第37話 盗賊団の村メイヘム
やがて傷の癒えたルーファスは、治療師の森を離れ、盗賊団が拠点とする山村メイヘムに戻ってきた。
「よお、ルーファス! ひさしぶりじゃねぇか!」
戻るやいなや、いまや首領として盗賊団を束ねるモンクが下卑た笑いを漏らしながら勢いよく抱きついてくる。
あの襲撃の日以来訪れていなかった村は、大きく様変わりしていた。以前までは、各地から集められた腕っこきの荒くれ者どもがいたるところで大騒ぎしていたものだったが、いまでは人もまばらで、そこにあるべき能天気な笑い声や地響きのような胴間声も聞こえず、ひっそりと静まり返っている。
「……恐ろしく村が静かだが、みんなどこにいるんだ?」
「ああ、自由都市だ」
モンクは禿げ上がった頭をつるりと撫でると、肩をすくめた。
「イゴールのお頭がいなくなって、だいぶ人数が減っちまってな。農村を襲うよりも都市での稼業に切り替えようかと思っているんだ。まあ、いまのところ、その下調べってことで、いろんなところに行ってもらっている」
「都市か? 警備が厳しいだろ?」
「もちろんだ。まあ、派手な仕事はできなくなるがな。俺たちみたいな悪党にはピッタリだ」
モンクは喉から絞り出すような甲高い声で笑った。
「ルーファス。お前にも幹部として、それなりの仕事はしてもらうつもりだ。俺たちが初めて出会ったアヴィルドを任せようと思う。あそこは娼館も多いからな、乗っ取ればそれなりの稼ぎになるだろう。いまより裕福にやっていけるはずだぜ。 どうだ、やってくれるか?」
「アヴィルドの……?」
「そうだ。娼館だけじゃねぇぜ? アヴィルドのすべての稼業を、お前が取り仕切るんだ。なにせ幹部だからな」
モンクは嬉しそうに笑った。
気づけば、その服装も以前のような着古していたるところがすり減ったボロではなく、少しサイズは大きいものの、豪華な飾りのついた立派なものを身につけている。おそらくはどこかからの略奪品だろう。
変わっちまったな。
ルーファスは寂しくなった。
以前のモンクは、自分の見た目など一切頓着せず、ただひたすら盗賊団のために奔走していた。イゴール盗賊団の躍進を裏から支えた人員や物資、武器の補充は、モンクの尽力に拠るところが大きかった。
「モンク。あんた、太ったな」
「ん?」
不意に自分の体型の話になり、意表をつかれたモンクは目を白黒させる。その言葉に込められたルーファスの意図など気づいてもいないようであった。
そうか? といいながら、高級な衣装の下に隠れた豊かな腹のふくらみをゆさゆさと揺すってみせる。
「まあ、お前もすぐに贅沢できるようになって、あっというまにこんな下っ腹になっちまうさ」
モンクはさもおかしそうに下卑た笑いを漏らした。
「じゃあ、アヴィルドは頼んだぜ?」
ねじ曲げた唇から薄汚れた歯を見せながら、ルーファスに微笑みを向ける。
だが、ルーファスは少し迷惑そうに「悪いが、俺はやらない」と言った。
モンクの笑顔が凍りつく。
周囲は急な静寂に包まれ、モンクの気管を抜ける呼吸音だけが息苦しそうにヒューヒューと聞こえてくる。
やがて状況を理解したモンクが、不機嫌さを隠そうともせず、いらだたしげに再度尋ねてくる。
「……おい。聞き間違いだよな? お前、いまなんて言った?」
「モンク。俺はやらない、って言ったんだ」
ルーファスは微笑みながら、ゆっくりとかぶりを振った。
「俺はもっと剣を振るいたい。もっと戦って、強くなりたいんだ。……都市なんかで縄張り争いしている場合じゃないんだよ」
