第44話 軽戦士ユージン
男の名は、ユージンといい、本人の語ったとおり、イゴール盗賊団の一員としてコルト村の襲撃にも加わっていたらしい。だが、ダーシーの火球魔法と婦人たちの弓矢での攻撃によってケガを負い、戦いの半ばで離脱。そのため首領イゴールが討たれたというのも、それを見聞きした者から伝聞で知ったことだという。
「俺が矢で撃たれて退却するときに、ちょうどおまえが戦うのを見ててな、若いのにとんでもねえやつがいるもんだって驚いたんだ。そのあと、イゴールさんが年端もいかない若造に討たれたって聞いてな、ピンときたんだ。討ったのはおまえだって」
ユージンは地べたにあぐらをかいて座り込みながら笑顔で語る。
すでにかぶっていたフードは外し、金髪のくせっ毛と、溌剌とした整った顔立ちをさらけ出している。その精悍な目元から察するに、少しだけフィンよりも年上なのだろう。屈託のない人懐っこい笑顔によって、フィンは襲われたにもかかわらず、どことなく憎めない気持ちにさせられていた。
俊敏さと高い投擲技術でフィンを巧みに追い込んだユージンであったが、急所である股間への一撃によって負けを認めたらしい。これ以上争うつもりはない、と言った。
「……敵討ちじゃないのか?」
「は? なんで敵討ちなんかしなきゃなんねぇんだよ? イゴールさんは、もういないんだぜ?」
ユージンは呆れたように言った。
コルト村の襲撃以降、首領を失った盗賊団は後継争いでバラバラになったらしい。ジーンもそのタイミングで盗賊団を離れたという。
そして、これから傭兵として生計を立てようとしていたちょうどそのとき、ふらりと酒場に現れたフィンを見つけたらしい。
その後、なぜ襲ってきたのかというフィンからの質問には、ユージンは照れ笑いとともに答えた。
「あのイゴールさんを倒したおまえを倒せば、傭兵として名を上げられると思ってね」
「はぁ? 俺なんか倒したってなんの意味もねぇぞ?」
呆れた口調でフィンは言う。
それほどの存在であれば、酒場で傭兵たちにまったく相手にされないなんてこともなかったはずだ。そのことを告げると、ユージンは驚いたように「そりゃそうだな……」と声を上げた。
フィンは思わずため息を漏らした。
計画性のなさにもほどがある。
すっかり周囲も暗くなり、一刻も早く宿に戻りたいフィンは、会話を終えることにした。
抜き身の小剣を鞘に戻すと、座り込んだユージンに手を貸して立ち上がらせる。
すでに急所のダメージも抜けきったようで、動きにも違和感はなさそうだ。
「最後にひとつ教えてほしいんだが、盗賊団にルーファスってやつがいただろう? いまなにしているかわかるか?」
フィンの質問に、ユージンは端正な顔を崩して、爽やかな笑顔を浮かべた。
「ああ、知ってる。小隊長だった男だよな? 聞いた話だけど、イゴールさんの跡を継いで次に首領になったやつをぶっ殺して逃げちまったらしい。盗賊団がバラバラになったのもあいつのせいだってよ。いまじゃ別の盗賊団を立ち上げて、そこで首領やってるって噂だぜ?」
「別の盗賊団?」
「ああ。団の名前は知らないけど。……ルーファス盗賊団とかいうのかな? なんでもめちゃくちゃ腕の立つ連中を集めているらしいぜ?」
「ふーん」
フィンは悩ましげな声を漏らした。
盗賊団にさらわれたルーファスを救おうと村を出たが、まさか盗賊団の首領をやっているとは……。
いずれにせよ、直接会って話してみなければなるまい。
「ルーファスは、いまどこにいるんだ?」
「聞いた話だと、ここよりもうちょい東の、サイス伯領あたりに根城があるみたいだ」
「……サイス伯領」
フィンは、ユージンが口にした固有名詞を繰り返した。
知らない言葉だ。
この世界のことを教えてくれるフアナは、もう隣にはいない。
あとで宿の主人のグラントに尋ねてみようと思った。
「わかった。ありがとう」
フィンは礼を言うと、その場を立ち去ろうとする。
だが、ユージンは言葉をつづけて、フィンの足を止めた。
「いいってことよ。俺のことは、ジーンと呼んでくれ」
