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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第五章 自由都市ハント

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第48話 ザイオン孤児院と灼貌の英雄

「え、じゃあ……司祭と一緒にいた女の子は……?」

 

 わずかに緊張感をはらんだフィンの声に、ダーシーが胡乱な目を向ける。

 それらには一切気づかず、修道士は焚き火が生み出す揺らめく陰影のなか、爽やかな笑顔で答えた。

 

「ミアですね。元気ですよ。ザイオンの修道院に隣接する施療院に引き取られ、いまでは彼女自身もフェリシア教の修道女として施療院で働いています。自分と同じような境遇の子どもたちを救いたいという思いも強く、つい最近、ミアの提案で孤児を集めた孤児院を設けたそうです。きっと忙しくも充実した日々を送っているのではないでしょうか?」

 

 いまはハント市に居を構える修道士は、ザイオンで過ごした遠い日々を思い出すかのように目を細めて言った。

 

「……同じような境遇って、いったいレンヌ村でなにがあったんすか?」

 

 それまでむさぼるように干し肉にかじりついていたジーンが、久しぶりに口を開く。事情を知らぬ者としては当然の疑問であった。

 

「野盗が襲ってきたんだってさ。ジーン」

 

 ただひとり、ジーンの過去を知るフィンが意味ありげな表情とともに答える。ジーンは顔をひきつらせながら「……え?」とだけ言った。

 修道士は、木の枝で焚き火をいじりながら、フィンの言葉を継いだ。

 

「恩師から聞いた話ですが、突然のことだったようです。ちょうど正午を過ぎたころ、おそらくは村のまわりを取り囲む深い森のなかにひそんでいたのでしょう、野盗たちが急に襲いかかってきたそうです。農夫たちも必死に戦いましたが、戦い慣れた盗賊たちには抗うことすらかなわず、あっという間にそのほとんどが殺されてしまったそうです。卑劣にも盗賊たちは火を放ち、男たちのいなくなった村のなかで略奪をはじめました。恩師は村人たちの助けによって、なんとか危機を逃れ、救援を求めに村はずれにある領主館へと駆け込んだと聞いています」

 

 震える声でそう言うと修道士は涙を浮かべた目元を指先でそっと拭った。

 

「たまたまそのとき、まさしく神の思し召しなのでしょう、荘園の巡回に訪れていた領主ダンクルト伯爵の家令の方が領主館にいらっしゃったのです。知らせを聞いた家令が、すぐさま配下の騎士や代官の手勢を引き連れて救援に駆けつけたのですが、そのときにはもはや時すでに遅く、村のいたるところには死体が転がり、農夫たちの家という家は火を吹いて燃え上がっていたようです。恩師の絶望たるや、心を切り裂かれるほどのものだったことでしょう」

「……盗賊は?」

「はい。しばらく姿が見えなかったようですが、突如、家々を燃やし尽くそうとする炎のなかから煤にまみれて真っ黒に汚れた野盗たちがうなり声とともに襲いかかってきたそうです。いきなり火のなかから現れたことで不意を突かれたそうですが、鍛え抜かれた騎士たちの敵ではなく、さほど時間もかけずに残党を討ち果たし、やがて燃え残った瓦礫の下から、泥のなかに身を埋めるように隠れて震えていた少女ミアを見つけたようです。領主館へ駆け込んだ恩師の他に生き残ったのは彼女ただ一人でした」

 

 その内容に誰しもが言葉を失い、しばらくは薪のはぜるパチパチという音だけが聞こえていた。

 やがて、重い口を開くように修道士が言った。

 

「我が神フェリスは隣人愛の大切さを教えてくださいますが、正直、あの忌まわしき野盗の所業さえなければと思ってしまうこともあります」

 

 そして、まだまだ修行が足りませんと残念そうにつぶやく修道士。ふたたび沈黙が夜を包み込む。

 

「……俺が傭兵になったのも、実はとある野盗団を追うためなんです」

 

 フィンがぼそりとこぼした。その言葉にダーシーはぴくりと身を震わせる。いままで聞き出そうとしても、なんとなくはぐらかされているようで聞き出せなかった本当の理由。「世界が見たい」なんていうきれいごとじゃない言葉が聞けそうで、その期待と不安に胸を押しつぶされそうになっていた。

