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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第五章 自由都市ハント

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第49話 魔術学院講師ナタリア

 待ち合わせ場所の酒場で待っていたのは、灰色のローブを身にまとった小柄な女性だった。魔術学院の講師というから年配の魔術師を想像していたが、思いのほか若い。童顔ということもあるのだろう。あどけなさを残す丸顔の魔術師は待ちかねたといった様子で、くりくりとした好奇心いっぱいの目を、やってきた三人に向けている。

 テーブルの上には、夕食代わりなのだろう、決して見栄えは良くないゴツゴツした黒パンと、湯気を立てるスープ椀が置かれていた。

 

「ナタリア先生、お待たせいたしました」

 

 ダーシーは丁重に挨拶した。ナタリアは破顔一笑「よく来たね」と歓迎の意を示した。そして背後にいるフィンとジーンに挨拶する。

 

「あたしが魔術学院のナタリアだ。よろしく。そっちの金髪の美男子がルーファスと因縁があるって子かな?」

 

 だぶたぶのローブのせいで半分以上が袖に隠れた右手でジーンを指差す。ダーシーは慎み深い様子で「先生、こっちの茶髪です」とフィンを紹介した。

 ナタリアはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「君か。なんでも聞いてくれ。ルーファスのことはよく知っている。なんせ最初に傭兵団を結成した日から、ずっと一緒だったからな」

 

 そして、少しいたずらな笑みをうかべると「あたしが、あいつを一人前の男にしてやったと言っても、あながち間違いじゃない、かな?」と言った。


「男に⁈」


 ダーシーは両手で口元を押さえながら絶句した。

 ナタリアは半眼で自分よりも身長の高い優等生を睨みつけた。


「傭兵としてだぞ? なに想像したんだよ……」

 

 聞いたところ、ナタリアは一年ほど前にルーファスの傭兵団を辞めたらしい。結成当初は、それこそ護衛や人探し、モンスターや野盗の討伐などを請け負いながら、趣味である遺跡の探索なども行っていたが、ここ最近では傭兵団が大きくなりすぎて、あちこちの戦争に駆り出されるばかりで、連戦に次ぐ連戦で心身ともに疲弊していくだけでなく、趣味に費やす時間もすっかり失われてしまったという。

 そして、ある日突然、ぷちんとなにかが切れたように脱退を決めたらしい。

 

「まあ、元といえば、研究してきた魔術を実践でも試してみたくて傭兵を始めたわけで、そのあたりは充分にやりきったと思うしね。今にして思えば、ちょうど頃合いだったのかもしれない」

 

 ナタリアは、頬を緩めながら、そう言った。

 そして、ふと気づいたように魔術学院の学生であるダーシーに問いかけた。

 

「ダーシー、いままで実践で用いた最も強力な呪文は?」

「……電撃(ライトニング・ボルト)ですかね。濡れたゴブリンを感電させるのに用いました」

 

 その回答にナタリアは「へえ」と感心したように声を漏らした。

 

「面白い。呪文のレベルはさておき、実践については工夫して取り組んでいるみたいだね。確かに傭兵向きかもしれない」

 

 講師から褒められ、嬉しそうに頬を紅潮させたダーシー。以前から気になっていたことを尋ねてみた。

 

「先生、ルーファスってどんな人なんですか? フィンやジーンに聞いても、いまいち要領を得なくって……」

 

 ダーシーが聞かされるのは「でかい」だの「強い」だの、そんな説明ばかりだった。いきなり名指しで非難されたフィンとジーンは思わず顔を見合わせる。

 ナタリアは、飄々とした笑みを浮かべつつ「うーん」とひと声唸ると、やがて断言するように言った。

 

「もう一人の天才、かな?」

「もう一人?」

 

 ダーシーのけげんそうな声にナタリアはうなずく。

 

「そう」

「……あと一人は?」

「あたし」

 

 ナタリアは、さも当然といった様子で胸を張って答えた。幼さの残る丸顔の隅々にまで自信が満ちあふれている。まだナタリアの扱いに慣れていない三人は、思わず黙り込んでしまった。

 その反応に気づいたナタリアが、少し困惑した風に言葉を足す。

 

「信じられないのもしかたないが、ルーファスについて言えば、とりあえず天才ってのは間違いない。いまのあいつに剣で勝てるやつは、そうそうはいないだろう」

 

 ナタリアの言葉に、ジーンはニヤリと笑みを浮かべながら口を挟んだ。

 

「じゃあ、天才は三人っすね」

「……なんで?」

 

 ナタリアは疑わしそうに目を細めてジーンを見つめる。

 

「ここにいるフィンが、昔、そのルーファスを倒してるんすよ」

 

 その言葉に思わずナタリアは乾いた笑いを放った。

 

「どうせひよっこだったころのことだろ? そりゃあ、最初は酷かったよ? 猿が棒を振り回しているようだった。あれだったら、あたしが剣を持っても勝てる」

 

 ナタリアは話しながら、テーブルの上に置かれた黒パンを指先でちぎろうとするが、思いのほか硬かったらしく、すぐに諦めて放り出した。

 ダーシーが黙ってテーブルの上にあったナイフを差し出す。

 

