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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第六章 城砦都市ザイオン

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第53話 フェリス神の博愛

「我が神フェリスはすべての隣人への愛を説いています。亜人もひとりの隣人です。そこに差などはありません。ほら、次に鬼をする子は、顔は見えませんが、ドワーフの女の子ですよ」

 

 鬼を交代したドワーフ娘は、さすがに障害物にぶつかるのが怖いのだろう、両手を前に差し出しながら、恐る恐るといった様子で足を進めていく。他の子どももさきほどとはうって変わって、鬼のまわりを取り囲み、ときには挑発するように急接近しながら、わいわいと囃したてて鬼の追跡を楽しんでいた。

 

「……アカメってことは、いくら布をかぶっても目隠し鬼にならないでしょ?」

 

「そうですね、多少は見づらくなるようですが、それでもあの子が鬼になったときだけは、目隠し鬼ではなく、ふつうの鬼ごっこにルールが変わります。……それにしても、カーレット族の目は本当にすごいですね。注意するように言ってはいるのですが、まだまだ子どもなので、たまに遊びに熱中しすぎて瞼を開けてしまい、被った布がパッと燃え上がってしまうこともあります」

 

 ミアはくすくすと愉快そうに笑う。

 子どもながら、視界に入ったものすべてを一瞬で焼き払うというアカメの熱線は健在、ということだろう。

 だが、布が燃えるだけではなさそうだ。

 よくよく観察してみれば、孤児院の壁のところどころは焦げたように黒ずみ、遊んでいる子どもたちの顔にも、うっすらと火傷の痕らしきものが残っている。

 ひきつった笑みを浮かべ、フィンは恐る恐る尋ねた。

 

「もしかして、子ども同士のケンカとかも?」

 

 ミアは聖母のような微笑みとともに答えた。

 

「もちろんありますよ。それが子どもですからね。本当に目が離せません」

「……アカメの熱線はやばいって聞くけど……大変じゃない?」

 

 その問いに、ミアは不思議そうに首を傾げた。

 

「そうでもないですよ? 子どもたちも加減はわかっていますし、よほどのことがないかぎりは私もケンカは止めません」

 

 フィンは「なるほどね」とつぶやいた。

 大人の思いどおりにコントロールするのではなく、子ども同士の自主性に任せている、ということだろう。

 実際に、なかなか他の子どもを捕まえられないドワーフ娘が業を煮やして癇癪を起こしたらしく、なにやら大声でどなり散らしながら頭に巻きつけていた布を地面に叩きつけたが、ミアは遠くから見守るばかりで駆け寄って慰めようともしなかった。

 その代わりに、周囲で騒いでいた子どもたちが遊びの手を止め、すぐさまドワーフの幼女のもとへと集まり、いちばん年長らしき人間族の子どもが頭を撫でながら優しく慰めていた。

 最年長とはいえ、まだまだ未就学児とでも呼ぶべき子どもである。その自立した姿にフィンは素直に驚いた。

 放置ではなく、待つ、ということだろう。

 陰湿な種族だとナタリアに断言されたアカメの子どもですらも、少し離れた場所で不安そうにその様子を眺めている。

 ミアの、この世界としては常識外れな教育手法の数々に触れたフィンは、改めて彼女のなかに前世の記憶が残っているのではないかとの疑いを強めていた。それは、前世に学んだ保育技術だけでなく、たとえば宏基や遼太郎と共に過ごした古武道サークルの日常についての記憶も含まれるのかもしれない。

 その記憶を呼び覚ます鍵はなんだろう?

 たったそれだけの願望がどれだけ困難な道なのかをフィンは知らない。だが、知らないからこそ信じるしかないと思った。

 胸をぎゅっと抑え込んでくるような無力感に、フィンはゆっくりとため息を漏らした。



 そのとき、子どもたちの輪から離れた庭の片隅で、ふらふらとただようように歩きまわっている子どもの姿に気がついた。

 背格好は、ようやく歩き出したくらいの、人間でいえば二歳くらいの大きさだが、ぶかぶかのローブに身を包み、目深にフードもかぶっているため、その詳細はわからない。ただ、その背の低さとバランスを欠いたぎこちない歩き方から、まだ子どもたちの集団に加わるには幼すぎるのだろうと察した。

 そのあどけなさにフィンが頬を緩めたとき、幼子は引きずっていた裾を踏みつけたのか勢いよく転倒した。思わず声を上げるフィン。だが、かぶっていたフードが外れ、その下に見慣れた顔を見つけたフィンは、ガツンと殴られたような衝撃を受けた。

 

「……ゴブリン?」

 

 思わず口に出してしまう。

 全身から汗が吹き出し、背筋にぞくりと緊張が走る。フィンは反射的に身構えた。

 その声を聞いたミアも驚いたように振り返り、そして、起きあがろうとする幼いゴブリンの姿に気がつくと、安心したような表情で優しく微笑んだ。

 

「ご心配なく。あの子も我が神の庇護下にいる可愛い子どもです」

 

 ミアはそう言うと、ローブに身を包んだゴブリンの子どもに向かって「フローレンス、大丈夫?」と声をかけた。立ち上がったゴブリンは、ミアの声に反応し、言葉はないものの、とろんとした焦点の合わない瞳を向けた。

 

「……攻撃性が高いのでは?」

「毎日、特別なお薬によって精神の静寂を得ています」

「……特別な……?」

 

 ミアは黙ってうなずいた。

 フィンの背筋を寒いものが走る。

 

 ——それって意志を奪って、強制的におとなしくさせているだけではないのか?

