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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第六章 城砦都市ザイオン

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第52話 修道女ミア

 仲間たちと別れ、一人になったフィンは、行き交う市民に道を尋ねつつ、フェリシア教の孤児院をめざした。探し求める孤児院は、ザイオン市の東にある寺院や教会が集まる一画にあるらしい。やがて、ザイオンでも有数の規模を誇るフェリシア教の修道院と、そこに隣接する小さな孤児院へとたどりついた。

 その孤児院は、立派な修道院の敷地を間借りするように建てられており、その遠慮がちな大きさから思わず修道院の倉庫ではと錯覚してしまうほどこじんまりとしていたが、その敷地内にある申し訳程度に庭木の生えた小さな庭は、いまも走り回る幼子たちの嬌声であふれており、その微笑ましい光景にフィンは知らず知らずのうちに頬を緩めていた。

 

 そんな子どもたちを庭の片隅から慈愛に満ちた笑顔で見守る修道女が一人立っていた。体型を隠すようなゆったりとした修道服に身を包み、頭部を純白の頭巾と濃藍色のベールで覆っている。しかし、そのわずかに露出した顔の特徴から、少女が関口未央の生まれ変わりであるレンヌ村のミアだということがすぐにわかった。端正な顔立ちにも未央の面影が残っていたが、なによりも意志の強い理知的な瞳が、未央その人であった。

 レンヌ村で初めて出会ったあの日から、十二年の歳月が経過している。その年月は祖母の腕の中で泣きじゃくるだけだった赤子を、修道服をまとった一人前の少女へと変貌させていた。

 

「——なにかご用ですか?」

 

 離れた場所からこちらを注視するフィンの姿に気づいたミアが固い声で尋ねてくる。その警戒する態度からフィンのことを覚えていないことがわかった。

 いまだ旅装のままということもあり、彼女からすれば素性の知れない怪しげな放浪者にすぎないのだろう。フィンは不審者ではないことをなんとか示そうと、できるかぎりの爽やかな笑顔を浮かべ、軽やかに近づきながら「久しぶり」と声をかけた。

 

「……あなたは?」

 

 困惑したミアは、形の良い眉をひそめる。わずかに傾けた首が、転生前の未央のよく見せるしぐさそのままであった。

 フィンは思わず言葉を失いそうになるのを必死で堪えつつ、七年前レンヌ村の外れの丘陵地で出会ったことを説明した。当時は親子連れだったことを告げると、ミアは「ああ」と小さくつぶやいた。

 

「……覚えています。お母さまとおぼしき大人の女性が騎士の皆様となにやらお話しされていましたね」

 

 ミアは少し寂しげに微笑んだ。フィンは改めて隣のコルト村から来たことを伝えた。

 

「……レンヌ村。懐かしいですね。秋になると森でたくさんの木の実を拾ったりして遊びました。いまもあのあたりは変わりないのでしょうか?」

 

 なんとか凄惨な事件から目を背けようとするが、故郷の記憶にはどうしてもあの忌まわしい思い出がつきまとうようだ。楽しかった幼き日々の思い出を語っているはずが、どうしても陰のある表情となってしまうミア。

 フィンはこのまま故郷の話をしてもよいのか多少逡巡しつつも、あえてなにも気づかなかったかのようにおどけたそぶりで話しつづけた。

 

「村のまわりは、良くも悪くも変わらないよ。うちの村の鍛冶屋のエリックなんか、毎日飽きもせず木を切り倒しているのに、森は減るどころか広がる一方さ。そのうちコルト村なんか森に飲み込まれちゃうんじゃないかって」

 

 その荒唐無稽な話にミアは頬を緩め、くすりと笑った。その反応に手応えを感じたフィンは、コルト村からザイオン市にいたるまでの経緯を、ジーンを参考にしながら軽薄な雑談を交えて語っていった。

 

「赤錆の大鴉団のルーファスさんなら私も存じ上げております。とても有名な方ですよね」

 

 フィンが「灼貌のルーファス」の名を聞きつけ、ザイオンまでやってきたと伝えたとき、ミアは曇りひとつない真っすぐな眼でそう言った。

 まさか、そのルーファスが自分自身と同じ転生者であり、前世でフィンと同じ時を過ごしていることなど露にも思わぬようである。

 

 ——やはり記憶はないのか。

 

 ミアの素直な反応に確信めいたものを感じ、そこはかとない喪失感が心の間隙を満たしていく。ありえないと思いつつも、どこかで期待していたのだろう。

 転生者の孤独を強く感じながら、フィンは少し寂しそうに微笑んだ。

 

