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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第七章 灼貌の勇者ルーファス

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第63話 ルーファス逃亡

 壁に大穴を開けるのは、モイラの得意技といってもいい。

 大型の野獣にも匹敵する怪力の異能を生まれながらにして授けられた少女は、とある地方貴族に仕える騎士の家柄ということもあり、幼い頃から父親に厳しい訓練を課せられて育った。やがて成長とともに従騎士、そして騎士へと叙任され、父と同じ騎士団に所属することとなった。

 モイラは戦場が好きだった。

 他人に怪我を負わせないよう、周りの事物を壊さないよう、普段は抑制しなければならない己の怪力を、思う存分解き放つことができるからである。

 

 だが、その幸せは長くは続かなかった。

 雇い主でもある地方貴族が西の大国の内紛に巻き込まれ、なすすべもなく失脚、騎士団は戦うことなく解体されてしまったのだ。

 行き場を失った騎士たち。新たな統治者に雇われる者も多かったが、モイラは傭兵として各地を流転することを選び、やがて知り合ったノーマの誘いでルーファスの傭兵団に加わることとなった。

 流転の旅において元騎士とはいえ女性であるモイラに降りかかる困難は少なくなかった。そんなときに身につけたのが壁の脆弱な部分を見破り、破壊する技術である。

 片手で石をも握り潰す圧倒的な怪力によって白い目で見られることも多かったが、このときばかりは己れの異能に感謝した。


 壁に開けた大穴から飛び降りたモイラは、強靭な足腰で衝撃を吸収しながら着地する。抱きかかえたルーファスにも落下のダメージはない。

 モイラはちらりと頭上を見上げ、弓による追撃がないことを確認すると、周囲を警戒しながら一刻も早くこの場から遠ざかろうと駆け出した。

 穴から顔を出した騎士が「逃げたぞ! 追え!」と叫ぶのが聞こえる。

 モイラは振り返ることなく領主館の敷地内を走りつづけた。

 その腕には大柄なルーファスの身体ばかりか、それなりの重量があるグレイブも抱えられているが、モイラは顔色ひとつ変えない。

 ルーファスは肩の上で揺られながら「すまない……」とつぶやいた。その声は、振動によるものなのか、それとも傷の痛みゆえなのか、弱々しく震えていた。

 やがて領主館を訪れたときに通り抜けてきた門に行き当たる。すでに騒ぎが伝わっているのか、門のまわりには警備の衛兵が集まっていた。

 一人や二人はモイラの敵ではないだろう。だが、衛兵の数はそれよりも多く、なおかついまは手負いのルーファスを抱えている。

 モイラは眉を顰めながら物陰に身を潜ませた。

 

「他の出口を探した方が良さそうだ」

 

 独りごちるようにつぶやくモイラだったが、その耳元でルーファスが「下ろしてくれ」と荒い息遣いで言うのを聞き、壁に寄り掛からせるように地面に座らせた。

 

「ルーファス、大丈夫か?」

「……いや、すまない。しくじった……」

 

 黄金の矢は、革の胸当てを貫いてルーファスのたくましい胸に突き刺さっている。さほど深く刺さっているわけではなさそうだったが、モイラの腕力をもってしてもびくともせず、抜くどころか動かすことすらもできなかった。

 

「だめだ。小さいくせにびくともしない」

「……あの動きを見ただろう? おそらく魔法が付与された矢だろうな……」

 

 ルーファスはそう言い終えると苦しそうに喘いだ。

 小さな矢傷だが、それがルーファスの全身を蝕み、苦しめつづけているようだった。

 モイラもルーファスの異能については聞かされている。

 集中するやいなや、あらゆる動きが緩慢に見えるという異能によって、ルーファスはいままで矢傷というものを受けたことがない。

 そんなルーファスが深い傷を負った。

 それだけでも普通の矢ではなかったことは明らかだった。

 

「なんとか矢を抜かないと……」

 

 そう言いながらもどうしたものかとモイラが逡巡していたところ、突然、背後から声がかけられた。

 

「あの……」

 

 不意を突かれたモイラは、振り向きざまに声の主にグレイブを突きつける。

 そこにいたのは、こざっぱりした上質な服に身をつつんだ少女であった。

 鍛え抜かれたモイラの素早い動きで顔のすぐそばまで突きつけられた巨大な刃に、全身を硬直させながらも、なんとか悲鳴を上げまいと必死に耐えているようであった。透明感のある真っ白な肌の上に、これ以上ないくらいに適切に配置された形の良い眉と切れ長の目、そして薄い唇。小ぶりながらも筋の通った高い鼻がどことなく美丈夫卿と呼ばれるダンクルト伯爵を彷彿とさせた。

 美しい少女はその瞳を恐怖に染めながらも、震える声を振り絞り、ルーファスとモイラに告げる。

 

「ル、ルーファス様とお見受けいたしますが……」

 

 ルーファスは苦痛に顔をしかめながらも小さくうなずき、無言のルーファスの代わりにモイラが戸惑いとともに答えた。

 

「——そうだが、あなたは?」

「まずはここから離れましょう。——こちらへ」

 

 この少女を信じても良いのか?

