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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第四章 ルーファスの旅立ち

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第38話 メイヘム逃走

 振り返る間もなくルーファスは腕をつかまれると崩れかけた小屋のなかに一気に引きずりこまれる。

 そこには厳しい顔つきで周囲をうかがうノーマの姿があった。いつもの肌の露出も抑えぎみの旅装で、その背中には戦場で神がかり的な射撃を可能にする巨大な弓が背負われている。

 

「姐さ……!」

 

 驚くルーファスの口を、ノーマは険しい表情のまま手で塞いだ。

 小屋の外から追跡者たちの騒々しい足音と激しい罵声が近づいてくるのが聞こえる。ノーマとルーファスは、ボロボロの廃屋のなかで、じっと息をひそめながら、追っ手が走り去るのを待った。やがて充分に遠かったのを確認すると、ようやくノーマは表情を緩める。

 

「ルーファス、大丈夫か?」

「姐さん、どうして……?」

「ほんのちょっと前に村に戻ったんだが、三下どもがお前の襲撃計画について話しているのをたまたま耳にしてな」


 暗がりのなかで、その表情まで読み取れはしないが、くすっと息の漏れる音でノーマが微笑んだことを知る。

 

「……いいのか?」

 

 ルーファスは尋ねた。

 この村のなかで堂々と襲撃したということは、現在の首領であるモンクの命令によるものであることは明らかであった。つまり、ルーファスを助けるということは、盗賊団に反旗を翻すことにも等しい。

 だが、ノーマは鼻で笑い飛ばす。

 

「上等だよ。ずっと前からモンクの野郎は、なんとなく気に食わなかったしな。ちょうどいいや」

 

 ノーマらしい豪快な態度に、思わずルーファスも笑い声を漏らしてしまう。

 

「だけど、なんでお前、襲われてんだ?」

「たぶんだけど……モンクに盗賊団を抜けると言ったせいだと思う」

「そっか」

 

 ノーマは呆れたような声を出した。

 

「ま、しょうがねぇよ。あんなバカほっといて、さっさとこんな村、抜け出そうぜ?」

 

 そういうとノーマは立ち上がり、腰に差した小剣を抜いた。

 

「そういえば、お前、武器は?」

「ない。家に置いてきた。荷物もすべて家だ」

「マジかよ、お前……」

 

 ノーマは信じられないといった様子で声をひっくり返した。

 

「どうすんだよ? さすがに手ぶらじゃ厳しいだろ?」

「家に戻れたらいいんだけど……」

「それは……やめといたほうがいいな」


 ルーファスの素朴な提案に対して、ノーマは首を横に振った。

 ノーマによれば、襲撃者を率いている「隊長」と呼ばれている男は、モンクがどこぞで拾ってきた凶漢で、見た目どおりの剛腕と駆け引きに長けた巧みな剣さばきから、ルーファスにも匹敵する剣の遣い手とも評されているらしい。

 だが、それが「隊長」には面白くない。

 どちらが上か証明してやると常々周囲に語っていたという。

 まさに好機が訪れたということか、とルーファスは苦笑した。

 

「さすがに剣を持たないお前じゃ、たとえ隊長の相手はできたとしても、そのあいだにほかのやつらに囲まれちまうだろ。いかに異能持ちのお前でも、周囲から同時に斬りつけられたら無事じゃすまねえんじゃねえか?」

「いつもみたいに姐さんに弓で援護してもらえれば大丈夫だよ」

 

 ルーファスのその言葉に、ノーマはしばらく黙ったまま答えなかった。

 やがて諦めたようにため息をついた。

 

「……ここだけの話だが、オレの異能は明るくないとダメなんだ。暗いと全然見えねぇんだよ」

 

 そして怖い顔で「誰にも言うなよ?」とノーマは念を押した。

 

「しかたねぇや。馬でも奪ってさっさと逃げるか」

 

