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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第六章 城砦都市ザイオン

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第55話 リィン神殿

 フィンは、なんとかスラムから抜け出し、ふたたび神殿や寺院の集まる一画へと戻ってきた。

 立ち並ぶ建物にどことなく見覚えがある。

 なんとなくフェリシア教の孤児院に近づくのは気が引けて、そのあたりを迂回するように大通りを進んでいく。日没までには集合場所である中央広場とやらにたどり着かねばならない。

 まだ全然時間はあるが、少なくとも場所だけでも把握しておきたかった。

 フィンは通行人に中央広場への道順を尋ねながら、宗教施設が集まる広い路地を進んでいく。

 それにしても数が多い。

 信仰される神の違いだろう、その建築様式もさまざまであった。

 やたらと尖塔を建てまくっている豪快一辺倒の教会もあれば、とにかく微細な意匠をびっしりと壁一面に隙間なく飾る、見てるだけでも肩の凝りそうな寺院もある。

 十七年生きてきて、この世界の宗教事情にもある程度は詳しくなったつもりだったが、それでもまだまだ知らない神がいるようだ。

 好奇心に駆られたフィンは、いろいろな建物を眺めながら歩いていく。そして、ふと、長い髭を生やした頑固そうな老人の顔のレリーフが施された小さな神殿の扉の前で立ち止まった。

 

「え?」

 

 思わず奇妙な声が漏れる。

 扉には、老人の顔の上部に大きく「偉大なるリィン神」という言葉が刻まれていた。

 しばらく理解が追いつかず、扉を凝視しながら硬直するフィン。

 これは、あの「リィン神」なのだろうか?

 浮き彫りされた、いかめしい顔つきの髭面の老人とじっと見つめあった。

 ハント市はもちろん、いままで訪れたいくつかの自由都市でも、一度もリィンの神殿は見かけたことがなかった。なんとなくこの世界では知られていない神なんだと思うようになっていたくらいである。

 なにせ、この世界では否定されている「転生」をつかさどる神なのだから。

 まさか神殿があるとは想像すらしていなかった。

「たまたま名前が同じだけとか?」

 底意地の悪いサンタクロースのような老人男性のレリーフを見ながらフィンはつぶやくと、真偽を確かめようと扉を開けて、神殿のなかに足を踏み入れた。

 扉の内側は、外観から想像したままのこじんまりとした狭い空間であった。正面に見知らぬ老人の石像が険しい表情で虚空を見つめている。どうやらこのおじいさんが「リィン神」であることは間違いなさそうだった。

 聖堂内を掃除をしていた神官が、突然の訪問者の姿に驚いた表情を向けてくる。狭い空間に一人きりだった神官のその表情が、ふだんの来訪者はそれほど多くないことを物語っていた。

 

「なにか……ご用ですか?」

 

 女性かと思っていた小柄で線の細い神官から、声変わり前の少年のような男のうわずった声が出る。それによってこの神官が男性だったことをフィンは知った。

 

「えーと……こちらはリィン神の神殿?」

「はい、そうですが……」

 

 神官はなにを当然のことを、と言わんばかりの表情を向けてくる。なにせ扉にでかでかと書いてあるのだ。そう思われてもしかたない。

 それでもフィンは視線に負けず言葉をつづけた。

 

「リィン神ってのを知らなかったんで話を聞いてみたいな、と思って。こちらのリィン神ってのは、どういった神様なんですか?」

「……そういうことですか」

 

 童顔の神官は、安心したように相槌を返すと、表情を聖職者らしい柔和な笑みに切り替えた。

 

「リィン神は、鍛冶を司どる神です」

「……鍛冶? 鍛冶神って火神ルチアーノじゃなかったっけ?」

 

 フィンは、鍛冶屋であったエリックの工房に飾られていたルチアーノ神の石像を思い出しながら尋ねた。神官は慇懃たる様子で頷きながら言う。

 

「はい。ルチアーノ神も鍛冶を司っておりますが、それは火を統べる神として、鍛治にとって重要な要素である火を守ってくださっているのです。リィン神は鍛冶そのもの——岩石や木炭から金属を取り出し、新たに別のなにかを生み出す営みそのものを司っているのです」

 