「……そうは言っても、もう野盗はやめたんだぜ? 俺たちには都市での稼ぎしかねぇんだよ⁈ お前、どうするつもりだ!」
人の良さそうな丸顔を怒りで真っ赤に染めながらモンクは怒鳴り散らす。
ルーファスは、少しの沈黙の後、呟くように告げた。
「……抜けさせてもらいたい」
「そういうことか……!」
激昂した余韻に息を切らしながらモンクは言葉を失う。
しばらく険しい表情のまま、ルーファスの顔を睨みつけていたが、やがて諦めたようにため息をつくと「わかった」とだけ答えた。
ルーファスはモンクに感謝を伝えると、明日には村を出ていくことを告げた。
行き先は決まっていない。
コルト村に行き、ルーファスに一撃を喰らわせたあの青年に会ってみたいという気持ちもあったが、村を襲った盗賊の一味であるルーファスを彼が許すとは思えなかった。
とりあえず、そのへんの自由都市にでも行ってみよう、と思っていた。
「せめてもの餞だ。馬を用意してやる。あとで届けてやるから家で待ってろ」
モンクは少し寂しそうに言った。
しばらく不在にしていた自宅に戻ると、さっそく荷造りを始める。といっても持ち物なんてそんなにあるわけでもない。剣と馬、多少の水と食料があれば十分だ。
荷物をまとめ終えると、あたりはすっかりと暗くなっていた。室内の闇を払うため、炉に火をつける。わずかに残っていた薪は湿気っていなかったようで、すぐチロチロと小さな炎をあげて部屋を照らしはじめた。ルーファスはなくなった薪を補充しようと外へ出た。
見上げると、冬の星たちが漆黒の夜空を埋め尽さんばかりに光り輝いている。
吐く息が白い。
外套でも着てくればよかったとルーファスは後悔した。
ほんのちょっと出歩けば適当な枝でも拾えるだろうとずいぶん身軽な格好で出てきてしまったが、ここまで寒い夜だと薪になりそうな乾いた枝などそうそう落ちているものでもない。
ルーファスは己の短慮に苦笑しながら枝を求めて村のなかをさまよい歩いた。
手頃な太さの枝をいくつか拾い集めていると、突然、それほど遠くないところからなにかを打ち壊すような激しい騒音が鳴り響いた。つづけて野太い喊声があがる。
突如わき起こった聞き慣れた争いの声にルーファスは反射的に身構えた。無意識のうちに腰の剣をさぐるが、あいにく剣は家に置いたままだ。しかたなく拾った枝から武器になりそうなものを選んで握りしめると、警戒しつつ騒ぎの中心へと近づいていった。
次第に嫌な予感が高まっていく。
現場に着いてみれば、案の定、それはルーファスの家であり、周囲を十数人のならず者たちが囲み、葺き屋根のわらに火を放った上で、農具や丸太などで壁や柱だったものを打ち砕いていた。
夜にもかかわらず明るく周囲を照らした炎と立ちのぼった煙の臭いに興奮したのか、森のなかからカラスたちが激しく鳴き交わすガアガアという声が聞こえてくる。
「探せ! 死体でもいい!」
リーダーらしき巨漢が大声で吠える。
見たこともない男だった。
最近、盗賊団に加わったのであろう。見るからに腕っぷしの強そうな男で、それなりの修羅場をくぐり抜けてきたであろう自信が、そのふてぶてしい表情からにじみ出している。
その男に煽られるがままに破壊活動に勤しむ襲撃者たちのなかには、ちらほらと見知った顔も混ざっていた。ルーファスの小隊ではなかったが、同じ盗賊団の仲間として何度も言葉を交わしたことのある相手であった。
ようやくルーファスは自分が裏切られたことを理解した。
「ダメだ、隊長! どこにもいませんぜ!」
「野郎っ! どこに消えやがったんだ‼︎」
部下の報告に、怒りをあらわにする巨漢。なにかしらの隊長らしい。
