにも知らな——」
反論するミアの言葉をさえぎるようにフィンは左手を掲げ、その指先に燐光を灯した。
ほのかな乳白色の光に照らされ、ミアは怪訝そうに小首をかしげる。
「……なんですか?」
「この光はいろんなものに備わっている特性みたいなものを失わせることができるんだ。たとえばスライムを泥水に還し、魔剣をただの鉄剣に変えるといった具合だ。俺はおそらくこの能力は『意味』を解体するものだと考えている。信じられないかもしれないけど、この光を当てたものは特性を失うとき、その『意味』のようなものを放出するんだ」
フィンは相手の反応を確かめながら、一言一言噛み締めるように発言する。
ミアは理解しがたいといった様子で眉間に皺を寄せていた。
そもそも難しいというより、半信半疑なのだろう。フィンは諦めたように笑顔を浮かべ、話を進めることにした。
「それでね、この能力で黒躯に取り憑いたものを解体して、人間に戻すこともできたんだけど、そのとき黒いものの声を聞いたんだ。『兵士を倒せ。子どもたちを守れ』ってね。……ミア、これは君の意思だよね?」
ミアは青ざめる。
わなわなと唇を震わせながら、なにかしら反論しようとするが、心当たりがあるのだろう、真っ青な顔のまま、焦点の合わない目をしきりに泳がせる。
それは、博愛をモットーとするフェリス神の聖職者として、本来ありえない感情を抱いた自分を責めているかのようであった。
「それと、あともう一つ」
黙り込んでしまったミアに対して、若干申し訳なさそうに話しかけながら、フィンは自分の額を指さす。フィンの額にはなにもないが、ミアの同じ箇所には赤錆の大鴉団の屋敷で力を暴走させそうになったときから、うっすらと痣のようなものが残ってしまっている。
「額の痣のようなやつだけど」
「痣?」
ミアはそう言いながら自らの額を指先で撫でる。どこかで鏡でも見たのだろうか、ミア自身もそこになにがあるかは把握しているようだった。
「いまは痣みたいになってるけど、黒いやつを生み出したとき、その部分が明るく光り輝いていたんだ。まるで宝玉のようにね」
「……」
ミアはなにも答えない。その沈黙を同意の意味としてフィンは受け止めた。
孤児院で傭兵たちに取り囲まれたときのことは意識を失っていて覚えていないはずだが、その反応からすると子どもたちから話は聞いているのだろう。どことなく受け入れがたい気持ちが露骨に表情に出ていた。
「この聖堂だけど、大神アストリッドだけでなく、その眷属たる神々の神像も設置されている。だが、そのいずれの神像にも額に輝く光点のようなものはない。ミア、君の信じるフェリス神はどうだ?」
「……ないです」
フィンは頷いてみせた。
「俺の知っているかぎりだと、額に宝玉があるのは一柱しかいない。転生神リィンだけなんだ」
「……転生神?」
ミアは、初めて聞く言葉を復唱する子どものように呟いた。
「転生神にしかない特徴があの黒い力を使ったとき、君にも生じてる。俺にはどうしても偶然とは思えないんだ。——ミア、君は転生神に会ったことがあるんじゃないか?」
「……ありえません」
ミアは震える唇で反論する。
「私はまだ修道女としては見習いのようなものです。そんな私が主人たるフェリス神どころか、名前も知らぬ転生神とやらに会うことなどありえません!」
興奮したように一気に捲し立てたミアはそこで一旦言葉を区切ると、大きく深呼吸をして再び言葉を続けた。
「さらに言わせていただくと、あなたは他に同じ特徴を持つ神々はいないとおっしゃりましたが、神像といえども結局は石像、あくまでも人が作った似姿に過ぎません。あなたが言う転生神とやらが本当に額に輝く宝玉があるかどうかなんて、あなたにわかるはずないじゃないですか!」
「……俺は……会ってるんだ」
言いにくそうに顔をしかめるフィンの回答にミアは言葉を失う。
「……俺はこことは別の世界に生まれ、死んだときに転生神に魂を拾われて、この世界に転生した人間なんだ。そのときに転生神にも会っているし、特別な恩恵の力として、さっき見せた燐光の力も与えられたんだけど、そのときに見た転生神、そしてその眷属の額にも光輝く宝玉があったんだ」
