第80話 状況報告
「それはお互い様だろ?」
フィンは、負けず劣らず薄汚れた格好をしているジーンとダーシーの姿を見て笑った。
「違いねぇ」
ジーンも同意するように笑い出す。
そこにフィンの背後から近づいてきたナタリアが声をかけた。
「おまえら、元気だったか?」
「先生!」
ダーシーは自分よりも背の低い師のもとに駆け寄り、互いの無事を喜び合う。
フィンはナタリアとともに近づいてきたルーファスたちの姿に気がつき、ダーシーとジーンに紹介した。
ジーンは少し照れくさそうにしながらルーファスに声をかける。
「よう、久しぶりだな。覚えてるか?」
「……見たことがある」
「イゴールさんのとこで一緒だったユージンだ。ジーンと呼んでくれ。いまはフィンと組んで傭兵をしている」
ジーンは握手しようと手を差し出した。
ルーファスは社交的な微笑みとともにそれに応じる。
「そうか、ルーファスだ。改めてよろしく」
つづけてモイラとノーマ、さらにはテオドーラについても紹介を終えると、フィンはジーンとダーシーに孤児院から逃げ出した後のことを尋ねてみた。ジーンは思い出すのも嫌そうな、げんなりとした表情で語り始める。
ジーンによれば、子どもたちを連れて逃げ出したものの、すぐに火災に巻き込まれ、オライア地区内を右往左往していたらしい。さらに子どもたちの立てる物音を聞きつけたのか、黒躯たちも集まってきたため、いよいよ逃げ場のない状態に陥ってしまったという。
子どもたちをかばいながら黒躯と戦うしかないと二人が覚悟を決めたそのとき、生存者を探すレティシア率いる傭兵部隊がやってきたそうだ。
「誰かいないか‼︎」
どこからか聞こえてくる、怒号にも近いレティシアの切り裂くような呼びかけ。ジーンがありったけの大声で応じると、すぐさまレティシアたちが駆けつけ、驚くべき手際の良さで黒躯たちを撃退したという。黒躯との戦いに怯えていた子どもたちであったが、レティシアたちに同行していたミアが駆け寄り、涙の再会を果たしたらしい。
「レティシアは?」
「あそこにいるぜ」
ルーファスの問いに、ジーンは旧市街の方を指差した。
少し離れた位置にある崩れかけた旧城壁の上にあぐらをかいて座り込み、真剣な顔で部下と言葉を交わしているレティシアの姿を見つけると、ルーファスたちはジーンに礼を告げ、レティシアのいる場所に近づいていく。
フィンもその後についていこうとすると、ジーンがその腕を掴んで止めた。顔を近づけて小声で囁く。
「あいつ……何者なんだ?」
訝しむようなジーンの目線はミアに向けられていた。
「何者って……どういうことだ?」
「黒躯たちが、あいつだけ避けているっぽいんだ」
その言葉にフィンは表情を曇らせ、建物の陰で子どもたちの世話を焼くミアの姿を再び見つめた。
ミアは不安を取り除こうと満面の笑顔を浮かべ、なにやら子どもたちに話を聞かせているようだ。それが底抜けに面白い童話なのか、それとも修道女らしく敬虔な神様の話なのかは、この距離からはわからない。ただフィンはその額の中央にある痣を食い入るようにずっと見つめていた。
「レティ!」
今後の計画について部下たちと協議していたレティシアは、突然聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、驚いたように顔を上げた。すぐに歩いてくるルーファスたちの姿に気がつき、はっと息を呑むと、城壁から飛び降りて駆け寄っていく。
「ご無事で……!」
レティシアはルーファスの足元に跪き、目を潤ませた。
ルーファスは腰をかがめ、その肩に触れると小柄な副団長を立たせる。
「俺のいないあいだ、よくやってくれた。ありがとう」
「とんでもないです。まさか伯爵があんな暴挙に出るとは……予測できず申し訳ございません」
ルーファスは笑いながら、その線の細い肩をぽんぽんと叩いた。
広場を埋め尽くす避難してきた市民の姿を改めて視界に収めると「お前のおかげで、こんなにたくさんの市民を救うことができた」と褒め称える。
レティシアは深々と頭を下げた。
救出作戦を成し遂げたノーマとナタリアをねぎらうとレティシアは赤錆の大鴉団の団長であるルーファスに現在の状況を伝える。
まず黒骸については、南東区から東区の一帯を中心にあふれかえっており、手をつけられない状態だという。現在も他の地域に少しずつ拡大しており、食い止めるために鴉団の傭兵たちが橋を落としたり、バリケードを築いたりしているらしい。
