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リィンカーネーションの理 〜そして僕たちは異世界で巡り会う〜  作者: 奥槻 庵
第四章 ルーファスの旅立ち

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第36話 コルト村

 古参であり、幹部からも一目置かれる実力者(ノーマ)の知己を得たルーファスは、その新人らしからぬ強さもあって、すぐさま頭角を現していく。

 村を襲撃するたびに、“鷹の目”ノーマの正確無比な援護と連携しつつ、先陣を切って勇猛果敢に斬り込んでいくルーファスの姿は、怖いもの知らずの狂戦士として認められていき、やがて数名の部下を率いる小隊長を任されるようになった。

 ファド村でのたえまない空腹に抗い続けた日々から一転、略奪した物資がルーファスに豊かな生活をもたらすようになる。だが、ルーファスの心は昔と変わらず、なにか満たされなさを抱えたままであった。

 

 身の危険もかえりみない豪胆さと、敵のあらゆる攻撃を回避する戦闘技術の高さを、盗賊団の仲間たちは大袈裟なくらい褒め称えてくれる。だが、褒められれば褒められるほど、ルーファスは自身の卑小さを痛感せざるをえなかった。

 

 なぜか。

 それは盗賊団に絶対的な覇者である首領イゴールが存在していたからである。その冗談じみた強さの前では、自身の剣技など児戯にも等しいと感じていた。

 

 いつか俺もあれくらい強くなれるのだろうか。

 

 まだ若いルーファスは、これから先に残されているであろう未来の長さに期待を寄せていた。

 盗賊団での生活にも慣れ、イゴール盗賊団の切り込み隊長としてその名が知られるようになったルーファスは、幹部たちの集う会合に呼び出される。“鷹の目”とともに会合に参加したルーファスは、そこで周辺の村々に大規模な襲撃をかける計画を聞かされる。

 盗賊団の参謀役を務める“口髭”ダットリーは、気取った口調で説明した。

 

「ここ最近の度重なる我らの襲撃によって、周辺の領主たちも警戒を始めています。なかには荘園を巡回するため騎士たちを派遣している貴族もいるようです。ですので、次は短期決戦を仕掛けます。具体的には複数の農村を同時に襲い、一気に蹂躙して最速で立ち去るという作戦です」

 

 事前に説明を受けているのであろう、一番奥で地べたに座るイゴールは、その説明に対して厳しい顔で大きく頷く。それを見ていた他の幹部から異論が出るはずもない。”口髭”の計画どおりに進めることとなった。

 

 盗賊団の本拠地から最も近いティネー村は、最古参の幹部である”修道僧”モンクと”鷹の目”ノーマが率いる部隊が襲撃することになり、最も離れた場所にあるレンヌ村という小さな農村は、機動力を生かし、ルーファスの部隊が単独で急襲をかけることとなった。

 そして、村の周囲に柵や石壁などを築き、多少手強そうなコルト村は、首領イゴールと参謀”口髭”が率いる主力部隊が襲撃する手筈となった。

 

 大規模な襲撃作戦である。隊を率いる幹部や隊長たちは、各々で新たな戦力の補充や武器の調達など、襲撃前の準備に奔走することとなった。

 

「やったな、大出世じゃねぇか、 指揮官殿!」

 

 会合が終わり、ルーファスに近づいてきたノーマは挑発的な笑顔を浮かべ、大胆に露出させた白い脚で軽くルーファスの太ももを蹴り上げてくる。ルーファスは苦笑いとともにその蹴りを甘んじて受け入れた。

 

「……姐さんとは一緒じゃないんだな」

「まあな。とはいえ、おまえ一人でも大丈夫だろ?」

 

 ルーファスは曖昧な表情で小首を傾げた。そんな年下の偉丈夫の弱々しい態度をノーマは鼻で笑い飛ばす。

 

「甘えてんじゃねぇよ。おまえを傷つけられるやつなんかいるわけねぇだろ。いたとしても、あのイゴールくらいじゃねぇの?」

 

 その言葉にルーファスは少し悲しそうに微笑んだ。

 

「……そういえば、姐さんはモンクと一緒だったな。大丈夫そうか?」

「まあな。あいつは薄汚えオヤジだが、盗賊としては一流だ。ってことはとんでもなくいけすかねぇ野郎ってことだけどな」

 

 ケタケタとおかしそうに笑うノーマ。

 

