第78話 中央広場へ
ルーファスを探し出すという任務を果たしたフィンたちは、当初の取り決めどおり、副団長レティシアの部隊と合流するため、ザイオン市の中心である中央広場へと向かった。
一行の先頭には、英雄との評判にふさわしい堂々とした態度でルーファスが歩き、その背後を長柄武器であるグレイブを手にしたモイラが油断なく身構えている。
その後ろには領主の娘であるテオドーラの姿があった。淑女たれと育てられた貴族の令嬢は、剣術などの身を守るすべを有しておらず、代わりに大弓を持ったノーマが護衛として付き添っている。
魔術師ナタリアは、テオドーラ以外の全員からの要請で最後尾を守ることになり、暇そうにパイプをふかしながらてくてくと歩いていく。フィンもその隣で、若干ふてくされた感のある魔術師のご機嫌を取りながら大股でずんずん進んでいくルーファスたちに遅れまいと足を動かしつづけた。
領主館の周辺は、フィンたちがやってきたときと比べると、火災の拡大はそれほどでもないが、黒躯の数ははっきりとわかるくらいに増えていた。
先頭を歩くルーファスとモイラの姿に気がつくと、黒躯たちは興奮した様子で唸り声を上げながら次々と襲いかかってくる。
だが、哀れな黒躯たちは”旋風のモイラ”と渾名される長身の女戦士が一閃させたグレイブの柄によって、強風にあおられた木の葉のように宙へ吹き飛ばされた。
噂には聞いていた無双の怪力を目の当たりにして、フィンは思わず足を止め、黒躯に立ち向かう長い栗毛の持ち主である美女を見つめてしまった。
「なんで柄で殴ってんだ? せっかくでっかい刃があるのに斬らねぇのか?」
不思議そうなノーマの問いに、モイラは低く鼻にかかった声で黒躯を切り刻んでも動くことを止めなかったからだと答えた。
「そっか。オレの剣だと切り刻むのも手間だから足を狙ってたけど、あながち悪くなかったみたいだな」
「そうだな。足を狙うのはいい考えかもな」
ノーマの言葉にモイラも頷き、そして同時に二人は顔を見合わせ、不敵にほくそ笑む。
「へえ。俺もやってみるか」
傍らで聞いていたルーファスも嬉しそうに言いながら、鞘から長剣アルドゥングを抜き放った。
「ルーファス、言っておくけど……」
心配そうなノーマに対し、ルーファスは頷きながら言う。
「わかってる。あまり殺すな、だろ?」
領主館を離れるにあたり、黒躯が市民の変わり果てた姿であり、フィンの恩恵の光で元に戻せる可能性があることを、ノーマは新たに同行するルーファスたちに伝えていた。そして、来たときと同じく、なるべく交戦を避けながら広場まで移動することを提案する。
だが、ルーファスは、その提案を却下した。
「いまは時間をかけず、一刻も早くレティシアたちと合流しよう」
「おい、ルーファス! あれは、いちおうザイオンの市民なんだぞ?」
ルーファスの無慈悲にも思える判断に、表情を変えたノーマが反論する。だが、ルーファスは首を横に振りながら答えた。
「あの黒い死体は、フィンの不思議な光でも絶対に生き返るわけじゃないんだよな? だったら俺は、まだ生きていて、いままさにこの瞬間も怯えながら逃げまどっている市民をできるかぎり救いたい」
強い意志とともに語られた言葉に、さすがのノーマも言い返せず、悔しそうに唇を噛む。
ルーファスの言葉の正しさはノーマも理解していた。たくさんの命が失われようとしているとき、人ひとりの手で拾い上げられる範囲はたかが知れている。
だが、ノーマとしては救えるはずだった命がおのれの目の前で失われていくことがどうしても許せなかった。
「……でもな、ルーファス」と言いかけたノーマに、ルーファスは少しはにかむように微笑むと、
「とはいえ、なるべく命を奪わないように気をつけてみるよ」
と言った。
その笑顔は四年前、初めて会ったときのルーファス少年そのままだった。
いまは立場上やめているが、ノーマのことを「姐さん」と呼び慕っていた少年の姿を思い出し、ノーマは苦笑いを浮かべずにはいられなかった。
「……てめぇ、ずりぃぞ?」
ノーマの突然の悪態にルーファスは訳がわからないといった様子で普通にうろたえる。
「な、なにが?」
「なんでもねぇ。こっちの話だ。言いたいことはわかったから行くぞ。先を急ぐんだろ?」
そこで交わした約束どおり、ルーファスは押し寄せる黒躯に対して長剣を振るいながらも、惨殺するような力任せの一撃は加えず、主に膝や大腿を狙って巧みに剣先で切り裂いていく。
流れるような洗練された剣さばき。筋力で重い長剣を豪快に振り回すというよりも、剣そのものの重さで自然と動いていくような無駄のない動きであった。
見ようによっては力強さに欠けるようにも見えるかもしれない。
だが、ある程度の力量の兼ね備えた剣士であれば、その切先が効率よく弱点を抉りつづけていることに気がつくだろう。
コルト村で剣を交えたときとは明らかに異なる巧みなルーファスの剣さばきに、思わずフィンは息を飲んだ。
——こいつには勝てない。
すぐにフィンは悟った。剣を合わせるまでもない。
隙のない構えから、決して体勢を崩すことなく戦略的に繰り出される多彩な攻撃。その詰将棋にも似た緻密な攻撃を防ぎながら、ルーファスを屈服させる一撃を加えられるイメージが一切湧いてこない。