 

 胸の内にざらざらとした違和感が残る。ひょっとしたら、暴力で言うことを聞かせるよりも酷いことなのではないか、とフィンは感じていた。

 なんと言えばいいのだろう。逡巡しながらフィンは問いかける。

 

「ゴブリンは、亜人というよりモンスターだよね?」

「神の前ではすべてが、か弱き存在です」

 

 ミアは修道女らしい敬虔な笑みをもって答えた。

 

「でも、ゴブリンは言葉が通じないよね? 理解しあえない存在じゃないの?」

「ドワーフ族やエルフ族、さらに人間であっても遠い異国の人間とは言葉が通じませんよね? 彼らと何が違うのでしょう?」

「だって……ゴブリンには知性がない」

「あなたは赤子のころ、あらゆる本が読めて、なにごとも自分ひとりでできていたのでしょうか?」

 

 次第に熱を帯びてくる論争にもかかわらず、ミアは笑顔を絶やさなかった。すでにこのような議論は想定済みということなのだろう。

 転生したフィンといえども、赤子のころは受肉した肉体の未熟さゆえに「知性がある」といえるだけの認知機能があったとはいえなかった。あえていうなれば、赤子なりの知性はあったのだろうが、それは当初フィンが言っていたような「知性がある」状態とはほど遠いものである。

 それと同じく考えてみれば、人間がいう「知性」とは異なるものの、エルフにはエルフなりの知性があり、ゴブリンにはゴブリンなりの知性があるといえるのだろう。

 フィンは、いろいろな考えが頭のなかを巡り、思うような反論もできずに押し黙ってしまった。

 

「ゴブリン族も我が神フェリスの前では他の存在と等しい存在であり、私たちの大切な隣人です。いまはまだお薬が必要ですが、いずれ神の御心に気がつくときが来るでしょう」

 

 ミアは、満足そうに微笑んだ。

 その笑みは、身にまとう修道服の雰囲気もあって、どこかしら宗教的な狂気すらも感じさせるものであった。

 いつから、どうして、こうなってしまったのだろう。

 外見は未央のようだが、なにか別の存在がその身体を乗っ取ってしまっているかのような感覚。これを「人が変わった」と呼ぶのだろうか。

 フィンは継ぐ言葉も失い、恍惚と語りつづけるミアをただひきつった表情で見守るだけであった。いつしかその顔からは笑顔は消えていた。

 

「カーレット族でもゴブリン族でも、周囲の社会から自分が受け入れられているという愛の自覚を感じることが大切だと私は考えています。それによって、自分自身と周囲の人々の両方を尊重する気持ちが育ってくるのです。そのためにも私は、神から与えていただいた慈愛を、私だけのものにするのではなく、隣人である彼らにも分け与えていかねばならないのです」

 

 そして、ミアは「お分かりですか?」と顔をあげて微笑んだ。

 フィンは愛想笑いを浮かべると、「そうだね」とだけ言った。

 

 やがて、ザイオンに九時課の鐘が鳴り響く。隣接するフェリシア教の修道院だけでなく、ザイオン市内に点在するいくつかの寺院や神殿からも鳴らされているようだ。

 九時課は、多くの修道院で、一般市民よりもだいぶ遅いが、正餐と呼ばれる昼食を取る時間とされており、ミアたちの孤児院でも同様らしい。

 空腹に耐えかねていたのだろう、鐘の音を聞いた子どもたちは歓喜の声とともに建物のなかへと駆け込んでいく。ミアも食事の準備があるのか急にそわそわした様子を見せた。

 察したフィンは、立ち去る旨を伝える。

 ミアは、さきほどまでと同じような慈愛に満ちた宗教的な笑みを浮かべると、フィンの幸福を祈る言葉をつぶやく。

 なんとなくの気まずさを抱えたまま、フィンは別れの挨拶を告げると、振り返らずに孤児院の敷地を後にした。



 見知らぬザイオンの路地をあてもなく歩きながら、関口未央の記憶を思い返す。

 よくしゃべり、よく笑う、素直な女性だった。

 見た目は、驚くほど似かよっていたが、その内面は真逆ともいえるくらい異なっていた。

 転生神となった燐の言うとおり、宏基以外の魂は基本的には魂糸に解体されていて、未央らしい外見がミアに備わっているのは、ただの偶然の産物にすぎないのかもしれない。

 それがどれくらいの確率で起こるのかわからない。

 だが、そうするとミアは未央とはまったくの別人だということになる。

 さきほどまでのやりとりを脳内で反芻しながら、フィンはそのようなことをずっと考えていた。

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