「まぁ、まかしときなって。モンクの野郎がヘタ打ったって、オレの矢から逃れられるやつなんかいねえよ」

 

 ノーマは不敵に唇をねじ曲げた。

 やがて二人は互いの無事を願いつつ、別れの挨拶を交わし、その場を後にする。

 それからまもなく訪れた襲撃の日。想像すらしていなかった悲劇が盗賊団を襲った。

 

 首領率いる本隊の敗北。そして首領の死。

 

 村人たちの必死の抵抗により、コルト村を襲った部隊は壊滅し、“口髭”ダットリー、そして首領のイゴールまでもが討ち取られてしまった。

 隣村に派遣されていたルーファス部隊もコルト村へと駆けつけたが、首領すらも倒したという村の守り手により盗賊団でも指折りの剣士であるルーファスまでもが敗北を喫してしまう。

 深手を負ったルーファスを救ったのは、ティネー村の襲撃を終え、コルト村に単身乗り込んできたノーマの援護射撃であった。なんとか救出されたルーファスは、盗賊団が懇意にする治療師の懸命の手当によって一命を取り止めることができた。

 


 

 ルーファスとノーマが再会したのは、襲撃の日からしばらく経った、季節が秋から冬へと移り変わろうとしている頃のことであった。

 ルーファスはいまも、治療師の老婆がひとり暮らす森のなかの小屋に寝泊まりし、薬草やまじないなどによる治療を受けていた。その頃には慢性的な痛みはいまだあるものの、森のなかを歩きまわれる程度には回復していた。老婆の元を離れる日もそう遠くはなかった。

 そこへあいかわらず薄着のノーマが見舞いに訪れたというわけである。

 

「ありがとう」

 

 ルーファスは開口一番、ノーマへの礼を告げた。

 部下からもノーマの懸命な射撃によって逃げ延びることができたと聞いていた。

 ひさしぶりに会ったルーファスの改まった態度に面食らったノーマは顔を赤らめて「ば、ばかやろう!」と意味もなく罵倒の声を浴びせる。

 そしてようやく落ち着いたのか、

 

「まあ、とりあえず元気になったようでよかった」

 

 と、ノーマらしい傲慢そうな笑顔を浮かべた。

 コルト村での敗走後、盗賊団がどうなったかを尋ねると、ノーマは顔を顰めながら、首領イゴール亡き後も、ティネー村を襲撃した部隊を中心に活動をつづけていることを告げる。

 

「新しい首領は、あのモンクだ」

 

 ノーマは忌々しげに言った。

 

「イゴールのような、なんでもかんでも腕力でねじ伏せるみたいな気持ちのいいバカとはタイプが違いすぎて、若手たちも戸惑ってるみたいだ」

 

 愚痴るノーマの言葉どおり、盗賊団から離脱する若者の数も増えてきているらしい。

 修行僧(モンク)ってあだ名のくせに、ギャーギャーうるせえし、くっそ細けぇんだよ、あいつ……とノーマはゲンナリした様子で呟く。

 

「やっぱり、オレたちにはお前みたいなヤツが必要なんだよ、ルーファス」

 

 ノーマは珍しく真剣な面持ちでルーファスを見つめる。ルーファスは自分よりも背の低い、年上の女性の目を無言で見つめ返した。

 それは、いつもながらの、どことなく浮世離れしたルーファスの表情ではなかった。

 そこには複雑な葛藤の影が見え隠れしていた。

 

「……どうした?」

 

 その変化にノーマは疑問の声を投げかける。しばしルーファスは言葉を探すように黙り込んでいたが、やがて「俺はコルト村のやつに歯が立たなかった」と呟くように言った。

 無意識のうち、頬に残る傷跡を指先で撫でていた。

 ノーマは声も出さずに頷く。

 ルーファスは目線を落とし、なにもないはずの地面を見つめながら「見切れるはずの目がありながら、彼の斬撃はかわせなかった」と独りごちるように呟いた。

 

「……見えたけど避けられなかったのか? それとも、見えなかった、とか?」

 

 純粋に疑問に思ったノーマが尋ねる。

 ノーマからすれば、あらゆる攻撃が緩慢に見えるルーファスの異能をかいくぐり、斬撃を当てることなど不可能としか思えなかった。以前試したことがあるが、ルーファスは至近距離から放ったノーマの矢すらも避けることができていた。それがどれだけありえないことなのかは、弓に関する異能を持つノーマがいちばんよくわかっている。だからこそ、剣でルーファスに傷をつけたという事実がいまだに信じられなかった。

