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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第五章 自由都市ハント

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第45話 傭兵団の初仕事

「さあ、いらっしゃい! そこのお兄さん、ちょっと腕試しはいかがかな?」

 

 フィンはわざとらしいダミ声で、通りを行き交う通行人に声をかけた。

 そのかたわらでは、ジーンがデモンストレーションとばかりに、壁に立てかけられた朽ち木めがけて棒手裏剣を何本も打ち込んでいる。短剣では百発百中のジーンであるが、手裏剣はまだまだ不慣れなこともあり、刺さるのはそのうち約半数だけだ。事情を知らぬ通行人には、どうしても下手に見えてしまう。

 

 だが、これが狙いだった。


 フィンのアイデアは、浅草でよく見かけた射的や手裏剣投げの遊技を再現することだった。

 ただそのまま模倣するわけではない。資金に乏しいフィンたちの工夫として、射的のように景品を狙わせるのではなく、ダーツのようにフィンと勝負して勝てば賞金、としたのである。

 要するに負けなければいいのだ。

 幸い棒手裏剣は、慣れるまでは刺すことすらも難しい。よほどのことがないかぎり、フィンが負けるはずはなかった。

 ジーンは言ってみれば、客寄せのためのサクラである。

 好奇心旺盛な子どもたちが、もの珍しさに惹かれて遠巻きに見物しはじめたのを見て、フィンは彼らを呼び寄せ、お金を取らずに体験させてみた。至近距離からの投擲だったが、ボロボロの朽木なのに思うように刺さらない難しさに、嬌声をあげて熱中しはじめる子どもたち。

 その声につられるように大人たちも集まりはじめた。

 やがて参加料を支払う最初の挑戦者が現れると、その後は次から次へと新しい参加者が続き、手裏剣投げの出店は大盛況を迎えることとなった。

 次第に貯まっていく貨幣の量に比例して、ジーンの顔色もどんどん紅潮していく。

 

「フィン、こいつはやばいな」

 

 興奮を抑えきれない声で、ジーンはフィンの耳元で囁いた。フィンは笑顔を返す。お客さんを飽きさせない、もとい絶望させないための手加減もいまのところうまくいっている。ときおりわざと外したりしながら、絶妙に名勝負を演出してきた。それがあまりにも上手かったのか、幾度となく挑戦する市民もあらわれ、次第に腕を上げてくる者もいたが、いずれもフィンははるかに凌駕する稽古量でそれらを巧妙に退けてきた。

 午後にもなると、すでに噂が広まりはじめているらしく、腕に覚えがありそうな傭兵やごろつきなども姿を見せるようになる。さすがに一般市民と比べると、のみこみも早かったが、それでもはじめて扱う武器ということもあり、一方的に参加料を集めていくことができた。

 

「なんだと、テメェ! インチキしてんじゃねぇのか!」

 

 負けた腹いせにいちゃもんをつけてくる輩もあらわれる。

 特に腕っぷしの強さで世を渡り歩いている傭兵にとっては、武器の扱いで負けることは大きく評判を損なうことにもなりかねない。下手すると本業にも響いてしまう。

 そして、なによりも自尊心が、負けを許さないのだろう。彼らも必死なのだ。

 だが、そんなときはジーンが背後から近づき、耳元で「お兄さん、落ち着いて」と囁くことで、静かにしてもらっていた。

 腕の立つ相手ほど、すぐにおとなしくなる。

 わかるのだ。

 いとも簡単に背後を取るジーンの技術の高さと、囁きが一瞬にして短剣の刃に替わりうるということが。

 わからない未熟者ほど抵抗した。

 そんなときは恫喝されるがまま路地裏へとジーンが引っ張り込まれ、しばらくするとジーンだけが平然と戻ってきた。

 

「どうだった?」

「いろいろ話したが最後には仲直りさ」

 

 ジーンはにんまりと笑みを浮かべた。その胸元には、見覚えのない財布らしき革の小袋がねじ込まれていた。


 


「おい、お前ら! 誰の許可を得て、こんなところに店を出してるんだ?」

 

 その威圧的な声が聞こえてきたとき、フィンは「またか」と顔をしかめた。

 だが、そこにいたのは、革なめし職人ギルドの紋章をつけたハント市の自警団であった。その肥満がかった巨体の背後には、さきほど撃退したごろつきどもがいて、ニヤニヤとこちらの様子をうかがっている。

 

「……やりやがったな」

 

