第70話 大鴉団の挙兵
「なんで呼んでんだよ?」
廊下を歩きながら側近に対して不満をぶちまけているのだろう、心の底から不機嫌そうなノーマの声が屋敷内に響き渡る。レティシアは、大広間で声の主の到来を待ちながら、ついついため息が出るのを抑えきれずにいた。
ノーマに射撃の腕以外に異能があるとすれば、それはきっと声の大きさだろうと思っていた。
やがて重い扉が開かれ、大広間にノーマとナタリア、そして状況が飲みこめないといった微妙な表情を浮かべたフィンとミアの姿が現れる。明らかにノーマの顔は不服そうで、その肉感的な唇を尖らせながらレティシアに不平をぶつけてくる。
「なんだよ、レティ? せっかくナタリアと遊びに行こうと思ってたのによ……」
「遊びなんて一言も言ってないだろ」
ナタリアはケラケラと笑いながら、ノーマにつっこむ。
そんなマイペースな二人の仲睦まじい様子に、レティシアはふたたびため息をついた。
さきほどまでの高圧的な態度が嘘だったかのように、レティシアは両肘を机につきながら、目を閉じた顔の前で掌を合わせている。
眉間に刻まれた深い皺を眺めながら、居合わせた全員が次の言葉を待った。
やがて、レティシアはうっすらと瞳を開けて「悪かった」と呟いた。
ナタリアとノーマは意表をつかれて硬直する。そもそもレティシアがなぜ詫びたのかも、なにに対して詫びたのかもわかっていなかった。
口さがない二人が好き勝手に話し始める前に、その口を塞ぐようにレティシアは言葉を続ける。
「伯爵が裏切りやがった」
その言葉に、新たに大広間に現れた四人は驚愕の表情を隠せなかった。
「……なに?」
思わず問いただすノーマにレティシアは頷く。
「領主はわれわれをザイオンに閉じ込め、さらに外から火も放ちやがった。つまり、われわれは、さまよう死体と燃えさかる炎に囲まれたってわけだ」
組み直した手に隠れてレティシアの表情は読み取れない。だが、レティシアは指の関節をぱきりと鳴らす。
「いまから市民たちが脱出できる経路を切り開くこと、そして領主軍を討ち滅ぼすこと、この二点を目的とする作戦を立てる。ナタリアさんにも協力いただきたい」
そう言うとレティシアはふたたび指をばきばきと鳴らす。
フィンとミアは顔を見合わした。
小柄な副団長の言う「ナタリアさん」という言葉に自分たちが含まれているのだろうかと戸惑いながら目をぱちくりさせる。
「まずルーファスを探し出す」
レティシアが淡々と発したその言葉に、大広間内の傭兵たちからどよめきが起こった。口々に「探す?」「なにがあったんだ」という言葉が漏れ聞こえてくる。
それらの反応をしばらく眺めていたレティシアは、タイミングをはかりながら慎重に語り出す。
「いままで詳細を伝えられず申し訳なかった。どこに間諜が忍び込んでいるかもわからず、やむなく従ったふりをせざるをえなかった」
唐突な独白に周囲の傭兵たちはなにが起こったのかと困惑する。ただ、それが重要なことだとは察したようで、全員が固唾を飲んでレティシアの次の言葉を待った。
レティシアは言う。
「ルーファスは、伯爵の卑劣な手口によって傷を負い、モイラとともにザイオン市内のどこかに隠れている」
その言葉に大広間は騒然となった。
ざわめきの多くは、ルーファスが傷ついたということに対する驚きである。それは不敗の英雄ルーファスの評判を聞いて集まってきた傭兵たちの信頼を損いかねないものでもあったが、レティシアはそう考える隙を与えぬように強い言葉をつづけた。
「伯爵の裏切りが明らかになった以上、われらは蜂起する。ザイオンは赤錆の大鴉団が守る!」
そして、レティシアは片手の拳を力強く突き上げる。小柄な身体つきを微塵も感じさせない雄々しき姿は、歴戦の勇士のような風格を備えていた。
傭兵たちは熱に浮かされたような表情で呼応して「おおっ!」と咆哮をあげる。勇ましい戦士たちの雄叫びは、大広間の空気をビリビリと激しく揺さぶった。
「いままでの皆の調査によって脱出経路は絞られた。そこから市民を逃すという計画に変わりはない。ただ、立ちはだかる敵が現れたというだけだ。戦士たちに問う。それはわれらにとって困難たるや?」
「否!」
傭兵たちは、吠えるように答える。
「われらの敵は、昨日までの領主ダンクルト伯爵の騎士たちである。ザイオンを救う戦士は、その剣を恐れるか?」
「否!」
レティシアはその反応に満足そうに微笑んだ。
伯爵軍の打倒に向けて興奮状態となった傭兵たちの姿をぐるりと見渡すと、制するように右手をあげた。その挙動に大広間はぴたりと静寂に包まれる。
レティシアは小さく頷いた。
「とはいえ、われらにも旗印は必要である。その捜索をノーマとナタリアさんに頼みたい」
唐突に名前を呼ばれたナタリアは、目を白黒させる。一方でノーマは、レティシアの幻惑的な話術には慣れているのだろう、特に動揺することもなくニヤニヤと笑みを浮かべていた。
レティシアは、演説を続ける。
「われらを率いる旗印は、ルーファスをおいてほかにはない! 二人にはルーファスを探し出してきてもらう!」
傭兵たちのあいだから、わぁっ!と歓声が上がった。
ノーマはナタリアに顔を向けると、にこやかに破顔する。
「いいか、断るなよ? また一緒にやろうぜ」