 フィンは、野盗団に加わった友人がいることを明かした。そして、その友人を野盗団から救い出すために探していると語った。

 

「名前はルーファス。赤い髪を持つ剣士で、頬には大きな傷があるはずです」

 

 フィンは、自らが切り裂いたはずの頬のあたりに指をそわせながら説明した。

 修道士は、少しだけ首をひねり、言った。

 

「盗賊ではないのですが、ルーファスという名の、頬に傷のある赤毛の剣士の噂なら聞いたことがあります」

「え?」

 

 フィンは明らかに動揺する。いままで探し求めていた親友の消息がわかるかもしれないという状況に魂を抜かれたように目を見開いて修道士の顔を見つめた。

 修道士は黙ってうなずき、そのまま言葉をつづけた。

 

「一昨年のことです。ザイオン市の北にあるネヴィア侯爵領を狙って、国境を接する異民族が大軍を率いて攻めてくるという事件がありました。詳しいことはわからないのですが、ネヴィア侯の軍勢は敗退を重ね、このままでは領土の侵略も許しかねないという状況にまで陥ったようです。しかし、その危機を救ったのが『灼貌のルーファス』と呼ばれる傭兵でした。自身の圧倒的な強さと率いる傭兵団の活躍によって敵の大軍を撃退した彼は民衆から英雄として称えられ、ネヴィア侯をはじめ近隣を治める諸侯からも信頼されるようになったようです」

 

 そこまで話すと修道士は、頬の、さきほどフィンが指し示した場所と同じところに指をあてながらフィンに微笑みかけた。

 

「ルーファスの特徴は、(ここ)にある傷と、燃えるような赤毛、堂々とした体格の持ち主、だそうですよ」

 

 その言葉にフィンも笑顔を浮かべた。

 

「……ルーファスだ」

 

 修道士はにっこり微笑んだ。

 

「ありがとう……ございます」

 

 フィンは丁重に礼を言った。

 そして振り返ると、冷ややかな目つきでジーンを睨みつけた。

 

「……誰だよ、盗賊団の首領とか言ってたのは……」

「いやぁ」

 

 ジーンは苦笑いを浮かべつつ頭を掻く。

 

「……似たようなもんじゃん、傭兵も盗賊も……」

「なにそれ!」

 

 あまりにも無責任なジーンの発言に、聞いていたダーシーは思わず吹き出してしまった。それにつられて修道士もフィンも笑い出す。ジーンはおどけた様子で肩をすくませながら、

 

「それほど冗談でもないさ。傭兵は雇い主の指示で動くが、野盗は自らの意志で動く、ってだけだ。どうやって食っていくかの手段の違いでしかないと思うぜ? 戦争で敵の兵士を打ち倒し、モンスターの巣窟を襲撃する俺たちも、敵さんからすれば、立派な盗賊じゃねぇか?」

 

 と、悪びれることなく言った。

 フィンは答える。

 

「ああ、だからこそ、俺たちはなにをして、なにをしないのか、きちんと決めておかなきゃいけないんだろう? 簡単に別物に変質しうるならば」

 

 その言葉にダーシーも同意を示した。

 

「だったら、少なくともこれだけは守ろうよ。私たちは人間の村を襲わない。どんなに傭兵として大きくなろうとも、これだけは絶対に」

 

 フィンとジーンは深くうなずいた。その様子に献身と友愛の神フェリスを奉じる修道士は嬉しそうに表情をゆるめた。


 


 その後、修道士を眠りにつかせると、三人の傭兵は夜警を替わりつつ、更けていく夜を過ごした。

 誰ともなく気がついていた。

 フィンが英雄となった友人を探すためネヴィア候領のある北方へ行くと言い出すであろうことを。そして、自分も含めて誰もそれを否定しないであろうことを。

 翌朝を迎え、レンヌ村で追悼の儀式を行った修道士をふたたびハント市まで護衛し、三人は任務を終えた。ダーシーは久しぶりに学院に戻り、フィンとジーンはすでに定宿となっているグラントの宿屋へと帰っていった。

 

「フィン、これからどうするんだ?」

 

