第68話 覇王との面会
赤錆の大鴉団が拠点とする屋敷は、中央広場の西に位置し、フィンたちが昨夜泊まった宿からもそれほど離れていない距離にある。
つまりは、ぐるりと孤児院を経由して、フィンたちは元々いた場所に戻ってきたことになる。
……えらい遠回りだったな。
フィンは疲労を隠さず、ため息をついた。
傭兵団の護衛のもと、フィンたちはオライア地区を北に抜け、市場通りを経由して中央広場へと戻ってきた。驚いたことに傭兵たちはザイオンの現状をかなり細かに把握しているらしく、市庁舎通りのように建物の倒壊で通行できなくなった道はあらかじめ避けて、移動経路を設定しているようだった。そのおかげか、黒躯との戦闘もなく比較的スムーズに中央広場に戻ってくることができた。
今朝と違うのは、ダーシーとジーンがいないこと、怯えきったミアが隣にいること、そして赤錆の大鴉団に連行されていること。たったこれだけだ。
フィンたちは門を抜けると、屋敷の二階にある大広間に通される。
「お連れしました」
「ご苦労」
報告するリーダー格の傭兵の声に対し、女性のものながらどすの利いた声が返ってくる。
声の持ち主は、広間の奥にある一段高くなったスペースにいた。
特に武装もすることなく、ラフなチュニック姿のまま、テーブルに頬杖をつきながら、ふてぶてしい態度でこちらを見下ろしている。
女は気だるそうに身体を起こしながら、ゆっくりと口を開いた。
「私が赤錆の大鴉団、副団長のレティシアだ」
ナタリアよりもさらに小柄な女性は、その見た目からは想像できない低い声を発した。
大広間には多くの武装した傭兵が集まり、連行されてきたフィンたちの姿をいかつい顔で見つめている。
天井近くに採光のための小さな窓があり、さらに炉も焚かれているとはいえ、それでも薄暗い空間に居並ぶ荒々しい傭兵の姿と貴族の居館さながらの重厚さに、フィンとミアはすっかり度肝を抜かれてしまっていた。
ただひとり、ナタリアだけは余裕の笑みを崩さず、大広間の様子をぐるりと見渡した。
「ここも懐かしいな」
その姿に周囲の傭兵から「ナタリア様だ」「あれが星読みの?」とざわつく声が聞こえてくる。
ざわめきは次第に広がっていき、大広間に居合わせたすべての傭兵が、連行されてきた女性の名を知った。
「星読みのナタリア」
しばらく様子をうかがっていたレティシアが、抑えた口調で淡々とナタリアの通り名を呼ぶ。
大広間は、水を打ったように静まり返った。
「私が入団したばかりの頃、あんたの下で働いたことがある。……この顔覚えてるかい?」
「そうなの?」
まじまじとレティシアの顔を見つめ、思い出そうとするナタリアだが、
「いやあ、悪いけど覚えてないなあ」
首をひねりながら詫びた。
レティシアは特に動じることもなく、ほくそ笑むと
「初めてあんたを見たときには、この人がリオン峠の攻防戦で山ひとつ消してしまった魔法使いなのかと興奮したのを覚えているよ」
そう言うと、レティシアは唇を皮肉に歪め、
「もっとも、いまの赤錆の大鴉団は、地形を変えずとも勝てるけどな」
と挑発するように笑った。
その言葉にナタリアの表情が凍りつく。
冷静さを装うことも忘れ、険しい顔つきとなったナタリアの声に、おのずと怒気がはらむ。
「で、小娘。ルーファスは?」
レティシアは、売られたケンカを買うように、少しおどけたそぶりで答えた。
「ルーファスは手が離せない。いまはお前の目の前にいる小娘が指揮官だ」
忌々しげに舌打ちするナタリア。
レティシアは、そんなナタリアをあざ笑うように鼻を鳴らすと、次にはその隣で小動物のように怯えるミアに声をかけた。
「修道女。お前がこの騒動の元凶だって?」
どうやら一足先に帰還した兵から報告を受けているらしい。
レティシアの言葉に、ミアはびくりと身体を震わせる。
本人にも自覚がないまま元凶と呼ばれ、さらに自身でもその可能性が否定できずにいる。それがどれだけの葛藤を生むのか、フィンには想像もできなかった。
フィンは震えるミアの腕にそっと手を添えた。
「あの死体の動きを止めるには、どうしたらいいんだ?」
「え……」
「黒いスライムみたいなのを出現させたという報告もあるが?」
矢継ぎ早に問いかけるレティシア。
ただでさえ鋭い視線が、ますます厳しさを増していく。
煮え切らない態度のミアに苛立ちを隠せない様子で、テーブルに頬杖を突きながら反対の手の指先でトントンとテーブルを叩いていた。
その規則正しい音が、さらにミアを追い詰めているようだ。
「わ、わたしは、そんなもの出すつもりはなくて……勝手に出てきて……子どもたちが……」
こらえていた感情があふれ出し、ミアはうつむいてすすり泣きをはじめる。
「……お願いだから……子どもたちに会わせて」
肩を震わせながら、声にならぬ声で訴える。
慰めようとフィンがミアの背に手を添えたそのとき、その額にうっすらと光る宝玉のようなものが浮かび上がるのを目にした。
慌てたフィンは反射的にミアの細い肩を抱き寄せてしまう。
「大丈夫だ! 子どもたちにはダーシーとジーンがついているから! あいつらなら命に換えても必ず守ってくれる!」
突然の抱擁にミアはうろたえながらも、こくんと小さくうなずく。
額の中央の輝きはすぐに光を失った。
しかし、そこには薄い痣のようなものが残り、そのまま消えることはなかった。
「ナタリアさん、こいつらはあんたの仲間なのかな?」
会話にならない修道女の様子が気に食わないのか、不機嫌そうにレティシアは尋ねる。
同じく不愉快そうなナタリアが「知らんよ」と一蹴し、ふんと鼻をならすレティシア。
「とりあえずわれわれは領主ダンクルト伯爵からザイオン市内の治安維持を任じられている。あの死体どもの正体を解明するためにも協力してもらわねばならない」
そう言うと、レティシアは部下に目配せする。
「申し訳ないが、そこの修道女がどうやって黒い死体を生み出したのかわかるまで、この屋敷でわれわれのおもてなしをご堪能いただこう」
レティシアは、部下にナタリアたち3人を別室に連れていくよう命じた。
幹部だったころのナタリアを知っているのだろう、命じられた部下は、どこぞの執事かと思わんばかりの丁重さで「こちらへ」と三人を案内する。
ナタリアは、忌々しげにレティシアを睨みつけながらも、特に抵抗せず広間を出ていった。
あわててその後を追うフィンとミア。
薄暗い通路を言葉もなく歩いていく。
ナタリアにとっては、かつて暮らした屋敷である。だからこそ、饒舌ならぬその沈黙が怖かった。
よっぽど腹に据えかねているのだろう。
案内する傭兵のすぐ傍で、堂々とした足取りで歩くナタリアの表情をうかがうことはできなかった。
ただ、ときおりすれ違う傭兵たちの驚きと恐怖にひきつった顔ばかりが目に焼きついた。




