第46話 見習い魔術師ダーシー
「他の徒弟たちが話しているのを聞いて、もしやと駆けつけてみたら、なんかたちの悪そうな警吏と揉めてるじゃん。びっくりしちゃったよ」
ダーシーはそう言うと、からからと笑った。
どうやら、フィンとジーンが出していた露店のことは、この学院でも噂になっていたらしい。同級生から話を聞いてみると、なにやら鉄の棒のようなものを投げているという。そこで、すぐに故郷で叔父と一緒に棒手裏剣を投げていた幼なじみのことを思い出したらしい。
だが、ダーシーが店のある場所に到着したときには、すでにジーンと自警団が睨みあっており、そうこうしているうちに硬貨がまき散らされ、歓声を上げた群衆が我先にと押し寄せる混乱に乗じて、フィンとジーンは逃げ出してしまう。
あわててダーシーもその後を追い、なんとかあの路地裏で出会うことができたのだという。
「でも、なんで店なんか出していたの? っていうか、そもそもフィンはなんでここにいるのよ?」
不思議そうに尋ねてくるダーシー。
フィンは傭兵になるため村から出てきたこと、そして酒場で出会ったジーンと意気投合して傭兵団を結成したものの仕事が見つからなかったことを説明した。もちろん、ジーンがコルト村を襲った盗賊団に参加していたことは伏せている。
本来であれば、ある程度傭兵として安定的に働けるようになってから、魔術学院にいるダーシーを訪ね、エリックに託された儀式用の短剣を渡したいと考えていた。
まさか向こうから会いにきてくれるとは思ってもいなかった。
だが、かっこつけてもいられない。
そろそろ資金が底をつきそうだということも正直に打ち明けた。
「そうだよねぇ。フィンはともかく、私なんかはジーンのこと全然知らないから、仕事任せたくないって気持ちもわからなくないな。見た目も若いから、どうしても経験不足なんじゃないかって思っちゃうよね」
「ほんとだよ! 自分で言うものなんだけど、俺、それなりのもんだと思うぜ?」
ジーンが悲しそうに眉を下げながら深くうなずいた。ダーシーはその言葉に違和感もないのだろう、ふつうに相槌を返した。幼い頃からずっと叔父とフィンが稽古する姿を見てきたこともあり、ある程度の動きを見れば、なんとなく相手の実力はわかるようである。
「まあ、やっぱり信用ってもんが大事ってことだね」
したり顔でダーシーはつぶやいた。
そして「よし、わかった」と言いながら、その薄い胸板をバンと叩いた。
「私に任せなさい!」
こうしてふたりだけしかいなかった傭兵団に、ダーシーも参加することとなった。
稀有な存在である魔術師がいるというだけでも周囲の反応は大きく変わる。それまで相手にされなかった同業者たちも、むしろ興味を持って話しかけてくるほどだ。
それだけではない。
驚くべきは、ダーシーの人心掌握力の高さだった。
見ず知らずの相手であっても屈託のない笑顔で話しかけたかと思うと、いつのまにか打ち解けており、場合によっては悩みごとまで相談されていたりする。あっというまに相手の懐に入り込む能力の高さは、さすがは村長の娘とでもいうべきだろうか。
コルト村にいたころには知るよしもなかった意外な才能にフィンは舌を巻いていた。
また、見習いながらも優等生であるダーシーは、魔術学院からさまざまな特権を認められていた。傭兵団への参加という、ある程度の自由な活動もその特権のひとつだったし、さらには学院長が市参事会の幹部でもあったことから、ハント市周辺の森に住み着いた害獣やモンスター駆除の仕事などを紹介してもらえるようになった。
この日もハント市から南方の港湾都市トレルモに通じる街道沿いに出没するモンスターを退治してほしいという依頼を受けて、三人はおよそ半日の行程を徒歩で移動した。
フィンとジーンが身につけている鎖帷子は、ダーシーの馴染みの鍛冶職人からツケで購入した特注品である。戦士としては小柄な二人の体格にあわせて多少小さく作られており、さらに機敏さを損なわないよう通常の鎖帷子よりも若干細い鎖を用いて編み上げられている。
それでも最初は重いと感じたが、不思議なもので、ずっとつけていると次第にそれが当たり前のように感じるようになっていた。
鍛冶屋はダーシーの分も用意してくれたが、さすがに華奢なダーシーには重すぎたため、厚手のキルト地の服を着込んだうえで、いつもどおりのゆったりとした外套姿で歩いていた。