 ジーンはいまいましそうに舌打ちした。

 どうやら、ジーンに叩きのめされたクレーマーたちは、顔なじみの自警団員に泣きついたらしい。自警団といえば、市内の治安維持を請け負っているとはいえ、所属するギルドの義務としてのタダ働きにすぎず、裏では不正に手を染める者も少なくないという。彼もそんなひとりなのだろう。

 たまたま警邏中に通りがかった風を装いながら、ジロジロとフィンたちを吟味するように睨みつけた。

 

「お前ら、このへんで商売するにはギルドの許可がいるのは知ってるよな?」

「……当然じゃねえか」

 

 素知らぬ様子でジーンが答える。

 フィンにとっては初耳だった。

 

「許可は取ってるんだな?」

「ああ、もちろんだ」

 

 威圧するような自警団の視線に真っ向から立ち向かうジーン。視線をそらさず、ふてぶてしい笑顔で見つめかえす。

 

「許可証を見せろ」

「……ところが、忘れてきちまったんだ」

 

 おどけたように小首を傾げる。小馬鹿にしたジーンの態度に、背後にいた荒くれ者どもが激昂した様子で野次を投げかける。

 

「おい、だんな! そいつ、引っ張っちまえよ!」

「あいつに財布取られたんだ! なんとかしてくれ!」

 

 ギルドの紋章の入った革鎧をつけていなければ、そのへんのごろつきとも見分けのつかない程度にガラの悪い警吏は、それらの声にニヤリと笑うと「おまえら、ちょっと話でも聞かせてもらおうか?」と近づいてきた。

 ジーンは舌打ちする。

 

「しゃーない。ここまでか」

 

 ばっと身をひるがえすと、奪った財布を元の持ち主の鼻っ柱に叩きつけた。

 ぎゃっと悲鳴が上がる。

 突然のことに、一瞬、場が凍りつく。

 ジーンはさらに売上金の入った箱の中身を自警団の男に向けてぶちまけた。大量の貨幣が宙に飛び散り、男の頭上へと降り注ぐ。

 遠巻きに騒動を見守っていた野次馬たちからの歓声。路上に金属音を立てて散らばる貨幣を求めて、野次馬たちが一気に押し寄せてくる。

 

「いくぞ」

 

 ジーンはフィンの手を取り、その場から逃げ出した。

 

「あ、こら、待て!」

 

 気づいた自警団が後を追おうとするが、貨幣を拾おうと足元に群がる群衆たちによって邪魔され、思うように動くこともできない。

 残されたのは、壁に立てかけられた穴だらけの朽ち木と、地面で群衆に踏まれてバラバラに壊れた木の箱だけであった。

 

「くそっ! お前らも追え!」

 

 自警団の男は腹立たしげに吠えると、財布を叩きつけられたごろつきたちに恫喝するかのように指示する。ごろつきどもは、急なことに慌てふためきながらも「お、おう!」と答え、ジーンとフィンが走り去った路地の奥へと駆けていった。

 それを見届けた自警団は大きくため息をつくと、やがて大声で周囲に叫んだ。

 

「お前ら、金を拾うな! これは違法な営業をしていた金だ! すべてギルドが没収する!」

 

 そう言うと男は散乱する金貨を、嬉しそうに拾いはじめた。



 

 フィンとジーンは、ハント市内の路地という路地を駆け抜けた。

 背後から追っ手らしき男たちの「待て!」という怒鳴り声がかすかに聞こえてくる。どれくらいの数の、どのような相手が追ってくるかはわからないが、とりあえず面倒だけは避けようとふたりは駆け続けた。

 

「ジーン、そもそも逃げて大丈夫なのか?」

 

 走りながらフィンは並走するジーンに弾む息で問いかけた。ジーンは笑いながら「大丈夫だって。稼いだ金はちゃんと返したし、逃げ切ればこっちのもんだ。どっちにしろあの自警団のデカブツが全部、懐に入れちまうんだろうし、むしろなにもなかったってことになるはずだぜ」と答えた。

 

「……全部じゃないよな? おまえが胸元に半分くらいしまってたの見たけど」

 

 フィンは呆れた口調で指摘した。ジーンは大きな声で豪快に笑い出した。

 

「支払いが滞ると、グラントさんが困っちまうからな」

 

 フィンとジーンがそんな会話に気を取られているうちに、いつのまにかその背後に追っ手とおぼしき男たちが姿を見せ、次第に距離を詰めてきた。

 フィンとジーンも旅装に比べれば身軽な格好ではあったが、どうしても不慣れな土地での追いかけっこである、道の不案内さがその逃げ足を遅くせざるをえなかった。かたや追っ手の方は慣れ親しんだ場所であり、なおかつ駿足にも自信があるのだろう、とても逃げ切れるものではなかった。

