第47話 レンヌ村跡地
主要な交易路でもあった街道の安全を取り戻したこの任務は、商人ギルドはもちろん、ハント市の参事会にも大いに喜ばれた。それ以来、三人だけの傭兵団は小規模な駆除作業や護衛などの依頼をたびたび受けるようになっていった。
フィンもこのときの経験がきっかけとなり、モンスターの駆除に前世での知識を生かすようになった。
あるときは、ダーシーに依頼し、モンスターの巣窟を水浸しにした上で、電撃呪文を撃ち込んでもらったりもしたし、粉屋の息子らしく惜しげもなく小麦粉をばらまき粉塵爆発を利用したこともある。
風変わりな作戦で成果をあげるスタイルも評判を呼び、双剣使いフィンと軽戦士ジーン、そして魔術師ダーシーという異色のパーティは、次第に傭兵としての評価を高めていった。
それから三年。
季節は秋となり、旅路にある十七歳のフィンは、水筒がわりの革袋で川から水を汲むと、左手の薬指から発する白い光で水を浄化し、飲料水としてダーシーとジーンに手渡した。
あれ以来、馴染みの商人や教会からの遠出の際の護衛や、村からの定期的なモンスター討伐依頼を受けるようになり、傭兵としての稼ぎもそれなりに得られるようになってきた。ルーファスの行方もひきつづき調べていたが、それらしき野盗の情報もなく、杳として行方がしれなかった。
ダーシーは、手渡された水を飲むと「あいかわらず便利な能力だよね」と呆れたように言う。
フィンの恩恵は、水の浄化だけでなく、毒物の解毒などにも活用してきた。
初めてみんなの前で披露したのは、いつもどおりキョウチクトウの煙でモンスターの巣窟を燻していたとき、誤ってジーンが煙を大量に吸い込んでしまい急性中毒で倒れたときのことだった。解毒剤も持っておらず、頼みの綱のダーシーも中毒症状を解除できそうな呪文を用意していなかったため、フィンたちは軽くパニックに陥った。だが、そのとき、盗賊団の首領が持つ魔剣を無効化したこの乳白色の光のことを思い出し、試しにジーンに当ててみたところ、たちどころに中毒症状を消し去ることに成功したのであった。
それ以来、この不思議な力の可能性に気づき、ことあるたびに試行錯誤をくり返してきた。
つい最近など、ゴブリン討伐中に洞窟で見つけたグリーンスライムに試してみたところ、表面張力を突如失ったかのようにはじけ散って、ただの泥となってしまったこともあった。
「なんなの、それ?」
改めて不思議そうに尋ねてくるダーシーに、フィンは「さあ?」と言いながら首をひねった。
この能力については、フィン自身も疑問に思い、イゴール盗賊団のコルト村襲撃事件の直後にフアナに尋ねたことがあった。
転生神の神使であったフアナは、少し戸惑ったように「もしかしたら転生神であられるリィン様の恩寵かもしれません」と答えた。
フアナは、確証はないものの、おそらくは、という前置きをしたうえで説明しはじめた。
「宏基様も訪れた転生の間ですが、乳白色の光に満たされていたかと思います。あれこそがリィン様から放たれる奇跡の光で、転生の間にやってきたすべての魂は、あの光に触れることで一本一本の魂糸へと解きほぐされていきます。そして、すでに説明させていただいたとおり、すべてのものは魂糸がより集まって、その存在を形作っています。その姿形だけでなく、性質や機能といったものすべてです。リィン様の恩恵の光は、その魂糸と魂糸の間に楔を打ち込み、根源から解体してしまうものです。宏基様の左手から放たれた光も、魔剣の持つ不思議な力を無効化したということですし、もしかしたらリィン様の恩恵の光と同じような性質を持つものかもしれません」
そして、フアナはフィンの左手の薬指にある指輪のような痣を見つめた。
「……また光を出すことはできますか?」
「え? ……わかんない。やってみる」
