第40話 包囲網を抜けて
家畜小屋に戻ると、大声でルーファスは叫ぶ。
「姐さん!」
「ルーファス! 来たか!」
家畜小屋の背後にひそんでいたらしいノーマが、馬を駆って姿をあらわす。そしてすぐにルーファスが引率してきた猛り狂う集団に気がつき、素っ頓狂な声をあげる。
「はああっ⁈ なにやってんだよ⁉︎」
「姐さん、すまん!」
「お前、なんで隊長どころか、あんな大人数連れて戻ってんだよ! あれじゃ逃げらんねぇだろ!」
騎乗したまま、ルーファスの周囲をぐるぐると周りながら、ノーマは困惑をにじませた声を張り上げる。
その言葉どおり、追っ手のありあまる人数によって敷地内の退路はあらかじめ断たれ、ルーファスたちを取り囲む包囲は、じりじりとせばまりつつあった。
ノーマを守りつつ、切り結ぶしかない。
ルーファスが覚悟を決めて、改めてアルドゥングを握り直したとき、遠く離れた場所から高らかにあざける笑い声が聞こえてきた。
「——ったく。ノーマ、てめえもか」
「モンク!」
ノーマは吠えた。
次第に近づいてくる襲撃者たちの包囲網から、それなりに距離を置いたところに、堂々と肥えたモンクの姿があった。たいまつを持った護衛たちに囲まれ、残虐な笑みを浮かべているのが見えた。
「なぜ、ルーファスを襲うんだ⁈ イゴールの下でともに戦った仲間だろう?」
「仲間だと? そこのボウズは、盗賊団を辞めるって言ったんだぜ? もう仲間じゃねえよ! ただの裏切り者だ!」
ノーマの問いに、モンクは怒りをあらわにしながら吐き捨てるように叫んだ。
そして、取り囲む部下たちに向けて激しい口調で号令をかける。
「おい、てめえら! 二人とも生かすな! やっちまえ!」
その言葉に舌打ちしながらノーマが背中の弓をはずし、両手にかまえる。
それを見たモンクはあわてたように「おい! たいまつを消せ!」と命じた。モンクを照らしていた明かりはすぐさま消え、周囲は薄い暗がりに包まれる。
ふたたびノーマは舌打ちした。
ここまで暗くては、異能による正確無比な射撃はできない。
「モンクの野郎……気づいてたのか?」
ぶつぶつと漏らしながら、とりあえずノーマはつがえた矢を放った。だが、異能の補助なく放たれた矢は頼りなく弧を描き、モンクに届くこともなく包囲網の内側に落下する。
遠く離れた納屋では、まだ屋根が燃えているようだが、その光は、この家畜小屋の周辺を照らすまでにはいたっていない。
ノーマはため息をついた。
「ルーファス、ダメだ。暗すぎる」
「大丈夫だ! 俺がなんとかする。姐さんは、敵の矢から馬を守ってくれ」
「すまん」
ルーファスは大きく吠えると、野生の肉食獣のような獰猛な動きで、包囲する盗賊たちに襲いかかっていく。
それまで仲間の数の多さに酔い、自分自身まで強くなったような錯覚を抱いていた追っ手の一人ひとりは、改めて個の圧倒的な格差に直面し、命をまきちらしながら絶望する。
強え!
ノーマは久しぶりに見るルーファスの戦う姿に驚きを隠せなかった。以前からそれなりに強かったが、いまのルーファスはそれとは段違いである。戦いに敗れ、生死の狭間をさまよった経験が、彼を強くしているかのようであった。
あるいは、その剣か。
ノーマはルーファスの手元に目を留めた。
「あれ? その剣、もしかしてイゴールの魔剣じゃねえか?」
「ああ、よくわからないが、なんか納屋に落ちてた」
不意な問いかけに戸惑いつつ、ルーファスは迫る敵を次々と斬り払いながら答えた。
「ふーん。そういや、なんか魔剣の力が失われてるって、やたらとモンクの野郎が怒ってたな。せっかく拾ってもらったのに、あいつ、捨てちまったのかよ……」
飛んでくる矢を避けながら、馬上のノーマは呆れたように言った。
ルーファスが倒れたあの日、ノーマの援護射撃の下、ルーファスを助け出した部下たちが、近くに落ちていた魔剣も持ち帰ってきたらしい。「選王の剣」という異名に対して、多少の野心もあったのだろう。だが、すぐにモンクの聞くところとなり、半ば強奪されるようにモンクの手へ渡ったものの、すぐに魔力が失われていることが発覚。怒りのあまり、モンクは魔剣を放り出すと「捨てておけ!」と命じたという。ノーマはおそらく側近の誰かが納屋にしまっておいたんだろうな、と言った。
「こんなにいい剣なのにな」
