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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第七章 灼貌の勇者ルーファス

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第61話 クローヴィスⅡ世との面会

 やがてルーファスたち赤錆の大鴉団の一行は、領主の館にたどり着いた。すぐさま大広間でクローヴィスII世と面会する。

 初めて会うわけでもないが、改めてその端正な面貌には驚かされた。ただ整っているだけでなく、加齢による人間臭い渋みも加わって、まるで神話から抜け出してきたかのような存在感を放っている。

 美丈夫卿は労をねぎらうこともなく、その風貌に似つかわしい重厚な声色でルーファスの名を呼んだ。

 

「ルーファス」

「はい。閣下」

 

 クローヴィスⅡ世の前に跪いていたルーファスは呼びかけに応じ、一歩前へと進み出る。美丈夫卿は満足そうに頷いた。

 

「ルーファスよ、ザイオンを救え」

 

 そう言うとクローヴィスⅡ世は、威圧するようにルーファスを凝視する。

 相手が諸侯から信頼を集め民衆からも絶大な人気を誇る英雄とはいえ、貴族たる自分とはそもそも格が違うのだとばかりに尊大な振る舞いを見せるクローヴィスII世だったが、ルーファスは特に表情も変えることなく丁重に応じる。

 領主の依頼は、ザイオン市にはびこる黒躯を駆除し尽くして欲しいというものであった。それを聞いたルーファスは顔を上げると真摯な瞳で美丈夫卿を見つめた。

 

「それでは避難のご準備を」

「避難?」

 

 怪訝そうな美丈夫卿。

 ルーファスは屋敷に至る道のりで見てきた都市の惨状を領主に伝える。その上で市民への被害を最小限に抑えるべく、傭兵団以外の非戦闘民をいったん市外に避難させ、黒躯を市壁内に閉じ込めてから個別撃破する策を提案した。

 だが、領主は不機嫌そうに目を細め、ため息をこぼしながら首を横に振る。

 

「それはならぬ。偉大な先祖より受け継ぎしこのザイオンを一瞬たりとはいえ失うことは断じて許さぬ。逃げるなどもってのほかだ」

 

「お言葉ですが、いまザイオンでは黒い死体が蔓延(はびこ)るだけでなく、いたるところで発生した火災によって家を焼かれた市民が逃げ惑っております。このままでは数多くの市民が命を落とすことに——」

「……それがなんだ?」

 

 伯爵は、ルーファスの言葉を遮るように、若干いらだたしげな様子で口を挟んだ。

 

「市民は都市があればまた増える。たかだか名もない市民を千人ばかり救うために、このザイオンの輝かしい歴史に汚点をつける気か?」

「しかし——」

「くどい」

 

 クローヴィスⅡ世は、ぴしゃりと告げる。

 

「ルーファス、余は献策など求めておらぬ。やるべきことはただ一つだ。我が誇り高き騎士団を支え、このザイオンにはびこる黒き悪魔を駆逐せよ」

 

 伯爵は選択の余地も与えない高圧的な態度でルーファスに命じる。

 その言葉にルーファスは少し逡巡しながら、やがて諦めたように言った。

 

「閣下。それはいたしかねます」

 

 穏やかながら有無を言わせぬ雰囲気をはらむ言葉に、クローヴィスⅡ世の表情が固まる。

 同時に居合わせた騎士たちのあいだにも緊張が走った。

 それは赤錆の大鴉団の仲間たちも同様で、レティシアなどは露骨に顔をしかめる。

 

「ルーファス、貴様なんと言った?」

 

 苛立たしげな領主の言葉は怒気を帯びる。押し潰さんばかりの威圧的な眼光がルーファスを射抜くが、百戦錬磨の英雄は動じることなく、その視線を正面から受け止めて、ゆっくりと言う。

 

「私もザイオン市民の端くれです。同胞たる市民たちをみすみす見殺しにすることなどできません。このたびのお話はなかったことにしてください」

 

 そう言うとルーファスは立ち上がった。片膝をついているときにはたやすく思えたが、鍛え抜かれた屈強な巨躯がそれは誤りだったと周囲に気づかせる。

 領主は舌打ちを漏らした。

 

「どうするつもりだ?」

「私たちだけで避難させます」

「許さん。余に従え」

「私たちは閣下の臣下ではありません。契約と金で動く、ただの傭兵です」

 

 そう言うとルーファスはきびすを返し、大広間を出て行こうとする。

 

「ルーファス、待て!」

 

 クローヴィスⅡ世は、喉がすり切れんばかりに叫ぶ。だがルーファスの足は止まらない。うろたえるレティシアたち部下の前を振り返りもせず通りすぎていく。

 

「余を愚弄するか!」

 

 激昂した美丈夫卿は立ち上がると、ベルトに下げていた金色の棒切れのようなものを取り出した。

 絢爛豪華な輝きを放っていることを除けば、弩の矢に似たシンプルな短い矢である。

 だが、それが歴代のザイオン伯が受け継ぐ魔法の矢であることは、家臣たちにはよく知られていた。

 大広間に控える騎士たちのあいだに動揺が走る。

 そのざわめきに不穏なものを察して振り返ったルーファスの目に飛び込んできたのは、己れの背中に向けて握った黄金の矢の先端を向ける領主の姿だった。

 

