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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第六章 城砦都市ザイオン

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第57話 宿屋での報告会

 爆笑する神官に見送られながら、リィン神の神殿を後にしたフィンは、神官に教えられた道を進み、ナタリアが指定した中央広場にたどり着いた。

 折しも、ちょうど日没を告げる晩課の鐘がザイオン中に鳴り響く。

 以降は夜の時間だ。

 


 

「フィン! こっち!」

 

 先に広場で待っていたダーシーが手を振る。その隣ではフードをかぶったナタリアが無表情でパイプをふかしていた。

 

「あれ、ジーンは?」

「宿を探しに行ってる」

「そっか」

 

 中央広場の周囲には、ザイオン市の政治をつかさどるにふさわしい質実剛健なたたずまいの市庁舎のほか、歴史を感じさせる古めかしくも立派な装飾の施された建物がいくつも立ち並び、ここがザイオン市の中心であることを語るまでもなく示していた。

 門前に衛兵が警護する建物は、おそらくは都市貴族などの名士の屋敷なのだろう。ナタリアによれば、この近くにルーファス率いる赤錆の大鴉団(ラスティ・レイブンズ)が拠点としている屋敷もあるらしい。

 ここからさほど遠くないところに転生前の親友、稜太郎がいることを思うと、フィンの頬は自然と緩んでしまう。いぶかしむダーシーに「どうしたの?」と尋ねられ、フィンは「いや、別に」とお茶を濁した。

 その会話を聞いていたナタリアが突然、豪快に笑った。

 

「どうやらお楽しみだったみたいだな。まあ、ザイオンは娼館も多い。詳しい話は宿で聞こうか」

「ちょっ……!」

 

 ナタリアはそう言うと、フィンに反論する間も与えず、スタスタと歩き始めてしまった。

 ダーシーは、物心ついたときからよく知る年上の幼馴染を、異物でも見るかのように、切れ長の目をさらに細めて向けてくる。フィンはいたたまれず「いや、違うんだよ?」と言いながら、慌てたようにナタリアの後を追った。

 ジーンが押さえてくれた宿は、中央広場から少し離れた場所にあった。競合する宿は少なくないにもかかわらず、ザイオンを訪れた旅の商人や巡礼者などで賑わっている。これが竜骨山脈以北で最大の商業都市と称されるザイオン市なのだろう。

 一行は、酒場としても賑わう宿の食堂で夕食を取ることにした。

 名物は、ザイオン周辺で取れる野菜と一緒に豚肉を煮込んだ塩味のスープらしい。分厚い玉ねぎのような見た目だが、柔らかく炊かれた蕪や大根のような滑らかな食感を持つ、不思議な野菜だ。

 コルト村やハント市周辺では見たこともない食材にフィンは久しぶりに異世界を感じ、胸を躍らせた。

 

「マルテスっていう野菜だ。土地が荒れてても育つ、このザイオンのシンボルみたいな野菜だ。領主のダンクルト伯爵家の紋章にも描かれている」

 

 ナタリアが説明してくれた。ジーンとダーシーも知らなかったらしく、へえと感嘆の声をあげる。

 

「ザイオンが発行する金貨にも、このマルテスは描かれているくらいだ。……ちょっと待ってろ」


 そういうとナタリアは、ポケットに入っている硬貨をバラバラとテーブルの上にばら撒いた。しかし、どれも銅貨や銀貨ばかりでお目当ての金貨は見当たらないらしい。

 ふとフィンは思い出して、腰にぶら下げていた巾着から一枚の金貨を取り出した。

 数年前にレンヌ村跡地に近い丘陵で、騎士ローランからもらったザイオニア金貨である。

 

「おお、それそれ! ほれ、ここに描かれてるだろ?」

 

 ナタリアは金貨を受け取ると、なぜか得意げに金貨に描かれた野菜のレリーフを披露する。

 

「しかし、ザイオニア金貨なんかよく持ってたな。これ一枚で、一般市民なら半年は暮らせるぞ?」

「たまたま、ね」


 フィンは、ザイオン事情にも詳しいナタリアに対して、騎士ローランの名前を出すことをなんとなく躊躇い、言葉を濁してしまう。

 ナタリアはそれほど興味がないのか、そんなフィンの態度に違和感を示すこともなく、押し付けるように金貨を返すと、傍らにいる愛弟子へと視線を向けた。

 

