第41話 四人の傭兵稼業
やがて難を逃れた二人は、盗賊団の村を離れ、遠く東に位置するノーマの生まれ故郷の自由都市リキア市へと流れ着く。
「川の街」とも呼ばれるサイス伯領リキア。この街で生まれ育ったノーマは、やがて傭兵となり、各地を転々としながら、最終的にはイゴール盗賊団に拾われる。なにがあったのかと尋ねるルーファスにノーマは意味深な笑顔で「まあな」と濁した。
「これからどうするんだ?」
問いかけるノーマの言葉に、ルーファスは街の代名詞の由来ともなった宿のすぐ下を流れる大河オルトリアを見つめながら「俺は強くなりたい」とつぶやいた。
「まあ、そうだろうな」
ノーマはおかしそうに声を漏らして笑った。
それから数日後、ルーファスはノーマに連れられてリキア市の商業区にある古ぼけた酒場を訪れた。
「酒でも飲むのか?」
けげんそうなルーファスに対し、「いいから」と半ば強引に店内へと押し込むノーマ。
薄暗くがらんとした店内。賑わいを迎えるにはまだ少し早いようだが、店の片隅にあるテーブルにはすでに二人の先客が座っていた。
その背中に向かってノーマは明るい声で「よう!」と声をかける。
振り返ったのは、いずれもノーマと同世代らしき若い女性であった。
一人は、小柄な身体を真っ黒なローブで包み、くりくりした目をさらに丸めて好奇心たっぷりの笑顔を向けてくる。
そしてもう一人は、物静かで穏やかな雰囲気ながら、ルーファスに劣らぬほどの立派な体格の持ち主であった。椅子に座る姿勢も真っ直ぐで、その美しく精緻なたたずまいからは、厳粛さすら感じさせる、そんな威厳の持ち主であった。
ノーマは二人をナタリアとモイラと紹介した。
駆け出しの頃からの古馴染みらしい。
「よろしく。あたしはナタリアだ」
ふっくらとした丸顔をゆるめながら、ナタリアはだぶだぶのローブの袖口から小さな手を差し出してくる。ルーファスはその手を握りながら、挨拶とともに自らの名を告げる。
その丁寧な振る舞いにモイラはにっこりと微笑んだ。
「私はモイラです。はじめまして、ルーファスさん」
両手をテーブルの上に置いたまま笑顔を向けるモイラにあわせて、ルーファスも握手を求めずに会釈だけを返す。
「さぁて、まずは腹ごなしだな」
両手をパンパンとたたきあわせながらノーマは嬉しそうに席についた。そしてルーファスも空いた隣の席に座らせると、暇そうにしている店主に向けててきぱきと注文を伝える。
やがて運ばれてきたビールに口をつけながら、なにげない口調で提案した。
「なあ、オレたちで傭兵団を結成しようぜ?」
「はぁ?」
恐るべき反射速度で、心の底から呆れたような声を漏らすナタリア。
ルーファスとモイラは意味もわからず、目を白黒させる。
「どういうことよ?」
「まあ、聞けって。ここにいるルーファスを一人前の戦士に育ててやろう、ってわけよ」
嬉しそうにノーマは語りだした。
いきなりの突拍子もない提案に、多少の白熱した議論はあったものの、最終的には四人で傭兵団を結成することとなった。
ノーマによれば、モイラはこれまでも傭兵として数々の戦場を渡り歩いてきた歴戦の勇士であり、さらには異能によって尋常ならぬ怪力の持ち主でもあるらしい。傭兵になるまでは騎士だったということで、剣術の基礎を学ぶには、ぴったりだとノーマは推挙した。
そして、ナタリアは魔術師だという。
噂には聞くものの初めて出会う魔術師の存在に、思わず感嘆の声を漏らしてしまうルーファス。予想どおりの反応にノーマはほくそ笑む。
ふつうであれば魔術師というものは研究室にこもり、古ぼけた文献や実験道具に囲まれて一生を終えるらしいが、ナタリアは業界でも異端児らしく、身につけた魔術を実践の場で試してみたいと自ら志願して傭兵稼業に飛び込んできたらしい。
そのあまりにも異質すぎる存在は、保守的な傭兵の世界でも敬遠され、いまだに仕事の仲間探しには苦労しているとのことだった。
要するに、たまたま大きな仕事を終えたモイラと、ずっと仕事のないナタリア、そして強くなりたいルーファスという三者の希望を叶える提案だということらしい。
では、お前の希望は? と尋ねられたノーマは、ニヤリと笑って答えた。
「こんなの絶対に楽しいだろ? たまんねえよな」
いつのまにか常連客で賑わいを見せはじめた酒場の店内で、四人はビールの入ったマグを激しくぶつけて乾杯した。
「とりあえず仕事も探さないとな。まあ、知り合いのギルドとかも当たってみるか」
「それならば、意外と神殿や教会もいいと思う。大きな仕事はあまりないかもしれないが、なんだかんだいって人手は必要なようで小さい仕事なら事欠かないはずだ」
モイラの助言にノーマは素直に礼を伝え、ナタリアはそのつぶらな瞳をさらに丸くした。
「そうなのか? そんなこと誰も教えてくれなかったぞ……」
ナタリアのその反応に、モイラは肩をすくめてみせた。
「まあ、神の信徒たちは魔術嫌いってのが定番だからな。あえて教えなかったのかも」
「なんだそれ⁉︎」
信じられないといった様子で吐き捨てるように言うナタリア。
ルーファスは、頬に残る傷跡をそっと撫でながら、新たな仲間たちの会話を朗らかな笑顔で見守っていた。
そのとき酒場にひとりの年配の女性が駆け込んできた。
店の雰囲気とは明らかに不釣り合いなほど豪華な衣装を身にまとった淑女は、震えながらもよく通る澄んだ声で高らかに叫んだ。
「どなたか、ヘンリーをご存じの方はいないでしょうか? 急いで会わねばならぬのです!」
どこぞの貴族らしき女性の身なりと、庶民の集まる酒場で大声を出すという行為のちぐはぐさ、そしてヘンリーというありがちな名前に店内が沸騰したかのようにざわつきはじめる。
ノーマはマグに残ったビールを飲み干すと、椅子を蹴って立ち上がった。
「さあ、仕事だ。……いくぜ?」
そして、ルーファス率いる傭兵団の歴史が、ここからはじまった。




