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リィンカーネーションの理 〜転生者たちの英雄譚〜  作者: 奥槻 庵
第八章 美丈夫卿と赤錆の大鴉団

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第69話 旧友

 赤錆の大鴉団の屋敷は、もともとは裕福な都市貴族の屋敷として建てられたものらしい。

 ザイオンがまだ城塞都市だったころ、王城のあった旧市街こそが都市の中心地であった。そんな黎明期に旧市街に隣接して建築されたこの邸宅は、まさにこれから発展を遂げようとする時代ならではの希望と野心が詰め込まれた建造物であった。

 時代とともに老朽化した箇所は、少しずつ手直しされている。しかし、建設当時の技術の粋を集めて建てられた柱や壁は堅牢さを失うことなく、いまもなお歴史ある邸宅を支えつづけていた。

 だが、どんなに豪華な建築であっても、窓の少ない室内はあまりにも薄暗く、その内装の美しさを堪能するという楽しみには不向きであった。いまではすっかりフィンも慣れてしまったが、最初の頃は窓の少ないこの世界の建築様式にいろいろと不便を感じ、もう少し窓なり照明なりがあってもいいのでないかと不満を抱いていたくらいである。

 赤錆の大鴉団の邸宅は、そのなかでも一段と薄暗い。おそらくは、敵の襲撃にも耐えられる強度を求めたせいだろう。通路も例外ではなく、ところどころに設けられた小窓から差し込む光のみを頼りに、明と暗の入り混じる廊下を歩いていると、自分たちがどこへ連れて行かれるのかという不安が一層強まっていく。


 一行は、いまだ沈黙を守っている。

 ナタリアの激昂ぶりがよほど怖かったのだろう、案内役の傭兵も緊張した面持ちのまま、ずっと無言で通路を歩いていた。

 すると、奥の方からゆらゆらと小さな火が近づいてくるのが見えた。

 おそらくは蝋燭を入れたランタンの灯りだろう。

 薄暗い空間に蛍のように揺れる光に気を取られていると、突然「あれ、ナタリアじゃねぇか」とすっとんきょうな女の声が響く。

 ナタリアはすぐに相手が誰であるか気づいたらしい。

 

「おー。ノーマ、久しぶり」

 

 ナタリアは、近づいてきた女性に声をかけた。

 手に持つランタンの光がゆらゆらと相手の女性を照らす。腰まである長い黒髪をところどころで結び、その背には通常のものよりもはるかに大きな弓が担がれている。切れ長の鋭い目つきと高い鼻の下にある真っ赤な唇が妖艶さを際立たせていた。

 

 なによりも驚いたのは、その身にまとう衣服である。

 転生して以来、こちらの世界では初めて見るような装いで、真っ白な腕や張りのある太もも、引き締まった腹部、そして肉感的な乳房のふくらみなど、本来ならば秘匿される肉体が惜しげもなくさらけ出している。

 それはまるで前世のアニメやゲームに登場する官能的な女戦士そのものであった。

 フィンはナタリアが呼んだその名から、その女性が赤錆の大鴉団の幹部のひとりである”鷹の目”ノーマだと知った。

 

「相変わらずランタン下げてんのな」

「まあな、用心はしとかねえとな」

 

 ナタリアとノーマはケラケラと笑った。

 ノーマいわく、ちょうど領主を避難させた後のいろいろとした雑事を片づけてきたところらしい。ストレスもたまっていたのだろう、そんな不満を抱えていたタイミングで旧友と出会えたのは僥倖とばかりに饒舌に話しかけてくる。

 

「で、どうした? また赤錆の大鴉団に戻ってくるのか?」

 

 ノーマは嬉しそうに尋ねた。

 フィンたちを案内していた傭兵は、元幹部のナタリアだけでなく、現在の幹部であるノーマまでも登場したことで完全に萎縮したのか、話を遮ることもなく通路の端に控えている。

 ナタリアは広間で交わされた会話について不満たっぷりにノーマに説明した。それを聞いたノーマは大爆笑する。

 

「そりゃ最悪だったな」

 

 必死に笑いを堪えながら怒れるナタリアをなだめようとする。

 

「なんなのあいつ?」

「いやあ、悪いやつじゃねえんだけど、まあ、ちょっと細かすぎるんだよな」

 

 ノーマは面倒くさそうに顔をしかめた。

 

「ルーファスは?」

「今朝、領主からお呼びがかかって出かけたんだが、そのまま領主の用事とやらでモイラと一緒にどっかに行っちまったらしい。で、一人だけ領主館から戻ってきたあいつが、急になんでもかんでも仕切り始めたってわけだ」