「それでダーシー、ギルドの方はどうだった?」

「はい、先生」

 

 ナタリアの問いに、ダーシーは、少しかすれた低い声ではきはきと答えた。

 

「先生が用意してくれた学院長の書状を見せたら、あっという間でした」

「そりゃよかった。あんな爺さんでも役に立つもんだな」

 

 そう言うと、学院講師のナタリアは、さもおかしそうに下品に笑った。

 最大限の敬意を込めてシンプルに「賢者」と呼ばれる伝説的な魔法使いの高弟であり、伝統あるハントの魔術学院のトップも、ナタリアからすれば気のいい爺さんにすぎないらしい。ダーシーは困ったように眉を寄せながら愛想笑いを浮かべた。

 

「で、ジーン、お前はどこ行ってたんだ?」

「スラムだよ」

 

 ダーシーとは真逆の愛想のかけらもない返事をしながら、ジーンはスープに入っていた豚肉の塊に苦戦しながら咀嚼している。そもそも頬張りすぎなのだ。

 

「収穫はあったか?」

「まあね」

 

 ようやく肉の繊維質を嚥下したジーンが、ひと息入れながら答えた。

 

「赤錆の大鴉団についても聞いてきたよ」

 

 ナタリアやダーシーには伏せているが、野盗時代の経験を活かし、貧民や犯罪者などの訳ありの者が集まる酒場で情報収集をしてきたジーンは得意げに言った。

 最近のザイオン市内は、リーヴィル門前の宿屋でハーフィット族の煙草屋が言っていたとおり、アカメの流入によって急激に治安が悪化しているらしい。その反動から犯罪への締めつけも強化され、巡回する自警団と市民とのあいだのいざこざも増えているという。

 

「いまのところ、領主であるダンクルト伯爵の配下の騎士や、赤錆の鴉団の傭兵たちは静観しているみたいだけど、状況によっては市長からの依頼によって治安維持に乗り出す可能性もあるってさ」

 

 その可能性に貧民窟の犯罪者たちは怯えているらしい。

 特に騎士団よりも練度が高いと評される赤錆の鴉団は、その腕っぷしだけでなく、お堅い騎士たちに比べても市民生活の裏まで熟知していることから、いざとなれば熾烈な摘発もおこなわれるのではないかと考えられているらしい。まさに戦々恐々といった様子だった。

 

「なに、騎士よりも傭兵のが強いっていうの?」

 

 呆れたようにダーシーが言った。

 ジーンはうなずく。互いに憎まれ口を叩くナタリアと違って、ジーンは基本的にダーシーには素直だ。

 

「赤錆の鴉団は、ここ最近の大規模な戦いには必ず駆り出されているから、実戦経験は半端ないみたいよ。それに比べて伯爵の騎士様たちは訓練中心だから、いかに装備が良くても……ってのがだいたいの意見だった」

 

 フィンは相槌を打ちながら、七年前、レンヌ村にほど近い丘陵地で出会ったローランという中年騎士のことを思い出していた。一緒にいた若い騎士も含めて、その堂々たる姿は、いかに歴戦の勇者といえども簡単に打ち倒せそうではなかったが、はたしてどうなのだろうか。

 ジーンは言葉をつづける。

 

「なによりも、赤錆の鴉団の副団長ってのがやばいらしい」

 

 ジーンが話を聞いた事情通いわく、赤錆の鴉団の台頭は、副団長「覇王レティシア」の功績によるものが大きいという。レティシアの指揮する部隊と戦ったこともあるという元野盗の情報屋は、レティシアのことを魔神の生まれ変わりだと青ざめた顔で語っていたらしい。

 

「またレティシアかよ、誰だよ、そいつ……」

 

 ナタリアは不満げにつぶやいた。

 ジーンは軽やかに笑う。

 

「まあ、すぐ会えるだろ。とにかく治安が悪くなっているのは本当らしくてな、俺が帰るときも、貧民窟の水路にまっ裸のアカメの死体が浮かんでたってことで、駆けつけた自警団が住民どもと言い争っていたんだよな。物取りの犯行らしいが、俺たちもいつ巻き込まれるかわかったもんじゃねぇな」

 

 フィンは「そうだね」と言いながら、乾いた笑いを漏らした。下手なことを言えば、勘のいいジーンには見抜かれてしまうだろう。

 