 

「待ちやがれ!」

 

 追っ手は背後からジーンの肩を鷲づかみにしようと迫ってくる。

 ジーンはすばやくかわすと、くるりとふり返りざまに、相手の首筋に握りこぶしをたたき込んだ。くぐもった声をもらし、どうっと地面に倒れこむ男。

 

「……ちっ。もう追いついてきやがった」

 

 ジーンは、その追っ手がいちど路地裏で叩きのめした相手であることには気づかず、吐き捨てるように言った。

 もうひとり、そちらはフィンが膝めがけて突き刺すような蹴りを放ち、勢いよく転倒させる。

 いきなり発生した乱闘に、たまたま居合わせた通行人からキャーという悲鳴が上がる。

 気がつけば、土地勘のある追っ手たちが裏道で先回りしてきたらしく、周囲の路地裏からぞろぞろと怒りに顔をゆがめた悪漢どもが姿を現す。追いかけながら、地元の仲間を集めていたのだろう、その人数は最初の時と比べても倍近くにまで膨れあがっていた。

 どこから見ても善良な市民とは思えない風貌の男たちは、フィンたちの退路を塞ぐように周囲を取り囲む。もとより自警団のところに連行していくつもりもないのだろう、その手には棒やら短剣やらの武器が握られ、威圧的な態度で口汚く罵りながら、次第にその距離を縮めていく。

 不穏な気配を察して逃げ出した通行人たちは遠巻きに、ひそひそと囁きあいながらその様子を見守っていた。

 

 ジーンは舌打ちした。

 これから傭兵としてハント市で活動していく以上、余計な騒ぎを起こして、目をつけられることは避けたかった。できるだけ速やかにこの場を立ち去りたかった。

 フィンに視線を向けるが、単純な彼はなんの躊躇いもなく腰に下げた剣を抜き放っていた。

 まだ若いこともあるのか、ところどころで思慮に欠ける幼さのようなものを感じることがあった。それは田舎の農村育ちということにも関係があるのだろう。もしかしたら、未熟さというよりも、純朴さ、もしくは甘えなのかもしれない。

 ジーンはため息をつくと、年長者として尻拭いをしなければという決意のもと、両の手に短剣を握りしめた。

 

「……フィン、どうする?」

「右手が弱そうだ。あそこを破って逃げよう」

「逃げるって……お前、道わかるのか?」

 

 フィンは首を傾けながら肩をすくめてみせた。ジーンはふたたびため息を漏らす。

 

「このあたりはだいぶ路地も入り組んでいて、地元民でも迷うところだ。曲がったはずなのに元の場所に戻ってるってことにもなりかねない。逃げるなら下手に曲がらず、まっすぐだ」

「わかった」

 

 じりじりと近づいてくる暴漢たちから目を離さず、フィンは抑えぎみの声で答えた。

 そして、沈黙。

 敵もなにかを察したらしい。ぴたりと足を止め、一定の距離をあけて互いに睨みあう。

 均衡を破ったのは、ジーンだった。

 左手に立つ敵めがけて短剣を投げ放つ。飛来するそれを打ち払う金属音に、他の追っ手たちの視線が集まったそのとき、フィンが勢いよく飛び出した。右前方でぼんやりとしている男めがけて体当たりをかますと、隣にいた巨漢もろとも地面に転がしてしまう。突然のことに呆気にとられた男たちの隙をついてフィンは包囲網を抜け出すと、そのまままっすぐ駆け出していく。そのあとをジーンも追った。

 追っ手たちはすぐに正気を取り戻し、喉を引きちぎらんばかりの大声で「追え!」と叫ぶと、一斉にフィンとジーンの背中を追いかけ始めた。


 そのとき、逃げる二人の背中にほど近い空間の、とある一点が光を宿した。

 最初はわずかな点にすぎなかった光は、たちまちはじけるように膨れ上がり、まばゆい閃光となって、暴漢たちの集団を一気に飲み込んでしまう。

 放たれた光の暴力が、直視した男たちの視界を真っ白に染める。

 

「うぉっっ!」

 

 眼を焼かれた男たちは悲鳴とともに両眼を手で覆う。

 光はすぐに消え去った。

 閃光に背を向けていたフィンとジーンは、かろうじて視界への影響もなく、とはいえなにが起こったのかと戸惑うように足を止めて周囲を見渡した。

 追跡者たちは、まともに閃光を直視してしまったらしい。

 しゃがみこみながら目を押さえる者、立ってはいるものの目を焼かれ、所在なくふらふらとさまよっている者、その姿はさまざまであったが、誰ひとりフィンとジーンを追う余裕はなさそうである。

