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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第六章 城砦都市ザイオン

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第50話 ザイオンへ

 目的地のザイオン市までは徒歩でおおよそ十日ほどの旅路らしい。コルト村で生まれ育ち、ハント市を活動拠点とするフィンにとっては、初めての遠出だった。

 

 転生前の知識ではあるが、江戸時代に東京と京都を結ぶ東海道五十三次は、当時の旅人の足でも半月ほどかかっていたらしい。すると、十日となるとその手前、東京から名古屋くらいの距離だろうか。

 歩いたことはもちろん、歩く想像すらしたことのない距離に、フィンは心が折れそうになる。

 だが、目的地にいるであろうルーファスとミアへの渇望が、その足取りを支えていた。

 転生してからの孤独。当事者として語り合える相手がひとりもいないという事実。

 前世で親しくしていた遼太郎と美央に会うことで、少しでもその孤独が癒されるのではないかとの淡い期待があった。

 

 フィンたちが北へと歩みを進める街道は、エルガー大森林の東端を大きく迂回し、北にある森林都市エルアを経由する。そこからさらに大陸を貫くように流れる大河オルトリアを渡し舟で越える。

 このままオルトリア川を船で遡上するルートもあったが、圧倒的に街道の方が早いというナタリアの言に従い、一行はそのままサイス伯領の北端にある都市バルティスからザイオンまでつづく川沿いの街道を歩むこととなった。

 このあたりまで来ると、ハント市周辺とは明らかに雰囲気も変わってくる。街道をすれ違う人々のなかにも、人間とは異なる風貌や文化を持つ亜人種をちらほらと見かけるようになった。

 たくさんの荷物を抱えた屈強な髭面のドワーフ族の集団や、子どものような見た目ながら満面の笑顔でパイプをふかしつつ、ちょこまかと裸足で走りまわるハーフィット族の集団ともすれ違う。いずれもフィンが初めて目にする種族たちだ。


 上空には、ハント市周辺ではほとんど見かけることのないハーピーが退屈そうにゆったりと旋回していた。

 不潔で貧相な女の姿に、ボロボロの翼と鉤爪を兼ね備えたこの醜い人型モンスターは、弱った旅人を見繕っては頭上から急襲し、哀れな被害者からその命も含めて根こそぎ奪い去ってしまうといわれている。その醜さと狡猾さから、さまざまな伝説や童話などにも憎まれ役として頻繁に登場していた。

 

「ハーピーか」

 

 ナタリアは咥えたパイプから真っ白な煙をくゆらせながら、忌々しそうに顔をしかめた。

 

「糞でもまき散らされたらかなわん。ダーシー、閃光魔法で追い払え」

「はい、先生」

 

 ダーシーは教師の指示に従い、呪文を唱えるとハーピーのすぐ目の前に閃光を炸裂させる。

 その様子を眺めていたナタリアは、少し首をひねると、

 

「詠唱のリズムが悪い。弾むように唱えるところ、じっくり力を込めて唱えるところ、もっと使い分けないと最大の効果は出ないぞ」

 

 と指摘した。

 

「はい、先生」

 

 従順にダーシーは返事をする。

 

 ナタリアが「実習」と呼んだ言葉のとおり、旅のいたるところで実践指導が繰り広げられた。優等生として学院でも実力を認められているというダーシーだが、この旅においては細かなところでナタリアからの指摘を受けている。だが、指摘された箇所に細かく修正を施していった結果、ダーシーの魔法は、素人のフィンやジーンが見てもはっきりとわかるほどの成長を見せていた。

 なるほど、魔術学院の講師とは伊達ではなさそうだ、とフィンは舌を巻いた。

 だが、ナタリアは指示と解説ばかりで自分自身はなにもしない。そういうところも教師っぽいとフィンは思う。


 バルティス市を出てしばらく進んだころ、街道から少し外れたところに所在なげにたたずむボロボロの衣装をまとった巡礼者のような集団を見かけたナタリアは、フィンたちに「あまりキョロキョロするな」と注意した。

 

「なんで?」

 

 共に旅するうちにすっかりナタリアに慣れたジーンが、まるで友人に対するような馴れ馴れしい口調で尋ねる。ナタリアも特に意に介した様子はなく「あいつら、アカメだ」と答えた。

 

「アカメ?」

 

 ジーンとフィンは首をひねりながら声をそろえた。

 ナタリアは呆れたように「なんだアカメも知らないのか? ダーシー説明してやれ」と言った。

 ダーシーの説明によれば、彼らはカーレット族という亜人種で、煌々と燃えるような真っ赤な目を持つがゆえ、半ば蔑みも込めて「アカメ」と呼ばれているらしい。

 その眼に備わった視力があまりに強力すぎるため、その視線は見たものを焼き払う熱線へと変貌してしまう。それゆえ普段は瞼を閉じて生活しているらしいが、それでもその強すぎる視力は瞼越しでも正確に周囲を認知できるほどだという。

 陰険な性格ゆえ、頻繁に周囲の人々とトラブルを引き起こしており、異種族からは厄介者として嫌われている。そのため各地を転々と漂泊することが多い種族らしい。

 

「目が合うと絡まれるぞ。アカメは厄介だ。相手にするなら、それなりの覚悟が必要だぞ」

 