 ノーマの提案にルーファスも頷き、同意した。


 馬は、モンクを含め代々の盗賊団の首領が住処とする昔の領主館の敷地内にある家畜小屋にいるという。

 ふたりは身をひそめていた廃屋を抜け出し、通りを避けながら闇に紛れて陰から陰へと移動していった。

 少し離れたところで、ルーファスを探す追っ手たちが口々に叫ぶ声が聞こえてくる。

 幾手かに分かれ、村のなかの通りを松明をかざしながら走り回っているらしい。

 ルーファスとノーマは互いに目配せし、さらに慎重に歩みを進めた。

 やがて目的地にたどりついた。盗賊団が住み着くずっと以前、廃村になるまでは領主館であった建物の敷地である。周囲には幸い追っ手の気配もなかった。

 星空からもたらされるわずかな光のなか、敷地を囲う柵を慎重に乗り越え、荒れるに任せた雑草だらけの土地をゆっくりと踏みしめながら家畜小屋に近づく。離れているとはいえ、モンクの生活する領主館とは同じ敷地内である。少しでも馴染みのない音でも立てれば、すぐに誰かしらやってくるだろう。

 身振り手振りを交わし、馬の確保にはノーマが行くことになった。そのあいだルーファスは弓などの装備を預かり、小屋の外で警戒にあたる。

 身体を動かしているときには気にならなかったが、じっと動きを止めていると薄い布地をすり抜けて寒さが染み込んでくるようであった。

 思わず身震いする。

 そのとき家畜小屋のなかから、けたたましい馬のいななきが聞こえてきた。その直後に何かを壊すような激しい音が立て続けに鳴り響く。

 表情を変えたルーファスが小屋のなかに飛び込もうとしたところ、土を塗り固めた壁を突き破ってノーマの身体が転がり出てきた。

 

「姐さん⁉︎」

 

 弾けるようにまき散らされた土壁の破片とともに大地に転がったノーマは、苦悶の声とともに激しい罵りの言葉を吐き捨てた。

 

「くそが‼︎」

 

 そのあとを追うように、ノーマが開けた壁の穴から嘲笑が聞こえてくる。

 

「やっぱ、ここに来やがったか。読みどおりだな」

 

 窮屈そうに身をかがめながら穴から出てきたのは、ルーファスの襲撃を指揮していた隊長と呼ばれる男であった。抜き身の剣をぶら下げつつ、嬉しそうに二人の前に立ちはだかった。

 部下たちの姿はない。

 どうやら手下たちには村での捜索を命じ、自分ひとりは馬を奪いに来るのではないかという予測のもと、領主館の家畜小屋のなかで待ち構えていたようだ。

 浮かび上がったシルエットは、筋骨隆々とした立派な体躯の偉丈夫である。体格だけでいえばルーファスよりもはるかに勝っていた。

 

「まさか、ノーマ、お前が来るとは思ってなかったがな。……裏切るのか?」

 

 隊長は、ルーファスに助け起こされるノーマの姿に視線を送る。ノーマは鼻で笑い飛ばした。

 

「勘違いしてるようだが、お前の仲間だったつもりは一度もないぜ?」

「残念だよ。いい仲になれると思っていたんだがな」

 

 隊長は下卑た笑いを漏らしながらペロリと舌なめずりする。ノーマはもう一度ふんと鼻を鳴らした。

 

「そして、ルーファス。……ずっと会いたかったぜ?」

 

 そういうと剣先をルーファスに向けて突きつけた。

 ルーファスはなにも答えず、手にしていた木の棒を両手で握ると下段に構える。

 しかし、その肩を背後からノーマがぐいっと掴んだ。ルーファスの耳元に顔を寄せ、小声ながら強い口調でささやく。

 

「やめとけ! すぐにモンクの子飼いの連中が飛んでくる。ここは逃げの一手だ!」

「……だが、姐さん、馬が……」

「馬はオレがなんとかする。お前はあの野郎を引きつけて、ここから離れてくれ。その隙に用意しておくから」

 

 ノーマは後ろからルーファスの背中をドンっと強く叩いた。

 

「わかった」

 

 覚悟を決めたルーファスはそう答えた。

 その瞬間、隊長が雄叫びをあげて突進してくる。ルーファスは下から斬り上げるように棒を動かし、その剣を強く弾くと大声で叫んだ。

 

「逃げるぞ!」

 

 その声に「おう!」と相槌を返したノーマが、野生動物のようなしなやかさで一気に駆け出す。ルーファスは二、三歩飛びすさって隊長との距離を空けると、あえてノーマとは逆方向に走り出した。

