第6話 東京、宏基の朝
木村宏基は重い瞼を開け、そして部屋の片隅に設置されたベッドの上に横たわる自分の存在に気がついた。カーテンの隙間から差し込む初夏の日差しは、狭いワンルームマンションの室内を昼間の気配で充満させていた。
極度の口の渇き、そして頭蓋骨ごと締めつけるような頭痛に顔をしかめる。
典型的な二日酔いの症状だ。
全身の倦怠感から逃れたくて、宏基は深いため息とともに身を捩る。そして、眼前にある外尾燐の素顔を見つけた。
「おはよう」
目が合うと、燐はいたずらげな笑顔を浮かべ、舌っ足らずな声をかけてきた。宏基は驚愕の声を上げそうになるのをすんでのところで押し止まる。
「お、おは、よ……う?」
動揺に声を上ずらせ、それでも律儀に挨拶を返す宏基。 その様子に、燐はくすりと笑った。
いつもサークルの集まりで見ているような化粧が施され、さらに黒縁メガネで守られた顔ではなく、毛穴やくすみもある生の素顔。それが互いの息の強弱すら感じられるほどの至近距離にあることで、さらに生々しい肌感が飛び込んでくる。
敷布団によって寝乱れた髪の毛が、今この瞬間が建前のない空間であることを証明していた。それは燐の日常という、宏基にとっての非日常であった。
「よく寝てたね」
燐は隣にいる宏基の方を向いたまま、嬉しそうに顔をほころばせながら囁きかける。
「……うん。飲み過ぎた……」
宏基は、うんざりといった風に言い放つ。
燐は身体を揺らしながら小さく笑った。
その動きに身体の上に掛けられていた羽毛布団が揺れる。するとふいごのように、ふたりが首を出す布団の隙間から燐のまとっていた空気が押し出され、宏基の鼻腔をくすぐった。
甘い香りが、宏基の不快感をゆっくりと和らげていく。
胸いっぱいに匂いを取り込みながら、宏基は自問自答した。
なんで燐がいるんだ?
しかも同じベッドに……。
平静を装いつつ、宏基は必死に記憶を呼び起こしていった。




