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リィンカーネーションの理 〜転生者たちの英雄譚〜  作者: 奥槻 庵
第九章 ザイオンからの脱出

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第79話 大鴉団との合流

「さあ、先を急ごう」


 どこかで生じた無数の悲痛な叫び声が、風に乗ってフィンたちの元に届けられる。

 季節外れの強風に煽られ、炎は次々と建物へと燃え移る。夕闇の迫るザイオンの冬空は、不気味なほど赤く染まっていた。

 ひきつづきルーファスとモイラを先頭に、一行は市場通りを西へと移動していく。

 次第に早まる歩みに、まだ傷が痛むのか、ルーファスは顔を顰めながら息を荒げた。


「ルーファス、無理しない方が……」

「いや、なんてことない。大丈夫だ」


 すぐさま心配そうにモイラが声をかけるが、ルーファスは弱々しくも精一杯微笑みながら、応じようとしない。そんな頑固さも遼太郎にそっくりだった。

 先を急ぐ一行の前に行く手を阻むように黒躯たちが群がるが、モイラ、そしてルーファスが瞬時に葬り去る。


「このまま押し切るぞ!」

「わかったよ!」


 ルーファスの掛け声に答えながら、ノーマは次々と矢を射掛け、近づこうとする黒躯たちの足止めを行う。フィンは背後の警戒に努め、足早に移動するルーファスたちについていった。

 やがて一行はザイオンの中央を流れるオラトリア川を渡り、さらにすぐ間近にあるアルテ川にかかる橋へとたどり着いた。

 この橋を渡れば中央広場である。

 橋の周辺には、おそらくはレティシアの指示を受けたのだろう、市民が壊れた家具や燃えた家の資材などを積み重ねてバリケードを築き、その周囲を武装した傭兵たちが警戒にあたっていた。

 ときおり徘徊する黒躯が、警戒する傭兵の姿に引き寄せられるように近づいてくるが、バリケードの周辺に設置された網に足を取られ、身動きできずにジタバタとあがいている。それを巡回する傭兵たちが捕捉し、どこかへと引きずっていくのが見えた。

 

 戦争の依頼もない閑散期だったため、ザイオンにいる赤錆の大鴉団員は百名にも満たない。しかし、いずれもルーファスとともに数々の戦場を渡り歩いた歴戦の勇士たちであった。

 中央広場に通じるアルテ川の橋を守る傭兵たちは、そのなかでも特に戦い慣れた者たちが選ばれて配置されているらしい。一見すると粗雑でガラの悪いゴロツキにも見えなくもないが、危なげなく黒躯を処理していくその手際は、彼らの傭兵としての能力の高さを示していた。

 傭兵たちは近づいてくるルーファスの姿に気づくと歓喜の表情を浮かべた。

 

「ルーファスさん!」

「おかえりなさい!」

 

 なかには喜びのあまり涙を流す者もいる。

 親子ほど年の離れた老兵すらもが顔をほころばせ、ルーファスの帰還を祝福する姿に、改めてフィンは灼貌の英雄と呼ばれるルーファスの凄さを感じていた。

 騒ぎを聞きつけ、離れた場所にいた傭兵たちも自然とルーファスたちの周囲に集まってくる。彼らは、激しい戦いをくぐり抜けたであろう、煤と泥、そして黒躯の体液にまみれたルーファスや幹部たちの姿を畏敬の念をもって見つめていた。

 ノーマは、そのなかに顔馴染みの傭兵を見かけて声をかける。

 

「おう。無事だったか?」

「へい! ノーマさんもご無事で!」

「黒躯たちはどこに連れてくんだ?」

「レティさんの指示で近くに穴を掘って、そこに落としてます。……油かけて燃やしてるんで」

 

 まばらに髭を生やした男臭い顔の傭兵は、その光景を思い出したのか、嫌そうに顔をしかめた。

 

「それは……大変な仕事だな」

 

 ノーマも嫌悪の表情を浮かべる。特にノーマは黒躯が市民に戻りうることを知っている。

 やるせなさと不甲斐なさからノーマは苛立ったように強く拳を握りしめた。

 

「レティシアはどこに?」

 

 ノーマの隣にいたモイラが傭兵に尋ねる。

 

「はっ! 中央広場で指揮してます!」

 

 髭面の傭兵は少し緊張した面持ちで答えた。

 本人はあまり気にしていないようだが、モイラは赤錆の大鴉団に所属する傭兵たちから憧れの存在として慕われ、なかば崇拝のような感情を集めていた。

 おそらくは護衛役として常にルーファスに付き従う献身ぶりと、騎士の出自がもたらす品格と高潔さを感じさせる立ち居振る舞い、そしていつもは無表情なのに、ふいに漏らす子どものような笑顔が、いつ死ぬかもわからぬ傭兵たちの心を強く惹きつけているらしい。

 自分には粗雑な態度を向けてくる髭の傭兵の態度があまりに違うことに毒づくノーマを尻目に、モイラは笑顔で礼を言うと、やがて一行は集まった傭兵たちに見送られながら彼らが守る橋を渡った。

 フィンは、レティシアたち別働隊と行動を共にしているはずのミア、そして孤児院で別れたダーシーとジーンの顔を思い浮かべていた。




 ザイオンで最も歴史ある旧市街に隣接する中央広場は、その名のとおりザイオンの中心ともいえる場所であった。

 歴史を感じさせる装飾に包まれた豪華な邸宅や最新技術で建てられた機能美を誇る市庁舎などの巨大な建造物に囲まれ、いつもであれば市民だけでなく商人や巡礼者など数多くの行き交う人々で賑わっていたが、いまでは見る影もなくあちらこちらにバリケードを作るための材料になるのか壊れた家具や燃えた家の資材などが転がり、その隙間を埋めるかのように、避難してきたザイオン市民が疲弊した表情で身を寄せ合い、互いを慰め合っていた。