「このへんだな」
ジーンは、依頼してきた商人ギルドの男の説明を思い出しながら、周囲の地形を見渡した。
街道から離れた位置に見える小高い丘陵地。特徴的な形でねじまがった枯れた針葉樹の姿。最近、ゴブリンらしき生き物が住み着き、街道を行き交う旅行者を襲うと聞いた場所に間違いなさそうだ。
「特に怪しい気配はなさそうだけど」
フィンは周囲を見渡しながら言った。遮蔽物の多い地形ではあるものの特に変わった様子もなく、フィンたちの他にも街道を行き来する旅装がちらほらと見受けられた。遍歴する若い職人や旅芸人はさておき、交易のために行き交う商人などは所属ギルドから襲撃情報の共有を受けているのだろう、武装した護衛を引き連れていることも珍しくはなかった。
彼らは、ちょうど襲撃があったであろうあたりに立ち止まるフィンたちに疑いの眼差しを向けながら、警戒をゆるめずにその横をすり抜けていく。フィンたちは苦笑すると、街道から少し離れた地点へと移動することにした。
「さて、どうしようか」
「まずは相手が何者かだよね。人間だったらただの盗賊だから近くに拠点となる村のようなものがあるはずだし、ゴブリンなら根城になってる洞穴や廃村があるはず。オークなら……最悪だね」
ダーシーは顔をしかめながら言った。
いままでいくつかの駆除の仕事を請け負ってきたが、そのほとんどが農耕地や森を荒らす野獣ばかりで、たまにゴブリンの小集団の討伐を行う程度であった。だが、一度だけ、どこからか迷い込んできたらしい一匹のオークに出くわしたことがある。
人間よりもひとまわりは大きい、筋肉が隙間なく詰め込まれたような強靭な肉体に、獰猛な表情で牙を剥き出しにするしわだらけの顔。潰れた大きな鼻とひどく禿げた頭が、それがオークと呼ばれる存在であることを居合わせたすべての者に主張していた。
そのときは、すでにいくつかの戦いを終えたあとだったこともあり、攻撃に使えそうなダーシーの魔法も残っておらず、さらにフィンやジーンの刃も軽すぎてその肉体に致命傷を与えることができず、かなりの窮地に追い込まれたが、かろうじてフィンの過限駆動による急所攻撃が功を奏し、なんとか倒すことができたという難敵であった。
ダーシーははっきりと死を覚悟したらしい。
それ以来、オークに遭遇しても対処できるよう、より攻撃的な魔法を覚えるようにしたという。
「ああ、ちょっと待った。足跡らしきものがある」
ジーンが背の低い立木の陰にある下草の切れ目に目を止めた。地肌が露出したわずかな場所に、確かに何者かが踏み込んだような跡が残されていた。ジーンはしゃがみ込むとその周囲も含めて念入りに観察し、やがて結論を導き出した。
「靴を履いていない小さな足跡だ。……ゴブリンで間違いないだろうな。結構な数、いそうだ」
「だとすると、あの丘あたりに巣があるかもね」
ダーシーは少し離れた位置にある丘陵地を指差した。フィンとジーンは黙って頷いた。
近寄ってみれば、案の定、大きく崩れた崖のようなところに乱雑に掘られた洞穴のようなものができていた。外には食事の残骸らしき動物の毛皮や骨、腐敗した内臓などが無造作に放り出され、周囲に悪臭を放っていた。
「それなりの繁殖地になっちまってるみたいだな」
ジーンは、面倒くさそうに顔をしかめながら頭をかいた。
いままで倒してきたゴブリンは、新たなねぐらを求めてさまよう数匹単位の開拓者か、なにかしらの理由で故郷を追われた流れ者のいずれかであった。このようにひとつのねぐらに定着して、安定的にその数を増やす集団に遭遇するのは初めてであった。
いやがおうでも緊張が高まる。
フィンが前世でゲームやマンガで見知ってきたゴブリンとは明らかに違い、彼らはけっしてザコではなかった。一匹一匹が野性動物であり、厳しい環境で生き抜いてきた強靭な生命力の持ち主であった。
「どうしようか?」
ダーシーは腕を組んで、ふたりの剣士を見つめた。ジーンは考えあぐねているようである。フィンは洞窟の入口を観察しながら思案を巡らせた。
正面突破は、リスクが想定される以上、最後の手段でしかない。
師のエリックなら、戦いにおいては、想像もしなかった不測の事態が生まれることも考慮して、まずは事前にできるかぎりの策を費やし、それがたとえわずかであっても勝率を上げる努力をしろ、と言っただろう。
だが、どうやって——?