「逃げちまったんじゃないんですか?」
古参の男が、やけに明るい声で言う。
ルーファスの腕前を知っている彼からすれば、戦わなくて済んだということはなによりの朗報であった。昔から盗賊団にいる他の面々も、口では残念そうにルーファスを罵りながら、どことなく安心したようすを見せている。
隊長と呼ばれた巨漢は、それら古参の態度にいらだちを隠しきれず、周囲に散らばる土壁や木枠の残骸を蹴散らしながら最初に発言した古参の男に歩み寄ると、胸ぐらをつかみ凄んでみせる。
「逃げた? じゃあ、誰かが漏らしたってことだよな? ……てめぇか?」
激しく首を左右に振る男だったが、隊長はためらいなく、その胸に短剣を突き立てた。
驚きと苦痛が混ざった叫びを漏らし、古参の男はあっけなく絶命した。見せしめのように殺された男の姿に、部下たちのあいだに張り詰めた緊張感が走る。
「いいか、てめぇら、絶対にあの赤毛の野郎を見つけ出せ! 見つからない、じゃねぇ、見つかるまで、だ! わかったかっ!」
「へいっ!」
部下たちはそろって振り絞るように声を張りあげた。
そのとき室内を物色していた部下がなにかに気づいたように叫びだす。
「隊長! 炉が燃えたままですぜ!」
「……なんだと⁈ おい、荷物はどうだ?」
「あります! 背負い袋に……あいつ! 剣も置いてってます!」
「ってことは、たまたま留守だったってことか。……運のいいやつだ」
隊長は、意地の悪そうな顔つきでほくそ笑む。そして怒鳴り散らすように号令を発した。
「おい、てめぇら! ルーファスは近くにいるぞ! ビビるこたぁねぇ! 相手は丸腰だ! 探し出してやっちまいな!」
隊長の剣幕に恐れをなした部下たちが蜘蛛の子を散らすように周囲へと走っていく。
ルーファスが身をひそめる物陰にも数人が近づいてくると、突然、素っ頓狂な声をあげた。
「あっ、ルーファス! てめぇ、なにやってんだ?」
常人よりも恵まれた体軀をなんとか縮めて身を隠そうとしていたが、それが逆に目立っていたらしい。その様子に呆れた表情の団員たちであったが、「あっ」と漏らすと、やってきた方に振り返って大声で叫んだ。
「隊長! 近くにいましたっ!」
その瞬間、ルーファスは叫んだ男の側頭部に木の棒を叩きつけた。
鈍い音とともに男は悲鳴もなく崩れ落ちる。
仲間たちはあわてて剣を抜こうとするが、それよりも早くルーファスの手にした棒が顎やこめかみを強打し、あっという間に男たちを昏睡させてしまった。
「待てっ!」
最初の叫び声を聞いた野盗たちが、剣を抜いて駆け寄ってくる。
隊長と呼ばれる男も罵詈雑言を喚き散らしながら、ルーファスめがけて向かってきた。
さすがに大勢を相手にするには、棒だけでは心許ない。
倒れた男たちの武器を拾うだけの猶予も与えてもらえず、ルーファスは舌打ちとともに背を向けて暗い夜のなかに沈んだ村のなかへ駆け出した。追ってくるのは、装備に多少の差はあるものの、いずれも襲撃に備えて武装した荒くれ者たちだ。身軽な分だけルーファスは少しずつ距離を離していく。
「てめぇ! 待ちやがれっ!」
当然、背後から口々に叫び立てる待機を命じる声が飛んでくる。
待つはずがない。
とはいえ、村から逃げ出すにしても、なんの装備も持たずに出ていくのは、ルーファスとしても避けたかった。せめて身にまとう外套と、多少の路銀、そして武器が欲しかった。
慣れ親しんだ村のなかを駆け抜けながら、ルーファスはなんとかならないかと思案する。
そのとき、
「……こっちだ!」
通り過ぎようとした廃屋から、押し殺した声で呼び止められた。