「なんでよ? 新参者でしょ、あいつ」

「そうなんだけど……副団長なんだよな」

 

 ノーマは肩をすくめながら苦笑を浮かべた。

 

「幹部はまだしも、新参者が副団長ってありえなくない?」

「だから、あいつ、やべえんだよ」

 

 いまだ不満げなナタリアの問いに、ノーマはゲンナリしたように表情を歪める。

 それほどまでにレティシアの能力は高いのだろう。さきほどの大広間での様子を思い浮かべても、言葉の端々に切れ者らしい鋭さが備わっていた。

 

「で、おまえ、なにしに来たの?」

 

 そこで、ふと思い出したようにノーマがナタリアに尋ねる。

 ナタリアは傍らにいたフィンを指差しながら答えた。

 

「ルーファスに会いたい。あたしがというより、この子が、ね」

 

 それを聞いたノーマは、まだあどけなさの残る年下の青年にニッコリ笑いかける。

 

「そっか。じゃあ、探しに行こうか。オレも気になってたところだしな」

 

 そう言うとノーマは踵を返し、通路を屋敷の外に向けて歩き出した。その後を平然と追うナタリア。

 

「行くよ」

 

 催促するナタリアの声に、フィンとミアは戸惑いながら、別室に彼らを連れていくはずだった傭兵と顔を見合わせてしまう。案内役の傭兵は困り果てた表情のままため息をつくと、諦めたように頷いてみせた。

 フィンとミアは、あわててノーマたちの後を追った。

 

「レティシア様、失礼します」

 

 報告に訪れた部下の傭兵から、ノーマがナタリアたちを連れ出したことを聞くと、レティシアは退屈そうに「わかった」とだけ答えた。

 レティシアは頬杖のまま宙を睨む。

 

 (まあ、そうなるわな……)


 諦めたようにため息をつきながら、胸中でつぶやいた。

 あの幹部連中は、やりたいことがたまたまルーファスと一致していたというだけで、誰かに従うことは手段にはなっても、目的にはなりえなかった。

 より明確な目的があれば、いとも簡単に上書きされるであろうことは、レティシアも理解していた。

 

 (さて、これからどう出るべきか)

 

 運命の神が振るサイコロ次第、という古びた常套句が頭をよぎり、レティシアは苦笑を浮かべる。

 なにを言っている。

 運命を待つのではなく、自らが求める結果を引き寄せるべく最善を尽くさねばならないだろう。

 自分に向かってそう言い聞かせると、レティシアは長い吐息を漏らし、虚空を凝視する目を細めた。

 そのとき、ザイオンの見回りに出ていた傭兵があわてて大広間に駆け込んでくる。

 

「報告します!」

 

 レティシアが促すよりも先に、明らかに動転した様子の傭兵は、叫ぶように言葉を続ける。

 

「ダンクルト伯爵がザイオンのすべての市門を占拠。市内に火を放ちました! われわれはザイオンに閉じ込められました!」

「——なんだと?!」

 

 レティシアは、唖然としたまま、思わず立ち上がってしまう。

 そして、次の瞬間、激しい怒りがこみ上げてきた。

 拳を振り上げ、勢いよくテーブルに叩きつけようとするが、その直前で思いとどまる。行き場を失った拳を宙に振りまわしながら、

 

「やつらに地獄を見せてやる!」

 

 修羅の表情のまま全身を震わせ、腹の底から絞り出すように唸る。

 その怒りの激しさに大広間に居合わせた強面の傭兵たちが水を打ったように静まり返った。

 誰一人としてレティシアと目を合わせようとしない。

 全員が目立たぬよう平静を装いながら、ひたすらに嵐が過ぎ去るのを待っていた。

 

「おい」

 

 押し殺しきれない怒りを全身から漏らしながら、レティシアは側近に命じる。

 

「伯爵の軍勢の動向をいますぐ洗い出してこい」

 

 その迫力に押され、声をうわずらせる部下の応諾など気に留めぬようすで、レティシアは周囲を睨みつけながら指をぼきぼきと鳴らした。

 

「絶対に後悔させてやる」

 

 そしてふと気づいたように、いまにも大広間を出ていこうとする側近を呼び止めた。

 

「その前にいますぐノーマを呼びとめろ。ナタリアさんも一緒にだ」

 

 その言葉を受けた側近は大きな返事とともに走り出す。どこかしらその表情は嬉しそうで、ナタリアがいまだに団員たちの憧れであることを改めて実感し、レティシアは苦笑とともに小さくため息を漏らした。

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