その屈託のない笑顔に、ナタリアは笑いながら肩をすくめてみせた。
「まあ、どっちにしろ探すつもりだったしな。別にいいよ」
「そうこなくっちゃ!」
「……ちょ、ちょっと⁉︎」
ノーマは嬉しそうにナタリアに抱きついた。
突然の抱擁に動揺したナタリアが顔を赤らめながら身をよじるが、鍛え抜かれた長い四肢による拘束は、ちょっとやそっとでは外れそうにもない。ナタリアは柄にもない悲鳴をあげた。
レティシアの演説は続く。
「われらは市内から脱出するルートを確保し、できるだけ多くの市民をザイオンから逃す。この指揮は私が取る。最終的には——」
バンッという激しい音とともにレティシアは机に思いっきり掌を打ちつけた。その衝撃で机は中央から裂け、支えていた脚もベキベキといびつな形に折れ曲がる。
ふたたび、わあっと大きな歓声が傭兵たちからわき起こった。
「門を封鎖する領主との決戦だ!」
「おうっ‼︎」
レティシアは拳を前方に突き出した。刺すような意志の強い瞳が、眼前を睨みつけている。
小柄な指揮官の勇壮な雰囲気に呑まれた傭兵たちは、陶酔した表情で野太く吠えあげた。
レティシアはその光景を眺めながら、満足げに微笑む。
その時、
「あ、あの……!」
突如、ミアが震える声を上げた。
緊張からか思わぬ大きな声が出たことに、自分自身でも驚いてしまう。
「子どもたち……私の子どもたちの行方がわからないんです……探してもらえないでしょうか!」
「はあ⁇」
それを聞いたレティシアは少し不愉快そうに眉間にシワを寄せた。
「……お前はあの死体を生み出した元凶かもしれないんだぞ? 立場をわきまえろ。お前は屋敷に残っていてもらう」
呆れたようなレティシアの言葉にミアは泣きそうになる。
そのとき、ノーマが高らかに笑い出した。
「おいおい、レティ、 それって市民を逃すのに関係あるのか?」
ノーマの突然の指摘にレティシアは沈黙する。ノーマは煽るように言葉をつづけた。
「いまオレたちがやるべきなのは、犯人探しか?」
ノーマの隣でニヤニヤと話を聞いていたナタリアも、それに乗じて発言する。
「そもそも孤児院で子どもたちが逃げるハメになったのは、赤錆の大鴉団のやつらが槍持って脅したからなんだぞ? それってお前の命令なんだろ?」
ノーマもニヤニヤと笑いながら、
「なんだよ、子どもくらい一緒に救ってやればいいじゃん。どうせ市民みんな救おうってんだろ?」
と、ヤジを飛ばした。
完全に調子に乗った先輩たちの悪ノリに、レティシアは目を閉じて小刻みに何度も頷きながら、必死に感情を抑えようとする。やがて怒りを押し殺した声で「……わかった」と呟いた。
「……わかったよ。子どもを探してやる。お前の子どもも含めて、市民は片っ端から救ってやる! ただし、修道女! お前はわたしと一緒についてこい! いいな!」
業を煮やしたレティシアの言葉に、ミアはぱっと表情を輝かせる。そんな修道女の様子にフィンも相好を崩した。
「フィンはどうする?」
ナタリアが、ハント市から共に歩んできた年下の仲間に尋ねる。フィンはちらりとミアの顔を見た。それに気づいたノーマが笑いながら言った。
「レティなら大丈夫だ。その子の安全はオレも保証するぜ」
その言葉にナタリアも微笑んだ。
「ノーマがそう言うなら、そうなんだろ。服装はさておき、こいつのそういうところは信じていいから」
ナタリアを睨みつけるノーマの表情に思わず吹き出しそうになりながらフィンは頷いた。
「……俺は、ルーファスを探したい」
「わかった。オレたちと一緒に来な」
ノーマは大人の余裕を見せつけるかのように頬を緩めた。
レティシアを含む赤錆の大鴉団の傭兵たちは、いくつかの班に分かれ、ザイオン市内を巡り、避難し遅れた市民たちを誘導しながら脱出ルートを切り開くことになった。
フィンたちは、ルーファスを見つけ次第の合流となる。
ルーファスの行方についてノーマが尋ねると、レティシアは忌々しそうに答えた。
「正確にはわからんが、いまだ伯爵の屋敷の周辺にいる可能性が高い」
「また領主の屋敷かよ!」
さっきも行ったばかりじゃねぇかと、ノーマはうんざりとしたように言った。そんなノーマをレティシアは冷静にたしなめた。
「油断するなよ。われわれの兵でアルテ川にかかる橋は死守しているが、その東側はいまや無法地帯だ。報告によれば、黒い死体の数も確実に増えているらしい。領主館の周辺も例外じゃない」
「わかったよ」
ノーマは肩をすくめて両掌を上に向けた。
「頼んだぞ」
「任せとけって。くどいぞ」
繰り返されるレティシアの言葉に、めんどくさそうにノーマは顔をしかめる。それが彼女なりの照れ隠しであることを知るナタリアは、からかうような表情でノーマを見つめた。
それに気づいたノーマは忌々しげに舌打ちし、涼しげな目元で射抜くようにナタリアを睨みつける。
「ほら、ナタリア、行くぞ!」
「はいはい」
ナタリアは、くすくすと笑いながら背中を押されるがままに歩き出す。フィンは慌ててその後を追いかけた。
「それじゃ、あとでな」
ふと足を止めて告げられたノーマの言葉に、レティシアは頷く。
「ああ、気をつけて」
低音の効いたよく通る声で答えた。
ノーマはにっこり微笑み、そして共にルーファスを探しに行く仲間たちと大広間を出て行った。