さすがは灼貌の勇者と称えられるだけのことはある。
だが、ルーファス本人は息を乱しながら、
「まだ動きがいまいちだな」
と不服そうに首をひねっていた。
「どうした、見惚れたか?」
ルーファスの挙動を一心不乱に見つめるフィンの姿に気づいたナタリアが、茶化すように声をかけた。
「いや、そういうわけじゃないけど……」
焦りながら振り返ったフィンの弁明を、ナタリアのいたずらな笑みが受けとめる。
「はぐらかすんじゃないよ。ありゃ、天才の剣だ。見惚れるのもしかたない」
なぜか少し得意げなナタリアの言葉にフィンはうなずかざるをえなかった。
ルーファスとモイラの圧倒的な武力で次々と襲いかかる黒躯を退けながら、一行は中央広場を目指して移動を続けた。
不規則な黒躯の動きを精緻に読み切り、人体の構造上脆弱な箇所を巧みに攻めるルーファス。グレイブの峰や柄で豪快に黒躯を叩き伏せるモイラ。さらにノーマの強力な弓が遠距離の黒躯を撃ち抜き、背後から近づこうとする黒躯がいれば、フィンが恩恵により黒躯の呪いを解除していった。
テオドーラは、初めて目の当たりにする黒躯の姿にひどく怯えていたが、それをノーマがぶっきらぼうながらも温かく気遣う。
「お姫さん、大丈夫か?」
「はい。……少し驚いただけです」
「そっか。無理すんなよ。だけど、ちょっと多くねぇか?」
倒しても倒してもキリがない黒躯に、ノーマが大きく息を吐きながらつぶやいた。
一行は襲いかかる黒躯を退けつつ、そのまま歩みを進め、中央広場に通じる市場通りにたどり着く。
市庁舎通りと並んでザイオン市内の大動脈とも称される市場通りだが、いまでは見る影もなく、いたるところで火の手が上がり、通りに面して建ち並んでいた建物も無惨に破壊され、その破片が通りのあちらこちらに散乱していた。そのうちの一部はさきほどナタリアが破壊したものである。
瓦礫の隙間を埋めていくかのように、どこからかともなく黒躯たちが集まってくる。
その黒躯たちは、おそらくは別働隊として動くレティシアたち赤錆の大鴉団と一戦交わしたあとらしく、腕や足、ひどい場合には頭部を失った黒躯たちが損傷した身体を引きずりながら、うめき声とともに迫ってくる。さらに、その声に導かれるように裏通りからも次々と黒躯たちが姿を現し、あっという間に大群となってフィンたちに襲いかかってきた。
「……こんなにザイオン市民って、いたか?」
ノーマは唖然としながらつぶやく。
いままで傭兵として大軍の兵士と戦ってきたルーファスたちも、想定していない数の暴力に圧倒された。
「ナタリア!」
ルーファスは、暇そうにパイプをふかす童顔の魔法使いに鋭く声をかけた。
「はいよー」という気の抜けた相槌とともにナタリアはてくてくと前に歩み出ると、ぶつぶつと複雑な発音の呪文を唱え始める。
やがて手を掲げると、大きな地響きとともに地面から大量の土砂が一気に噴き上がった。
地面であったはずの一帯が爆ぜ、吹き上がった土砂と瓦礫が容赦なく黒躯の群れを飲み込む。
周囲を大量の土煙が覆い、ようやく風で洗い流されたときには、大きく表土が抉り取られた大地の姿と、その土砂に半ば埋もれながら、小刻みに脈動する黒躯の破片がところどころに見えるのみであった。
「相変わらずだな、ナタリア」
あまりの威力に多くの仲間が言葉を失うなか、ルーファスは苦笑いとともに声をかけた。
モイラも久しぶりに見たナタリアの呪文の威力に呆れながら「これじゃ”星読み”じゃなくて、”地形を変える者”だな」とつぶやく。
ナタリアは少し皮肉めいた表情で、
「とある小娘には、地形を変える必要はないって言われたけどね〜」
忌々しげに笑った。
なにげに初対面のレティシアに言われた言葉をいまだに根に持っているらしい。
さすがにここまで威力の大きい呪文の行使には体力を奪われるのか、ふうっとため息をつきながら、ナタリアは不思議そうに以前の同僚たちに尋ねた。
「そういえばさ、なんであんな小娘が副団長なんかやってるの? ”覇王”とか呼ばれているみたいだけど、ただの軍師でしょ?」
それを聞いたモイラは意味ありげに含み笑いを漏らす。ノーマは面倒くさそうに頭をかきながら、
「あー。それは……まあ、見てればわかる」
どこか困ったようなノーマの言葉に、ルーファスも優しく笑った。
「ナタリア。人は見かけじゃないんだ。どこぞの魔術師と同じでな」
ルーファスのおどけた口調に、ナタリアは心底嫌そうに顔を顰める。
「意外に似たもの同士で、話してみれば気が合うと思うんだがな?」
鼻にかかった艶やかな声でモイラが告げると、ナタリアは大きくかぶりを振った。
「ないない! あいつの顔を見た瞬間から、なんか嫌な感じがしたんだよね。たぶん生理的にダメなんだと思う。そもそも偉そうなんだよ!」
一気にまくしたてるナタリアに対して、フィンは「同族嫌悪」という言葉を思い浮かべずにはいられなかった。
付き合いの長いルーファスはさすがに慣れたもので「そりゃ、しょうがないな」と笑いながら、肯定も否定もせずに主張を受け止める。ナタリアは一度だけフンと鼻を鳴らし、あとは自らの口を塞ぐようにパイプを咥え、元いた最後尾へと戻っていった。