「でも騎士団にもいたことがある怪力女が、丁寧に剣術を教え込んで、やつはそれを乾いた土にまかれた水のように驚くべき勢いで吸収していった。あっという間に、やつは傭兵団でも随一の遣い手になりやがった。やっぱ才能だったんだろうな」

 

 指先で黒パンを転がしながら、その当時を思い出すかのように微笑むナタリア。

 フィンは、ずっと尋ねたかった質問を投げかけた。

 

「あいつは、いまどこに?」

 

 ナタリアは顔をあげ、黒目がちな大きな瞳でフィンを見つめると、こともなげに言う。

 

「いまのところ傭兵団はダンクルト伯爵領の都市ザイオンを拠点としているはずだ。仕事が入ってなければ、ルーファスもそこにいるんじゃないかな?」

「……ザイオン」

 

 フィンは思わず復唱した。

 幼いミアが引き取られていき、いまは修道女として働く都市、ザイオン。

 その名をふたたび耳にすることとなり、なにか大きな運命に翻弄されているような、そんな言いようのない恐怖を感じた。

 ジーンもダーシーも、なにも言わずにフィンを見守っている。

 フィンの表情を見たナタリアは、ニヤリと笑った。黒パンにナイフを突き立て、グッとフィンの鼻先に突きつける。

 

「食べてみなけりゃ、このパンの味は一生わからない。かじりついた者だけが知ることができるのさ。……お前はどうしたいんだ?」

 

 フィンは黙っていた。だが、その一言で心は決まっていた。

 差し出された黒パンに喰らいつく。

 ナタリアは悲鳴をあげた。

 

「あー! こいつ食いやがった! あたしのパン‼︎」

「え? 食べたいかって言うから……」

「比喩だろうが。比喩! ザイオンに行きたそうだったから、背中押してやったんだろうが! あたしのパン返せ‼︎」

 

 テーブルをバンバンと強く叩きながら抗議するナタリア。

 歯形のついたパンをそっと戻すと、むんずと掴んで、そのまま顔面に叩きつけるように投げられた。

 しかたなくフィンは追加のパンを酒場の給仕係に注文する。そして、改まった態度でナタリアに向き直った。

 

「でも、おかげですっきりしました。俺はやっぱりザイオンに行きたいです」

 

 ナタリアは小刻みにうなずきながら「いいんじゃない?」と満足そうに微笑んだ。

 ジーンがつぶやく。

 

「あとはダーシーだな」

「え? 私?」

 

 意表を突かれたように戸惑うダーシー。フィンは隣にいるダーシーに向き直ると、少し言いにくそうにしながら尋ねた。

 

「ダーシーは魔術学院があるから、あまり遠くまでは行けないんじゃないかって……」

 

 その言葉にダーシーは面食らったように目をぱちくりさせる。

 優等生として、さまざまな特権を認められているダーシーだが、そうはいっても、あくまでも魔術ギルドの見習いという地位に変わりはない。いつ戻って来られるかもわからない旅に出るような、修行期間をないがしろにする行為が許されるはずもなかった。

 ダーシーは、思わず学院の講師であるナタリアの顔を見てしまう。

 

「……先生」

「別にいいんじゃない? 職人だって修行のため旅に出たりもしてるんだし。学院長にはあたしから言っておくから」

 

 ナタリアは、さも当然といった様子で答えた。

 

「ありがとうございます!」

 

 歓喜に包まれたダーシーは、いつものかすれ声を思い切り裏返らせながら感謝を伝えた。

 その背中をジーンが軽く叩き「よかったな」と祝福の言葉を贈る。フィンも興奮を抑えきれず、幼なじみの小さな手を取った。

 三人の若者は、新たな目標に向けて動き出すことを決め、数日後にはさっそく出発することを決めた。そんな希望に満ちた三人の様子を、ナタリアは新しく届けられた黒パンをかじりながら、どこか満足げに眺めていた。




 

 出発の日の朝、待ち合わせ場所のグラントの宿の前には、旅支度を整え、悠然とパイプをくゆらせるナタリアの姿があった。理解の及ばぬ事態に硬直する三人の姿に気がつくと、ナタリアは笑顔を向けて、ふうっと煙を吐いたのちに告げる。

 

「学院長には実習だと説明しておいた。よろしく」

「……え、先生、一緒に行くの?」

 

 唖然としすぎて敬語を忘れたダーシーに対して、ナタリアは声を立てて笑った。

 

「なに言ってんだ、実習だぞ? 教師が行かないでどうすんだよ?」

「えぇぇー!?」

 

 こうして魔術学院講師のナタリアを仲間に加えた一行は、ザイオンに向けて旅立った。

 それはダーシーがずっと優等生を演じつづけなければならないということも意味していた。

 

「もちろん道案内もしてやるから。まあ、あたしに任せろってことだ」

 

 ダーシーは大きくため息をつくと、やがてなにかを諦めたように、にっこり笑顔で答えた。

 

「——はい、先生!」


 フィンは北の空を見上げる。

 朝日の中でまだ青の淡い空の向こうには、ザイオンがあり、そこにはミアやルーファスが待っている。

 再会に想いを馳せ、フィンはそっと微笑んだ。

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