 そして「あまり知られていませんが」と残念そうに付け足した。

 フィンが礼を伝えると神官はふたたび笑顔を向け、ゆっくり礼拝していくようにと告げ、そのまま礼拝堂を出て行ってしまった。

 確かに狭い空間である。神官とふたりではお互いに多少の気まずさも感じるであろう。その気遣いに感心しながら、ひとり残されたフィンは改めて聖堂のなかを見渡した。

 とりあえず狭い。フィンが生まれ育った水車小屋のほうが、まだいくらか広いくらいである。

 ただ、神殿というだけあって壁や天井、そして床なども、丁寧に切り出されたであろう石材が隙間なく組み合わされ、質素ながらも清潔感のある空間を作り出している。

 正面には祭壇があり、フィンの背丈よりも若干大きめなサイズのおじいさんの石像が立ち、眉間にしわを寄せた厳しい視線をフィンに向けていた。

 

「リィン神……ねぇ……」

 

 フィンは困惑したような声を漏らす。

 転生前の恋人であった燐とは当然、似ても似つかない。髭なんか生えてない。そもそも性別も違う。

 唯一似ているところがあるとすれば、その視線だけであろう。

 なにかをじっと見据えるような、底知れぬ奥深さを湛えた眼差し。

 ときおり見せることのあった燐のその瞳に、フィン、いや宏基はなんとなく人知を超えた知性のようなものを感じていた。とはいえ、まさか本当に神になるとは思ってもいなかったが。

 転生前の、燐と過ごした日々の記憶がよみがえり、十七歳のフィンの胸のうちを焦がす。

 脳裏に転生神となった金髪のリィン神の肢体がよぎり、それはすぐにミアやダーシーの顔へと置き換わった。息が詰まるような感覚に襲われ、フィンは大きく息を吐いた。

 そのとき、老人の石像が大きく揺らいだ。

 まるで空間そのものが歪んだようにその輪郭を曖昧にしながら、乳白色のやわらかい光が石像のあったであろう場所を中心に漏れ出てくる。

 鼻の奥を懐かしい匂いが充たした。どことなく甘いミルクのような香りは、転生神となった燐と再開したときに嗅いだ香りだった。

 やがて質量を持った淡い光のなかからゆっくりと人の姿を持ったものが現れる。その額には濃縮された強い光が、その神性を証明するかのように清らかに輝いていた。

 フィンが固唾を呑んで見守るなか、あふれ出た光の洪水はすぐに消え失せ、白い衣を身にまとった赤毛の女性の姿がそこに残された。

 現れた女性は、その人形のように整った美貌をさっそく崩して大きく伸びをすると、

 

「あー、しんどかった!」

 

 と、ぶっきらぼうな口調で言い放った。そして豊満な胸のふくらみを揺らしながら祭壇の上にどかっとあぐらを組んで座りこむと愛嬌たっぷりの笑顔でフィンに微笑みかける。

 

「ごぶさた〜」

 

 あまりのことにフィンは目を白黒させ、しばし言葉を失った。

 やがて、思い出したかのように、

 

「あんた、フアナと同じ天使の人?」

 

 と尋ねた。

 

「そうだよ。人じゃないけど」

 

 おかしそうにくすくすと笑う。そして、改めて自身の名を告げた。

 転生したあの日、リィンの神域で会った神使のうちの一柱、アーシアであった。

 フィンは少し安心したようにアーシアに話しかける。

 

「ここは燐の神殿でいいのかな?」

 

 視線の先には、例の見知らぬ老人の石像がある。アーシアは、察したように笑った。

 

「そうだね。わが主の神殿で間違いないよ。まあ、あまりにも転生という概念がこの世界にそぐわなさすぎて、いつのまにか鍛冶の神様ってことになっちゃったけど、本当は鍛冶神は別にいらっしゃるから、ね」

「ルチアーノ神?」

「そんな小物じゃなくて正真正銘の鍛冶神。すべてのものを生み出した万物の父であり母であるお方」

 

 アーシアは感情豊かな顔をしかめて、少し憤るように言った。

 アーシアによれば、地上では至高神アストリッドの影響が強すぎて、ほかの神々の存在が希薄になりすぎているという。その結果として、リィン神のように、別の神々と混同されたり、習合されたりするケースも数多く見られるというのだ。

 

「でも、まあ、リィン様はあまり気にしてないみたいだけどね」

 

 と、アーシアは老人の石像を見つめながら言った。かく言うアーシア自身もどこか他人事のようだった。

 これが超越的な存在からの、有限の存在に対する基本的な態度なのだろう。つまりはひたすらに他人事なのだ。

 これが「そもそも違う」ということなのだろう。

 フィンは地を這う昆虫や草木に対する自らの態度を想像しながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

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