第39話 魔剣アルドゥング
納屋の外では、モンクの手下たちが手にしたたいまつで、納屋の葺き屋根に火を放とうとしていた。
火を近づけるやいなや、乾燥した藁はたちまち炎を上げて燃え広がっていく。
あっという間に納屋の屋根は炎に包まれてしまった。
真昼のように明るくなった納屋の外で野太い歓声を上げる隊長たち。
ふたたび森のカラスたちも賑やかに騒ぎ出す。
天高く燃えあがった炎にひかれるように、村のあちらこちらに散らばっていた追っ手たちも、次第に納屋の入り口へと集まってきた。
「おい! そのうち煙に巻かれて、ルーファスが出てくるはずだ。絶対に逃すなよ?」
隊長の指示に従い、武器を構えた部下たちは、納屋の入り口でルーファスが出てくるのをいまや遅しと待ちかまえた。だが、なかなか姿を見せない。
耐えきれなくなった部下のひとりが、ひょいと中を覗き込んだ。
その刹那、無防備な喉元を穿つように、鈍色の長剣が突き立てられた。
背中まで貫通した刃によって、声もなく部下は絶命する。
他の部下たちが異常に気づいたときにはすでに遅く、ルーファスは剣で貫いたままの遺体を盾代わりに押し出しながら、納屋の外へと躍り出た。
「出たぁっ⁉︎」
悲鳴にも似た叫びが、部下たちのあいだから漏れた。
反撃する隙すら与えず、ルーファスは剣先に突き刺していた遺体を、外で待ち構えていた集団へ叩きつける。その衝撃に耐えきれず、数人がまとめて地面へと転がった。
他の部下たちは完全に不意を突かれて虚脱状態に陥っている。
ルーファスは身体をひるがえすと、あえて人数の多いところへ飛び込んでいく。
全員を相手にするわけではない。
集団のうち数人に斬りつけてから、その腹や膝などをタイミングよく蹴りとばす。それだけでバランスを崩した相手が、他の仲間を巻き添えにして倒れてくれるのだ。
転がった相手は無視しながら、ルーファスは次から次へと部下たちに襲いかかった。
驚くほど魔剣アルドゥングは使いやすかった。おそらくは太陽を模した柄頭のバランスがこの上なく絶妙なのだろう。比較的長いはずの剣身の重さをそれほど感じずに振ることができていた。
これが魔剣というものなのか、とルーファスは舌を巻いた。
「てめぇ!」
とうとう隊長がルーファスの前に立ちはだかる。いや、むしろルーファスから近づいていったに等しい。ふたたびルーファスは下段の構えで対峙した。
さきほどまでとは異なるルーファスのたたずまいに、思わず隊長は動揺する。
激しく燃えあがる葺き屋根の炎が、ルーファスの顔の表情まではっきりと見せているせいだけではないだろう。
だが、ありとあらゆる悪事に手を染めながらもいままで生き延びてきた自信が、判断を誤らせた。己れの臆病さを否定し、勇猛果敢に斬りかかっていく。
ルーファスはコンパクトな動きで長剣を差し出すと、渾身の力で振り下ろされた隊長の剣の軌道を受け流して変えてしまう。勢いが強すぎたため、かえって大きくバランスを崩した隊長のこめかみに、ルーファスは柄頭を叩きつけようとした。
だが、すんでのところで踏みとどまった隊長が、大きく身体をひねりつつその一撃を回避する。
ルーファスは思わず感心した。
腕に自信があるというのは伊達ではないらしい。
ふたたび隊長は大きく剣を振り回すと横薙ぎに胴へと斬りつけてくる。
ルーファスは一歩退いて迫りくる刃を冷静にかわしてみせた。
「くそがっ!」
激昂した隊長は幾度となく剣を振り回し斬りかかってくる。ルーファスはそのすべてをぎりぎりのところで避けてみせた。異能による高精度の見切りだ。
まるで雲や霞を斬っているかのような手応えのなさに、ますます苛立ちを募らせた隊長は、ふたたび大きく吠えた。全身を大きくそらせると渾身の力を込めた一撃を放とうとする。
しかし、ルーファスは表情も変えず、がら空きとなったその胸元に無慈悲な突きを放った。
断末魔にも似た絶叫とともに体勢を崩して後ろへと倒れる隊長。激痛に耐えかね、大声でわめき散らしながら、ごろごろと雑草の生い茂った地面を右に左に転がりつづけた。
周囲で見守っていた部下たちが大きく息を呑む。
やはり、ルーファスだった。
あの粗野で高圧的な隊長が、まったく相手にならない——。
これが恐れを知らぬ狂戦士として知られたルーファスなのだ。
最近、盗賊団に合流した者たちも、なんとなく噂には聞いていたその人物を目の当たりにして、呆然と立ち尽くす。
ルーファスはあたりを見回し、他に襲いかかってくる相手がいないことを確認すると、表情を緩めた。だが、そのときシュッという空気を切り裂く音を耳にする。
たちまち表情を変えたルーファスが、顔を背ける。
その頬をかすめ、一本の矢が地面へと突き刺さった。
「ははは! さすがだな、ルーファス!」
心の底から性根が腐ったような意地の悪い笑い声とともに禿げ頭が姿を現す。
その手にはノーマのものよりは少し小さいものの、戦場ではよく見かける大きさの弓が握られていた。
「モンク!」
ルーファスは、はっきりとした声でその名を呼ぶ。
モンクは、ゲヘヘと喉を鳴らして卑しく笑った。
「拾ってやった恩を忘れやがって。このクソガキが。——俺に逆らうやつは許さねえ」
モンクはふたたび弓に矢をつがえると、今度はルーファスのそばに立ち尽くしたままの部下たちに向けて放った。背中に矢を受けた部下は、もんどりうって倒れ、もがき苦しみつづける。
「てめえら、いけ!」
モンクの号令によって、遠まきにルーファスを見守っていた部下たちが怯えながらふたたび武器を構える。先陣を切る勇気は誰もないらしい。示し合わせたように、じりじりとその包囲を狭めていく。そこにモンクの放つ矢が断続的に襲ってくる。
ルーファスは舌打ちをすると包囲網を打ち破り、家畜小屋の方に向かって駆け出した。
「待ちやがれ! ……オラッ! てめえらも早く追え!」
叫ぶようなモンクの指示に慌てふためきながら部下たちはルーファスの背中を追って走り出す。旧領主館の敷地内を疾走する武装した男たち。納屋の炎上に興奮したカラスたちが上空からその姿を眺めながら、カアカアと鳴きつづけた。
明るく照らされた納屋の周辺から離れるにつれ、次第に闇が戻ってくる。暗くなるにつれ、背後から弓で射抜かれることへの恐れも薄れていき、ルーファスは足を緩めた。
ようやく振り返る。
背後には、いつのまに合流したのか、数十名にまで増えた追っ手の集団が迫っていた。
当初は怯えていた男たちも、圧倒的な数的優位を背景に、まるで狂気に感染したかのような表情に変貌を遂げ、憎悪に満ちた言葉を叫びつづけている。
これは、さすがに多い。
ルーファスは振り向くと、ふたたび全力で走りはじめた。