 ルーファスはノーマの問いに、曖昧に首を傾けた。

 

「……そうだな。恐ろしく動きが速かったというのもあるけど、最後の一撃などは、見えていたけど気がついたら届いていた、という感じだった。まるで意識の外から打ち込まれたような……そんな不思議な感覚だった」

 

 ルーファスは当時の動きを思い出しながらつぶやく。

 

「あいつは、途中で吐いたりして、まともに戦える状態じゃなさそうだったのに……強かった」

 

 なにせ、あのイゴールさんを倒した後だぜ?

 ルーファスは呆れたように笑った。

 

「……あのバケモンが倒されたってのはいまだに信じらんねぇな」

 

 ノーマはため息とともにかぶりを振った。

 ルーファスも強いが、イゴールのそれは、強いとか強くないとか、そういった領域を遥かに凌駕している。

 たとえば人は連なる山脈を見て「重い」とは言わない。「持ち上げる」という想定をはるかに超えているからだ。

 イゴールの強さは、それに近い。

 魔剣の反則的な忌まわしき能力に依る部分も大きいが、それだけでなく、もともと持ち合わせていた戦士としての優れた資質に、魔剣の呪われた能力を効果的に活用することができる底意地の悪さ、そういった要素をすべてひっくるめて、イゴールの強さとなっていた。

 だからこそ、そんなイゴールが田舎村の農夫、それもたった一人に倒されたという事実は、にわかには受け入れがたいものであった。

 あのモンクですら最初は信じていなかった。だが、ルーファスの部下がコルト村から持ち帰った魔剣アルドゥングを手にしたとき、ようやく首領の死を認めたという。

 

「そんなに強えってことは、農民とかじゃなくて雇われた傭兵だったんじゃねぇの?」

 

 ノーマの問いに、ルーファスはかぶりを振った。


 「いや、たぶん違う。年も俺とあまり変わらない感じだったし、母親らしき女性と一緒だったから、あの村の住人であることは間違いないと思う」

「……ふぅん」

 

 ノーマは煮え切らない様子で相槌を返した。

 確かにコルト村に救援に駆けつけたとき、倒れたルーファスの身体を取り囲む親子らしき村人の姿は目にしている。それどころか母親と思しき女性めがけて矢を撃ち込んだりもした。

 

 だが、奇妙だったのは、その母親である。

 ノーマの異能によって脳まで貫くような必殺の一矢を放ったはずなのに、一瞬のけぞりはしたものの、その後も女性は平然と動き回っていた。

 当時は気も動転していたのであまり気にとめていなかったが、よくよく考えてみれば不可解である。ノーマの矢は確実に女性の右目に直撃していた。当然だが、目だけを守ってくれるような防具は存在しない。素顔のように見える仮面でもかぶっていたのか、それともなにかしらの加護に守られていたのか……。

 

 ノーマは、なんとなく薄気味悪さを覚え、考えるのをやめた。

 目の前では、ルーファスが高揚した様子でほんのりと頬を赤く染めて、少年のような笑顔を浮かべていた。引きつれた傷跡が気になるのか、頬に指をあて、ほぐすように動かしながら、つぶやくように言った。

 

「魔剣がなくても、あそこまで強くなれるんだな」

「……まあな。あそこの村は、だいぶ前から柵を設けたりしてたみたいだし、そいつもずっと備えていたんじゃねぇか?」

「……すげえな」

 

 戦いに備える。

 それは天賦の才能で勝ちつづけてきたルーファスにとっては、思いもよらぬ考えであった。

 

「俺も鍛えれば、もっと強くなれるのかな?」

「……あ、ああ、そりゃ間違いない」

 

 そう答えながら、ノーマは驚いたようにルーファスの顔を見つめ直した。

 さきほどまでと変わらず、ノーマに温和な笑顔を向けるルーファスではあったが、その目はさきほどまでとは違い、煌々と燃え上がっているようにも見える。

 その内面からにじみ出る雰囲気に思わずノーマは息を呑んでしまった。

 なにか大きなものが動き出したような予感に、人知れず身震いする。

 

「ノーマ、俺は強くなりたい」


 呟くようなルーファスの言葉に、ノーマは無言のまま深く頷いた。

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