その一方で領主軍は、ザイオンのすべての市門を占拠。北区のヴィード門だけを残して、他をすべて破壊し、通行できない状態にしてしまったらしい。さらに各市門を破壊すると同時に火を放ち、市内各地で火災が発生。特に季節風の影響からザイオンの誇る広大な市場の広がる北東区で火災が拡大しているとのことだった。
「北東から火災、南東からは黒い死体、か……」
ルーファスは顔を顰める。
「レティ、市民の避難はどうなんだよ?」
横から口を挟んだノーマの問いにレティシアは頷くと、改めてルーファスの顔を真っ直ぐに見つめて報告する。
「まず黒躯が集中的に発生している東区、南東区あたりに兵士を投入し、逃げ遅れた市民の避難を誘導しました。その後、火災の起こっている北東区にも伝令を走らせ、私財を持たずに中央広場へ逃げるよう伝達をしています。とりあえずいまはこの中央広場に集めていますが、火の手や黒躯のことを考えるとなるべく早く市外へ脱出させたいとは思います」
「算段は?」
「数千人のザイオン市民を連れてとなると、やはり無理はできません。ここから最も近く、唯一破壊されていない北区のヴィード門を攻めるのが上策かと心得ます」
「ヴィード門は、領主軍が占拠しているんじゃなかったか?」
「はい。そしてヴィード門だけを壊さずに残していたことからも、おそらく伯爵はそこで我らを叩くべく全軍を集中させていることでしょう。本来ならば他の市門を復旧させて裏をかくのが定石ではありますが、いまは一刻を争う事態、かつ市民たちも逃さねばなりません。ヴィード門を通る以外に策はないかと思います」
ルーファスは黙って頷いた。
「いやいやいや、それだと市民を引き連れて領主軍と戦うってことになるだろ? そっちのが危ねえんじゃねえのか?」
レティシアの献策にノーマが慌てて反論した。だが、レティシアは強い意志を示すようにきっぱりと首を横に振る。
「それはない。領主軍とはいえ、こんなに短期間で兵を揃えることは難しい。いわば急ごしらえの軍勢。ほとんどの騎士たちもそれぞれの所領に散っており、規模としても百人にも満たないだろう。手勢を集められていないのは、我らも一緒だが、同数ならば練度に勝る我らの方が有利。さらに、そもそも門は、市内で守る側が優位なところ。充分に戦える」
腹心の部下たちの議論に耳を傾けていたルーファスは頷いて、軍師の策を了承した。
さらにテオドーラを呼び、レティシアに紹介する。報復すべき領主の娘が、ルーファスの命を救ったということを知ると、レティシアは驚きをあらわにした。
「お姫様、我が主をお救いいただいたことには感謝しますが、われわれはザイオンを混乱させる領主に鉄槌を加えねばなりません」
気まずそうに告げるレティシアであったが、テオドーラは貴族らしい毅然とした態度で告げた。
「お気遣いありがとうございます。ですが、市民をないがしろにするこのやり口は、栄誉あるダンクルト伯爵家としても到底許せるものではありません。父の誤りを正し、ルーファス様はじめ多くの市民たちにきちんと償わせたいと思います」
テオドーラの信念に満ちた熱い瞳が揺れる。レティシアは息を飲み、しばらく沈黙した。
テオドーラと親密さを深めてきたノーマは、改めて歳下の伯爵令嬢の強い想いに触れ、若さゆえの思慮の浅さと、短絡的であるからこその力強さを感じた。
レティシアはテオドーラの手を取ると、感極まったように熱く語りかける。ノーマはそれがレティシア流の演出であることを知っているが、もちろんテオドーラは気づかない。
「テオドーラ様、承知いたしました。ぜひ伯爵軍を倒すのにお力をお貸しください」
「わたくしにわかることは少ないですが、たとえばいまザイオンにいる騎士のことなどはお伝えできるかと思います! わたくしにも市民を救う手助けをさせてください!」
レティシアの熱意に打たれたように、テオドーラも意志を込めた強い口調で答えた。
手と手をつなぐ二人をルーファスは不思議そうに見つめていた。そして思い出したようにレティシアに問いかけた。
「レティ、あの黒い死体については、なにか分かったのか?」
「はい。まだ完全にはわかったわけではないのですが、少なくとも死霊魔術によるものではないようです。フェリシア教の司祭にも確認してもらったのですが、浄化や悪霊祓いの奇跡も通じないようで、単なる不死者とは在り方が異なるようです」
そう言うとレティシアは視線を少し離れた場所にいるミアへと向けた。
「どうやらあの修道女が原因のようですが、しばらく一緒に行動したものの、まったく本人にもその意図はなく、自分自身でもわからぬようです」
「そうか……」
ルーファスも子どもたちに囲まれる修道女に視線を向けながら、ミアに近づき言葉を交わすフィンの姿を眺めていた。