そのとき、フィンは洞窟の周辺に咲くピンク色の花に気がついた。それほど背の高くない樹木ではあるが、先端の尖った細長い葉が豊かに生い茂り、その緑の末端あたりに小ぶりな花が集まって薄紅色の花弁を広げていた。
フィンは、思わず目を疑った。
記憶だけが一瞬、異世界転生前に戻っていた。不思議な違和感だった。
「なあ、あそこの木って、なんだかわかったりする?」
フィンは、指差しながらジーンとダーシーに声をかける。
幼なじみのダーシーは首を横に振りながら、
「なに言ってんの。木とか植物に関しては、あんたのほうがよっぽど詳しいじゃん」
と呆れたように言う。
だが、ジーンは真顔で答えた。
「ああ、知ってるぜ。俺の故郷では“死霊の薪”と呼ばれてて、燃やすと死霊が襲ってくると言われてる。……まあ、迷信だろうがな」
「……燃やしたことは?」
「ないよ。そもそも傷つけただけでも、しこたま大人に怒られたからな。触りたくもないよ」
「それが正解だったかもよ」
フィンは感心したように言った。
間違いない。前世でいうキョウチクトウの類いだ。
どういう理由でこの異世界に元の世界と同じような品種が存在するのかはわからないが、ヒノキやトネリコ、オークに類する樹木がこちらにもある以上、キョウチクトウがあっても不思議ではない。
いずれにせよ、フィンは勝率を上げる策を思いついた。
念のため周囲で土埃を起こして洞窟内の空気の動きを確かめる。通気のためか空気は外から内側へと流れているようで、もやのような土埃は宙をただよいながらゆっくりと中へと吸い込まれていった。
「ジーン、できるだけ物音を立てずに、あの木の枝を集めてくれないか? 死霊は心配しなくていいから」
フィンはジーンに依頼した。ジーンは少し顔をこわばらせながらも「わかった。……念のため言っとくけど、俺は心配なんかしてねぇからな?」と強がるように答えてくる。
あっというまにジーンは十分な量のキョウチクトウの枝を用意してくれた。枝を切り落とすときには音がしないように、あらかじめ短剣で細かく切り込みを入れておくなどの細やかな配慮が光る。
「ありがとう」
礼を言うと、フィンは計画の全貌をふたりに明かした。
いわく、毒性の高いキョウチクトウの枝を燃やして、その煙でゴブリンたちを倒してしまおうという作戦である。ジーンの故郷で「死霊の薪」とも呼ばれていることについては、おそらく燃やしたときの煙で周囲にいた者たちが中毒を引き起こして死んでしまうのを、死霊の祟りのように喩えたのではないかと説明した。
「おまえ、すげえな。なんでそんなこと知ってるんだ?」
「まあ、ちょっとね」
感心したようなジーンの質問を、フィンは何気ない態度ではぐらかせた。
まさか前世にいたときに大学で植物学を学んでいたとも言えないだろう。
やがて三人は、枝を燃やして煙を洞窟内に送り込むべく、仕掛けの準備を始める。ぐずぐずしていると、いつなんどき気配を察知したゴブリンたちが外に出てくるかもわからない。なるべく音を立てないように、急いで準備を進めた。
「ジーン、火をつけてもらえないか?」
「火ぃ? ……めんどくせぇな……わかったよ」
ジーンがぶつくさ言いながら、火打石と火打金を器用に操り、火種を生み出していく。なかなか技術のいる作業なのだが、こういう作業がジーンは上手い。火種はみるみるうちに大きくなり、やがて炎となって積み上げたキョウチクトウの枝を飲み込みはじめた。火勢を補うため、ジーンは動き回り、乾ききった枯れ葉を補充しつづける。
「ダーシー、頼んだ」
「ほーい」
ダーシーは気の抜けた返事を返すと、右手で握った杖を掲げて、断続的な単語のようなものを奇妙な発音で唱えはじめる。するとダーシーの身体を起点に風が生まれた。結んだ髪の先端を揺らめかせながら、やや強めの風はキョウチクトウの生木から立ち上がる大量の煙を洞窟の中へ流し込んでいく。
すぐさま外の異変に気づいたゴブリンたちの慌てたような声が洞窟の奥から聞こえてきた。牽制のためフィンは手裏剣を数発、適当に洞窟内に打ち込む。倒す必要はない。警戒させて、しばらく洞窟内に足止めできればいいのだ。