 長旅の疲れをグラントの絶品の煮込み料理で癒したジーンは、なにも言わないフィンに業を煮やし、真正面から質問をぶつける。

 その問いかけにフィンは曖昧な笑みを返した。

 

「……わからない」

「わからないって……なんだよ、それ?」

「ルーファスを追うのは、俺の勝手な希望でしかないし、……大事な仲間をそんなことに巻き込むわけにはいかない」

「はあ? なにいってんだよ?」

「だって、まだ正確な居場所すらわからないんだぜ? ハント市を出て、いったいいつになったらたどり着けるんだよ? そんな当てのない旅におまえらを巻き込むわけにもいかないし、ダーシーは魔術学院もあるんだ! 行けるはずないだろう?」

 

 フィンは半ば怒鳴るように言った。

 想いを自ら抑圧したことで鬱積した不満が一気に弾けたようだった。

 ジーンも負けじと大きな声を出した。

 

「おまえ、いつ俺たちの気持ちを確認したんだよ? 聞いてもいねえだろ? それなのに勝手に決めつけやがって……そっちのがよっぽど自分勝手じゃねえか! たいがいにしろ!」

 

 仕事を終えた常連客で賑わう酒場に言い争うふたりの声が響きわたる。だが、それくらいのことでは酒場のざわめきは消えやしない。近くに座る数人の客が、なにごとかと一瞬視線を向けたものの、すぐに仲間たちとの歓談へと戻っていった。

 ただひとり、店主のグラントだけがその様子に気づいたのか、いつもどおりの人の良い笑顔でふたりの元へとやってきた。

 

「どうしたんだい? 珍しいじゃないか。声を荒げて言い争うなんて」

 

 そう言いながら、無事に戻ってきたお祝いだとして、フィンとジーンの目の前にビールの入ったマグを置いていく。

 

「ありがとう」

 

 フィンは気まずそうな表情とともに礼を言った。

 グラントは少し逡巡した様子だったが、やがて鷹揚な口調で語った。

 

「……これは年長者からのアドバイスなんだが、思っていることをなんでもかんでも、そのまんま話すのは決して褒められたもんじゃないが、逆に、まったく話さないってのもあまり良いことではない。もしも誰か話を聞いてくれる人がいるのであれば、それはとっても恵まれていることなんだと思うよ」

 

 そう言うとフィンとジーンの肩をぽんと優しく叩き、そのまま厨房へ戻っていった。

 しばらくお互いに言葉を発せず、グラントの持ってきてくれたビールに口をつける。やがて、フィンの口から「……悪かった」という詫びの言葉が小さく漏れた。ジーンは鼻で笑った。

 

「やっと素直になったか。まあ、俺は年上だからな。大目に見てやるよ」

 

 ニヤリと笑いながら、挑発するように言った。

 

「はあ? 一つしか歳、変わんねぇだろ?」

 

 ブツブツと不満げなフィン。だが、その表情はどことなく晴れやかなものに変わっていた。

 改めての話し合いの結果、ジーンとしては北のネヴィア候領に向かうことに異論もないことが確認できた。とはいえ、ダーシーの学院の問題は無視できないとして後日、ダーシー本人にも聞いてみようということになった。

 だが、その翌日、こちらから呼び出すまでもなく、いきなり宿にやってきたダーシーは、興奮した様子で一気に語り出した。

 

「聞いてよ! 久しぶりに学院に戻ってみたら新任の講師ってのがいて、聞いたらザイオン市から来たっていうじゃない。びっくりしちゃって、思わず『灼貌のルーファスって知ってる?』ってその講師に聞いちゃったのよ。そしたら、なんて答えたと思う?」

 

 いつも、どちらかといえば冷静で理知的なダーシーにはめずらしく、まくし立てるような早口で話しかけてくる。最初はその勢いに圧倒されながらも、次第にダーシーの熱量に感化されていくように、フィンとジーンも前のめりになりながら相槌を返した。

 ダーシーによれば、その新任講師は、ルーファスとも知り合いだという。

 そこでダーシーは事情を伝え、ぜひとも詳しい話を聞かせてほしいと頼み込んだらしい。

 

「これから学院の近くの酒場で会う約束だから、一緒に行こうよ」

 

 ダーシーはふたりの顔を見つめながら誘いかけた。フィンは迷いなく「行く!」と即答した。

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