 ナタリアは語気を強めて警告した。

 視界に入ったものを一瞬で焼くアカメの熱線は、戦いにおいて恐るべき殺戮兵器と化す。多少の火傷程度で済めば幸運だったと言われるだろう。

 ナタリアに促されるがままにフィンたちは、アカメの集団を、まるで見えていないかのように無視するとザイオンへと歩きつづけた。目を閉じたままのアカメたちは、なにを考えているのかわからない表情で街道に顔を向け、ぼんやりと立ち尽くしていた。

 

 旅そのものは順調に進み、追い剥ぎに絡まれることもなく、ハント市を出発して八日後には、ザイオンまであと一日ほどの距離まで到達した。夜も迫ってきたため、その日は街道沿いにある村へと泊まることとした。

 故郷のコルト村にどこか雰囲気の似ているこじんまりとした農村。そこで唯一の酒場が行き交う旅人に寝床を提供する宿にもなっていた。

 夕食を取っていると、村の農夫が見慣れぬ旅人への興味を隠しきれずに話しかけてくる。村に生まれ、村で死ぬことがあたりまえの彼らにとって、たまに訪れる旅人から村の外の話を聞くことは、有益性もさることながら、この上ない娯楽でもあるのだ。

 フィンたちは質問に答えながら、遠く離れたハント市の様子や、旅の最中に見聞きしてきたこと、さらには傭兵稼業についても語っていった。

 すると傭兵という単語を聞いた老農夫が嬉しそうにフィンに尋ねてくる。

 

「おまえさん、傭兵ならば、赤錆の大鴉団(ラスティ・レイブンズ)は、知っとるだろ?」

「赤錆? ……いや?」

 

 フィンは首を横に振った。その反応に老人は日に焼けた皺だらけの顔を少し残念そうに歪める。

 

「なんだ、おぬし、傭兵のくせに大鴉団も知らんのか?」

 

 呆れた声を漏らす老人の横で、酒場の主人が笑いながら助け舟を出した。

 

「とっつあん、このお人は遠くから来たんだ。しかたないって」

 

 そして、一緒に話を聞いていた若い農夫が、得意げに説明する。

 

「赤錆の大鴉団ってのは、あの灼貌のルーファスが率いる傭兵団なんだぜ」

「ルーファス?」

 

 フィンは思わず声を張り上げてしまった。

 酒に酔った老農夫には、その細やかな反応の違いがわからない。フィンがルーファスを知っているということを、さも当然のように「そうよ。あの英雄ルーファスさんよ。あの人こそ、まことの勇者ぞの!」と誇らしげに言った。

 聞けば、この周辺の村々は異常発生したゴブリンに悩まされていたとき、ルーファス率いる赤錆の大鴉団に助けられたという。それ以来、この一帯ではルーファスを英雄として崇めているらしい。

 

「そればかりじゃねえぜ? 北方の敵国が角笛山脈を越えて攻め込んできたときには、赤錆の大鴉団だけで峠を守りきり、なおかつ敵の大軍を撃退したっていうんだぜ? すげえよな! いまの俺たちが平穏に暮らせているのも、赤錆の大鴉団のおかげってことだ」

 

 若い農夫が心酔し切った表情で語った。

 

「あ、それ! あたしもいたよ!」

 

 いつのまにかフィンの背後にいたナタリアが呂律の回らない舌で口を挟んでくる。それなりに酔っているようで、顔や首元だけでなく、袖からのぞく手の甲まで真っ赤に染まっていた。

 一瞬、沈黙が訪れたが、村人たちは酔客のたわごとと受け止めたのだろう、なにごともなかったように話をつづけた。

 

「赤錆の大鴉団は、ルーファスさんだけじゃねえ。灼貌の勇者を支える幹部たちもすげえんだよな!」

 

 会話に参加する村人たちは一斉に頷いた。

 灼貌のルーファスを支える幹部は三名。

 無双の怪力を誇る「旋風のモイラ」、あらゆるものを射抜く弓の名手「鷲の眼ノーマ」、そしてすべての局面を支配する「覇王レティシア」。

 その実力もさることながら、うら若き美女揃いということもあって、幹部たちの名はルーファスにも負けじと知れ渡っており、旅する楽士によって歌の題材とされることもあるほどだという。

 

「おれたちの村にも来てくれればよかったのになぁ!」

 

 さきほどから熱心に語る若い村人が芝居がかったしぐさで天を仰いで嘆いてみせた。そのおどけたようすに、仲間の農夫たちからもどっと笑いが漏れる。

 

「ねぇ? 星読みのナタリアは?」

 

 赤ら顔のナタリアが不思議そうに村人に尋ねた。若い農夫は突然出てきた聞き慣れない名前に、けげんそうに眉をひそめると「は? 誰それ?」と返す。

 

「え? 幹部ってもう一人いたじゃん。そのレティシアってやつが幹部になる前に。ほら、魔法使いで……」

「……いたっけ?」

「いやあ? 聞いたことないな」

 

 必死の抗議にもかかわらず、どの村人からもナタリアの名前が出てくることがなかった。

 やがて、村人はこの酔客の扱いに困り果てたのだろう、

 

「そういえばご客人、ビールのおかわりはどうだい?」

 

 と強引に話を変えてきた。

 不服そうに頬をふくらませるナタリアを視界に収めながら、フィンは思わず苦笑いをこぼさずにはいられなかった。

 あとでダーシーに機嫌をとってもらわないと。

 フィンは小さくため息をこぼした。

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