ほっそりとした右手が伸びて、フィンに握手を求める。
戸惑いながらも手を握りかえしたフィンに向かってジーンは言った。
「そろそろ暗くなってきたな。場所を変えよう」
「……は? ちょっと待て。なに言ってんだ?」
「え? 酒場で聞いてたけど、おまえも傭兵になりたかったんだろ? だったら俺と傭兵やろうぜ!」
「はい?」
フィンは信じられないといった表情で青年の整った顔を見つめた。ジーンはなにごともなかったかのように平然としている。
なかば巻き込まれる形での傭兵稼業のスタートであったが、裏の世界に通じたジーンの情報網も捨てがたく、結局フィンは手を組むことを了承した。
こうしてフィンとジーンのふたりだけの傭兵団が結成された。
だが、ふたりとも駆け出しの新人である。商人ギルドや酒場を訪ねたり、街を歩いている自警団にも声をかけ、なにか仕事がないかと尋ねてみたが、無名の若者がしかも二人だけということで誰からも相手にされなかった。
こうして仕事が見つからないまま、所持金だけが宿代や食事代として消えていく悪循環に陥ってしまった。
日を追うごとに、ジーンがやさぐれていく。
フィンにとっても、路銀の準備すらままならず、ルーファスを探しに行くどころの話ではない。
今日も一日を終えて、グラントの宿の酒場の片隅で管を巻くジーンの姿があった。
「こんなにも仕事がないとは思わなかったよな……」
ジーンは大きくため息をつく。
フィンは無言のまま呆れたような表情で肩をすくめてみせた。
「グラントさん、なんか仕事ないかなー?」
ジーンは、料理を運んできた宿の主人に泣きつくように言う。
同じことを聞くのは、今日だけでも三回目だ。人の良いグラントは、毎回同じく困ったような顔で「悪いけど、うちは小さい店だから、そういう話はないんだよねぇ」と答えた。そして、いつもと同じく「すまないね、ジーン」と言いながら、ポンポンとその肩を叩いて厨房の方へと去っていこうとする。だが、今回はいつもと違って、途中で足を止めた。
振り返ると少し眉間にしわを寄せ、難しそうな表情で尋ねてくる。
「こんなことは言いたかないが、うちへの支払は大丈夫なのかい?」
「……いまのところは、ね」
フィンは苦笑いを返した。とはいえ、旅立ちの日にフアナからもらった資金もそう長くは持たなそうである。それはジーンも同様であろう。
「他の酒場だったら金目の話のひとつやふたつくらいありそうなもんだけど、当たってみたのかい?」
グラントの問いにフィンは首を横に振った。
「ないわけじゃないんだけど、そういう話は、たいてい他の傭兵団のおっさんたちがかっさらっていくんだよね……俺たちみたいな若造は相手にされないんだってさ」
そう答えるフィンの言葉に続けて、テーブルの上の豚肉を自前の短剣で切っていたジーンが大きくため息をついた。
「……いっそのこと、あいつら叩き潰しちまうか? そうしたら年齢なんか関係ないってこと、よくわかるだろ?」
ジーンの声にグラントは思いきり顔をしかめた。
「やめとくれよ……あんたらを泊めている私たちまで報復されるだろ……」
ジーンは素直に「そっか」と答える。しかし、どことなく残念そうな様子を見ると、あながち冗談でもなかったらしい。フィンはおかしくなって少し笑ってしまった。
「……そもそもあんたら荒っぽいこととか本当に大丈夫なのかい? 悪いが、それなりに若いから、やっぱり頼りなさげには見えちまうよ……」
「だよねぇ?」
ジーンはがっくりと肩を落としながら相槌を返す。
「こう見えても、俺たち、かなり腕には自信があるんだけどなぁ」
「そうなのかい?」
「ああ、間違いなく強い。こう見えても俺たちはそれなりに実戦経験もあるんだぜ。俺もまあまあだけど、フィンなんかすげえからな。……たぶんこのハントで、こいつより強いやつなんか、いないんじゃないのか?」