やがて大量の煙に耐えきれなくなったのか、フラフラとした足取りでゴブリンたちが外へと歩み出してくる。しかし、ゴブリンたちが新鮮な空気にたどり着く前に、待ち構えていたフィンとジーンが、次から次へとその命を奪っていった。
しばらくすると、洞窟内から生き物の気配が感じられなくなった。
フィンは有毒性の煙を生み出す危険な焚き火を消すと、再度ダーシーに頼み、毒素を追い出すための強風を洞窟内に送り込んでもらう。
「じゃあ、ちょっと見てくる」
フィンはそう言うと、単身洞窟の中へと踏み込んでいった。
万が一のことを考え、腰にロープを巻いてもらい、その端を外で待機するジーンに握ってもらっている。もしもキョウチクトウの毒素や一酸化炭素による中毒でフィンが倒れたら、そのロープにかかる張力の変化を察知してもらい、一気に引きずり出してもらおうという考えだ。
背後からの強風でも消えないよう、松明代わりにダーシーの魔術で明かりを宿した小剣の刃先をかざしながら、生き残りの気配に細心の注意を払いつつ、ゆっくりと奥へと歩を進めていった。
比較的新しいこの巣窟は、さほど大きくもなく、形もいたってシンプルだった。
まっすぐ進んだその奥にはメインの居住スペースらしき最も広い空間があり、そこに大量のゴブリンたちが倒れていた。すべてが絶命したわけではなく、まだかすかに動きのある者もいる。だが、そのいずれもが意識朦朧とした様子で、まともに立ち上がることもできないようであった。大広間とでも呼ぶべき、そのスペースからさらにいくつかの横道が走り、食糧庫やトイレ、ガラクタ置き場のような小部屋につながっている。
ところどころに停滞する毒性の強い煙を避けながら、おおまかに探索を進めた。
やがて大広間以外には生き残りがいないことを確認すると、フィンは速やかに洞窟を抜け出した。キョウチクトウの毒性は、目に見えない状態でも空気中を漂っている。あまりに長時間、洞窟内にいては、そこに倒れるゴブリンたちと同じ運命をたどることになってしまう。
できるかぎり短時間で済ませたはずだったが、それでも若干の息苦しさと吐き気を感じ、しばらく外で横になっていた。そんなフィンを心配したように見守るダーシーが声をかけてくる。
「大丈夫?」
「……うん。だいぶ落ち着いた」
フィンはゆっくりと身体を起こした。
「ジーンは?」
「……退治の証拠として死んだゴブリンの耳を切り落としてる」
ダーシーは多少の嫌悪感をにじませながら眉をひそめた。魔術師として、もっと残虐な行為にも触れているはずだが、人間にも似た形をしたモンスターの耳を切断するという行為には、まだ慣れないようである。
「中にまだ生きているのがいたけど?」
そのフィンの言葉に、ダーシーはゆっくりと横に首を振った。
「死んだよ。毒が効いたみたい」
フィンが休んでいる間、ジーンが入口からほど近い範囲を探索してきたらしい。そこに倒れていた、まだ息のあるゴブリンを見つけ、ロープで縛り上げると外へ引きずり出してきたが、ろくに動けないほど衰弱しきっているはずのゴブリンは、人間であるジーンとダーシーに向かって歯を剥いて激しく威嚇し、唾をまき散らしながら意味のわからない叫び声を上げつづけていたという。
そしてゴブリンは息を引き取った。
改めてふたりはゴブリンが人間に対して抱く憎悪の凄まじさに圧倒されたという。
「なんで、あいつら、あんなに人間を敵視するんだろうね……」
「俺たちが子どもの頃に聞いた神話では、大いなる主神が人間を生み出し、それを真似て悪神が生み出したのがゴブリンで、だからこそゴブリンと人間はいがみあっているって……」
フィンが話しはじめた説明に、ダーシーは乾いた笑いを漏らす。
「……子ども騙し、だよね」
ダーシーのその反応に、フィンは悲しそうに眉を寄せた。
神話や伝説そのままではないにしろ、まさか神が実在しているなんて、ダーシーには知るよしもないのだろう。女神リィンのおかげでこの世界に転生してきたフィンとしては複雑な心境だった。
「きっと、人間に似ているからこそ、憎むんだと思う」
ダーシーはいつもどおりのかすれた声で呟くと、寂しそうに笑った。