 

 面食らった隊長は、一瞬の間ののち「待て!」と叫びながらルーファスの後を追いはじめる。

 ルーファスは、領主館の敷地内をしばらく走り、不意に足を止めた。

 ノーマが家畜小屋から馬を盗み出す時間を確保しなくてはならない。

 すると、追いすがった隊長が雄叫びとともに斬りかかってくる。ルーファスは木の棒でその攻撃を打ち払いつづけた。

 だが、異能によって相手の刃の向きを察知し、切り落とされないような角度で当てているものの、もともとは薪にしようと拾った乾燥した枝である。金属の剣身に当たるたびに少しずつ削られていき、どんどん痩せ細ってきてしまう。やがて、隊長の渾身の一撃を受けたとき、棒はその中ほどから折れ、破片は遠くへと飛んでいってしまった。

 ルーファスは舌打ちし、手元に残った棒の残骸を隊長の顔めがけて投げつける。そしてふたたび背中を向けて走りはじめた。

 

 軽く手合わせをして気づいたが、隊長と呼ばれる男の技量は、さほどでもない。

 おそらくはその威圧的なまでの体格から生み出される膂力は並大抵のものではないのだろうが、それはルーファスも同様である。十分な武器さえあれば勝てる相手だ。

 ルーファスは、手頃な武器を求めて、近くにあった納屋のなかへと飛び込んでいった。

 先代のイゴールが首領だったころは、略奪してきた武器などをこの納屋に保管していたものである。それがなくても最低限なにかしらの農具ぐらいはあるだろう。

 早めに片づけてノーマの援護に駆けつけることだけをルーファスは考えていた。

 屋根と壁で隔離された納屋のなかには、夜空の明かりは届かない。

 漆黒の闇がそこにはあった。

 追ってきた隊長に背後から斬りつけられないよう、足の感覚だけを頼りにできるだけ奥へと進み、闇に目が慣れるのをじっと待つ。

 だが、それよりも先に、モンクの身辺警護をする子飼いの手下たちが騒ぎを聞いて駆けつけたようだ。「誰だ!」という威圧的な誰何ののち、外にいるのが首領の信頼厚い隊長だとわかったようで、すぐに親しげに言葉を交わすのが納屋の外から聞こえてきた。

 

「隊長、どーしたんすか?」

「いや、なに、ここにルーファスの野郎がいるんだよ。ちょうどいいや、お前らも手伝えよ?」

「追い詰めたんすか? さすがっすね!」

 

 隊長たちは嘲るようにドッと笑った。

 その声とともにゆらゆらと松明らしき明かりが揺れる。モンクの手下が持ってきたものらしい。

 入り口から差し込むオレンジ色の光が納屋のなかをかすかに照らした。

 いたるところに転がるガラクタの数々。壊れた農具、ボロボロの布、乱雑に積み重ねられた藁など。ルーファスはとりあえず身にまとうものとして手近な布切れをつかむと外套代わりに身体に巻きつける。

 そして武器になりそうなものを探そうと、ふたたび視線をめぐらせたとき、ふとなにかに気がついた。

 ガラクタの山のなかから飛び出した太陽の意匠の球体。

 見覚えがあった。

 はやる気持ちを抑えつつ駆け寄ると、一気に引き抜く。

 

「……やっぱり」

 

 現れたのは、真っ直ぐな剣身を持つ豪華な長剣であった。

 柄頭の太陽を模した装飾。剣身の付け根から鍔にかけて刻まれた燃え上がる炎の意匠。たいまつの炎を反射し、ほのかに赤く見える剣身に、ルーファスの胸中に複雑な思いが去来する。

 

「——選王の剣、アルドゥング」

 

 鞘もなく、抜き身のまま、まるでゴミのように放り出されていたが、その剣身には一点の錆すらない。さすがは魔剣だとルーファスは感心した。

 だが、なぜこんなところに捨てられていたのだろうか?

 不思議に思いながらも、ルーファスは首領イゴールが愛した遺品を強く握りしめた。

 

「……お頭。借ります」

 

 ルーファスは小さくつぶやいた。

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