 ところどころには木材の切れ端を集めて火が焚かれている。もしかしたら火が苦手な黒躯を退けようと焚かれたものかもしれないが、もうすぐ夜を迎えるにあたり、むしろ市民たちが厳しい冬の夜を乗り越えるためのものとして活用されているようだ。

 

「レティの野郎、どこにいるよ?」

 

 ノーマは苛立たしげに周囲を見回した。

 夕陽はすでにザイオンを取り囲む市壁の陰へと隠れ、周囲は急激に暗くなりつつある。まだかろうじて地平線上にいる太陽が、必死に夜の来訪に抗うかのごとく天空を照らしつづけるものの、すでに薄暗さに侵食しはじめた地上を救うことはできず、むしろ明暗のコントラストによって余計に視界の悪さを増長させていた。

 フィンは「たそがれどき」という古い故郷の言葉を心のなかで呟く。まさしく「誰ぞ彼?」と尋ねたくなるような不思議と視認性に欠ける魔の時間帯であった。

 

「ちびっこいのを探せばいいんだろ?」

 

 ナタリアが皮肉まじりに言う。それに対してルーファスは笑い出す。

 

「それだと、まず最初にナタリア、お前が見つかるな」

「はあ? さすがにあいつよりはチビじゃないでしょ?」

 

 ノーマやモイラだけでなくテオドーラまで笑い出したのを見て、不服そうにナタリアは異議申し立てをする。だが、フィンもなんとなく傭兵団の屋敷で見たレティシアの姿を思い出してみたが、ナタリアと背の高さにそれほど差があるとも思えなかった。

 だが、本人たちからすれば、大きな差なのかもしれない。

 フィンとジーンも戦士としては小柄な方だが、それでもナタリアとは拳一つ分くらいの身長差がある。ダーシーにいたっては、もうすでに十四歳にしてジーンの背に追いついている始末だ。さすがは伝説的な傭兵であったエリックの姪だけある。

 フィンはナタリアと同じくらいの身長であったミアの姿を思い出していた。生前の未央はそれほど背が低かったわけでもない。だが、この世界のミアはまだ十一歳なのだ。現時点ではナタリアやレティシアと変わらなかったとしても、それはまだ成長期だからであってミアもダーシー同様にあっという間にナタリアを越えて大きくなるであろうことが想像できた。

 

 ……未央。

 

 フィンは寂しげに微笑みながら、ため息をつくように大きく鼻息を漏らした。

 やがてなにかを吹っ切るように表情を引き締めると、レティシアを探すため薄暗くなりつつある中央広場に視線を巡らせた。さすがに顔はよく覚えていないので、ナタリアと同程度の背格好の人物を探すが、見つかるのは見知らぬ子どもばかりである。


 

 

 諦めかけたそのとき、建物の陰に座り込み、互いの体温で温め合うかのように身を寄せ合っている子どもたちの姿が目に映った。そして、その傍らにいた人物の顔を見たとき、フィンは己れの妄想がそのまま具現化したのではないかと一瞬目を疑った。

 

「未央!」

 

 フィンは走り出してしまった。

 子どもたちを見守るミアの背後には、疲弊したダーシーとジーンの顔も見える。

 疲れてはいるが、みんな無事のようだ。

 孤児院の子どもたちは、別れた時と同じく、全員がゆったりとしたローブ状のチュニックに身を包んでいる。おそらくミアが抱きかかえる大きめの布の塊は、フローレンスと呼ばれていたゴブリンの子なのだろう。かなり大きめのチュニックを、纏うというよりは身に巻きつけ、その異形の姿を隠しているようだ。

 駆け寄ってくるフィンに気づいたダーシーが唖然とした表情を浮かべ、そして感極まったようにそれを瞬時に崩しながら「フィン!」と叫んで走り出す。

 ダーシーはフィンの胸に飛び込んでくる。その瞳には涙が浮かんでいた。

 

「フィン!」

「ダーシー、無事だったか?」

 

 フィンは幼馴染の華奢な身体を抱き止めた。

 その感触も質量も、幼い頃とはまるで違っていた。

 頬が触れる距離にある涙に濡れた幼馴染の顔は、いつのまにかフィンがよく知る二歳年下の女児のものではなく、さまざまな感情を内包する大人の女性のものになっていた。

 動揺がフィンの顔を赤く染める。

 フィンは気まずさを隠すようになるべく自然なそぶりを意識しながら抱擁を解き、ダーシーの後から駆け寄ってきたジーンに声をかけた。

 

「ジーンも無事でなによりだ」

「お前もな。よかったぜ」

 

 ジーンはニヤリと笑うと、フィンの胸を拳で叩く。

 まあまあの強さで叩かれた胸を押さえながらフィンは苦笑を浮かべると、建物の陰にいるミアたちに視線を向けた。

 

「子どもたちもケガとかしてないか?」

「大丈夫だ。まあ、ガキどもを連れ回すのがあんなに大変だとは思ってもなかったがな」

 

 そう言うとジーンはケラケラと笑い出した。

 フィンも安堵の表情とともに微笑む。たまたま子どもたちの姿を眺めていて、そこにいたミアと視線が合う。ミアは遠慮がちに会釈してきた。フィンも黙ったまま頷いてみせる。

 

「それよりお前の方も大変だったみたいだな?」


 ジーンは、泥と煤で汚れたフィンの姿を見つめながら言った。

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