フィンはそういうと意識を薬指に集中させ、息を止めて顔を真っ赤にする。そんなフィンを育ての母は呆れたように見守っていた。
「宏基様、それ、息止めて腹圧を高めているだけにしか見えないのですが……」
「えー」
「もう少し恩恵の光が出たときのことを思い出してみるといいと思います。どんな状態で、どんな姿勢で、どんなことを考えていたか。そこから発動条件が絞れていくはずです」
フィンは困惑した表情のまま、あれこれ試してみた。しばらくのあいだ次々と奇妙なポーズを決めていく青年とそれを真剣な表情で見守る母親というなんともいえない構図が繰り広げられたが、やがてフィンの内面にわずかながらも薬指と全身がつながれたような感覚が生まれた。
そしてゆっくりと乳白色の光がしみ出すように漏れはじめる。
「おお!」
「出ましたね」
ふたりは感嘆の声をあげた。
フアナはつかつかと歩み寄ると、なんの躊躇もなく、光が漏れ出る薬指を握りしめる。目を細めて、なにかを感じ取ろうとしている様子であった。
「なるほど」
やがて、フアナは手を離し、フィンに微笑みかけた。
「わかりました。やはり、リィン様から放たれる恩恵の光と基本的には同じものです。ただし、恩恵の光は、魂糸を一本単位にまで解体してしまうので、それこそ物体や存在すらも無に還してしまうほど危険なものですが、宏基様の光は、転生神であられるリィン様とは比べることができないくらい弱く、すべてのものを魂糸レベルまで解体する力はありません。……せいぜいその事物に付与された性質を無効化するくらいですかね?」
そう言うと、フアナはテーブルの上にあった飲みかけのビールを指し示した。
「あれに、その光を当ててみてください」
言われるがままにマグを手に取ると、ふたたび恩恵の光を放とうとフィンは意識を集中しはじめる。次第にコツがつかめてきた。さきほどよりもスムーズに乳白色の淡い光を放つと、マグの中の液体を包み込むように当てていく。やがて濃厚な琥珀色をしていた液体は、無味無臭な透明の液体へと変貌を遂げていた。フアナに促されるがまま口にしてみると、それは舌で判断するかぎり、ただの水であった。
「このように内部に浸透させることで性質や機能といったものを打ち砕くことができます。たとえばスライムにつかえば、ただの水と泥に戻すこともできるでしょう。もっと時間をかければ、水すらも解体することもできるかもしれません」
その説明に、フィンはふぅんと唸った。
「魂糸と魂糸の結合部には情報が蓄積されています。恩恵の光によって解体されると蓄積されていた大量の情報が一気に流れ出てきますが、あまりそれには捉われないほうがいいでしょう。毒素は解体できても、情報は解体できないので」
とフアナは補足した。
フィンは、盗賊団の首領の魔剣を無効化したとき、無秩序な情報の塊が一気に脳内にあふれかえったのを思い出す。そういうことだったのかとようやく理解することができた。
そしてフィンは、その転生神の恩恵の光を、前世での恋人の名前にあやかり、”燐光”と呼ぶことにした。
いまもコルト村の水車小屋にいるであろう義理の母親のことを思い出し、フィンは目を細めた。寂しさを隠すように、ぎゅっと唇を引き締め、あえて笑顔を浮かべる。
三年前に村を飛び出してから、一度も会っていない。
フィンは、小高い丘の上から、遠くまでつづく緩やかな丘陵地帯を眺めつつ、七年前のことを思い出していた。異変を察知したフアナに連れられて夕暮れのなかを急いだ隣村レンヌへとつづく田舎道。堂々たるたたずまいの騎士ローランに引き連れられて村から逃げ出す少女ミアたち一行に出会ったのも、ここからさほど遠くない場所であったはずだ。
森の向こうには、生まれ育った懐かしいコルト村がある。
なにかしら理由をつけて立ち寄ってみたいという衝動が次から次へと湧いてくる。だが、フィンは、そのつど冷静に湧きあがる思いを押し潰していった。