「で、フィンはどこ行ってたの?」

 

 そんなフィンの内心の動揺など知るよしもなく、ジーンが話し終えたのを見計らって、ダーシーがやや問い詰めるような口調で尋ねてくる。

 

「どこって……フェリシア教の孤児院に行ってたんだけど……」

「孤児院? なんで?」

 

 事情を知らないナタリアが不思議そうに尋ねる。だが、ダーシーはすぐにピンときたようで、

 

「以前修道士の人が言ってたレンヌ村の生き残りのとこ?」

「そうそう。施療院じゃなくて孤児院っていうから、どんなもんか見てみたくてね」

 

 ダーシーの質問に対し、微妙にはぐらかしながらフィンは当たり障りのない回答を返した。

 

「なんだよ、本当に娼館じゃないのかよ⁉︎」

 

 ナタリアはひどくつまらなさそうに言う。そして、ふと思いついたように、

 

「ザイオンの娼館はレベルが高いっていうぞ。赤錆の鴉団の傭兵たちもよくお世話になっていたようだし。良かったら紹介しようか?」

 

 と、よからぬことをたくらむような笑みで提案してくる。

 すぐさま「俺にも!」と言い放ったジーンは、次の瞬間には隣に座るダーシーに耳を引っ張られ、フィンは苦笑とともに丁重にお断りした。

 

「なんだ、つまらんな。そういう年相応の性的衝動みたいなのは、おまえにはないのか?」

 

 呆れたようにナタリアが言う。ジーンは「俺もそれが気になってたんだ! ぶっちゃけどうなんだよ?」と珍しくナタリアに同調し、問いただしてくる。

 集まる視線にフィンは、露骨にうろたえる。

 

 ありていに言えば、ないわけではない。

 だが、前世の記憶を持ち、転生前の恋人の手によって生まれ変わったという事実が、思った以上にフィンを縛りつけていた。

 

「いや、ないわけじゃないけど……」

「なんだよ、だったらなんで娼館行かないんだよ?」

「いやいやいや、おかしいでしょ? なんで娼館に行くのが当たり前みたいになってんのよ?」

「それなら、ダーシーでもいいんだぞ?」

 

 そう言い切ったナタリアの顔は真っ赤に紅潮していた。照れてるわけではない。したたかに酔っているだけだ。

 同じように顔を赤く染めたダーシーが「先生‼︎」と叫ぶ。爆笑するジーン。

 フィンは困惑した表情で、大きくため息をついた。

 

「俺たちは、それこそダーシーが赤ん坊の頃から知ってる、兄妹みたいなものだから」

「なんだ、つまんないの」

 

 ナタリアは、ひひひと卑しい笑い声を漏らした。

 

「そういうナタリアは、なにやってたんだよ? 薄焼き菓子は食ったのか?」

 

 ジーンがぶっきらぼうに尋ねる。なにげに気を遣って話題を変えてくれたのだろう。感謝しながらフィンはナタリアの答えを待った。

 

「食った、食った。やっぱ最高だったな。久しぶりだったが、これっぽっちも期待を裏切らない。今度おまえたちも連れてってやるよ」

 

 ナタリアは満足そうに微笑みながら言った。

 

「そうそう、そこの店は赤錆の大鴉団の連中とも懇意にしててな、主人に聞いたら、いまは遠征もなく、ルーファスもザイオンにいるらしい。さっそく明日、赤錆の大鴉団の屋敷に行ってみよう」

 

 そして「あたしも、その自称覇王とやらに会ってみたいしな」と不敵に微笑んだ。

 夜、たくさんの寝台が設置された大部屋に、見ず知らずの旅行者たちと肩を並べて横たわりながら、フィンは寝つけずにいた。

 



 ようやくルーファスに会える。

 転生後に偶然にも再会した旧友を追って、ここまで来た。

 コルト村で剣を交えたのは、もう四年も前になる。

 あれから生まれ育った村を離れ、傭兵となり、ジーンやダーシーと数々の冒険を乗り越えてきた。死を覚悟することもあった。

 すべてのきっかけは、ルーファス、いや遼太郎であった。

 いまとなっては、近隣の英雄となった前世の親友を思い、これからは傭兵団の一員として働くのも悪くないかと夢想する。

 やがて、周囲の見知らぬ寝息といびきに包まれながら、フィンは夢のなかに落ちていった。

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