 追っ手だけではない。たまたま居合わせた不幸な通行人たちも、多くが両掌で目を覆いながらうめき声を漏らしつづけている。誰ひとり怪我をしていないのに陰惨極まるその様子は、ちょっとした事件現場のようでもあった。

 思わずフィンとジーンは顔を見合わせてしまった。

 そのとき、路地裏から囁くような声で「そこのふたり、こっちへ!」と呼ぶ声が聞こえてきた。

 見ると、細い路地の影から、フードをかぶった人物が、そっと手招きしている。

 いつなんどき追っ手たちの視力が回復するかわからない。フィンとジーンは意を決し、手招きする人物のいる路地へと駆け込んでいった。

 

「何者だ?」

 

 駆け寄るやいなや、フード姿の人物の喉元にジーンが短剣を突きつける。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 あわてふためいた様子でフードの奥からこぼれ出た声は、ハスキーな女性のものであった。

 

「私! 私だって!」

 

 大急ぎでフードをたくしあげると、その下からフィンの幼なじみのダーシーの顔が現れた。

 

「ダーシー!」

 

 思わぬ再会にフィンは頬をゆるめる。事情の飲み込めぬジーンは、けげんそうな表情でフィンとダーシーの顔を交互に見比べた。

 

「……誰?」

「ああ、えーと、コルト村の幼なじみ」

 

 フィンはあわててジーンにダーシーを紹介する。しかし話しているうちにジーンにとって最もわかりやすい説明がひとつあることに思い当たる。

 

「……火球魔法の遣い手、だね」

「あ!」

 

 ジーンは目を丸めて驚きの声を上げた。

 以前聞いた話では、ジーンはイゴール盗賊団の一員としてコルト村に攻め入ったときにダーシーの火球魔法を喰らい、早期の戦線離脱を余儀なくされている。これ以上、わかりやすい説明はないだろう。

 そのときの痛みを思い出したのか、表情を歪めながらも、ジーンは「そ、そいつはすげえ! よろしく。俺はジーン」とたどたどしく自己紹介をした。

 ダーシーは、初対面の優男が思わず漏らした「あ!」という発言が気になったものの、とりあえず「よろしく」と言葉を返し、小首をかしげながら握手を交わした。

 

「で、どうしたんだ? こんなところで?」

 

 フィンが尋ねる。

 その言葉に思い出したように顔をしかめると、いまいましげにダーシーは語気を荒げた。

 

「どうしたじゃないでしょ! あんた、なに追われてんのよ⁈ バカじゃないの!」

「……いやあ、ちょっと……」

「ちょっとじゃないって! とりあえず逃げるよ!」

 

 そう言うとダーシーは、フィンとジーンを先導するように小走りで細い路地の奥へと駆けていく。そしてすぐに振り返ると、苛立った険しい表情で「早く!」と催促する。ふたりは顔を見合わせると、やがてダーシーの小さい背中を追って走り出した。

 魔術学院で学びながら、四年の歳月をハント市内で過ごしたダーシーは、驚くほど路地裏を熟知していた。大小の曲がりくねった路地が複雑に交差する細い道をいくつも通り抜け、やがて大きな石造りの建物にたどり着く。看板の類は出ていない。ダーシーは背丈の倍はあろうかという重厚な木の扉を押し開けると「入って」と二人に促した。

 

「……ここは?」

「魔術学院。おそらくハントでいちばん安全な場所。そして、いちばん危険な場所でもある」

 

 そう言うと、ダーシーはかぶっていたフードを取り除いた。そばかすの残る童顔が安堵の笑みを浮かべている。赤みがかった茶色のくせっ毛は、コルト村を守る戦いで再会した一年前よりも伸びていて、後ろで紐のようなもので簡単に束ねているようであった。

 ゆったりとした外套に包まれているが、その身体つきは、あいかわらず小柄で痩せたままのようである。だが、窮地から助け出されたこともあるのだろう、都会に揉まれた幼なじみの表情や受け答えに、どことなく大人びた雰囲気も感じずにはいられなかった。

 フィンは笑顔を浮かべると、改めて幼なじみに礼を伝えた。

 

「ダーシー、ありがとう。助かったよ」

「うん。とりあえず大事なくてよかった。こっちの彼も無事だった?」

「ああ。ありがとう」

 

 ジーンもこれ以上ない笑顔で爽やかに答える。そして念を押すように「ジーンだ。よろしく」と名を告げた。

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