 モイラは困惑の表情でルーファスを見つめた。ルーファスは小さく微笑みながら頷き返した。

 やがてモイラはルーファスを背に担ぎながら、少女の案内で来た道を少し戻り、屋敷内へ通じる小さな通用口をくぐり抜けた。

 ちょうどそのとき、外を駆けてくる数人の足音が響いてくる。

 通用口には扉がない。モイラは外から見えないであろう物陰に身を隠しながら、もしも追っ手が通用口に入ってきた場合は、すぐにグレイブをその頭上に振り下ろせるよう油断なく身構えた。

 怯える少女の荒い息遣いが聞こえる。

 モイラは、唇に人差し指を当てながら、少女にそっと目配せした。それに気づいた少女は慌てて両手で口元を覆う。その様子に思わずモイラは笑みを漏らした。

 数人の騎士たちはそのまま通用口には見向きもせず、門の方へと走り去っていった。

 屋敷から逃げ出した者が、ふたたび屋敷内に戻っているとは想像もしていないようだ。

 少女は大きく安堵のため息をつく。

 

「こちらです」

 

 少女は通用口にほど近い粗末な扉を開け、窓もない小さな部屋へと入っていった。

 藁を集めて布をかけただけのシンプルなベッドに傷ついたルーファスを横たえると、改めて少女は二人に挨拶した。

「突然失礼しました。わたくしはダンクルト伯爵の娘、テオドーラです。父が失礼をいたしました」

 年の頃はおよそ十歳ほどだろうか。

 伯爵の娘として大切に育てられた世間知らずの少女は、吟遊詩人の歌にも聞く話題の英雄の姿を一目見ようと、大広間に隣接する領主家族の居室からやりとりを覗いていたらしい。だが、見栄っ張りな父の言動に立腹し、ルーファスを助けようと駆けつけたのだという。

 

「灼貌の勇者にお会いできて嬉しく思います」

「このような姿勢で失礼します」

 

 苦痛に耐え、脂汗を流しながら、なんとか笑顔を向けるルーファス。

 モイラは「お姫様、この矢は、いったいなんなのかご存知ですか?」と尋ねた。

 

「これは、わが家に伝わる魔法の矢です」

 

 テオドーラによれば、ルーファスの胸に刺さる黄金の矢は「レスピニス」と呼ばれる古代遺物(アーティファクト)で、所有者の命に応じて狙った相手に必ず突き刺さり、そして相手が死ぬまでじわじわと生命力を奪いつづけるのだという。

 矢が抜けるのは唯一相手が死んだときのみで、死後、刺さっていたはずの矢はいつのまにか消え去り、気づかぬうちに持ち主の身の回りに戻っているらしい。

 

「お姫様にも、こいつは抜けないのですか?」

「残念ながら代々の当主の命しか聞きません。つまり、所有者はお父様です」

 

 悔しそうにかぶりを振るテオドーラ。

 

「ただし、抜くことはできませんが……」

 

 そういうとテオドーラは苦しむルーファスの傷口へと手を伸ばし、掌を重ねた。すると掌からほのかな白い光が放たれる。

 

「……これは?」

 

 驚いたモイラが尋ねると、テオドーラは微笑んだ。

 

「たいしたものではありませんが、母の家系に伝わる奇跡で『癒しの手』と呼ばれています」

「……癒し」

 

 モイラは絶句した。

 この世に傷を癒す能力の持ち主がいるらしいということは、聞いたこともあった。だがそんなものはおとぎ話の世界だけの話だと思っていた。

 以前、癒しの呪文を使うという魔術師を訪ねたこともあったが、傷を治すのではなく感覚を麻痺させて痛みを和らげるだけであった。そのときは特に期待もしていなかったので、かえって「やっぱりそんなものか」と納得したのを覚えている。

 もしも本当に癒しの(わざ)であるのなら、それこそ奇跡であろう。

 おとぎ話で語られる古代の王が触れることで病の領民たちを癒したという伝承が脳裏によみがえる。もしかしたらテオドーラの母方の家系は、その古代の王家にも連なる血筋なのかもしれない。

 

「……ああ、これはいい」

 

 ルーファスはホッとした表情で言った。

 

「テオドーラ姫、ありがとうございます。痛みが和らぎました」

「とんでもないです。わたくしの癒しの手は、いまは亡き母に比べれば、まだまだ未熟で……」

「なにをおっしゃる。まるで矢が抜けたかのようです」

「それはよかったです」

 

 ゆとりが出てきたのか、ルーファスは笑顔で軽口を言う。テオドーラは傷口に癒しの手を押し当てながら嬉しそうに微笑んだ。

 ほどなく痛みから解放されたルーファスは寝息を立てて眠りについた。

 癒すという行為は意外に重労働なのだろうか、額に汗を浮かべていたテオドーラは、ホッとした様子で掌を傷口から離した。

 モイラはルーファスに布団を掛けながら、領主の娘に礼を言う。

 

「お姫様……助かりました」

「レスピニスの呪いが消えたわけではないので、気休めでしかないのですが……」

 

 テオドーラは、少し悔しそうに表情を曇らせた。

 高貴な生まれにもかかわらず、なにかというと自身を卑下するテオドーラの態度に、モイラは眉をひそめた。騎士だった頃に仕えていた地方貴族の人のいい笑顔を思い出し、ぎゅっと目を閉じた。

 

「……姫様、いまは私どもの感謝をお受け取りいただければ……」

「あっ、失礼しました! そうですよね、ありがとうございます」

 

 テオドーラは少し慌てたように礼を言った。そして申し訳なさそうに、

 

「そろそろ私は戻らなければなりません。この部屋は昨年亡くなった使用人の部屋です。それ以来、ほとんど誰も近寄りませんので、こちらでゆっくりしていただければと思います」

 

 さらにテオドーラは、自身でも黄金の矢レスピニスの呪いについても一族の伝承をもう少し詳しく調べてみると約束した。

 

「呪いを解く方法があればいいのですが……いずれにせよそれまでは定期的に治療しに参ります」

 

 そう微笑みながら言うと、テオドーラは別れを告げ、階上にある自室へと戻って行った。

 モイラは、ため息をつく。

 そして、ルーファスの眠るベッドの隅に腰掛けると、なんともいえぬ表情でじっと虚空を見つめた。

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