「レスピニスよ、我が敵を打ち倒せ!」

 

 領主がかすれた声で絶叫する。

 その刹那、美丈夫卿の掌の中にあった黄金の矢は、まばゆい光を放ったかと思うと、空気を切り裂く轟音とともにルーファスめがけ飛翔した。雷光の如きその速度は長弓から至近距離で放たれた一矢すらもはるかに超えるものだった。

 当然不可避のように思えたが、ルーファスは驚異的な反射神経で身をひねり、すんでのところで黄金の矢の射線を躱す。だが黄金の矢は空中でその軌道を変え、後を追うようにルーファスへ再び迫ると、その分厚い胸板へ勢いよく突き刺さった。

 

「——っ⁉︎」

 

 その衝撃で床に倒れ込むルーファス。

 相当の深手だったのだろう、あの屈強な肉体を誇る英雄が起き上がることもできずに横たわったまま激しい痛みに悶えていた。その口からは手負いの獣にも似た激しい息遣いと苦悶の声が漏れつづけていた。

 

「ルーファス!」

 

 モイラが叫びながら素早く駆け寄る。

 レティシアも立ち上がるが、すぐにルーファスのもとに駆けつけることなく、油断なく大広間のなかをすばやく見渡した。

 

「騎士たちよ、反逆者を捕らえよ!」

 

 美丈夫卿の厳しい声が大広間中に響く。その声に呼応するように騎士たちが剣を抜き、ぐるりとルーファスたちを取り囲む。

 あまりに突然のことに、主君の命に従い剣を構える騎士たちの間にも動揺が広がっていた。

 レティシアは大きくため息をつくと、やがて気を取り直したようによく通る声で鋭く叫んだ。

 

「われらは赤錆の大鴉団ぞ! 油断めされるな!」

 

 その声に騎士たちの視線が一気にレティシアに集まる。

 それを見たモイラは、ルーファスの身体を肩に担ぐと、大広間の壁に向かって脱兎の如く駆け出した。気づいた騎士が押しとどめようとするが、モイラは右手に握ったグレイブを一閃、その進路から強制的に排除する。

 

「逃すな!」

 

 領主は声を荒げて騎士たちに指示する。

 だが、モイラが向かうのは領主の館にふさわしい堅牢な石造りの壁である。そこには窓はもちろん換気のための穴すらも空いていなかった。

 逃げるどころか、むしろ壁ぎわに追い込まれているようでもあった。

 騎士たちは、その退路を塞ぐように移動しながら、無双の怪力で知られる”旋風のモイラ”の一撃を警戒しつつ、じりじりとその包囲網を狭めていく。

 だがモイラは大広間の片隅にたどり着くと、一切躊躇することなく行く手をさえぎる石壁に強烈な蹴りをかました。激しく壁を蹴る音とともに建物全体がわずかに揺れた。

 思わず騎士たちは顔を見合わせる。なにかとんでもないことが起ころうとしていることに、うっすらと気づきはじめていた。

 モイラは再び壁を蹴る。

 渾身の力を込めた蹴りによって、けたたましい音とともに積み重ねた石が弾けるように飛び散った。日の光にさらされたことのない大広間の床に明暗が生まれ、外の新鮮な風がさっと吹き込んできた。

 あっけに取られる騎士たち。

 自分が追い込もうとしていた相手が、いかほどの怪物だったかを知り、勇猛果敢を自負する騎士たちもさすがに震え上がる。

 それは美丈夫卿すらも例外ではなく、彫刻かと錯覚させる美しさのまま、呆然と大口をあけている。だが、すぐに我に返り、唖然とする臣下らに指示を飛ばす。

 

「なにをしてる! 捕らえよ!」

 

 しかしモイラはそんな騎士たちを顧みることなく、ルーファスを抱きかかえたまま躊躇なく壁にあいた穴から外に飛び出した。

 

「二階だぞ⁉︎」

 

 どよめきながら駆け寄る騎士たち。穴から覗くと、何事もなかったように着地したモイラは、ルーファスのたくましい体躯を担いだまま、どこかへと走り去っていく。

 

「逃げたぞ! 追え!」

 

 穴から首を出したままの騎士が吠えるように叫ぶ。その声に促されるように数人の騎士がバタバタと大広間から出ていった。

 そして残る騎士たちが、赤錆の大鴉団でひとり取り残されたレティシアを取り囲む。

 突きつけられた剣の切先を眺めながら、レティシアは大きくため息をつく。

 そして「わかった、わかった」と言いながら手を挙げた。

 

「武器は持ってない。なんなら改めてもらってもいい」

 

 先頭の騎士がちらりと領主に視線を向ける。不機嫌そうな領主は小さく横に首を振った。それを合図に騎士たちはさらに包囲の輪を狭める。

 ふたたびレティシアは、ため息を漏らした。

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