現在、教区を巡回するというフェリシア教の修道士の護衛の任についている。同行するクライアントがいる以上、傭兵たちの勝手な振る舞いが許されるはずもない。おそらくはダーシーも同じようなことを考えているのだろう。たまたま視線が合うと、ふたりは肩をすくめながら苦笑いを浮かべた。
最後の目的地は、レンヌ村にあった教会跡地だという。
護衛するのは、たった一人、もの静かな修道士の青年だけであった。顔立ちからするとフィンやジーンとさほど年が離れているわけでもなさそうだったが、修道士特有の控えめな物腰が、それを感じさせず、ともするとはるか年長者と旅しているような錯覚すら与えていた。
護衛含めて四人の少人数である。
教区を巡る旅のなかで、経験の浅い野盗がなにも知らずに襲いかかってくることもあったが、そのつどハント市でも指折りの傭兵である三人の実力をしっかりと教え込むことにしていた。
折りしも最後にミアと出会ったあの日と同じような夕暮れどき。
雇用主である修道僧は周囲を見渡し、ゆるやかな起伏の彼方から迫りくる夜の気配を察知すると「このへんで野営しましょうか」と言った。
夜襲を避けるため見晴らしの良い丘の上の、さらに木の陰の見つかりにくい場所を選んで、野営の準備を進める。明かりが漏れないよう木の葉で隠すように焚いた小さな火を囲みながら、干し肉と硬いパンをかじった。
「今回の旅は、皆さんにお願いして本当によかったです。こんなにも安全な旅は初めてでした」
年若い修道士は、丁重に頭を下げた。
「フェリシア教会にはいつも良くしてもらってるから、これくらい当然ですって」
ジーンが調子良く答える。
おしゃべりなジーンは、護衛任務においては依頼人とコミュニケーションを取る役割を担っている。フィンからすれば、どうしてそんなに、すらすらと楽しそうに会話できるのか不思議でならなかった。
フィンは転生者として世界を俯瞰するあまり、どうしても相手との距離を詰めきれないことが多い。仲良くなれるのもダーシーのように元々そこにいた者か、あるいはジーンのように向こうから近寄ってくれる者のいずれかであった。
「私とフィンは、この隣のコルト村の出身なんです」
ダーシーがにこやかに告げた。
焚き火の火に照らされ、茶色の癖毛がより明るい茶色に輝き、そばかすを散りばめた愛嬌ある笑顔がオレンジ色に赤らんでいるように見える。
修道士は「そうなんですか!」と驚いたように言った。農村出身者の魔術師というのは、あまりにも珍しいため、素直な反応だったのだろう。
「では、レンヌ村のこともよくご存知ですよね」
「いやあ、私たちはほとんど村から出なかったから」
ダーシーは申し訳なさそうに答えた。
「あ、でも、フィンは村はずれに住んでいたんで、よく村の外に出ていたよね?」
「ああ。レンヌ村の教会にも行ったことがあるよ。だいぶ幼いときの話だけど」
幼なじみ二人の会話に、修道士は興奮した様子で「そうでしたか!」と相槌を打った。
フィンは修道士に向けて小さくうなずき、さらに言葉をつづけた。
「最後に訪れたのは七年前なんですけど、レンヌ村にたどり着く前に、ちょうどこのあたりで村から逃げてきたという一行に出会ったんですよね。司祭と小さな女の子が一人いて、立派な騎士に守られながら、これからザイオンに行くって言ってました」
フィンの話を聞いた修道士は、目を丸めて「おお、神よ!」と言い放つ。
「まさか追悼のための旅の護衛が、七年前の不幸な事件を知る者とは! まさしくかの司祭こそ、ザイオンにおける私の恩師です。もうすでに亡くなられましたが、修道院では偉大な指導者として皆から慕われていました」
思わぬ縁にフィンも唖然とする。
どくんという心臓の鼓動が全身を跳ね動かすような錯覚に襲われた。