ルーファスは寄せる襲撃者たちを鮮やかに斬り払いながら、不思議そうにつぶやいた。こんなにも使いやすいのに魔剣でないことには驚いたが、それにしても捨てる必要はないだろうと思った。
「まあ、ただの剣じゃ満足できない奴らもいるってことさ」
ノーマはニヤリと笑みを浮かべた。
二人とも余裕のあるそぶりを見せてはいるが、状況はよくない。
ルーファスだけならまだしも、まともに戦う術を持たないノーマを守りつつとなると、そう簡単な話でもなかった。ノーマはノーマで、異能が使えないだけでなく、馬を守るために騎乗した状態のまま飛んでくる矢から逃げつづける必要があった。そのうえ悩ましいことに馬の上で戦うには腰に佩いている小剣では短すぎた。
結果としてルーファスに守られながら、ひたすらに逃げまどうこととなる。
ルーファスもなるべく体力を温存しようと、鎖帷子で身を守る敵相手には蹴りで膝を砕いたり、足を引っ掛けて倒したりもするが、さすがに数が多すぎる。
そればかりか、距離を置いた後方から部下たちを叱りつけるモンクの怒号が、なにげに的確な指示となり、弓矢の一斉射撃を交えつつ寄せては返す波のようにルーファスたちを休ませることなく攻めつづけていた。
その用兵の妙に、二人はじわじわと家畜小屋の奥の敷地の隅へと押し込まれていく。
「……やべえかもな」
ノーマは不敵に唇をねじ曲げたが、その表情にはどことなく焦りが見えた。
一人ひとりはそれほど脅威でもないが、モンクのなにも考えてないような叱責の声が、このうえなく陰湿でねちっこい攻めを生み出している。
意外なまでのモンクの采配の巧みさに、ようやく二人も気がつき、いままで知らなかったことを後悔した。
「……こんなやつら、モンクがいなかったら有象無象なんだがな」
いらだたしそうなノーマのつぶやきを耳にしたルーファスは苦笑を返す。
「こうなったら、モンクめがけて突撃するか?」
「……やめてくれ。オレがもたねぇよ」
めずらしくノーマが気弱そうに笑った。
いつも肌の露出が多い服を身にまとい、肉感的な肢体を大胆にさらけ出しているものの、その気丈な表情と豪快な性格から男らしく受け取られがちなノーマであったが、さすがにその表情からは強靱さは消え失せていた。
ルーファスは腹を決める。
漆黒の夜空に向かって大きく吠えた。
そして腰を低く落とすと、押し寄せる敵すべてを斬り倒さんばかりの気迫をみなぎらせ、剣を構えた。
「朝まで持ち堪えてやる。明るくなったら——姐さん、頼む」
覚悟を決めたルーファスのかすれた声に、ノーマは言葉もなくうなずいた。
あきらかに変わったルーファスの雰囲気に飲まれ、敵もその動きを止めていた。
獰猛で危険な獣を目前にしたかのような緊張が立ちこめる。
近寄れば、やられる。
そんな直感が、ルーファスを取り囲む盗賊たちの脳裏に浮かんでいた。
均衡を破ったのは、またしてもモンクであった。
「てめぇら! なにやってんだ! くそ野郎どもがぁあ!」
絶叫のような怒号に、びくりと敵が身震いする。その動きは波となり、一気に敵の軍勢のなかに広がっていった。やがて意を決した盗賊たちは武器を振り上げ、一斉に襲いかかってきた。
ルーファスは剣を振り上げ、あまたの刃たちを迎撃する。
荒ぶる獅子のようにルーファスは剣を振るいつづけた。
ノーマは舌打ちする。
「……明かりさえあれば‼︎」
そのとき、カラスのしわがれた甲高い声が鳴り響いた。
思わず見上げるノーマ。
星を散りばめたような夜空を背景に大きなカラスが飛んでいた。
そのくちばしには、いまだに燃えつづける納屋の屋根から拝借してきたのであろう、火のついたわらの束を咥えている。
カラスは、ふわりと家畜小屋の葺き屋根に降りたつと、地上で争う人間たちを嘲笑うかのように、大きくカアと鳴いた。
ぽとりと燃えるわらが屋根に落ちた。
その小さな火はすぐさま大きくなり、たちまち屋根全体を燃えあがらせるような業火へと変わった。その炎は、煌々と周囲を赤く照らし、まるで真昼のようにその場にいるすべての者の表情を明らかにする。
明かりに照らし出されたモンクの顔は、驚きと恐怖にひきつっていた。
ノーマは、ニヤリと笑いながら、小さくつぶやく。
「あばよ」
その細腕からは想像できない膂力で引き絞った大弓から稲妻のように放たれた矢は、あやまたずモンクの眼窩を貫いた。