 庭で自由を体現するように思い思いに遊んでいた子どもたちが、見慣れない人物と話し込むミアが気になったのか、次から次へとやってきては、ミアに頭を撫でられ、抱きかかえられ、やがて安心したような笑みを取り戻して、ふたたび遊びへと還っていく。

 子どもたちと話すときに、いちいちしゃがみ込んで目線の高さを合わせて会話するミアの姿に、転生前の未央が教育学部の学生で、保育園の先生を目指していたことを思い出した。

 

 記憶はなくとも、身体に染みついたなにかがあるのかもしれない。

 たとえば自転車に乗る感覚のように、それは技術でもありつつ、骨格や筋肉、神経組織などの身体が「覚えている」ものでもあるのであろう。

 転生神となった燐なら「魂に刻まれたもの」とか言いそうだと思った。

 フィンは好奇心に駆られ、ミアに尋ねてみた。

 

「子どもと話すときにしゃがみ込んでるけど、それって意識してやってるの? とても丁寧でいいなって思ってね」

 

 ミアは、その質問に目を大きく見開いた。そもそも想定すらしなかった問いなのだろう。

 

「……こうした方が子どもたちも話しやすいと思って。そういえばなんででしょうね? 気にしたことありませんでした……」

 

 戸惑いを隠そうともしないミアの素朴な反応に、自然とフィンは微笑んでしまう。前世での未央もころころと変わるその感情を包み隠そうともせず表情にあらわしていたことを思い出す。つい、慣れ親しんだ相手と話すようなリラックスした口調が漏れ出てしまった。

 

「子どもを大切にしている感じで、いいんじゃない? この世界は体罰もふつうだし、ちょっと子どもに厳しすぎるからね……」

「この世界?」

「あ、いや……そう、俺たちの住んでいるこの世界ってことね」

 

 思わず異世界を知っているものしか言わなさそうな単語を口走ってしまい、あわててフォローするフィン。幸いミアはその違和感にはあまり固執せず、むしろ体罰への憤りをあらわにした。

 

「そうなんですよ。しつけのためとはいえ、叩いたり、鞭を打って罰を与えるなんて……子どもたちは家畜じゃないんです。そのような野蛮な行為は、即刻やめるべきです」

 

 ミアは強い口調で言い切るように言った。

 むしろ懲罰が子どもを正しい道へ教え導くという考え方の強いこの世界にあって、それは異質な考えであった。フィンは、改めて前世の価値観がミアのなかに色濃く残っているように思えてならなかった。

 いつしか、ミアも前世の記憶を取り戻すのだろうか。

 また、以前のように「未央」と呼べる日が来るのかもしれない。

 そう思うと、フィンは息苦しいくらいに胸が高鳴るのを覚えた。


 


 そのとき、庭を駆けまわっていた小さな女の子が、よそ見をしていたのだろう、フィンと立ち話をつづけるミアの臀部にまっすぐ突っ込んできた。

 衝突によって転倒するほどの勢いではなかったが、まだ幼い女の子はぶつかった鼻を両手で押さえて涙ぐんでいる。

 

「大丈夫!?」

 

 驚いたミアに抱きかかえられると幼女はすぐに笑顔を取り戻し、ふたたび遊びの輪のなかへと戻っていった。

 

「へえ、目隠し鬼やってんだ」

 

 フィンは子どもたちの様子を見て、懐かしそうに言った。

 コルト村でも近所の子どもや大人たちと一緒に遊んでいた遊びだ。

 

「子どもたちが好きで、最近はこればっかですよ」

 

 ミアは、笑顔で答えた。

 コルト村では、鬼役の人物は、はちまきのような細長い布で目を隠し、周囲で囃したてる子どもたちをその耳だけを頼りに追いかけていた。だが、この孤児院では、すっぽりと頭を覆うように布をかぶり、さらに鬼以外の子どもは、鬼を取り囲むのではなく、庭のあちこちに散らばって囃し立てながらもふつうに走りながら逃げまどっている。

 あれでは到底、捕まえることなどできないだろう。

 フィンはそう心配したが、布を巻きつけた鬼役の子どもは、まるで見えているかのように、散り散りになった子どもたちを小走りで追い回し、次から次へと捕らえていった。あまりにも鮮やかな追跡劇に舌を巻いたフィンであったが、すべて捕らえ終えた鬼役の女の子が、その巻きつけていた布を取り去ったとき、愕然とした。

 

「……あの子、アカメか?」

 

 痩せこけた頬、砂のような色と質感の肌、固く閉じられた瞼……。その姿は、子どもではあるものの、以前街道で見かけたアカメことカーレット族の特徴をそのまま備えていた。

 

「ええ」

 

 ミアはこともなげに答える。

 フィンは想定外の事態にしばし言葉を失いながら、やがて絞り出すように言った。

 

「……亜人の子も引き取ってるんだ」

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