ジーンのともすると大言壮語にしか聞こえない言葉にも、素直なグラントは「へえ」と感嘆の声を上げる。当のフィン本人は耳まで赤くしながら隣で聞いていた。人生をやり直したフィンからすれば、ジーンの言葉は、まるで中二病的な自信過剰すぎる発言にも聞こえてしまう。自信がないわけではなかったが、周囲がどう受け止めるのかが気になってしまった。
ジーンは、そんなフィンの心情など気づくべくもなく、不満の感情に背中を押されるように言葉を続けていく。
「フィンは、剣だけじゃなくて、飛び道具もあるもんな。なんだっけ、あの投げるやつ?」
「手裏剣?」
「そうそう! あれもやばいよな」
嬉々として語るジーン。グラントも興味深げに「そうなのかい?」と相槌を打つ。そこまでいうなら実際に見てみたいという気持ちが湧いてきたのだろう、少し離れたところにある木の柱を指差すと「あの柱に当てられるかい?」と尋ねてきた。
「当たり前だろ! よし、いけ、フィン!」
安請け合いしたジーンがフィンに指示する。
フィンは苦笑しながらも、腰に差していた棒手裏剣を取り出すと、振りかぶりの一投で見事、柱の中央に突き立てる。
「おお! すごいね! ナイフみたいだ!」
グラントは子どものように手を叩いて喜ぶ。
ジーンも興が乗ってきたのか「俺も」と言うと、肉を切っていたナイフを鋭い動作で投げ放ち、フィンの手裏剣の真下に突き刺した。
「どうだい! 俺もまあまあなもんだろ?」
「たしかにふたりとも大したもんだ!」
グラントは驚きながら拍手喝采を送った。そして、自分も試してみたくなったのだろう、
「ちょっと私にもやらせてもらえないか?」
と、言ってきた。
「いいぜ」「いいよ」
ジーンとフィンは、ほぼ同時に自らの得物をテーブルの上に置いた。短剣と棒手裏剣。グラントは少し迷ったあと、棒手裏剣を手に取った。
フィンは簡単に投げ方を説明する。
グランドは首をひねりながらも見よう見まねで手裏剣を投げつけた。慣れない動作で叩きつけるように放たれた手裏剣は、回転の制御もできておらず、柱に当たると甲高い金属音を立てて跳ね返る。
「うわ、ダメか! こいつは難しいね!」
驚いたようにグラントが言う。
「そりゃそうさ。どれだけフィンが練習したと思ってんだよ?」
なぜだか得意げなジーン。フィンはふたたび苦笑した。
「だが、面白いね。子どもの遊びで、地面に置いた的めがけて石を投げるってのがあるけど、それの大人版だな」
グラントはそう言うと「またやらせておくれ」と言いながら厨房へと戻っていった。
ジーンは一笑すると、マグに残っていたビールを喉に流し込む。
ビールという名前で呼ばれているが、前世でフィンが飲んでいたビールとはまったくの別物だ。炭酸も弱くてまるで気が抜けたようでもあり、爽やかな苦味もない。むしろハーブの匂いのため、なにやら漢方由来のドリンクでも飲まされているような気がしてくる。アルコールも弱いのだろう。子どもでも水代わりに飲んでいたし、フィンもときおりフアナに飲まされていたくらいだった。そして、なによりも違うのは、キンキンに冷やされていないこと——
フィンは、思わずごくりと喉を鳴らすと、ため息をついた。あきらめたようにマグを傾け、ジーンと同じようにビールを口に含んだ。
ふと、前世の記憶がよみがえる。
初夏の下町のお祭り騒ぎ。たくさんの観光客で埋め尽くされた狭い路地を、半纏にねじり鉢巻姿の町衆たちに担がれた金ピカの神輿たちが、威勢のいい掛け声とともに揺らされながらあちらこちらを練り歩いている。道の両脇を埋め尽くすのは極彩色の屋台たち。発電機の低い震動音をBGMに、香ばしい匂いと甘い匂いとが手を取りあって、通りすぎる老若男女の胃袋を刺激する。子どもたちの手には、泳ぐ金魚が詰められた小さなビニール袋。あるいは、真っ赤なりんご飴。かすれた呼び込みの声につられるように浴衣姿の若者たちが屋台を覗き込んでは、買い物に興じる。そんな下町の光景だ。
「ジーン。俺にいい考えがある。稼げるかもよ」
フィンは笑みを浮かべて、相棒に向き直った。
ジーンはいぶかしげに眉間にしわを寄せながら「……おう?」と小さく答えた。