「——神に!?」
ミアは絶句する。
この世界の神職者のうちどれくらいが神のような超越的存在と触れあえるのかフィンは知らない。だが、たとえば治癒や清浄といったいかにも神職者らしい奇跡も、ある程度修行した高位の者にしか使えないことからも、神的存在に会えるのは限られているであろうことが推測できた。
フィンは曖昧な笑みを浮かべる。
まさか、育ての親もが神の眷属だと言ったらミアはどんな表情をするのだろうと妄想し、伝えるのはいまじゃないなと判断した。
「もうひとつ。俺が転生神から聞いた話では、人生を終えた魂はすべて解体されて、記憶も外見もなにもかもが失われて、ただ新しい魂の材料として再構成されるらしい。いわば砕いた氷を集めて溶かし、ふたたび凍らせるようなものだという。だからこそ、前世の記憶や面影を強く残す場合は、そこに転生神リィンの特別な配慮があったと思うんだ」
「……なにが言いたいのですか?」
ミアは次に出てくる言葉を恐れるように、眉間に深く皺を寄せながら尋ねた。
フィンは一瞬沈黙し、迷いつつもミアに告げる。
「ミア、君も転生者なんだよ。名前は関口未央。俺にとって、とても大切な女性だった」
「……転生……者?」
声が震えるミア。
到底信じがたいといった様子で幾度も首を左右に振った。その顔から血の気が失せ、青ざめた唇がわななくように震えていた。
無理もない。
この世界では、人が死ねば死後の世界に旅立ち、永遠にそこで暮らすという死生観が主流になっている。いわば不滅の魂を前提としているのだ。それはミアが信奉するフェリシア教でも同様であった。転生などすぐに理解できる概念ではないのである。
さらに、自分自身が他の何者かの代替物であるかのような「転生者」という言葉——。
そのおぞましさにミアは打ち震えた。
一方でミアには心当たりもあった。
子どもの頃から見る不思議な夢がある。
木箱にも似た特徴に乏しい奇妙な建物に囲まれた不思議な世界の夢。
そこでミアは、道具なのかもよくわからない物を使いこなし、見知らぬ人々と楽しそうに暮らしていた。
そんな心当たりがミアに強い反論を許さなかった。
フィンは、そんなミアの様子を気遣うように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「過去に転生神となにかしらの交わりがあった場合、魂の解体がうまくいかないことがあるらしい。でも、きっとそれだけでは君の不思議な力は説明できない。これは仮説なんだけど、君は転生した時に転生神から特別な寵愛を受け、額の宝玉と恩恵を与えられたんだと思う。そして、おそらく君の能力は、俺とは真逆の『物事に意味を与える力』なんだと思う」
「……意味?」
「そう。だから黒躯は、武装した警吏や傭兵を襲った。なぜなら、子どもたちを傷つける兵士たちを許すな、と君が命じたからだ。もちろん、君が命令者なのだから、黒躯たちは君を襲うこともない。これが事実だと思う」
フィンが突きつける結論にミアは言葉を失った。その小さな背中が小刻みに震えた。
「私が……このザイオンに起こっている惨劇の原因……?」
信じたくない。そんな口ぶりだった。
フィンはあえて無表情を装いつつ極力抑えた口調で言葉を続ける。
「ミア。もしかしたらだけど、意味を与えた君ならば黒躯を操れるんじゃないかな? そうすればザイオンを君が救うことができる」
ミアは眉間に皺を寄せた。
「でも、どうやって?」
「たとえば、その力を操れるようになる、とか?」
「……操る?」
不安そうに呟くミアにフィンは頷いてみせた。
「俺も練習したんだ。一緒にやってみよう」
フィンは、自身が転生神の恩恵の光を自由に出せるようになったときのことを伝え、協力することを約束した。
ミアは相変わらず怪訝そうな表情のままだったが、ザイオンの現状に強い自責の念があるのだろう、それを救うことができるという言葉に強く惹かれているようだった。
「……わかりました。やってみましょう」
やがて決意したのか、震える指先を胸元で握り締め、一言ずつ噛み締めるようにミアは言った。




